断章 第20話 手がかり
遅れて申し訳ありませんでした。
大航海時代において時のイギリス、大英帝国を栄光へと導く最大の要因となった海賊にして私掠船船長フランシス・ドレイク。その死さえイギリスという国の為に偽った男の隠された墓を見つけ出したカイト達は、そこに仕込まれていた封筒を見付けるに至っていた。それを手にロンドンに帰還した彼らは、時同じくしてホームズの足跡を辿っていた教授達と合流する事になっていた。
「ふむ……それでその封筒がフランシス・ドレイクの墓にあった、と」
「ああ。中身は紙の束らしい。詳しくは見ていない。見る前にそちらに一応の確認を取ってもらおうとな」
「正しい判断と言えるだろう」
カイトの発言に教授は一つ頷いた。彼らの魔眼はこういった場合にも有効だ。特に現状何があるかわからないし、何より以前のレメゲトンの姉妹達の事もある。相手が相手である以上、専門家である彼らに確認を頼むのは妥当な判断だろう。
「ふむ……では視てみる事にしよう」
教授はカイトが机の上に置いた封筒を魔眼を使って確認する。そうして、数分後。一つ頷いた。
「……うむ。問題はない。何かが仕掛けられている様子はない。炭疽菌等も無いだろう。おそらくヒントというぐらいなのだから、見つけられる事に意味があるのだろう」
「そうか……じゃあ、とりあえず中を出してみるか」
教授の確認を受けて、カイトは封筒の中身を出してみる。中身はやはり紙の束で、かなり古ぼけた様子があった。とはいえ、どうやら紙の束は一つではなかった様子で、綺麗にビニールで梱包された紙の束が中に収められていた。と、それを見てレイヴンが目を見開いた。
「紙の束? もしかして『緋色の研究』か?」
「さぁ……それにしては新しい気もするが……」
紙の分厚さとしてはかなりのものだ。が、そんな小説一冊分になるかと言われれば、カイトとしては微妙な所と言わざるを得ない。が、彼は小説家ではない。それに、レイヴンも少し気が急いたか、と頷いて机の上にナイフを置いてカイトへと差し出した。
「見てみなければわからない、か……」
「開けて大丈夫か?」
カイトはレイヴンが置いたナイフを手にすると、一度だけ教授と頷きあって中に収められていた紙の束へと手を伸ばす。これが何なのか、そして何の意味があってここに入れられているのかはわからない。
わからないが、何かが仕掛けられていない可能性が皆無というわけではないのだ。しっかりと注意だけはしておくべきだろう。というわけで、彼は用心深く封を開いた。
「……何も、起きないな。ふぅ……中を取り出すぞ」
カイトは開いても何も起きなかった事に安堵を浮かべ、ビニールの中の紙の束を取り出した。と、それと同時に一枚のカードが舞い落ちる。
「うん?」
「カード……だな。あいつの」
こぼれ落ちたカードを見たレイヴンがため息混じりに絵柄をカイトに見える様に裏返す。そこには確かにアルセーヌが予告状に使っているというデフォルメされた怪盗の絵が描かれてあった。
が、それ以外には何も描かれておらず、ただそれだけが描かれたカードだった。そういうわけなので、カイトは再度教授を伺い見る。しかし彼は首を振るだけだった。
「何も無い、というわけか……大方これがヒントであるというメッセージという所かね……」
「とりあえず、中を見てみたらどうだ?」
「そうしよう」
カイトは教授の指摘を受けて、一枚目をめくってみる。が、そこには何も書かれていない。そうして二枚目三枚目とめくってみるも、何も無かった。
「……白紙?」
「何も書かれていない……というわけかね」
「ああ。一切の白紙だ……まぁ、ざっと見ただけなので見落としている可能性は無いでもないんだが……本当に少し見た限りでは何も書かれていない」
パラパラパラと紙の束をめくってみたカイトは教授の問いかけに答えながらも、逆側からページをめくってみる。が、やはり何も書かれていない。
「……さっぱり……ん?」
カイトは何度もページをめくってみて確認していたのだが、そこで異変に気が付いた。と、そんな彼に教授が問いかける。
「どうしたのかね」
「いや……この紙……全部少しずつ切られている。かなり鋭利な刃物で切れ込みを……いや……それだけじゃないな……よく見れば所々紙が抜き取られている……」
