断章 第4話 出会いの物語・出会い編2
「ちょ、おま!今の誰だかわかってんのか!」
ホームルームが終わり、僅かな時間で近くに居た男子生徒数人がカイトに急いで駆け寄って声を掛けた。
「ん?転校生だろう?」
この時、ソラの正体と人となりをまだ知らないカイトは本心から、そう言ったのだが、この男子生徒は巫山戯ていると思ったらしい。
「おま、あの天城だぞ!巫山戯てる場合かよ!」
「ん?有名なのか?」
「はぁ!?」
「お前、知らないのか!ここらじゃ有名だぞ!」
「・・・ああ、やっぱり知らないな。」
カイトは少し考え、記憶も辿ったが全く思い出せなかった。知っていたとしても、完全に摩耗した記憶の部分なのだろう。
「えぇ・・・まあ、なら納得・・・か?こないだ話してた様な・・・」
「あいつ、停学明けに転校、とか言ってたらしいけど、まさかウチかよ・・・」
ぶるり、と男子生徒達が震える。それほどまでに、ソラが怖いらしい。
「停学?」
「ああ、なんか前居たとこで数十人の三年と喧嘩して、たった一人で全滅させたんだってよ。」
「それも、三年は卒業前、最後の勝負とか言って挑んで、それこそ人数集めてやったらしいんだけど、全部一人で潰したらしい。噂だと、ここら高校の不良もあいつには絶対道を空けるってよ。」
「陸上部の先輩に聞いた話だと、まあ、さすがにやり過ぎた、ってもんでそっから追い出されて、どっか転校するって話だったんだけどよ・・・事実だったわけか。」
「おまけに家はあの天城家ってことで、教師達も親達も文句が言えねえ。最悪中の最悪、ってやつだ。」
「ふーん。」
カイトは心底興味なさそうにする。それに翔がぽかん、と口を明けたまま、目を瞬かせた。
「ふーん、って、お前・・・」
「あー、おい、山岸。こいつ、そういや・・・」
「・・・あ。」
呆れた翔に、男子生徒の一人が思い出したかの様に言う。そして、そんな男子生徒の様子に、翔も思い出した。そうして、翔は急いで忠告する。
「・・・お前ら、絶対に喧嘩すんなよ。」
「売られない限りは買う気はない。」
「売られても買うな!」
カイトは喧嘩を売らない。それは全員知っている。だが、売られれば買うのだ。ではソラに言いに行けば良いと思うのだが、それは彼らには出来なかったらしい。まあ、ちょっと変わったとは言え友人であるカイトと、地域で一番ヤバイと噂の不良であるソラ。どちらに言った方が安全かは、わかりやすかった。
「さて、それは奴がどういう風に売るかどうか、だな。」
そんなカイトに、彼らはもはや、何も起きない事を祈るしか出来なかった。
「ふぁー・・・寝み・・・」
ソラは道中でサボっているのを見られた教師達をひと睨みで退散させ、悩んだ挙句に屋上へとやって来ていた。朝は仕方がなかったが、後は放課後までは、教室に戻るつもりは無かった。そうして、サボりをいいことに混み始める前に購買で買ったパンを食べながらのんびり音楽プレーヤーで音楽を聞いていた彼だが、そこで怒号が鳴り響いた。
尚、屋上にはそれなりにガラの悪そうな先輩方が屯していたが、彼なりの話し合いによって、席を譲ってもらった。
「オラァ!」
再度、男子生徒らしい大声が屋上まで響いてきた。
「あぁ?」
大方かつて喧嘩を売った奴が自分の転入を知って殴りこみをかけてきたか、と思い、顔を上げてドアを睨むが、誰も居ないし、ドアを開ける気配も無かった。しかし、怒号は続く。
「てめぇ、舐めてんじゃねえ!」
「ぐがっ!てめ、何しやがる!」
「わ、わりぃ!」
どうやら、誰かと誰かが戦っているらしい。それも、一人では無く複数だ。声の内容から、ソラはそれを察する。そうして、声の中に同士討ちと思われる声が多数含まれている事に気付いて、ソラは興味を覚えた。
「なんだ・・・?」
