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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第16章 英国物語編

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断章 第7話 現場検証

 イギリス政府の要請を受けて姉妹校提携に関わる懇親会に先駆けてイギリスの地に踏み入れていたラバン・シュルズベリイ教授とその娘、レイバン・シュルズベリイ准教授率いる対外なる神の研究対策チーム。

 彼らはイギリスにて元教授の教え子であり同じく邪神により改造された者でありイギリス政府の特殊工作員の側面を持つコードネーム『レイヴン・クロウ』という青年――と言っても改造の影響で実年齢とはかけ離れているが――と合流してひとまずの用意を整えていた。

 そうして、その翌日。早速とばかりに教授達はレイヴンと共にアルセーヌを名乗るニャルラトホテプが盗みに入った大英博物館へと朝一番にやってきていた。やはりあれだけの事件かつアルセーヌの性質から、まだマスコミ各社やタブロイド紙の記者達が張り込みを行っている様子だった。


「相変わらず、というべきか……やはり面倒だな、あのニャルラトホテプは」


 屯する記者達やアルセーヌのファンらしい女性達を見ながら、教授が苦々しげにため息を吐く。これが意図的かそれとも副次的な結果かはわからないが、大英博物館の周囲は人だらけだ。

 そして更には大英博物館というイギリスでも有数の観光地という事情がある。どうしても全面封鎖とはいかず、限られた区域しか封鎖は出来ていなかった。しかも入館無料だ。尚更観光客は多いし、今は特にアルセーヌの事が宣伝効果にでもなったのか殊更人が多かった。


「いや、今は良いか。どうにせよ私に関係のあるニャルラトホテプでも無し」

「俺にはありありですけどね……」

「頑張りたまえ。こちらはこちらで手一杯だ……さて、それはともかくとして。案内してくれ」

「はい」


 レイヴンは教授の要請を受けると、そのまま近くに居た大英博物館の職員へと話を通す。もともと彼らが来る事は伝わっていたし、まだ現場は現場保存の観点から封鎖されている。警察に事情を話す必要があった。

 というわけで、十分ほどすると事情を聞いて大英博物館の中から一人の壮年の男がやってきた。と言っても警察の制服ではなくスーツ――と言ってもかなりよれよれだったが――なので、そこそこ高位の警察官僚なのだろう。


「ああ、レイヴンさん。お久しぶり、というほどでもないですか」

「ああ、この間の話し合いで会っているからな……けど、教授とは久しぶりだろう?」

「ええ……お久しぶりです、教授」

「ああ、ベネット。およそ二年かそこらぶりかね」

「前にアーカムで研修を受けた時以来ですから……一年半ぐらいですか。ここしばらくは色々とあってお互いにすれ違いでしたし」


 どうやらこの事件で警察側を率いている警察官は魔術にも通じている人物らしい。教授らの事も知っている様子だった。そうして、ベネットは歩きながら少しの雑談を開始した。


「前はまだ平和でしたよ。どこもかしこも……最近は裏が騒がしくなったからか、表も騒がしい。スコットランドヤードは手一杯だ」

「やはりそちらでもかね?」

「ええ……昨年比で事件件数がおよそ10%も増加している。裏の事件が表にまで出てきている……厄介な話です。上が隠蔽に頭を痛めていましたよ」

「ふむ……」


 やはり色々と事態が進みつつあるからなのだろう。そもそも言ってしまえばこのアルセーヌの事件とてその事態が進行したが故の事件の一つとして見做せる。今後は更に要注意と言えるだろう。

 と、そんなある意味他愛もないといえば他愛もない会話を繰り広げること十分足らず。一同は規制線で覆われていた関係者以外立ち入り禁止の一角へとたどり着いた。


「警部……そちらが外部の協力者ですか?」

「ああ。大学の教授だ。音響測定やらなんやら、まぁ、言ってしまえば何時もの仕事をしてくれる人達だ」

「わかりました。では、何時も通り」


 周囲一帯の封鎖を行っていた若い――若いと言っても三十代ぐらいだ――警察官はベネットのざっくばらんな言葉を受けて、無線を使って作業に無関係な者たちを一度撤退させる。

 ここら彼らも何をしているか聞かされていないが、作業の邪魔になるのでどこかに行っていろというのが上――ベネットより更に上――からの命令だ。もう慣れた指示でもあるので大半の警察官は疑問も抱かずに持ち場を後にした。