カイトは紙の束を改めて精査しながら、幾つもの紙に一見するとわからない様な痕跡が残っていた事に気が付いたようだ。それは本当に一見するとわからない程に綺麗な切れ込みが入っていたり、流し見ではわからない程に小さく紙が抜き取られたりしていた。
「……何か……妙な形に切り取られているな……」
「少々、お借りしてよろしいか?」
「ああ、どうぞ」
カイトはホームズの求めを受けて、彼へと紙の束を差し出した。そうして受け取った紙の束を彼はじっくりと観察していく。
「……ふむ」
ホームズは時に数枚纏めて透かしてみたり、時にどこかで借りたらしい紫外線ライトで照らしてみたり色々な方法で紙を確認する。そうして、彼は険しい顔で呟いた。
「紙の総数は……その中のおおよそ五枚には同じ切れ込み……規則性……」
ホームズは物差しでこれと思った紙に入っていた切れ込みの長さを確認する。そうして、しばらくの後。彼は一つ頷いた。
「人体ですよ、この切れ込みは。犯行予告というべきか、それとも犯行そのものというべきかはわかりませんが……」
「どういうことですか?」
「この紙の右端、よくご覧になってください」
カイトの問いかけにホームズは紙の右端を指し示す。そこには真一文字に切れ込みが入っていた。それを確認したのを見た後、彼は更にその下に入っていた紙をカイトへと提示する。
「次のここ……全ての紙のこの位置に切れ込みが入っています」
「ホントだ……これは……大文字の『T』ですか?」
「いえ……次を見た方がわかりやすい。特にこの中で一番分かるのは貴方でしょう」
ホームズはカイトの問いかけに首を振ると、更に三枚目の紙を彼へと提示する。そうして、カイトもこれが何を表しているのか気が付いた。
「これは……正の字?」
「でしょう。確か日本では数字を数える時、正の字を使うのでしたね?」
「ええ……これがページを表していると?」
「というよりも、纏まりというべきでしょう。今偶然一番上にあったのがこれなのでこれを提示しましたが、他にも英語圏で使われる記号やアルファベット等、纏まりがわかる様にされていました」
ホームズはカイトの問いかけに答えると、彼がソートしたらしい紙の束を幾つかに分けて机の上に置いた。その数は五つだ。
「さて……まぁ、これについてはどれを例として上げても良いのですが、少し理由がありましてこのままこの『正の字』の紙の束を使って解説しましょう」
ホームズはそういうと、五つの紙の束の内先程カイトへと例に使った『正の字』が刻まれた紙の束を提示する。そうして、彼は今度は束ねた紙の束をバラバラにして、レイバンへと問いかけた。
「レイバンさん。確かこの用紙と同じサイズのトレーシングペーパーを持っていらっしゃいましたね?」
「ああ、持っているが……必要かね?」
「ええ。一枚頂ければ」
「わかった……使いたまえ」
ホームズの要請を受けて、レイバンはカバンの中からトレーシングペーパーを取り出して差し出した。その内の一枚をホームズは手に取ると、彼は四方を合わせて上から切れ込みを含めて転写する。
「さて……まず一枚目の切れ込みがこうなっていて……次に二枚目の切れ込みはこう……三枚目……」
ホームズはトレーシングペーパーへと慣れた手付きで切れ込みと空白を転写していく。そうして、あっという間に全ての切れ込みが一つの紙に書き込まれる事になった。が、そうして全員が浮かべたのは驚きではなく、絶句であった。
「これは……もしかして……」
「ええ……女性の人体図。それも、左の腎臓と子宮の無い人体図です」
絶句した一同に対して、ホームズははっきりと浮かび上がった絵柄を明言する。一つ一つは別々に刻まれていて一見するとわかりにくいが、全てをしっかりと重ね合わせると空白が人体の臓器を表していたのであった。と、その一方でもう一つ刻まれていた『それ』にレイヴンが気が付いた。
「あ……先生、その左下の文字は……」
「ああ、わかったかね。そうだ。これは人名……『キャサリン・エドウッズ』。被害者の名前だよ」
「っ! じゃあ、他のは……」
「いや、それは違う様子だ。確認したが、今までの被害者の名前は刻まれていない」
驚いた様子のレイヴンに対して、ホームズははっきりと首を振る。キャサリン・エドウッズ。それは言うまでもなくこの事件が大々的に報じられるきっかけとなった被害者の名前だ。