自分も一対多の戦いをしているので、それなりに同士討ちを見ている。が、それを意図的に起こせた事は無いし、起こそうと思ったことも無い。しかし、この戦いでは何度も同士討ちが起きている。それ故に、興味が湧いたのだ。
「てめ、いい加減にしやがれ!さっきから俺ばっか狙ってんじゃねえか!」
「てめぇこそ俺ばっか狙ってんだろ!・・・まさか、てめぇら!実はこれを口実に俺達を潰す気で協定持ちかけやがったな!」
「あぁ?そりゃてめぇらんとこじゃねえのか!」
「もういい!天音は後だ!先にC組の奴潰せ!」
「本性出しやがったな!おい、こっちもやっちまえ!」
ついに始まる本格的な潰し合い。それの一部始終をソラは屋上から眺めていた。傍目八目、とでも言うべきか、それが意図的に引き起こされた物である事に、彼だけは気づけた。
「へぇ・・・この学校にも面白そうな奴いるじゃねえか。」
犬歯を見せて笑うソラ。停学中、売られた喧嘩は全て買ったが、いまいち面白く無かったのだ。しかし、同士討ちを意図的に引き起こした者の動きだけは、そんな彼に喧嘩を売った奴らとは段違いに違っていた。
「あいつは・・・天音、だったか?どっかで聞いたな・・・」
そう思い、彼は後ろで寝ている生徒に聞こうと振り向いた。
「お、丁度いいところに。」
すると、どうやら彼らもお昼寝は終わったらしい。起き上がり、此方に敵意満々の視線を送っていた。
「なあ、一個聞きたい事があるんだけどよ・・・」
そうして、ソラは獰猛に牙を剥いて、襲い掛かってくる生徒達を迎え撃つのであった。
「やっちまった・・・どいつか一人は残しておくべきだった・・・」
あちゃー、と額を抑えながら、ソラは呟く。腹ごなしに少しの運動、と思い迎え撃ったのだが、腹ごなしと思っていたのが悪かったらしい。襲いかかってきた生徒達は、昼食後のお昼寝に入ってしまっていた。これでは、聞きたいことは聞けないだろう。さすがに彼も学校で過剰な暴力を振るってまで聞き出すつもりは無かった。
「どうすっかな・・・」
こうなると、自分のコネの無さが悔やまれた。誰か一人でも知り合いが居れば、そこから辿ることも出来たのだろうが、居ないものは仕方がない。
「しゃーねぇ。教室行ってみるか。」
どうしようか悩んだ挙句、スマホを起動して、丁度チャイムがなる少し前である事に気付いた。さすがに彼とて、授業中の邪魔をする程、作法がなっていないわけではない。そうして、十数分程待っていると、チャイムが鳴った。ソラはスマホでやっていたネットサーフィンを切り上げると、立ち上がり、屋上を後にする。
「あ、風邪引くなよ。」
尚も寝続けている生徒達に、彼は少し上機嫌に声を上げた。そうして教室へ向かうソラだが、教室に入って直ぐ、問い掛けが必要出ない事を知った。
「おい、お前、天音か?」
ソラはとりあえず、与えられた自席の後ろの生徒にでも問い掛けるか、と思っていたのだが、その後ろの生徒こそ、他ならぬカイトであった。
「ああ、そうだが・・・自己紹介はしていなかったな。天音 カイト。お前の一個後ろの席の生徒だ。」
「お前、今日の昼校舎裏居たか?」
「・・・ああ、あれを見たのか。ああ、単なる最近の日課だ。気にするな。」
厄介な奴に厄介な物を見られた、二人の会話を聞いていた全生徒とカイトは同じ考えを抱いた。
「ほう・・・ならよ、後で面貸せ。放課後、校舎裏だ。」
「要件は何だ?」
「あ?」
ソラはカイトを睨むが、カイトには一切意味が無い。それどころか、一切気にせず次の授業の用意を始めていた。
「お、おい天音・・・」
偶然近くに居た翔が、そんなカイトにやばい、と言外に語るが、彼が不安に思った未来は起こらなかった。
「じゃ、来いよ。来ないならこっちから潰しに行くぜ。」
ソラはそう告げると、再び去って行く。翔だけでなく、他の生徒達も教室で喧嘩が起こらなくてホッと一安心していた。
