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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第16章 英国物語編

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断章 第11話 幕開け

 教授達の要請により、大怪我を負った状態でイギリスに渡る事になったカイト。彼は補佐としてティナらを引き連れてイギリスに渡ると、その後はまず『常春の楽園(アヴァロン)』に入り更にその後、アレクセイの案内を受けてイギリスでの滞在先となるホテルへと到着していた。

 と、そこで待っていたのは他でもない。彼を呼んだ教授とその娘のレイバンだった。その横には、カイトの見知らぬ黒いインバネスコートの青年とハイティーンの少女が座っていた。


「ああ、ブルーくん。待っていたよ。すまないね、先に部屋に入らせて貰っていて。しばらくぶりだが……元気そうではあるが、息災、とは言えないか」

「ああ、しばらくぶりだ……まぁ、なにせあの大怪我だったのでな。流石にこれは勘弁して欲しい」


 教授と握手を交わすカイトはそのまま、裾から見える包帯について言及する。とはいえ、これは教授にもわかっていた事だ。なので気にする事はなかったし、それについては申し訳無ささえ感じていた。


「いや、それについては私とて申し訳ない限りだ。本来、君にはベッドで優雅に眠っていてほしかったのだが……そうも言っていられない話になってしまってね」

「話については幾許かは聞いている……まーた、奴らか」

「そういう話でね。よくよく考えてもみれば、先の戦いであそこまで君に着目していた奴らだ。この一件で君を呼ぼうと思っても不思議はなかったのだろう」


 カイトの苦言に教授も頷いて、今になって考えてみれば当然だったとしか言い得ない事について言及する。そもそもニャルラトホテプがカイトに目を掛けていたのは彼らも知っている。その理由やどれほどかはわからないものの、それでも目を掛けていた事は知っているのだ。これは正しい判断だろう、と思っていた。


「やれやれ……本当に嫌になるな」

「そう言わないでくれたまえ。君が居ないと舞台の幕が上がらない……まぁ、上がった所で更に次のステージに移行するだけというのだろうがね」

「まぁ、一人でも犠牲者を減らせるのなら減らせる様になんとかしてみよう……それで、そちらの二人は?」


 カイトは適度に挨拶を挟んで、レイヴンとアビゲイルの二人に視線を動かす。この二人の紹介をされない事には次に進めない。というわけで、教授が二人を紹介してくれた。


「こっちの青年がレイヴン・クロウ。こちらの少女がアビゲイルだ」

「アビゲイル? アビゲイル・ウィリアムズか?」


 アビゲイル・ウィリアムズ。それはアメリカにおけるとある事件によって有名な少女の名だ。と言っても、何の脈絡もなくカイトとてこの名を出したわけではない。

 アーカムはマサチューセッツ州にあるわけであるが、このアビゲイル・ウィリアムズという少女もまたマサチューセッツにおけるとある事件、通称セイレム魔女裁判で有名になった少女だ。

 一説にはラヴクラフトがアーカムを執筆する際にモデルにしたのはこのアビゲイルの出身地であるセイレムとされている。ラヴクラフトの記したクトゥルフ神話でもこのセイレム魔女裁判と似た事件は起きたとされていて、この名を聞いてはどうしてもその少女を思い浮かべてしまったのだ。


「いや、そうではない。単に同名の別人だ……以前、私の盟友にレイヴンという名の男が居ると言った事があったね?」

「ああ、そちらは聞いた。彼が、そうなのだろうとも思っている」

「ああ……レイヴン。彼が、ブルーだ」

「レイヴン・クロウです。この名前はコードネームに近いですが、今はもう本名では殆ど呼ばれないので貴方もこちらで」


 レイヴンは教授の紹介を受けてカイトに対して手を差し出す。それを受けて、カイトもまた手を差し出した。


「ブルーだ。おそらくそちらも知っているとは思うが、色々と事情があって名は伏せていてね。こちらも同じくブルー、ないしは日本風に葵と呼んでくれると助かる」

「ああ、ブルー。お会いできて光栄だ。こっちは先に教授の紹介にあった通り、アビゲイル。アビーだ。俺の相棒だよ」

「アビゲイル・クロウです。アビーとお呼びください」


 レイヴンの紹介を受けて、次いでアビーが頭を下げる。そうして一通りの自己紹介を終わらせた後、カイトは改めてレイヴンを見た。

 彼の服装はやはり黒いインバネスコートであるが、やはり客が来るという事できちんと身だしなみを整えている。黒い髪はきちんと整えられていたし、顔立ちについても悪くない。英国紳士と言われれば納得出来る。

