断章 第69話 エピローグ・2 ――少女の嘆き――
カイト達がアメリカで大立ち回りを終えて日本に帰国していた頃。関東のとある道場の跡取り娘が一人、クラスメイト達の前でさめざめと泣いていた。いや、一応間違いの無い様に言うと泣いていたと言っても涙を流しているわけではない。嘆いていた、というのが正しい言い方かもしれなかった。
「イオっち……もしかして、またやっちゃったの?」
「……言わないでください! うわーん! なんでやっちゃったんだろー!」
「毎度毎度恒例になってきてるなー、イオっちのこれも」
「ねー」
一人机に突っ伏して大いに嘆きを滲ませる少女に対して、数人の少女らはまたか、という程度で特に驚いた様子も見せていない。少女らの年の頃はおおよそ十代中頃。中学生から高校生と言う所で、それを示す様にどこかの学校の学生服を身にまとっていた。なお、ブレザーではなくセーラー服だ。
「あんたさー。昔からそうだよねー。素直じゃない、っていうか……」
「そうそう。どーせ男なんてそんなもんなんだからさー……いい加減、現実見ようよー」
一人嘆くイオという少女に対して、他の少女らが呆れ混じりに慰めを送る。おそらく会話の内容から、このイオという少女が男関連で何かをしでかしてしまったのだろう。と、そんな周囲の少女らの慰めとも呆れともつかない言葉に、イオと呼ばれた少女がようやく顔を上げた。
「わかってますー! そんなのわかってるんです! でも、でも……なんでかやっちゃったんです! うわーん!」
「「「やれやれ……」」」
イオと呼ばれた少女、もとい宮本伊織の子孫にして当代においては宮本伊織の名を受け継いだ伊織が再び机に突っ伏して大いに己の醜態を嘆いていた。さて、彼女が何を嘆いていたのか。それは本当に意外な事だった。
「えーっと……確か一年の時は先輩だっけ?」
「あの時は確かエッチ迫られて……なんだっけ?」
「確かまだ早いと思います、とかなんとかでその後色々とやってウザがられたんじゃなかったっけ」
「あー、確かそうだったそうだった。まぁ、でもあれは付き合ってすぐでんな事しようとしてたあれが悪いっしょ」
「あー、それは確かにねー。てか、入部早々の後輩に手を出そうとしたあれ、それ考えりゃマジやばいでしょ」
「どんだけ女食いたいんだって。まじウケる」
「そういやあいつが停学食らったのってホテルから出て来たのPTAの役員に見られたから、とかじゃなかったっけ?」
伊織の横の少女らが伊織の醜態と男の悪癖についてを話し合う。というわけで今までの伊織の醜態にまつわるあれこれを一通りあげつらって楽しんだ少女らは、今回の伊織の醜態についてを問いかけてやる事にした。
他人の不幸は蜜の味。所詮一般の少女らの内面なぞ僅かな例外を除けばそんなものだ。なのでどこか楽しげというか優越感があるのは、ご愛嬌という所だろう。
「で? 今度は何やらかしたの? 確かあんた今、付き合ってる彼氏居なかったよね?」
「いません……ここ一年思いっきり忙しかったんで」
「ここ一年ほんとに付き合い悪かったしねー」
「それは謝ってるじゃないですかー。私だってもっとおしゃべりしたかったのに……」
少女らの一人の苦言にも似た言葉に伊織は口を尖らせる。彼女だって参加出来るのなら参加したかった。が、カイトが起こした騒動のおかげでそうも言っていられなかったのだから仕方がない。それに、少女らの一人が慌てて少し笑いながら謝罪する。
「ごめんごめん。事情は聞いてるし、しょうがないでしょ」
「うー……」
実際、伊織が何度となく学校を公休扱いで休んでいる事は全員が知っている。公休ということは学校も認めたということだ。彼女らは知る由もないが、国に依頼されて動いていたわけだ。
生徒達の中には何度となく公休を貰っていた伊織を羨んでいたりもしているが、実際その上で学業との両立を成立させる忙しさや時折羨ましそうに自分達を見ている事を知っている少女らは流石にそんな風には見れず、付き合いの悪さも逆に伊織に対して少しの申し訳無ささえあったほどだった。
基本、彼女らも伊織の事を友人と捉えているので他人の不幸は蜜の味と言えども仲間意識はある様子だった。というわけで、ちょっとやばいかと即座に本題に入る事にした。