「おい、お前な・・・いくらなんでもそんな態度は無いだろ・・・」
「睨まれた程度で、ビビる必要も無し。実害が出ないなら、別にどうでもいい。避けることは得意だからな。」
「見てるこっちが腹痛いんだよ・・・」
翔や、周囲の男子生徒達が頭と腹を抱える。そうして、ほっと一安心ついた事で、誰もが口々に話し始めた。
「つーかよ、誰かセンセに言いに行けよ。」
「いや、だってよ・・・」
「睨まれたらどーすんだよ!」
クラスの生徒が、口々に小声で噂話を始める。
「知ってっか?前の学校じゃあいつ、親が親で家も家だから、ってPTAも教師の誰も何も言えなかったらしい。教師の中には取り入ろうって、ヘコヘコした奴まで居るらしいぜ。」
「そいつ知ってる。今日も朝日誌取りに行ったら、あのハゲがすんげーキモい顔で揉み手してやがった。」
「あ、でもその後睨まれて、ビビってすごすごと逃げ帰ってたけどねー!」
「え、マジ?ばっかじゃねーの。つーか、雑魚っ!」
そうして、いつしか校長の悪口大会へと話題が変更され、カイトの一件はなんとか、忘れられる事となった。
「おい、マジで行くのか?」
放課後。カイトは男子生徒の一人から、心配そうに話しかけられた。
「ああ、理由もわからんからな。大切な用事だったら困る。」
これはカイトが前々から教師達にも言っている言い訳だ。表向きは正しいので、誰も文句は言えなかった。尚、ティナには少し遅れる、と言ってあるので問題は無い。あくまで、少しならだが。
「さて、じゃあ行くかな。」
「でも、鞄持ってかないんだな。」
「邪魔だからな。」
既に喧嘩をする気であるとわかるのだが、気負いの無いカイトに、誰もが不安と安心が半分半分の表情で見送った。
「さすがに誰か見て来なさいよ。」
ある女子生徒の発言は、放課後なのに残っていた全員に届いた。そう、カイトが去った後の教室では、クラスの全員が残っていた。現状、この一件はクラス全員が知っているので、誰も帰るに帰れないのであった。
地域で最強の不良対校内で最もヤバイ奴の戦い。どんな事が起きても不思議で無い、というのが、全員の認識だ。帰ってもしもの事があった場合、後味が悪すぎるからだ。
「あー、俺行ってくるわ。翠さんからも見て来いって言われてるし。さすがにあの人に言われちゃ断れねえ。」
かなり溜め息を吐いた翔だが、彼がまずは志願した。自身が懸想している相手から、この一件について気にかけてあげなさい、と言われてその日の内に見捨てて帰っては、彼の信用はガタ落ちであった。それ故、翔は真っ先に志願したのである。
「あー、じゃあ、俺も。」
翔が手を挙げた事で、更に数人の生徒が志願する。最悪、そのまま複数人で止めに入り、一人が教師を呼びに行くつもりだったのだ。
「あー、最悪一週間ぐらい天音に飯奢らせよ。」
「そうしよーぜ・・・」
教室を後にして、男子生徒一同が若干震えながら、口々に言い合う。誰もが殴られるだろうな、と思い、その代償はカイトに払わせることで帳尻を合わせたらしい。この時点では誰も、カイトが勝てると思っていなかった。しかし、彼らが校舎裏の死角に辿り着いた時、そこでは彼らの予想を裏切る光景が繰り広げられていた。
「はっ!」
ソラが勢い良くケリを繰り出す。が、カイトには当たらない。そうして、ソラは一度止まり、カイトを油断なく観察する。
「・・・意外だな。」
カイトは小さく呟いた。これは本心からの呟きだ。
「てっきり勢い任せの戦い方かと思ったが・・・何らかの武芸が仕込まれているな。」
だからこそ、カイトは驚いたのだ。ソラの戦い方には実戦的な喧嘩仕込みの動きが見受けられるが、その根本には確かに、何らかの武芸が根付いていた。
「少なくとも空手や柔道、じゃないな。」
