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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第15章 覚醒の兆し編

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断章 第61話 疑似第一覚醒

 アル・アジフの援護を受けてようやく純白のニャルラトホテプと互角の戦いを行い始めたカイトであるが、それはあくまでも互角の戦いと言う所に留まっていた。それ故、どうしても覆せない数千体のニャルラトホテプを背景とした圧倒的な再生能力を前に、若干の苦戦は免れなかった。

 が、そんな最中。カイトはアル・アジフより何らかの最終手段を行使するように申し出られる。それを聞いた純白のニャルラトホテプが興味を示した事で、カイトも承諾を示した。


『白きニャルラトホテプよ……問おう』

「なんでしょう」

『……我に何かが足りぬとは思わぬのか』

「……?」


 アル・アジフの問いかけに純白のニャルラトホテプが首を傾げる。何かが足りないと言われても、何も思い浮かばなかった。分厚い魔導書の姿はそのままだし、装丁も見慣れた物だ。と、そこでふと、たしかに何かが足りない事に気付いた。


「……そう言えば……『銀の鍵』が……」


 足りなかったのは、アル・アジフにまるでアクセサリーのように吊り下げられていたはずの銀色の物体。それを聞いて、アル・アジフが笑った様な感じがした。そうして、その次の瞬間。魔導書はそのままに、アル・アジフが実体化する。


「行くぞ、父よ」

「ん? んぅ!?」


 唐突に口づけされ、カイトが思わず目を白黒させる。とは言え、それは意味のない行動ではなかった。まるでそれをきっかけとしたかのようにアル・アジフの本体である魔導書がものすごい勢いで頁を開いていく。そうして、二人の意識が繋がった。


「「我は神意なり」」


 トランス状態に入った二人が、同時にこれまたクトゥルフ神話に有名な文言を唱える。そうして、まるで吸い込まれるようにしてアル・アジフの姿がカイトの中へと消えていった。


「……」


 どくんっ、とカイトの姿が鳴動する。そうして、トランス状態のカイトの左手に携えられたアル・アジフの頁が遂にはじけ飛んだ。


「これは……」


 見たこともない現象に、純白のニャルラトホテプは思わず周囲を舞い散るアル・アジフの紙片を観察する。素直に、何が起きるか興味があった。

 そうして、彼の見ている前で舞い散っていたアル・アジフの紙片が一気にカイトへと殺到して、その身体の中へと取り込まれていく。それが一つ取り込まれていく度に、カイトの表面には複雑怪奇な刻印が浮かび上がる。


「……」


 まるで魔導書を身体に刻み込んだかのようだ。思わず、純白のニャルラトホテプは内心でそう思う。そうしてアル・アジフの全てを取り込んだ後に残ったのは、魔導書が元あった場所に銀色の12センチ程の奇妙な物体を浮かべたカイトだった。


「『銀の鍵』……?」


 いつの間に。純白のニャルラトホテプが首を傾げる。『銀の鍵』とはこれもまたクトゥルフ神話に記される魔道具だ。大きさは先に述べた通り12センチ程で、材質は銀。その力を行使すれば、何処か別の時空間へと繋がる門を開く事が出来るという魔道具だった。本来は鍵の形をしていた筈であるが、どういうわけか今のこれは多面体の妙な形をしていた。


「……<<星の剣(無銘)>>よ」


 何をするつもりなのだろうか、と訝しむ純白のニャルラトホテプの前で、カイトが<<星の剣(無銘)>>を取り出した。そうして、一気に彼の放つ圧力が圧倒的な物へと高まった。


「っ」


 来るか。純白のニャルラトホテプはカイトが<<星の剣(無銘)>>を振り下ろしたのを見て、思わず身構える。今のこの圧力は、あまりに圧倒的だ。油断するとやられると本能が悟ったのだ。が、カイトは動かなかった。


「……『銀の鍵』よ。その封を解き、本来のあるべき姿を我に示せ」


 カイトの詠唱を受けて、多面体だった『銀の鍵』が物語に語られる鍵の形へと変わる。そして同時に、純白のニャルラトホテプは大きく目を見開いた。多面体の中には、もう一つ別の多面体が収められていたのだ。それは銀色の『銀の鍵』に対して、所々真紅の筋が入った漆黒色の多面体だった。そうして、カイトは<<星の剣(無銘)>>を地面に突き刺すと、『銀の鍵』を手に取った。


「……」


 何をするのか。純白のニャルラトホテプはあまりの圧力にもはや呼吸さえ忘れて、カイトの行動を見守るしかなかった。そんな彼の見守る前で、カイトは左手で浮かんだ『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』を握りしめる。


「取り……込んだ?」


 純白のニャルラトホテプは見たものが信じられず、目を見開く。カイトは握りしめた『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』を体内に取り込んだのだ。そうして、『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』を体内に取り込んだカイトの左手が漆黒に染まる。