「で? 次は誰? 高校の先輩? またエッチな事迫られて色々やった?」
「道場の先輩っていうか……流派の先輩に近い人です……」
「え? それヤバくない? あんたんとこの家って確か……結構年上の人も居たよね?」
「流石に中学生に手を出そうとか引くわー……」
どうやら少女らは伊織が性的な関係を迫られてまた何かをやらかしてしまった、と勘違いしていたらしい。そして伊織の実家が古い名家である事は全員が知っている。なので公休も色々とあるのだろうと察していたし、逆にそれ故知り合いにも大人の男性も多い。その部類だと思ったのだろう。
「あんたがそれ言う? 確か彼氏、大学生じゃなかったっけ?」
「私はこのプロポーションだから問題無いしー。実際、これだけあったら問題ないし。実際、ホテルでも止められた事ないしねー」
「どこが問題ないのよ。でもまぁ、それ言ったら……イオっちも……」
「あー……うん。問題無いかも……」
少女らは伊織の一部を見ながら、前言を翻す。その一部とは言うまでもなく、先程から伊織が机に突っ伏す度に押しつぶされている胸である。この年頃の少女としては並の体躯を持つ伊織であるが、この胸だけは規格外だった。
故に巨乳好きの生徒からは何度となく告白されていて、事実彼氏が居た事もあった。が、どれもこれも上手く進んだ試しがなかった。それはもちろん、伊織の性格に問題があった。
「まぁ、エロ系はこの際どうでも良いから置いておくとしても……え、イオっちもしかしてそいつについに初めてあげちゃったとかいうオチ無いよね?」
「ひと夏の経験って奴?」
「うっわ……それだと先越された事になるけど……いや、それ以前に犯罪じゃん」
どうやら少女らは会話を聞く限り中学生らしい。確かにそれに手を出せば犯罪である。子供同士ならまだお目溢しというか喧嘩両成敗の様に法律的に違反を問われる事はまず無いだろう――もちろん、それはそれでどうなのだという話はある――が、大人が未成年に手を出せば犯罪である。とはいえ、もちろんそんな事はなかった。下世話であるが、伊織は生娘である。
「やってません! 初めてはロマンチックに、って決めてるんです!」
「うん、聞いた」
「「「うんうん」」」
伊織の言葉に少女らが鼻白んだ様子で頷いた。どうやら、この会話はそこそこ繰り返されたものらしい。いや、伊織が別れる度にこの会話が繰り返されているというのであれば、何時ものことといえばいつもの事なのだろう。
「てーか、ロマンとか中学生とか高校生にそれ求めんなって。所詮私らの小遣いなんてたかが知れてるんだからさー」
「そこの所、あんたどうなのよ? 彼氏大学生なんでしょ?」
「やっぱバイトしてる分凄いわ。給料日とか普通に奢ってくれるし。これで学生なら社会人どうなんだ、って感じ」
「へー……で、イオっちが狙ってたのどんなの? イケメン?」
「イオっち、告られるの変態多いけどイケメンも多いよねー。特に女食いまくってそうなの」
「ね」
楽しげに少女らは伊織を問い詰める。それに、伊織は正直に白状した。
「イケメンはイケメン……だと思います。けど、そうなんですよー……なんであそこまで凄腕でものすっごい女誑しなんですよー……」
「あ、あー……」
「ご、ご愁傷様……」
伊織の言葉を聞いて、少女らはこれは男運が無かったパターンか、と慰めの言葉を送る。所詮、人の縁なぞ誰にもわからないものだ。男運が悪い事もあろう。その程度にしか思っていなかった。というわけで慰めの言葉を送っていた一人が伊織へと問いかける。
「で? またやっちゃったの? あんた男に潔癖性求める節あるからねー」
「……はい。出会い頭に思いっきり……しかも公衆の面前で……うぅ……」
「って、会った事なかったんかい!」
大いに嘆く伊織の返答に、問いかけた少女は思いっきりツッコミを入れる。まさかそんなオチが待っているとは想像だにしなかった。
「いえ、会ったことはありました……一度だけですけど。向こうが私の事知ってるか知りませんけど……」
「めっずらしー。イオっちが一目惚れ? 運命感じたの?」
「そう……そうなんです! ものすっごい人だったんです!」
「「「お、おう……」」」