 そんな彼であるが、どこか日本人風の印象が見受けられた。敢えて言ってしまえばハーフっぽい、という所だろう。この事件の後に交流が出来てカイトが聞いた話であるが、どうやら彼は昔ヴァチカンに根を下ろした高山家の血を引いていたらしい。

 外なる神達の改造により、その祖先の血、即ち日本に端を発する異族の血が少しだけ色濃く出ているとの事であった。肉体強化の一環という所だろう、だそうだ。


「ありがとう……にしても、ずいぶんと変わった体質を持っている様子だ。貴方も、彼女も」

「俺は百年ぐらい前に邪神共にキャトられて弄くられてね……ああ、こっちのアビーは言ってしまえば邪神達に作られたホムンクルスに近い。俺が教授に助けられた時に、色々とね。それ以来一緒なんだ。些か人間とは違うが、そこは目を瞑ってやって欲しい」

「気にしないさ。なにせこちらの布陣がこちらの布陣だからな」


 レイヴンの申し出にカイトは一つ頷いて、アビゲイルにも笑みを向ける。さて、アビゲイルであるがやはり人間ではないからかまず髪の色からして人間ではありえない色だった。

 その髪色は非常に青色に近い白で、敢えて言えばラベンダー色に近い。スタイルとしては平均的なイギリス人の少女らより少し良い。顔立ちは間違いなく美少女だが、どこかミステリアスな雰囲気があった。と、そんな少女を見て、カイトの懐に居たアル・アジフがカイトへと語りかけた。


『……あれは私の系譜だ、父よ。おそらく私の力を使えると見て良い。それもかなり高度に使えるだろう。ホムンクルスと言ったな。おそらく、私の……原典たる私の因子を利用されていると見て良い』

『ふむ……確かにそんな感じがある。見た目と言い、雰囲気と言い……オレからしてみれば曾孫や玄孫、もしくは親戚の娘という所なのかもしれないな』

『そんな所だろうが……注意はしておけ。私の……父の知識を使って作られた者だ。生半可な力ではないぞ』

『外なる神が絡んだ少女で、油断もなにもないさ。必要は無いだろうがな』


 アル・アジフの助言にカイトはしっかりと危険性を認識しておく。この程度の少女に怯むカイトではないが、『キタブ=アル・アジフ』の知識の恐ろしさは誰よりも自分がよく知っている。なので注意しておくべきだろう、と心には刻んでおく。そんなカイトに対して、レイヴンが笑って頭を下げる。


「そうか。ありがとう……にしても貴方も貴方で中々に面白い物を持っている様子だ」

「ああ、これか。『キタブ=アル・アジフ』。ネクロノミコンの原典だ。色々とあって、今はこれを魔導書としている。まぁ、今回はニャルラトホテプが相手だというからな。お守り、というわけだ」

「それは良い判断だ」

「そうか……それで、現状を教えてくれ。今何がどうなっているか殆どわかってなくてな。教授には事件が起きていて、それがおそらくニャルラトホテプである事、メッセージからオレを呼んでいるのだろう、と推測されているぐらいしか知らないんだ」


 カイトは適度に挨拶を交わし合うと、そのまま本題に入ることにする。そうして、カイトは教授達よりこのイギリス、それもロンドンを中心として起きていた幾つかの事件と謎を教えられる事になる。


「ふむ……アルセーヌね。アルセーヌ・ルパン……しばしば小説の中ではシャーロック・ホームズと共に対比される事のある怪盗。作者はフランスの作家モーリス・ルブラン」

「うむ……おそらくそれ故にアルセーヌはシャーロック・ホームズの第一作の生原稿を盗み出したのであろうな」

「どういう事かね」


 ティナの推測に、教授が更に突っ込んだ事を問いかける。状況の説明の際に決まった事だが、今日一日は明日からの活動の準備期間に当てる事にしていた。なので今日は今まで専門家を欠いていた事で欠けていた魔術的な観点から物を見る事にしていたらしい。


「そうじゃのう……先に謎を解くのであればシャーロック・ホームズ、と言うたな?」

「うむ、聞いたとも」

「では、逆に問おう。もしシャーロック・ホームズと対比する悪となれば」

「ジェームズ・モリアーティ教授しかいない。名探偵シャーロック・ホームズ先生に対して、犯罪コンサルタントとでも言うべきジェームズ・モリアーティ教授。光の主人公が先生なら、ジェームズ・モリアーティ教授は影の主人公だ」