「『銀の鍵』よ」


 左手を漆黒に染めたカイトは右手で掴んでいた『銀の鍵』を左手に持ち替える。そうして、まるで扉の鍵穴に差し込むかの様な動作で、『銀の鍵』を何処かへと差し込んで鍵を回す様な動作で回した。


「……」


 次に何が起きるのか。純白のニャルラトホテプを構成する数千のニャルラトホテプをして、理解出来なかった。こんな事は『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』で呼び出されるはずの彼らをして、見たこともない事だった。故にもはや彼らでさえ、未知の領域だった。


「門よ開け……そしてその真の姿を我に示せ」


 カイトの口決を受けて、『銀の鍵』がおそらく彼には見えているのだろう門の中へと消える。そうしてその代わりとでも言わんばかりに、一つの剣が現れた。それは刃の無い剣だ。まるでニャルラトホテプ達のように矛盾した刃の無い剣だった。


「あ……あぁ……」


 見ただけで、純白のニャルラトホテプにはこれが何か理解出来た。本能が知っていたのだ。これは間違いなく、『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』。王が携えるべきもう一つの王の剣。『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』のもう一つの姿だった。


「『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』を媒体として、『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』を召喚せしめたのか……」


 純白のニャルラトホテプの瞳から、滂沱の如く涙が流れる。彼を構成する数千のニャルラトホテプ達が感極まったのだ。故にもはやその感動は彼一人で受容し得る量ではなく、ただ静かに彼は歓喜の涙を流すだけだった。


「あぁ……」


 何たる幸運。何たる栄誉。純白のニャルラトホテプはただ身に余る光栄に涙を流し、歓喜する。


「……」


 カイトの視線がこちらを向いた。幾人かのニャルラトホテプ達は感動のあまり我を忘れ、また別の幾人かのニャルラトホテプ達は己自身に対して平伏しないのは不遜であると叱咤する。そんな統率の取れない自分を構成するニャルラトホテプ達に対して、純白のニャルラトホテプはただただ跪いた。


「あぁ……貴方こそ、まごうことなき真王。我らが求めていた真王様にございます。何たる栄誉……何たる幸運……貴方様のご降臨に立ち会えるとは……」


 神さえも跪かせる。それこそが、真なる王の証。感極まった純白のニャルラトホテプは、遂に幾星霜の果てに出会えた自らが傅く王に対して、手を上げた己の不遜と不明を謝罪する。なにせ王の剣を、彼らさえ知り得なかったもう一つの王の剣を取り出せたのだ。これ以上の王の証なぞあろうはずがなかった。


「我が不遜……どうか、お許しを……真王様をお試しするという我らの目の節穴。真に謝罪のしようもございません……そしてどうか、その剣にて我ら数千のニャルラトホテプにお示しください。御身こそが、我ら神をも従える真なる王であると」


 圧倒的な風格を纏うカイトに対して、ニャルラトホテプが平伏して願い出る。それに、カイトはふた振りの王の剣を手にとって、口を開いた。


「別に、王の座になぞ興味は無いが……今のオレはおそらくお前らの媒体を取り込んだからだろう。お前の、いや、お前らのあり方が理解出来ている」

「身に余る光栄……」


 額が地面に付かんほどに深々と、純白のニャルラトホテプが頭を下げる。このニャルラトホテプは討ち滅ぼされない限り、止まれないように設定されている。カイトがここでこのニャルラトホテプを倒さねば、彼は地球を滅ぼさねばならなくなる。

 それは彼らが望んだやり方で、それが現象ではなく在り方である以上はどんな力だろうと書き換える事は出来はしない。それを止めたいのであれば、ここで始末をつけるしか、方法は無かった。


「覚悟は良いな?」

「あぁ……光栄でございます。どうかそのふた振りの刃にて、我らに賜死を」


 涙を流しながら、純白のニャルラトホテプが顔を上げる。その顔は歓喜の涙に濡れていた。


「良いだろう」


 まさに、王の如く。カイトは剣と化した『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』を振り上げる。そうして、容赦なく純白のニャルラトホテプへと振り下ろした。その斬撃はまさに、闇としか言い得ない。


「……」


 その瞬間。本来ならば悶死しかねない程の激痛を得ている筈の純白のニャルラトホテプは今まで味わった事のない至福の感覚を得ていた。賜死とは、死を賜るとはどういう事かを心の底から理解した感覚だった。

 もはや、その有様は心酔と言うのがふさわしかった。そうして、彼はその歓喜の中で己の身がこの世ならざる毒に侵されていくのを自覚する。消滅への恐怖なぞ、一片もあろうはずがない。これで完全に再生力は封じられた。後は、<<星の剣(無銘)>>が振るわれればそれで終わりだ。


「終わりだ」


 そしてその瞬間は、すぐに訪れた。カイトが右手の<<星の剣(無銘)>>を振り上げる。そして即座に振り下ろした。そうして放たれた斬撃は、光としか言い得ない。光と闇の二つの斬撃を受けて、数千体のニャルラトホテプを練り合わせた純白のニャルラトホテプが光の中へと消え去った。


