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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第16章 英国物語編

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断章 第2話 氷の大地 ――歴史のIF――

 これは現人類からしてさほど遠い話ではない。西暦も1918年、ざっと百年程度しか経過していないほどに前の事だ。にも関わらず、この時代には伝説を生む物語があった。

 それは知る人ぞ知る、ロシア皇族アナスタシアの伝説だ。百年を経た今なお彼女が真実生かされていたのか、それともあの惨劇の中で殺されていたのかわからない伝説の皇女。十七歳にして死去したとされるも、非合法の秘密警察の中にさえ居た彼女らを憐れむ兵士達によって救われたとも言われる皇女である。しかもこれで恐ろしい所は、実際に殺害した兵士達の隊長さえ遺体の数を間違えて報告していた事だ。

 おまけ付きでこのアナスタシア皇女の遺体はバラバラにされて、その上で焼却されている。こんな伝説が生まれるのも無理はなかった。では、その伝説の真実はどうだったのか。真実は、生きていた。それは百年前のその日の事だ。


『……では、彼女を生かせと?』

『これは合理的な結論だ。何故極東の小国である日本がこの短期間に二度も勝てたのか、という所は知る所だろう』

『……』


 上官の言葉にこれからロマノフ家の殺害を行う部隊の隊長が口を閉ざす。日本が連戦連勝出来た理由。それは決して、偶然ではない。清、ロシア王朝の腐敗や行動の遅さが原因でもない。いや、前者は確かに指導者達の足の引っ張り合いが大きな要因であるが、最大の要因は単純に個としての性能が桁違いに強い『化物』が歴史の裏で暗躍したからだ。

 とはいえ、これはどこの国でも戦争であれば一緒だ。ロシアだってそんな『化物』を繰り出したし、道士達が暗躍していた新王朝とて同じ様に繰り出した。日本も同じ様に繰り出しただけだ。

 が、その繰り出された『化物』は純度が違った。伝説級。そう呼ばれる怪異と互角に戦う者たちだ。勝てるわけがなかった。


『ロマノフ家の血は決して軽んじて良いものではない。ロマノフ家の血は後世の我らソビエトの役に立つ。途絶えさせるわけにはいかん、というのが同志の言葉だ』

『……わかりました。では、全員に酒を飲ませ、その上で事に及びましょう』

『そうしろ……ああ、わかっているな? 報告の数は酔った勢いで記す様に』

『はっ!』


 同情で人は生かされる事はない。特にソビエトではそうだ。合理的に判断される。そして、この時。アナスタシア皇女は年齢とその背景――外反母趾を患っていた上病弱だった――から逃げられないだろうと判断されたのである。それ故、彼女は生かされる事となったのだ。


『……』

『皇女殿下。これからはソビエトが貴方の身を隠します』


 秘密警察の中でもアナスタシア皇女の秘密裏の護送を命ぜられた兵士の一人が命ずる様に告げる。義理や人情で助けたわけではない。そんな事は自分の横で殺された姉や弟の死体を見た時、彼女にも否が応でも理解出来た。


『……はっ。勝手に幽閉して勝手に殺しておきながら、今度は隠すね』

『……』


 まぁ、そう言いたくなるのも無理はないのだろう。故に泣き止んで憎悪を向けるアナスタシア皇女に対して、兵士は心を動かさなかった。そのかわり、言ったのは別の事だ。


『あの戦い……イヴァン雷帝の力を使えば勝てた。トーゴーの艦隊を壊滅出来たはずだ』

『……それはしない。いえ、出来ない。それがお父様とお祖父様の結論だったはずよ。私は詳しくは知らないけれども』

『出来ない、か……はっ。身内可愛さに、だろう』

『身内が可愛くて悪くて?』

『私の父はあの時の船に乗っていた。そして兄はあの広場に居た』

『っ』


 僅かに、アナスタシア皇女の顔が歪む。兵士の言葉にあったのは掛け値無しの憎悪だった。もし上官の言葉が無ければここで犯し、殺してやりたい。そんな感情が滲んでいた。アナスタシア皇女が生かされた理由。それは祖先の血にあった。

 やはりどこの王室でも血に神秘性を求める。それはロシアの王朝でも変わらない。そして、イヴァン雷帝ことイヴァン四世には歴史に語られざる力があった。それは雷を操る力だった。

 彼に雷に纏わる逸話はなく、それは冷酷さと強力さを示した言葉だとされている。が、真実彼には雷を大規模に操る力があった。先天的なもので、それは面々脈々とロマノフ家に伝わっていたのである。どこかの祖先が雷に特化した異族で、その祖先帰りとしてその力だけが発露したのである。その力をアナスタシア皇女もまた、色濃く受け継いでいた。と、そんな憎悪を見せた兵士に対して、もう一人の兵士が口を挟んだ。


