断章 第28話 第三の謎
初代ロンドン警視庁こと初代スコットランドヤード。スカサハの助力を受けつつそこの跡地に設置されていた異空間の中を探索し、台座の中から一つの封筒を手に入れていたカイト達一同。彼らはとりあえず封筒を回収すると、一端ティナ達と合流してホテルへと帰還していた。
「さて……これが、台座の中に収められていた封筒だ」
「ふむ……何か仕掛けられているという事はないな」
カイトが机の上に置いた封筒を視て、ティナは一つ頷いた。どうやら魔術的に何かがあからさまに仕掛けられているという事は無いのだろう。そうしてそれを確認して貰った後、カイトは封筒の中身を取り出した。
「……折り畳まれたコピー用紙?」
中に入っていたのは、カイトの言う通り折り畳まれたコピー用紙だ。と言ってもそれ以外にも入っているらしい。まだ分厚いままだった。
「他には?」
「手帳……だな。真新しいが……かなりしっかりとした手帳だ。表紙は革製。これは……牛革か? 詳しくはわからん。それと一緒に誰かへの手紙という所か。こちらは直筆の様子だ」
教授に促されたカイトはコピー用紙を確認せず中から手帳を取り出して、全員に見える様に机の上に置いた。置かれた手帳はポケットに入る程度の大きさで、携帯性を重視した様子だった。彼の言った通り使用された形跡はなく、買ったばかりという感じだった。
品質にはかなりのこだわりが見て取れて、デザイン性、機能性ともに抜群と言って良い。間違いなく、これを選んだ選び手のセンスはかなりのものだろう。と、そんなカイトへとホームズが問いかけた。
「手紙にはなんと書いてあるのですか?」
「うん? ああ、詳しくはわからんが……詫び状という所か。君の訪問に対して何も言葉を返せなかった事に対しての謝罪を。そしてその詫びとしてこれを使って貰えると私は嬉しい、と書いてある。文字はかなり綺麗な字だな。言語は英語」
何故これがこんな所に。一同首を傾げながら、カイトが読み上げた手紙の内容を考える。そうして同じ様に首を傾げていたホームズがおおよそ考えられる事を口にした。
「普通に考えればあの場に来た事に対する話なのでしょうが……流石に現状でそういう事ではないでしょうね。貸して頂けますか?」
「ああ」
カイトはホームズの要請を受けて、彼へと謝罪の手紙を手渡した。それを見て、ホームズは僅かに眉をひそめた。
「ふむ……この英語は英国で使われている英語ですね……僅かにステイツの英語とは違う。私が知っている時代のステイツの英語と今も一緒なら、という所ですが……文面には親しさが滲んでいる……ふむ……」
「何かわかりますか?」
「……今はまだ何も」
何かがある。ホームズはそう考えながらも、それ故にこそヒントが足りない現状でこの手紙をどう判断すべきかは決めかねた様だ。レイヴンの問いかけに彼は少し考えた後、はっきりと首を振った。
「とはいえ……何かを判断するよりも前にもう一通の手紙を確認してみるべきでしょう。ミスター・葵。そちらは?」
「こっちは……こっちはコピー機か何かでプリントアウトされているな。文字はこちらも英語……」
ホームズの促しを受けたカイトが今度は折り畳まれたコピー用紙を開いて中身を確認する。そうしてしばらく彼が文面を読み込んで、それを口にした。
「まだ解き明かせていない謎を解き明かし、我が名を呼べ。さすれば三つ目の道が開かれる」
「道は開かれる?」
「おそらく、この封筒があった部屋の事だろう。見付けられなかっただけでそのまま直進するルートもあった、というわけだろうな」
「ふむ……」
カイトの言葉にホームズは顎に手を当ててなるほど、と頷いた。確かにあそこには二つの道があり、それに合致していた。今までに解き明かせていない謎というのであれば、正解のある場所は今までに関係のある所だ。となると、これについては間違いはないのだろう。そうして、少しの後に彼が口を開いた。
「これで事件は表向きは一端終わりという事で良いのでしょうね」
「ふむ?」
「いえ……もうこれ以上殺人を起こす意味は無い、と思っただけですよ。今までに解き明かせていない謎を解いて、という事は既にヒントは全て出ている、という事。もしここでヒントを出すのであれば、更に別に殺人やらを起こすのでしょうが……その意味も対して無い。なら、起こさないかと思っただけです」
「可能性には過ぎない、と」
