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断章 第67話 次への一歩

 アメリカのアーカムでの戦いから、およそ一週間。カイトは日本に帰国していた。とはいえ、今回の帰国にはジャクソンの厚意もあってジャックと怪我の後遺症の補佐としてドロシーも同行していた。そんな彼らが日本に来てまず向かったのは、ブライアンの遺族が暮らしているというお寺だった。


「ここに、彼らは居るらしい」

「ここに……?」


 流石にお寺に案内されてはジャックも思わず目を瞬かせるしか出来なかったらしい。これに、カイトも知っている限りの情報を伝えた。


「どうやら、最初はそのブライアンくんの遺骨を扱ってくれる寺という程度だったらしいんだが……どうにも先代の住職と仲良くなって老齢で引退する、って時に彼たっての願いで後継者になったらしい。ちょうど、その住職も息子さんが大阪の方で就職して後継者に悩んでいた所だった事もあって、ご両親も受けたらしい」

「そうか……」

「行ってくると良い。オレは外しておく。流石にこんな奇妙な男が一緒に居るわけにもいかんだろうからな」

「……すまん」


 ジャックは寺の門構えを見ながら、意を決する様に深く息を吸う。そうして彼は一度目を閉じて、どこか縋るようにドロシーを見た。


「貴方が決めた事よ。私はただ、貴方の怪我を鑑みて付き添っているだけよ」

「そうだな……悪い」


 ドロシーの返答にジャックは意を決する。そうして、インターホンを押した。


『はーい、どちら様ですかー?』


 インターホンから響いたのは、若い女性の声だ。その声で、ジャックはこれがブライアンの妹なのだ、と理解した。


「……アメリカから来たジャック・マクレーンという者です。かつてご両親にお世話になったのですが、ご在宅でしょうか」


 ジャックはどうしても声が硬くなるのを抑えられなかった。そうしてインターホン越しに女性が両親を呼ぶ声が響いて、声が年老いた女性に代わった。


『……はい、代わりました。どなた?』

「お久しぶりです、おばさん……ジャックです。ブライアンにいつも振り回されていた……」

『っ!?』


 インターホンの先で、明らかな驚きの気配があった。そうして、しばらく。寺の住人用の出入り口からジャックが知るよりも少し年老いた女性が現れた。ブライアンの母親だった。


「ジョン……くん?」

「……お久しぶりです」


 驚いた様子のブライアンの母親に対して、ジャックは深々と頭を下げる。どちらもかつての面影があり、すぐに相手が誰なのかわかったようだ。そうして、ブライアンの母親によってジャックはドロシーと共に寺の応接室に通された。


「久しぶりね、ジョン」

「はい……大体25年ぶり、ぐらいですか」

「そうね……あの事件で私達、ほとんど誰にも告げずにこっちに来ちゃったから……」


 どうやら、ブライアンの母親ももう事件を過去の事と受け入れられていたのだろう。そう言って、苦い笑いを浮かべていた。


「でも、わざわざどうしたの? 今すごいニュースになっているじゃない。あ、そっちの子は奥さん? 随分綺麗な人ね」

「いえ……お久しぶりです、おばさま。ドロシー・ブラヴァツキーです」

「あら、ドロシーちゃん!? すっかり見違えちゃって……わからなかったわ」


 ジャックとドロシーが幼馴染で、ブライアンも幼馴染だったというのだ。であれば必然として、ドロシーもブライアンの両親の事を見知っていた。それでもわからなかったのはやはりジャックとは違って名乗っていなかった事と色々と雰囲気が変わった事が大きかったのだろう。大いに驚いていた。


「で……二人がどうしてわざわざ日本まで? ジョンに至っては怪我をしている様子だし……無茶したとはニュースで聞いていたけども……」


 どうやら、ジャックの無茶の一件は世界中で報道されていたらしい。ブライアンの母親もまた知っている様子だった。まぁ、不思議はない。あれだけの大災害で、あれだけの劇的な事件だ。マスコミ好みの一件といえば、一件だろう。


「……実はあの一件の直前。自分達はあの洞窟に入っていました」

「っ! じゃあ、もしかしてあの地震は……」

「……はい。奴らとの戦いの一環、と」


 元々ブライアンの両親はアーカムの出身者だ。この一件の裏にあるだろう深きものども(ディープワン)についても知っていた。そうして、ジャックはあの洞窟で起きた事についての内、ブライアンに関わる一件を語っていく。