「さて……では、諸君。何時も通り所定の手はずに従って作業に取り掛かってくれ」

「「「はい、教授」」」

「うむ……カークス。何時も通り作業の細かい所の指示は任せる。私は魔眼を使って痕跡を探ろう」

「はい、教授」


 カークスと呼ばれた男子生徒は教授の指示を受けて、早速魔道具の設置作業に取り掛かる。その一方、教授とレイバンは魔眼を使ってニャルラトホテプの痕跡を探る事にしていた。とはいえ、何も手がかりも無しでは手間になる。なのでまず問いかけたのは、当然といえば当然の事だった。


「……侵入経路は?」

「職員になりすましての古典的な潜入ですよ。変装されていた職員は倉庫で見つかっています。相変わらず見事な変装、としか」

「変装かね」


 変装というより擬態だろう。教授はベネットの言葉に思わず笑うしかなかった。彼らの擬態はあまりに見事過ぎる。それこそその当人になりすました際には周囲どころか親兄弟だろうと初見では見抜けないだろうほどだ。それでいて、彼らの特異性から人間である時は本当に人間だ。魔術でも教授達の魔眼でも見抜けない。打つ手なしだった。


「さて……そうなると魔眼も意味はなさそうか。我々が来る事も想定済み、と考えた方が良いだろうな」


 いよいよ、本気で動いていた可能性が高くなってきたな。教授は苦い顔で一切残っていないニャルラトホテプの痕跡を更に探す事にする。そしてそのためにも、まだ色々と聞いておく必要があった。


「その変装された職員は?」

「マスコミに引っ張りだこですよ。どこからどうやってそんな情報を手に入れてきたのやら……ああ、一応言えば被害者なので今日は検査入院の筈です。が、元気なのでね。病室にまでマスコミが駆けつけて、ってわけですよ」

「ふむ……」


 アルセーヌが流したのか、それともその変装された事を知っていた別の職員達が漏らしてしまったのか。それは教授にはわからないものの、ベネットは盛大に呆れていた。

 とはいえ、兎にも角にもこれでは彼から話を聞く事も出来ない。一度マスコミを遠ざける必要があった。が、それについてはベネットに対応を任せるしかないだろう。


「わかった。では、そちらの対処は君に任せる。それで。盗まれたのは本当にシャーロック・ホームズの生原稿だけかね」

「ええ。一晩掛けて、検査させました。と言っても流石に大英博物館。まだまだ収蔵されている収蔵品が多くて時間は掛かりそうですけどね」

「多分、それだけですよ。あいつはニャルラトホテプですが、流儀として怪盗の美学を守る。予告状にははっきりと『今宵大英博物館よりシャーロック・ホームズの生原稿を頂く』と記されていました」


 量が量故に嘆きさえ浮かべるベネットに対して、やはりレイヴンは長い付き合いだからかどうやらそこらの予告状関連についてはアルセーヌをある種信頼しているらしい。はっきりと断言していた。それに、教授も頷いた。


「ふむ……ニャルラトホテプなればこそ、か」

「ええ……奴らは存外自分達の美学にこだわりを見せる。こうする、と決めればそうしないと気が済まない。群体ではありますが、奴は決して他の個体からの命令で予告状無しの盗みはしないでしょう。それは奴の美学に反する」

「ふむ……」


 自分の知るニャルラトホテプの性質と、アルセーヌの性質。それを比べてみて、教授はこれ以上の捜索は無意味だろうと納得する。彼らは群体として一つの意思を持つが、同時にそれは総意でしかない。

 大同小異とでも言えば良いだろう。最終的に自分達の目的さえ達せられるのなら個々人でやり方は任せる。それが彼らのやり方だった。だから、混沌としている。であれば、アルセーヌのやり方で動いている今回の一件で他の物が盗まれているとは考えにくい。


「ベネット。リストの確認はもう良いだろう。私からしても奴らが他のなにかを狙ったとは考えにくい。これは知っての通り、奴らの次の動きへの事前準備だ。次に備える方がよほど重要だろう。が、一応万が一には備えておく様に」

「はい、では一部人員の配置換えはこちらで行っておきます」

「そうしたまえ」


 教授からの進言を受けて、ベネットは次に備えて人員を動かす事にする。ここらは彼以外にも更に上に居る者たちと共同で行う事だ。なので即座というわけにはいかなかった。


「さて……にしても何度聞いても理解が出来ん。シャーロック・ホームズの生原稿かね」

「ええ……魔術的な意味は一切持っていない。そりゃ、シャーロック・ホームズだ。概念として名探偵という概念はあるが……だからなんだ、という話でしかない。それでどんな魔術を作れるのか、というと俺もほとほと疑問です」