「ええ……が、犯人が捕まらない限りはこんなものは可能性でしかありませんよ」
ベネットの問いかけにホームズはそう言って肩を竦める。確かに、相手側の考えなぞこちら側には誰もわからない。ならばこれは可能性でしかなかった。が、それでもベネットとしては有り難い所だった。
「それでも、私からすれば万々歳ですよ。なにせ上は今、どうやってこの一件を隠蔽するかと頭を悩ませていた所です。まぁ、犯人については裏専門の隠蔽班が動いて偽装するのでどうにでもなりますが……事件が続くというのがありがたくない。いつまでも隠蔽が出来ないわけですから」
既にジャック・ザ・リッパーはスカサハによって討伐された後だ。なので猟奇的な事件については続かない事だけは確かだろう。一度終わった事件を続けるのは今回のルールにはそぐわないからだ。
であれば、ジャック・ザ・リッパーについては終わりと考えて良いだろう。無論、これは事件が本当に解決したなら、という注釈は付く。が、可能性としてあるだけでも警察としては万々歳だった。というわけで僅かな安堵を滲ませたベネットはそれをメモにしたためておく。
「ははは。流石にそこらは面倒そうですね」
「私はその仕事に携わらなくて良かった、と思うばかりです」
「ははは」
ベネットの返答にホームズは再度笑う。彼自身、自身が解決した事件の幾つかは自身が解決した事の公表を望まず馴染みの刑事が解決して貰った事にしている。
そこらで色々とあって助手であり友人であるワトソンが事件の真相を小説の体で書いたとしているのが、俗に言う『探偵シャーロック・ホームズ』シリーズだ。というわけで、幾つかの偽装工作については面倒さは彼も知る所であり、彼もまたそれに協力しなくて良い事に安堵を覚えていたらしい。そうして笑っていた彼であるが、一転して真剣さを滲ませる。
「さて……それはともかくとして。とりあえず猟奇的な殺人はこれで起きないでしょうが……兎にも角にも今までの話を全て洗いざらい調べてみる必要がありそうですね」
ホームズが提起したのは、やはりこの第三の謎の調査だ。これを進めない事には事件は終わらせられない。そして終わらない事には下手をするとまた殺人が起きる可能性が無いではない。となると、やるしかないだろう。そうして、一同は再び今までの謎を洗い直すべく行動を開始する事にするのだった。
さて、行動を開始した一同であるが、やはり第一の謎に関係する所ついては面倒な事になっていた。終わったものと見做して既に大英博物館は通常営業に戻っており、シャーロック・ホームズ展についても普通に一般開放されていたのである。というわけで、何かを改めて調べる事は容易ではなかった。
「はぁ……まだ何かあるかもしれない、ですか」
「ええ……いえ、申し訳ありません。やはりホームズの原稿が見つからない事には捜査を終わらせる事も出来ませんので……」
大英博物館の職員に対して、事情の説明に同行したベネットがありきたりな嘘を述べておく。事情が分かる職員も居るが、基本的に魔術的な関わりがある品ではない限り展示品を管理しているのは何も知らない一般の職員や研究員となっている。
そしてカイト達が言った通り、シャーロック・ホームズという小説には一切の魔術的な関わりはない。なので一般の職員が管理している事になっているらしく、管理する彼に話を通す必要があったとの事であった。
「それでアルセーヌが辿った経路を改めて調べ直して、どこかにヒントが隠されていないか調べ直そうと本部で決まりまして。そこで、事件の現場となる大英博物館ももう一度調べておこうと」
「そうですね……あれは英国の文学史においても重要な資料ですし、アーサー・コナン・ドイルという人物を知る上でも重要な遺産でもあります。その捜索の役に立つのでしたら、私としても喜んでご協力させて頂きますよ」
ベネットの表向きの理由に対して、職員は協力を快諾してくれる。そうして、大英博物館に調査に来た一同の内半分が改めて大英博物館が誇る倉庫へと案内される事になった。半分なのは残り半分は改めて侵入経路と逃走経路を調べるからだ。
「さて……」
というわけで、案内された倉庫にてカイトはホームズ・レイヴン組と共に今回の事件に関わりがあると思われるシャーロック・ホームズ展にて出展された物の関連を調べる事にする。と、そうして調査を始めるや否や、ホームズが妙な顔をした。
「……何か、変な気がするな」