「……これが、ブライアンの残りの遺骨です。そしてこれが……」

「……もしかして……この為に?」


 戦っていたのか。ブライアンの母親の言外の問いかけを受けて、ジャックは少しだけ苦笑して首を振った。


「いえ……多分、自分の為だったんだと。わかりません。ただ、あの5分を俺は取り戻したかった」

「……ありがとう。ブライも救われるわ」


 万感の想いの籠もったブライアンの母親の言葉に、ジャックは僅かに肩の力を抜く。そうして、ジャックはその後ブライアンの残る遺骨の納骨に付き合って、カイトの運転する車に乗って寺を後にするのだった。




 さて、その一方。カイトはというと彼も彼で次へ向けての一歩を進む為にある少女と語り合っていた。


「さて……ようやく、落ち着けたな。随分と久しぶりか」

「……随分と、か。本当に随分と、だ」


 カイトの言葉にアル・アジフも同意する。何時別れたのか。それさえも思い出せない程に別れたのは昔の事だった。そんな彼女に、カイトは問いかけた。


「後一冊……いや、今となっては後一人と言うべきか。お前、そっちの目処はあるか?」

「この地球にあると思っているのか?」

「あるだろ。ここまで役者が揃っているんだ。居ないと思う方がおかしい」


 アル・アジフの問いかけにカイトは笑いながら断言する。そしてアル・アジフもまた、頷いた。


「だろう……どんな姿をしているのか。私も楽しみではある」

「お前の正反対。あいつとお前はオレが生涯唯一記した書だ……お前とあいつは対となる様に記している。お前の姿がそれであれば、あいつの姿はそれに対となる様になっているはずだ」

「……」


 カイトの言葉にアル・アジフはそうなのだろう、と無言で納得していた。なにせカイトが記した者だ。誰よりもその内容や構造については理解していた。

 そして彼女が実体を持たなかった理由もカイトにはよくわかった。あの時点でもし実体を持ってカイトが彼女の正体を理解していれば、確実にニャルラトホテプ達は彼女を遠ざけようとしていただろう。それを避ける為、あのタイミングでは彼女は実体化を避けたのである。


「……世界は我らに何を望んでいるのだろうか」

「うん?」

「我らを集めて、何をしたがっている? 私は本当に放置されているものだと思っていた。あの終わった世界で、永久に」

「……当てつけか?」


 妙にあてつけにも聞こえるアル・アジフの言葉にカイトが僅かに苦笑する。とはいえ、これにそういう意図は無い。単に事実を事実として告げていただけだ。


「……まぁ、まだ父や彼女を、そしてサルファ達を集めるまではわかる。が、彼らにとっても我らが集まる事は望まないはずだ。我らが集まる事。それは父の覚醒を意味する。それはすなわち、人類にとって手にしてはならない災厄の王を目覚めさせる事にもなりかねん」

「勇者が希望とは限らない、か……わからん。だからそもそも、オレにとってもお前らだけは想定外だった」


 アル・アジフの明言にカイトもまた、訝しむ。まだカイトが愛した彼女やティナ達がここに集う事に疑問は無い。というより、それが自然な事だ。

 彼ら八人は常に対で動いている。敢えて言えば世界が設けた抑止力でも良い。どうしても彼らは絶大な力を持っている。故に万が一の暴走に備えて、対となって抑えられる者を用意するのだ。敢えて言えば、エネフィアの武蔵と旭姫の二人と同じだ。あれを世界規模で行ったのが、彼らだったと言える。

 例えばカイトと彼女が共に動く様に、例えば彼が生涯の好敵手と断ずるレックスであればまた別の幼馴染にして彼の妻と共に常に生まれている。これはある意味運命とも言える。しかし、運命ではなく必然だ。あまりに強すぎる力故、抑止の力が働くのである。が、それ故にこそ、アル・アジフが現れる事だけは想定外だった。だから、カイトも彼女を知っていながら気付けなかったのだ。


「……父よ。私はどうすれば良い?」

「あー……まぁ、こう言うのはちょっと駄目なんだろうが……また頼むわ。どういうわけか、今はお前らの魔導書としての力が借りたい。今のオレは全盛期よりも遥かに弱い。どうしても、な」