カイトはまだこの当時、この二つ以外の地球発祥の戦い方を知らない。ある事は知っていても、どのような物なのか、まだ見ていないからだ。
とは言え、カイトが地球で有名な武芸を全て網羅したとしても、ソラの武芸はわからなかっただろう。これは、天道家に伝わる護身術の一つなのだ。それ故、天道家と有力な分家にしか習得が許されておらず、知りようがなかったのだ。
「多分、剣術系統だな。」
そう言っても、カイトとて大戦を最前線で生き抜いた歴戦の戦士だ。その少しの戦い方だけで、それが徒手空拳を主眼としていない事を見て取った。
そして、この読みはあたりであった。ソラは実家と不仲になった時点で止めたが、剣術を少しだけ齧っていた。それが動きの端々に乗っていたのである。
「・・・地球にも実戦を主眼とした戦い方があるのか。」
剣道であれば剣を持って戦う事を主眼としたスポーツであるが故、徒手空拳は教えない筈だと判断する。必要が無いし、下手に使えばルール違反であるからだ。しかし、ソラの戦い方には明らかに徒手でも戦える様に工夫がなされていた。だからこそ、剣術、剣で戦う術、と言ったのだ。
「戦いの筋は良いな。」
先ほどからカイトは何度かソラの自滅を誘おうとしているのだが、ソラはそれを全て躱している。少なくとも、実力、スタミナ共にカイトに喧嘩を売っている上級生たちを遥かに上回っているだろう。とは言え、やはり地力が違いすぎる。次第にソラの顔には疲労が見え始めた。
「てめぇ・・・マジでナニモンだ?」
「単なる学生だ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「・・・単なる学生がタイマンで俺に勝てるかよ。」
自身の強さはソラが一番よく把握していた。それなのに余裕のカイトに、ソラが眉を顰めた。そうして、遂にはぁはぁ、と肩で息しながら、ソラが止まる。さすがに疲れ果て、これ以上は戦えなくなったのだ。
「勝った?オレは一切手出ししてないが?」
「ちっ・・・」
尻餅を着いて休むソラ。そこへ野太い声が響いた。
「おい!喧嘩をやめろ!」
ガタイの良い男性体育教師数人を筆頭として、運動部系の顧問達という力が強い教師達で二人を止めるべくやって来たのだ。様子を見に行った翔達が遅かったので、さすがにヤバイ、と思った教室に残った生徒の一人が職員室へ言いに行ったのである。しかし、見た物は翔達と同じく、彼らの予想を違える物であった。
ちなみに、教師達が何故この様な編成なのかというと、二人の強さは職員室でも有名であり、なまじ力の無い教師達を送っても逆に怪我をされる恐れがあったからだ。
「・・・なに?」
てっきり地に伏しているのはカイトだと思っていた教師達だが、地に伏している者は無く、近い状況なのは尻餅を着いて息も絶え絶えなソラだ。
「おや、三条先生。どうされました?」
教師達に気付いたカイトが、にこやかな笑みを浮かべて問いかけた。
「・・・いや、ここで喧嘩をやってる、って聞いたんだが・・・」
どう見ても、ただ単に疲れているだけのソラと、いつも通り平然としているカイトだ。これを見ただけで、喧嘩があった、とは言えないだろう。
「?可怪しいですね。喧嘩なぞやってませんが・・・まあ、天城が疲れてるのは、ちょっと運動に付き合ってくれ、と言われたので彼の運動を見てやっただけです。もしかしたら、それを喧嘩と勘違いしたのかもしれません。」
カイトは顔に少しだけ訝しむ素振りを見せ、次いで柔和な笑みを浮かべて教師達に嘯く。彼らはそれの真偽を見定める事は出来ない。翔達はそんなカイトに呆気に取られて何も言えず、教師達は誰も見ていないからだ。これが、カイトが問題児たる最たる所以。嘘か真か教師達にも、いや、見ていた筈の翔達にさえ悟らせない話術であった。
お読み頂きありがとうございました。