『……おい。あまり要らない事を言うな。彼女は有益だというのが同志の判断だ。その身は……処女でさえソビエトの物だと忘れるな』

『……極北に愛されし皇女アナスタシア。その血を今後は我らソビエトの為に役立ててもらう。恨むのであれば、貴様の父を恨め』


 合理的な言葉で制止された兵士は一つ深呼吸をして、自らの感情を覆い隠す。そんな兵士達を見て、アナスタシア皇女は今後の自分は丁重に扱われながらも、全てが決められている事を悟るのだった。




 そんな歴史に隠された物語から、百年。第二次世界大戦を経てソビエト連邦の崩壊を経てロシアの名を取り戻した極北の地。そこではまだ、アナスタシア皇女の血は繋がっていた。

 そこは彼女がロマノフ家処刑の現場から移送された通称『春の離宮』。永久凍土の中に作られた人工的な常春の空間。主も生きている事が有り得ないからこその皮肉を込めた名だった。


「……」

「……」


 その『春の離宮』に、二人の美女が居た。周囲にはメイド達が一緒なので決して二人だけではない。と、そんな二人の前には一人の女が立っていた。


「そう……で、一度日本のシーニー()に会えと」

「はっ、同志イワンはこの戦いの勝者と血を紡ぐ様お望みです」

「百年前に救ってやったロマノフ家。今まで本当は殺されるはずの所を生かしてやったのだから、その恩を返せというわけでしょう。早い話が股を開いてこい、というわけでしょう?」


 美女の片割れが女の言葉の正確な所を言い当てて、面白そうに笑う。顔立ちはお上品で美しいにも関わらず、言葉は下品さが混じっていた。まぁ、酔っていたので仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。なお、シーニー()とはカイトの事だ。


「エヴァ……あまりそんなはっきりと言わないで。お下品よ」

「あはははは! お下品にもなるわよ! だって、ここじゃ全部が国が決めるんだから。私達は自分で自分を慰める事だって出来やしない。もう数十歳にもなろうというのに、自分でも一度もしたことないんだもの。ストレスの一つや二つは溜まるわよ。酒でも飲むしかないわね」

「だから、お下品よ」


 酒――中身はウィスキー――を一気に飲み干した片割れに対して、もう片方はどこか見下げた様子で首を振る。彼女らの見た目は非常に似ていた。というより、そっくりだ。ロシアの白銀の世界に負けないほどに長い白銀の髪から、同じく雪の様に透き通った白い肌。美しい美貌。全てが一緒だ。が、内面はどうやら正反対らしい。


「双子なのに、どうしてここまで違うのかしら」

「姉だと思うのなら敬いなさいな」

「姉だと思うのなら姉らしく手本になる様に振る舞いなさいな」


 姉の言葉に妹はジト目でため息を吐く。と、そんな二人に対して女が口を挟んだ。


「ごほんっ……よろしいか?」

「「どうぞ?」」


 咳払い一つで二人を睨みつけた女であるが、そんな女に対して双子は声を揃えて先を促す。が、その様子は敢えて言えば暖簾に腕押し、という所だった。


「今度、イギリスにて三カ国の学校による姉妹校提携が行われます。ご存知ですか?」

「「……で?」」


 それを言われた所でなんなのだ。双子はただただそう思った。そんなものは世界各地で何時でも行われている事だ。そんな事を言う為だけに自分達を集めて説明させる事ではないと思われた。が、その学校の名を聞いて、二人も確かに自分達の案件だと理解した。


「私立天桜学園、ミスカトニック大学……そして、ロンドン魔術師学校の三校による提携です」

「ああ、やっぱりその二つだと処刑台も入ってるわけね」

「言っては失礼よ」

「そうね。私達がした事でもないし……で? 何? お祖母様がドイツやイギリスを相手にやらされた様に、今度は私達に豪雷と厳冬でロンドンの魔術師達を消し飛ばせ、とでも?」


 姉は笑いながら女に対してかつて自分達の血脈がやらされた裏の戦いの事を言及する。やはり太古の血を受け継いでいるのだ。現代の魔術師達ではどうやっても勝ち目が無かった。

 真正面からでは英雄達には勝てないものの、まっとうな人間にも負けない。それが彼女らだった。そして彼らの主敵は基本、ロシアの自分達だ。彼女らからすれば、自分達と戦う術を学ぶ学校は自分達に殺される処刑台に登っていると同義語だったからである。