「だが、その代わり。被害者の名前は刻まれていた」
「被害者の名前?」
「うむ……ジャック・ザ・リッパー事件の被害者の名前だよ。そして、この遺体の首元に入る真一文字の横線……わかるかね?」
「あ……」
何故見落としていたんだろう。レイヴンは欠けた臓器に目が行っていて気付かなかった喉元と思しき所に刻まれていた横線に気付いて、目を見開いた。
「イギリス人なら、誰もが分かるだろう? 鋭利な刃物で切り裂かれたという符号。喉の傷、持ち去られた臓器……それらは全て、ジャック・ザ・リッパー事件の被害者に共通する傷だ。そして勿論、刻まれていた名前も当時のジャック・ザ・リッパー事件の被害者の名前で、抜き取られていた部位も被害者の部位と合致している」
「つまり……この事件はジャック・ザ・リッパーを模した事件だ、と?」
「そうだろうね。流石にこの世界でジャック・ザ・リッパー事件が真実としてどの様に扱われているかは私にはわからないが……少なくともこのヒントから察せられる内容としてはジャック・ザ・リッパーである事に間違いはない」
レイヴンの問いかけにホームズははっきりと頷いた。詳しい事はわからないものの、この事件がジャック・ザ・リッパーに関係している事は疑いようがない。とはいえ、ここまで解き明かして、彼は一転首を振った。
「とはいえ……これをヒントと考えて良いのかは私にはわかりません」
「? どういうことですか?」
「この程度なら誰でも解き明かせるし、わざわざヒントにする程の意味を感じないのですよ」
カイトの問いかけにホームズははっきりと明言する。そうして、彼は断言した。
「それこそ少しジャック・ザ・リッパー事件に詳しい者であれば、被害者の名が『キャサリン・エドウッズ』の時点で気づくでしょう。現にマスコミの中にはもうこの偶然の一致にしては出来すぎた事態を見て、第二のジャック・ザ・リッパー、ジャック・ザ・リッパーの再来なぞと騒ぎ立てている。今はまだ捜査に影響が出るという事で御遺体から抜き取られた臓器については隠されていますが……長くは続かないでしょう。そうなると、誰もが気づくはずです」
「ふむ……」
そう言われてみれば、そうとも考えられる。そう頷いた教授に対して、レイヴンが口を挟んだ。
「ですが……これはヒントです。ヒントが無く解き明かせないのでは、ヒント足り得ないのでは?」
「無論、それはそうだ。彼がヒントを探しに行け、と言ったわけではない。我々が勝手にヒントを探しに行ったというだけだ。それに、この事件の情報をどこまで警察が明かすか。それも彼らにはコントロール出来ない。結果、指摘が無いままに終る可能性も無きにしもあらず、と言える」
レイヴンの指摘にホームズもまた、これが自身の考え過ぎである可能性を理解していた。相手とてどこまでこちらの動きをコントロール出来るかは未知数だ。それ故のヒントだった、と言われればそれまでである。
「ふむ……であれば、その紙の束に関する調査はミスター・ホームズにお任せしても?」
「承りましょう。ここ数日で感じた限り、どうやら現状では行動面に関しては私は色々と足手まといになる。であれば、私は私に出来る事……知恵を絞る事に専念した方が良さそうだ」
カイトの申し出にホームズは快諾を示した。この数日彼もカイト達と共に動き回って理解したのだが、やはり彼はまだ魔術が使えない。一応万が一の護身用として空いた時間で教えて才能が無いわけではない事はわかったそうなのだが、現状でしっかりとした講習を行えるわけでもない。どうしても、この面子の中では色々と足手まといにならざるを得なかった。そうしてそんな彼の言葉を受けて、カイトはレイヴンの方を向いた。
「レイヴン。悪いが彼の補佐を頼めるか?」
「ああ、それが良いだろうな。俺だと警察やら各種の組織にも顔が利く。このまま引き続きロンドンに残るよ」
「頼む」
カイトはレイヴンに引き続きロンドンに残ってのホームズの補佐を依頼しておく事にする。そうして、彼らは再び明日からの作業に備えてゆっくりと休養を取る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