「わかった……幾星霜ぶりに、そしてもう手放すな……もう、一人は嫌だ」

「あいよ」


 カイトは己の手にすっぽりと収まったアル・アジフに対して、カイトはしっかりと懐に仕舞っておく。この魔導書の真の力を使いこなせるのは自分だけ。なにせ自分が自分の為だけに記した魔導書だ。故に、もう手放すつもりはなかった。と、そんな彼の背後からギルガメッシュが声を掛けた。


「……取り戻したようだな」

「ん? ああ、先生。どうしました?」

「いや。貴様の覚醒の第一幕だ。祝いに来てやった」

「別にいりませんよ、祝いなんて」

「ほう……不要か?」

「あ、貰います貰います。いやぁ、すいません」


 カイトはギルガメッシュの掲げた酒瓶を見て、カイトは即座に手のひらを返す。そうして祝い酒を受け取って、二人は並んで青空を見上げた。


「……段々と、物語はオレの手を離れ始めた。流石にこの先の先はオレも見たことがない」

「この先の先、ですか?」

「ああ。人類史の先の先……星の海に出て、異なる文明同士の会合だ。その果てに待つ物を、オレはまだ知らん。いや、知っているのかもしれんが、まだわからん……いや、知らんのだろう。星と星の遭遇……それを為し得た事は数少ない。開祖たるオレは、見たことがないのだろう」


 ギルガメッシュは青空の更に先、今は青空に隠れて見えない星の海を見ていた。地球人類はようやく、星の海へ渡る試練へと挑み始めた。

 だが、その先に進めた人類は数少ない。当たり前だったのかもしれないが、その段階にまで到達出来る文明は全てではない。地球だってアトランティスやムー等、幾つもの失敗がある。現代文明だって何か致命的な失敗していれば、ここまで至れていなかった可能性はあった。まさに、奇跡としか言い様がない。


「……ここから先、長く続く戦いが始まる」

「……終われる、でしょうか」

「……わからん。が、やるのだろう? 彼女の夢の為に」

「あいつの夢、か……」


 カイトはこちらを見て問いかけたギルガメッシュに代わって、再び青空を見上げる。彼女(ヒメア)の夢。それは何時か全人類から争いをなくそう、というある意味では馬鹿げた夢だった。

 勿論、それは人類を改変して成し遂げるという意味ではない。人類の成長の果て、全てを乗り越えた上で争いをなくそうというとてつもなく馬鹿な夢だった。


「……さて……どうなんでしょうね。あいつが何故そんな夢を抱いていたのか。それも知った今となっては、本当はオレにも彼女にももうどうでも良いのかもしれません」

「……だが、それでも」

「やるんでしょうねー。面倒な。マジで付き合わされる身にもなってほしいよ」

「ははは」


 ギルガメッシュはカイトの嫌そうな顔を見ながら笑い声を上げる。どうせ今の彼らの人生に本当の意味でやる事なぞ無い。贖罪は終わったし、ティナ達と一緒に居れるのならそれで問題はない。その日々を守る為に戦うだけだ。

 が、その一人が夢の為に戦うというのであれば、仕方がない。妻の夢だ。夫としてそれを支えてやらねばならないだろう。なにせ彼女らには伝えきれない程の感謝がある。愛がある。どれだけ掛かろうと、その感謝を考えれば気にはならない。


「だが、その為にも力は必要だろう。もう一冊の調査。こちらも手を貸そう」

「お願い出来ますか? あいつもまた通常の魔導書と同じく強大な力を持つ。なので魔導書の中に潜んでいるんでしょうが……」

「わかっている。その中から、アル・アジフに似た一冊を見つけ出せば良いんだったな」

「ええ……とはいえ、あいつも実体化は避けているか、避けなくてもこいつの様に偽りの姿を晒している可能性がある。手間を掛けます」

「いや……どちらかと言えばこれはオレの失態でもある。自分の尻拭いぐらいは自分でするさ」


 ギルガメッシュはカイトの感謝に対して、そう言って笑う。彼は世界の富の10%を保有している。その情報網は物凄い広い。その中になら、一冊ぐらい変わった魔導書の情報が引っかかる可能性はあった。

 それを使うべき時だと二人は判断していたのである。そうして、二人もまた新たな一歩を踏み出して、来るべき人類の未来を担う戦いに備える事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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