「いえ……ですが、ロンドンに向かって欲しい事は事実です」

「あら……まさか式典に参加しろ、とでも言うわけ?」


 妹は笑いながら女へと問いかける。それはまさかそんな馬鹿を言うわけがないわよね、という掛け値なしの感情が滲んでいた。が、そのまさかだった。


「はい」

「「はい?」」


 女が二の句を継ぐ前に、双子は同時に困惑の声を上げる。まさか大真面目に参加しろ、と言われるとは思っていなかった。なにせ相手はイギリス。こちらは彼らにとって主敵と言える相手だ。確かに道士達ほど険悪な仲ではないが、決して良好とは言えない。

 それがよりにもよって自分達が、それもおそらくイギリスにとってかなり力の入った行事となる式典に参加しろ。馬鹿を言うのも程々にしろ、と言いたくなる話だった。というわけで、流石に聞き間違いを疑った姉が再度問いかける。


「……もう一度、しっかりと。今度は私が問うわね……参加しろ? 参加するな、ではなくて?」

「はい、エヴァ殿……同志イワンはお三方がそれに参加される事をお望みです」

「三人……イヴァンも?」

「はい。皇帝(ツァーリ)にも参加して頂きたく、すでに使者があちらに」


 何を考えているのだ。姉はまさに酔いも覚めるとはこのことだ、とばかりに真剣に頭を捻る。確かに、招待状は来ているだろうと思われる。送り主はもちろんイギリスではなく、アメリカの教授だ。

 あそこは力を集める事に見境がない。流石に表やカイト達の事情を鑑みてすでに敵対を選択した者たちには送っていないだろうが、ロシアやその他様子見勢力には招待状を送っているだろう。

 これはイギリスも把握済みだ。立場や主敵を考えれば仕方がないとわかるからだ。そしてそんな彼らだってロシアは流石に参加しないだろう、と思っていて教授達には何も言っていない。だがだからこそ、常識はずれの選択には二人も答えが出せず、妹が問いかけた。


「……何を考えているの? エヴァの酔狂ならまだしも、あの愚直なイワンがこんな狂った事を言い出すとは思えない」

シーニー()もその式典に参加されます。そこで、お二人には一度お会い頂きたく」

「まさか配合相手を見せる為だけに行けと?」

「いえ、まさか」


 馬鹿じゃないのかという言外の感情に対して、女も笑って首を振る。そんな事の為だけに敵地もかくや、という所に乗り込ませるわけではなかった。配合相手、というのは自分達の身の上を揶揄しての夫の言い方だ。

 彼女らは食事はもちろんの事、結婚相手も全て国から決められている。そして自分達の祖母アナスタシア皇女から始まったその婚姻統制はまさに厳格の一言だ。この宮殿に入れる男は両手の指で十分。それも大統領を除けば、どうしても必要な場合に魔術で去勢された宦官の様な存在だけだった。恋一つ、愛一つなく男をあてがわれ、ただロシアの役に立つ子を生む。配合(ブリード)や種馬と何ら変わらないからだった。


「それもありますが、まず第一に集まる陣容を見て貴方方でなければロシアの威厳を示せない事。そして、シーニー()に対して密かに、とある案件について話をして貰いたい事があります」

「使者というわけね」

「そう捉えて頂ければ……この写真を」

「「……子供?」」


 一応、彼女らにも弟が居るので少年というのは見たことがある。なので差し出された写真を見てこれが何なのか、と思う事はなかった。


「もし西側が勝利した暁には、お一人はこちらの少年……おそらくその時には青年となっているでしょうが彼と交わって貰う可能性があります。その事についてシーニー()の反応を探って頂きたいのです」


 なるほど。一人がカイトへと輿入れして、もう一人はこちらに残ってこいつと交わる事にさせるのか。二人はロシア上層部の意図を理解した。というわけで、妹が問いかける。


「つまり、この少年は素体として優れていると?」

「おそらく日本でも有数の素体でしょう。その一人、とお考えを。単にこの少年の写真が入手しやすかったのでお見せしただけで、彼で確定というわけではありません」

「そんなものはわかっているわ。とりあえずそいつらが配合相手にはぴったり、と」


 祖母の代では雷に特化した異族と交わる事で雷を強化された。母の代では氷に特化した異族と交わる事で氷を強化された。そうして生まれた第3世代である彼女らは、その両方の力を使いこなせる。であれば次に望むのは、その両方のさらなる強化だ。その素体として、カイトを筆頭にした者達は有益という事なのだろう。


「で? イヴァンは?」

「彼には彼の役目があります」

「つまり、知らないで良い、と」


 姉は女の言葉を正確に理解して、肩を竦める。こうして、ロシアからの来訪者達が来賓の一人としてイギリスへと向かう事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。本年も一年ありがとうございました。来年もまた一年よろしくお願い致します。

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