「うむ……まぁ、名探偵という概念を使って謎を解き明かす魔術は作れるだろうがね。しかし、謎は得てして彼らが作る側だ。謎を解き明かす魔術を作った所で、としか言い様がない」


 自分達には無理だが、と教授は内心で思いながらも可能不可能であれば可能だろう、という観点から可能性としてあり得る話を口にする。が、それ故にこそ教授達には意図が掴めなかった。

 誰もが知っているが、シャーロック・ホームズとは推理小説。謎を解き明かす物語だ。と、そこまで言ってふと、教授は自分達は無理だが彼らならどうなのだろうか、と疑問を得た。


「ふ……む……レイバン! 済まないが通信機を取ってくれないかね!」

「ああ、構わないが……誰に掛けるつもりだ!?」

「少しブルーくんに連絡を取りたい! 聞きたい事が出来た!」


 確かに、自分達には無理だ。が、自分達とは文字通り世界が違うカイト達ならどうなのだろうか。そう教授は思ったのだ。もしかするとこれを使って何らかの魔術が可能で、そしてそれが出来てしまうのが困る。それなら、これが狙われた理由も納得出来たのだ。というわけで、緊急時に使う通信機を使って教授はカイトへと確認を取る事にした。


「と、いうわけなのだよ。君達なら不可能ではないのではないか、と思ってね」

『ふむ……どうよ?』

『ふむ。可能不可能であれば、不可能ではあるまいな』


 カイトの問いかけを受けたティナはさほど考えるまでもなく可能と頷いた。やはりここら、魔術全盛期の世界で生まれ育ち、その中でも格が違うと言わしめた魔王だ。出来るらしい。そんな彼女は可能な理由を語ってくれた。


『まず第一に着目したいのが、盗まれたのがシャーロック・ホームズの第一作『緋色の研究』である事じゃ。他の作では無理じゃな』

「ふむ? それはどうしてかね」

『第一作……処女作、いや、敢えて言えばその作品でシャーロック・ホームズが生み出されたからじゃ。その作品があってシャーロック・ホームズシリーズが生み出された。そういう観点じゃな。確かに生原稿であれば他の物でも同じ様に魔術は作れよう。が、最高効率を得るのであれば、やはり選ぶのはその一冊になろう。原典の原点。シャーロック・ホームズという概念においてこれ以上にない依代と言えよう』

「なるほど……」


 レイヴンもそうだったが、やはりどんな作品でも第一作目となる物語は重要な意味を持つ。それは作者も然りだし、読者側も然りだ。これがあってシャーロック・ホームズが生み出された。そう言っても過言ではないだろう。だからこそ、第一作目が重要なのだ。そして、それだけではなかった。故にティナは更に続ける。


『そして更に、シャーロック・ホームズでなければならぬ理由もある』

「ほう。まだあるのかね」

『うむ……それはおそらくシャーロック・ホームズが世界で一番有名な探偵じゃからじゃ。これ以上の探偵をおそらくこの地球上の人類は知るまい? エルキュール・ポアロ、エラリー・クイーン、明智小五郎、金田一耕助……古今東西無数の探偵が今まで無数の作家によって生み出されて来たわけじゃが、そのどれもがやはりシャーロック・ホームズには並ぶまい。探偵、と聞いて誰もがまず思い浮かべるのはシャーロック・ホームズであろう? 百人に聞いて八十か九十はこれを出そう。シャーロック・ホームズの名はあまりに強すぎるのよ』

「探偵……謎を解き明かす者の概念として最も強い力を持つのが、シャーロック・ホームズというわけかね」

『うむ。それ故、もし余がその考察でのニャルラトホテプと同じ事をしようとしたとて、使えるのはそれ以下の概念の道具。おそらくシャーロック・ホームズの生原稿を使った術式により邪魔される』


 なるほど。確かに、これなら狙うのも無理はないのだろう。教授もレイヴンもティナの解説を聞いて、シャーロック・ホームズの生原稿が狙われた理由に納得が出来た。


「なるほど……わかった。感謝する。つまり、奴らはなにかの謎を解き明かされない様に盗んだ、というわけか」

『で、あろうな。流石にそうなると探偵達と同じ様に地道に自分の頭で謎を解き明かすしかあるまい』

「だ、そうだが……やれるかね?」

「やってみせましょう。私立探偵としての腕の見せ所だ」


 教授の問いかけに、レイヴンがやる気を漲らせる。敵はこれから謎を出すというのだ。そしてチートは封じられた。であれば、尊敬するシャーロック・ホームズの様にそれを解き明かすだけである。というわけで彼らはその謎を解き明かすべく、まずはその謎を見つける事から始める事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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