「「「ぐっ!」」」


 だが、ニャルラトホテプ達は消滅しなかった。彼らはカイトの<<星の剣(無銘)>>での一撃を受けると、まるで結合が解除されたかのように分離させられたのだ。


「何……が……」

「分離……した……?」


 純白のニャルラトホテプを構成していたニャルラトホテプ達が起きた事にただただ困惑する。結合の解除なぞ不可能だったはずなのだ。敢えて言えば、完成されたカクテルを組み合わせる前の一つ一つに分離するような作業だ。不可能と断じて良い事だし、やる必要の無いことだ。


「はぁ……マジ疲れた……だからこれ、魔力むちゃくちゃどか食いするんだよ……」

「一体……なぜ……」


 ニャルラトホテプの一体が<<星の剣(無銘)>>を何処かへと仕舞い、更に左手から取り込んだ『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』をはじき出してこれもまた何処かへと収納したカイトへと問いかける。いつの間にか剣の『輝ける闇シャイニング・トラペゾヘドロン』は消えていた。


「はっ……誰がてめぇらの望みなんぞ聞いてやるかよ。オレはオレの思うままに生きる……てめぇらが試験官じゃなく敵だってんなら殺しても良かったが……試験官だってんならやっぱ殺せねぇ。何故か、ってオレが気に食わねぇんだよ。試験って事はオレを試しているだけだ。腹が立とうが仕事でやってる奴殺しちゃ流石に道理に背く」


 血を滴らせ、足を引きずりながらカイトが出口へと歩いていく。真なる王の証明なぞ知った事か。それなら、その思惑に背いて奴らを生かしてやっただけだ。


「……」


 カイトの返答を聞いたニャルラトホテプの一体が呆然となる。が、もはや疑いようがない、という感じで一人、また一人とカイトの背に向かって跪いていく。


「……」


 これが、今のニャルラトホテプ達の精一杯だ。分離から解除されたからとて力はそのままというわけではない。クトゥグアの火に食われた力は戻っていないし、当然、カイトの一撃を受けた損失も残っている。が、彼らにはどうにかして言わねばならない事があった。それ故、ニャルラトホテプの一人が死力を振り絞り、カイトへと追いすがった。


「お待ち下さい!」

「……なんだ……これ以上なんかやれってのなら、流石に遠慮するぞ」


 後ろを振り向く事なく、そして歩みを止めないカイトが問いかける。もう今さら何かを聞きたい事は無いし、ひどく疲れている。流石に彼も自己召喚からあの全力戦闘は非常に疲れた。今すぐにでも倒れそうな所を、気合と根性、そして僅かな見栄で耐えていただけである。


「我らの選びし真王様……どうか、お聞きを」

「……あ?」


 振り向く事はなく、カイトが立ち止まった。なぜ立ち止まったのかというと、そのニャルラトホテプの声には妙な心地よさがあったからだ。ニャルラトホテプにありがちな嘲笑のような気配が無かったのである。


「この世界には、数多の<<星の剣(無銘)>>を携えし王が乱立しております……その全てを、お集めください。それら全てを束ねし者こそ、真なる王。真の王なのでございます」

「そりゃ良いね……誰かにぶん投げて良いって事か」

「それもまた、結構でございます」


 カイトはニャルラトホテプの言葉に初めて、振り返った。妙な事を言うニャルラトホテプだと思ったのだ。そうして見えたのは、一人の美しい女の顔だった。

 おそらく、本来のニャルラトホテプにはあるだろう何かが壊れている。壊したのは自分だと言う事は分かる。が、それ故にこそ、美しいと感じられる女だった。


「あ? お前らはオレを王と見込んでんじゃねぇのか?」

「見込んでおります……それ故、貴方様を操れぬ事を理解致しております。それ故、この言葉を」

「あっははははは! ごっほっ! いってぇ……笑わせるなよ……」

「申し訳ありません……ですが、どうか、その剣をお集めください。幾星霜、幾千万の月日が掛かるでしょう。数多の因果が必要でしょう。ですがどうかそれで神を、人を、精霊を……」


 お束ねください。ニャルラトホテプが掠れるような声でカイトへと懇願する。彼女も精一杯の死力を尽くして、ここに傅いていた。そして流石に見た目だけとは言え美女に死力を尽くして懇願されて――これはニャルラトホテプ達が意図した事ではなかったが――は、カイトもため息を吐くだけしかなかった。


「ちっ……死力尽くしてまで言いに来た事に免じて、覚えておいてやる」

「ありがとう……ござい……ます……」


 最後まで、言い切れた。ニャルラトホテプはそれに感謝を述べてなんとも彼らしい言葉だと思い、安らかな顔で力尽きた。全力を越えて、死力を尽くしたのだ。幾ら神と言えど、限界が訪れたのだろう。

 そうして、カイトは彼女に背を向けて、一人、また一人と倒れ伏していくニャルラトホテプ達を背に、『ン・カイの森』から脱出するのだった。

 お読み頂きありがとうございました。戦闘終了です。カイトのは、ですが。

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