まるで躁鬱病か、とでも思えるばかりに唐突にハイテンションに入った伊織に、少女らが思わず気圧される。それほどまでに伊織の言葉には力が込められていた。
「あの流麗な剣技……それでいてまだ道を進み続けるひたむきな姿勢……私達の世界では神とさえ崇められる方に弟子入りまで出来た、私達の流派のまさに誇り。彼ほどの方なら、是非我が一門の看板を背負って欲しい。そう思えるほどです。彼ほどの剣士が居たなんて、本当に信じられませんでした。それでいて少しキザっぽい所もまた似合ってて」
「でも女誑し、と」
「そうなんですよー! なんであそこまで完璧でいて、そこだけが駄目なんですか!」
絶賛に続いた少女のツッコミに、伊織が大いに嘆きを浮かべて再び机に突っ伏した。少女らとて伊織の言う剣の道については知らないし知るつもりもないが、少なくとも学内で剣道小町として知られる伊織が絶賛し惚れるぐらいには凄いのだとわかった。
「うぅ……探せば探すほど出るわ出るわ悪行の数々……というか、なんですか!? あの歌姫とも懇ろな関係とか!? いえ、デビューに彼の伝手が無い筈がないのでそれについては感謝してますが!」
「「「お、おう」」」
何を言っているかさっぱりだが、少なくとも伊織がそのお相手について調べてその噂を聞いたのだとは理解出来た。
「はぁー……これで女癖さえなければ完璧なのに……」
「そんななの?」
「はい……様々な面がとんでもないのだと……」
伊織は伝え聞く限りのカイトの伝説を思い出す。まず間違いなく男としては傑物と言っても間違いない。が、英雄とは文字を見ればわかる通り、雄として英でるからこその英雄なのである。女癖についても出まくっていた。
「まず現時点でお付き合いしてるのが二桁とかいう噂が……他にも国外にも居るとかなんとか……」
「さ、流石にそこまで行くとドン引き以上に尊敬するわ……」
ここにカイトが居れば盛り過ぎだ、と言いつつ指折り数えるだろう。多分、地球では二桁には到達していない。そう言うかもしれない。
が、実際には今回の旅路でカイトの個人神となった三女神が含まれるのでめでたく二桁に到達していたりする。もちろん、それだけでなくて惚れられているだけも含めれば普通に二桁は超えている。盛り過ぎではなかった。とまぁ、それはさておき。そんな実情を知る由もない少女らは伊織へと慰めを送る。
「男運無かったと思っちゃいなよ」
「そうそう。伊織が告った所で絶対遊びだって」
「そんな器用な事が出来る方なら、良いんです……すっぱり諦められますから……彼、本気で全員遊びじゃないっぽくて……まさか現代でハーレム築いてるのを見るのは初めてでした……」
「「「う、うわー……」」」
まさかそんな物語にしか居ない様な事を現実に出来る奴が居るとは。伊織の遠い目をした発言に少女らは真実を理解する。
「な、何か他に欠点無いの? ほら、そういう奴ならヒモとかさ」
「ものすごいのが彼、どこかの会社の社長らしくて……お金も持ってるそうなんです」
「……ねぇ、伊織。その人、私に紹介してくんない? 2号でも良いから」
「しおりー!」
伊織はこの上現金にも前言撤回した友人に声を荒げる。なお、伊織は社主と社長の差を理解していなかったので、社長だと間違えている。更には彼女の年頃などもあって会社の事は知らない為、アルターの事も知らなかった様だ。
「だって、ものすごい良物件じゃん! それぐらい流そうよ! イケメン金持ち運動神経抜群男!? 何その勝ち組!」
確かに事実というかカイトに付与された属性だけを見ればカイトは勝ち組には違いない。属性だけを見れば、だが。実際にはそれに合わせてそれ以上に厄介な厄介事まで付き纏っているので、勝ち負けはトントンと言う所だろう。
「やれやれ……まーた始まったよ……」
「ねー……」
口論というか男に求める物の差から言い合いを始めた伊織と友人を見ながら、周囲の友人達がため息を吐いた。伊織が求めるのは清廉潔白さ。それに対して言い合いを始めた少女が求めるのは金らしい。
というわけで、カイトの悪癖を知りつつも惚れているので嘆きしか出せない伊織はその後もカイトと出会う度に苦言を呈しつつ、その後この少女らにまたやっちゃった、と泣きつく事になるのであった。
お読み頂きありがとうございました。