「? 何かありましたか?」
「あっははは。ここにある物は大半がアーサー・コナン・ドイルという方が書いたと言われている。が……この文字の癖。ワトソンにそっくりだ」
ホームズはアーサー・コナン・ドイルの文字を見て、そう楽しげに笑う。どうやら彼の知るワトソンとやらも、こんな文字を書くらしい。と、そんなレイヴンとホームズの笑い話を横目にカイトは改めて調査を行っていた。
「ふむ……」
カイトが見ていたのはアーサー・コナン・ドイルが執筆において使っていたとされるペンだ。ここらにはそんな小物があるらしい。
「これが新聞の編集者とのやり取りを記した手紙で……こっちは……ああ、医者としての仕事で使っていた手帳、か……」
色々と確認しながら、カイトは何か魔術が仕掛けられていないか調べていく。と、そんな一方でティナとルイスの二人が展示されている物を収めていた保存用の入れ物のあるエリアを調べていた。
「こんな物に入れて保管しておるのか……」
「密閉容器だな。移動中の劣化を防ぐ為にも、というわけなのだろう」
「ふむ……防湿・防火に加え、紙の日焼けを防ぐ為に遮光用の素材を使っておるのか……ふむ。勉強になるのう……」
どうやらこちらはこちらで謎の調査ではなく別の科学的な保存容器に興味を抱いていたらしい。なお、ティナが興味を抱いていたのはどうやら大英博物館が最近になって入手した新しい容器らしい。色々と持ち運べてなおかつ優れた保存能力を持ち合わせているらしく、興味を得ても仕方がなかったのだろう。
「これが『四つの署名』の容器のう。中身を今は展示中と……」
盗まれた『緋色の研究』の代わりとして、どうやら今は急いで取り寄せた『四つの署名』が展示されていたらしい。なのでティナ達の観察していた保存容器の中は空だった。
「にしても、これのう……」
魔眼を起動させたティナであるが、やはり見える物は何も無い。というわけで何も見つからないだろうな、と思いながら色々と調べていた一同であるが、『緋色の研究』と共に展示されている『最後の事件』が収録されている短編集の保存容器を見て、ティナがいぶかしんだ。
「ふむ……ここで展示している本は何冊ある?」
「あ、はい。えっと……まず奪われた『緋色の研究』の原稿、それに代わって展示している『四つの署名』の第一版。後は『ホームズの思い出』ですね」
「思い出……確か『最後の事件』が収録されている短編集でしたか?」
「ええ。やはりシャーロック・ホームズというのであれば、ライヘンバッハの滝は欠かせませんからね。最初と最後を展示していたのですが……」
大英博物館の案内の職員は残念そうに首を振る。と、そんな彼に向けて、ティナが問いかけた。
「……では、この四つ目の容器はまた別の物か? 流石にわざわざ」
「へ?」
ティナの指し示したまた別の保存容器を見て、職員が目を丸くする。どうやら彼も四つ目の容器がある事を知らなかったらしい。
「あれ、おかしいな……誰かがまた別の資料をここに置いたかな……警察が来るから倉庫も片付けろって言ったのに……」
どうやら、時々こういう事はあるらしい。ため息混じりに職員は手袋をはめ直して容器を開いた。と、そうして中を見て、思い切り驚く事になった。
「これは……『緋色の研究』だ」
「「「はい?」」」
目を丸くした様子の職員の言葉に、全員が振り向いた。その一方で、彼は慌て気味に中身を確認していた。
「これは盗まれた『緋色の研究』ですよ!? なんでこんな所に!?」
「一度見せてくれ」
「はい」
レイヴンの要請を受けて、職員が混乱気味に『緋色の研究』を渡す。と、そうしてその一方でホームズが、容器の中に残っていた物を持ち上げた。
「これは……カードですね。絵柄は……やはり何時ものだ」
「……もしかしたら、オレ達が来るのに合わせて何かが解除される様になっていたのかもな」
「……ベネット警視を呼んでください。ああ、後その『緋色の研究』は一度鑑識に回すので、レイヴン。保管はしっかりと」
「あ、はい。先生」
カードにはまた何かが書かれているのだろう。ホームズは混乱する職員と『緋色の研究』の原稿を確認するレイヴンに向けてそう指示を出す。そうして、彼らは盗まれた筈の『緋色の研究』の原稿を盗まれた大英博物館にて見つけ出す事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