「……お、おう……」


 唐突に口を挟んで力説するレイヴンに対して、思わずティナが引きつった顔で頷いた。が、彼女は即座に気を取り直して首を振った。


「い、いや。そういう話ではない。それは物語として、の話であろう。やはりどこまで行ってもジェームズ・モリアーティ教授とはシャーロック・ホームズの引き立て役。探偵が主人公である以上、悪はどうしても敵役よ」

「ふむ……であれば、悪を主人公とした物語で最も有名な物は何か、というわけか」

「うむ。紳士かつ冒険家なれど、アルセーヌ・ルパンの本質は怪盗。悪よ。その冒険や悪い者達から宝物を盗み出す様に人々は心惹かれるが故な」


 アルセーヌ・ルパン。もはや怪盗と言えば誰か、と言われれば必ず上がる名だろう。イギリスの探偵に対して、フランスの義賊。この二人はおそらくこの地球上でも有数の正義と悪の二枚看板だろう。

 その人気はおそらくどちらも勝るとも劣らない。連載中からして、どちらが上なのかと常々比較されていた二人だ。確かに、シャーロック・ホームズに対してアルセーヌ・ルパンを対比させるのは正しいと言えるだろう。が、それだけではなかった。


「……そして、もう一つ。アルセーヌ・ルパンとシャーロック・ホームズにはとある共通点がある……それは、期せずしてこちら側にも関係があると言える」

「うん? 先生とルパンの共通点? ああ、わかった。武術か」


 ここら、シャーロキアンかつ長く生きているレイヴンという所だろう。当然だがアルセーヌ・ルパンについても連載当時から知っていたらしい。当時は読んでいなかったものの、流石に長く生きると暇が出来て一度は読んでいた。


「うむ。バリツ……これは一体何か、と問われた時お主はなんと答える」

「ふむ……答えは様々、もしくはファンの間でも議論が分かれるが……俺は柔術より武術を推す。シャーロック・ホームズほどの人物がバーティツや柔術だけを習得していたとは思えない。おそらく柔術としているのは、先生の策や悪戯。相手に先入観を与える為の、ぐぎぇ! なにすんだよ!」

「失礼しました。そして出来ればこの馬鹿マスターにシャーロック・ホームズに対する話は振らないでくだされば」


 後ろからレイヴンを殴りつけたアビゲイルはティナへとそう言って頭を下げる。とはいえ、ここではそのシャーロック・ホームズが話題の中心であるのだし、そもそもここからの話をするにしてもこの話題だけは避けられない。


「そうは言うてものう……まぁ、暴走が見受けられればお主が叩けば良い」

「……良いのですか?」

「余が許可しよう」

「俺は許可してないぞ!?」

「では、真面目に話をせい……さて、そのバリツ。少なくともお主は日本の武に関する物であることは認めよう」

「ああ。それは確実だと思う」


 レイヴンは気を取り直して、ティナの言葉に同意を示した。少なくともシャーロック・ホームズは何らかの日本に関わりのある武術を学んでいた。バリツが何であれ、それだけは事実だ。


「うむ……さて。この一方。実はアルセーヌ・ルパンも同じく日本の武術をマスターしておるとされておる」

「ああ。モーリス・ルブランは親日家として知られ、アルセーヌ・ルパンには何時か日本に行ってみたいと言わせている事は知られている。どちらも、日本の武術をマスターしていたと断言して良いな」

「そうじゃ。それ故、アルセーヌはシャーロック・ホームズを狙った。彼奴が仕掛けた謎を解くに際して、連載時から戦わされていたシャーロック・ホームズというのは天敵の中の天敵よ。もしこの魔術を使ったのであれば、間違いなく問答無用に答えさえ示せよう……おそらく、じゃが。どこかにあるじゃろうルパン対ホームズの原稿は精巧な偽物とすり替えられておるじゃろうな」


 なるほど。ティナの解説に全員が納得する。謂わばこれらは謂わば武器の特攻と一緒だ。『シャーロック・ホームズ』という武器が最も力を発揮するのは言うまでもなく謎に対して。その中でも世界で最も有名な怪盗の謎に対して最も効果を発揮するというわけなのだろう。


「わかった。それはこちらから調べさせよう……それで、狙って何をするつもりなのだ?」

「それはわからぬよ。まだ情報が足りない。足りなすぎると言って良い。しばらくは情報収集に務めるべきであろうな」


 教授の問いかけにティナはそう明言する。これで、アルセーヌがシャーロック・ホームズを狙った理由がわかった。そして他にも狙われただろう物も判明した。が、まだ情報はあまりに足りていなかった。

 そもそもその情報を集めるべく次の段階に進める事にしたのだ。来ただけで解決してはどうという事もない。そうして、カイト達が合流した事で舞台は次の段階へと移行する事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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