断章 第18話 和解編 和解への一歩
時は少しだけ遡る。カイトとティナがうかと別れたその後。同じ京都のとある場所にて、総司と鞍馬が話し合っていた。
「ほぉ、あれがお前が倒したいつー男か。」
「ああ。まさか京都に来ているとは・・・」
二人は京料理に舌鼓を打ちつつ、会話を交わし合う。当たり前だが、彼らとて食事を摂らねば生きられない。うかが店を経営していた様に鞍馬も料理店を幾つか経営しており、その一つで食事を食べるのが、ここ当分の二人の常だった。その一つへ向かう最中で伏見稲荷大社の近くを通って、偶然にカイトの姿を見つけたのだった。
「一つ言っておいてやる。ありゃ、やばい。」
冷奴を肴に冷酒を飲む鞍馬が、総司に告げる。それを聞いて、総司が首を傾げた。
「やばい?」
「ありゃ、おそらくとんでもなく名のある武芸者だ。それこそ年数だけじゃなしに、とんでもなくでかい修羅場を超えてるだろうな。」
「でかい修羅場?」
「さてな・・・俺ら魔術が使える奴は米国の核開発の情報を入手した日本政府の方針もあって、核に対する最後の切り札として太平洋戦争には加わる前に終戦を迎えたが・・・欧州では魔術戦を交えたどでかい戦があった、と聞く。それの生き残りかもしれん。」
流石に総司とて太平洋戦争の事が第二次世界大戦を指していることはわかった。そして自分も曲がりなりにも銃弾程度ならばなんとか出来るレベルの戦闘能力を持ち合わせた今、それを十全に使い熟せる鞍馬達が戦争に加わらなかったのなら何か理由があったのだとも理解出来た。彼は知識は無いが、理解力は高いのだった。
「だが、天音はきちんと日本で生まれているぞ?家族も居るらしい。」
「魔術でなら如何とも偽装出来る。」
「そんな事をする奴には見えなかったが・・・」
鞍馬の言葉に、総司が少しだけ眉をしかめる。これはカイトの性格を僅かながらにでも知っているが故であったのだが、鞍馬の言葉は少しでも欧州の異族事情の悲惨さを知っているのならの言葉だった。
「まあ、知らないから仕方がないんだが・・・あっちで生まれた奴なら、それぐらいはやるだろう。いや、それぐらいはやらないと、生き残れない。」
「な・・・」
鞍馬の言葉に、総司が少しだけ絶句する。生き残れない。つまりは生存が掛かった問題だったのだ。そこまで深刻な状態に、総司が絶句するのも仕方がなかった。
「もう一人の嬢ちゃんの方も嬢ちゃんの方で、多分名うての魔女だ。男の方は多分向こうに渡った日本の龍系統の生き残り、魔女の方は北欧系の生き残りだろう。あれには俺でも敵わん。土台というか経験してきた修羅場の数と質がおそらく段違いだ。数百年の間鞍馬の大天狗として数多の戦士を見てきたが、あの二人には劣る。義経さえ、負けるだろうよ。」
鞍馬は頭を振ってそう告げて、総司の顔を見る。だが、その顔は予想した通りの顔だった。
「やはり、それでも勝ちたいか?」
「・・・ああ。負けたままでは終われない。」
「はぁ・・・」
総司の返答に、鞍馬が溜め息を吐いた。彼我の差なぞとうの昔に把握していた。それでも勝つと決めたのだ。なのでその差が予想より遥かに離れていた事がわかった所で、諦める道理は無かった。この意地の悪さこそが、彼の持ち味なのである。
「まあ、総司のことだ。そう言うだろうと思ってたが・・・少なくとも、<<八艘飛び>>はきちんと習得してもらわないと無理だ。一撃を食らわせる事も無理だろう。」
「覚悟している。」
総司は今までも気合は十分に入れていたが、それ以上に身を入れて修行を行う事を決める。自分の師で敵わないと理解出来たのなら、それを遥かに上回らないといけないのだ。身を入れるのは当たり前だった。
「まあ、とりあえずは食え。全てはそれからだ。食は全ての基本。疎かにするな。」
「ああ。」
そうして、二人もまた食事を再開する。食べないと活力が出ないのだ。活力がでなければ、修行も身に入らない。そうなれば、距離は更に遠くなるだけだった。と、ふと食事中に鞍馬が一つ思い出す。
「あ、そういえば・・・お前のバイトを探しておいてやった。鞍馬寺で清掃のバイトな。住職にはもう話をつけている。」
「な・・・」
「修行はきちんとしてやる。メシ代も持ってやる。とは言え、少しぐらいは働いて返せ。明日から毎日4時間寺の清掃だ。仕事は住職達に聞いておけよ。」
「うぐ・・・わかった。」
総司とて、衣食住全てを厄介になっている事への少しの後ろめたさはあった。なので素直にその命令を受け入れる。
そうして、この日から昼まで彼が作務衣姿で寺の清掃活動に励む姿が見受けられる様になるのだった。
更に、時は遡る。まだ、カイト達が京都に着いた頃だ。天神市から少し離れた東京湾の畔。とある高級ホテルの上層階の一室にソラは居た。
まあ、そうは言っても彼はカイトから借りたゲームをしているのだが。そんなソラに、母・美冬が問いかける。
「ソラ、夏休みの宿題はいいんですか?」
「後でやるって。これ借りたんだから、少しはプレイしとかないと借してくれた奴に失礼だろ。」
「借りたって・・・ああ、カイトさん?」
「おう・・・げ、これ結構死に覚えだな・・・」
ソラの珍しい発言を聞いた空也が小学校の宿題から顔を上げる。そこには随分と険の取れたソラの顔があり、それを見て空也も思わず笑みが出た。
「きちんとやるんですよ。」
「はいはい・・・げっ!また死んだ!何だよ、今の即死トラップ!」
美冬の言葉を軽く流し、ソラが再び死んだらしいゲームに向かい直す。美冬は少し何か言いたげであったが、結局は何も言わずに終わる。去年のソラなら無視する事も多く、随分と家族と会話してくれるようになった事の方が重要だったのだ。この程度でも会話が成立したのが嬉しかったのである。
そうして、暫くソラがゲームをプレイしていると、部屋の扉が開いた。星矢が仕事を終えて此方にやってきたのである。流石に彼は政治家としてまだ国会会期中の会議を二週間も抜けるわけにはいかず、出港時の天道家のご隠居への挨拶と誕生日パーティへの出席だけだったのだが、時間が空いたので此方にやってきたのであった。そうして星矢が部屋に入って直ぐに見たのは、空也が宿題をして、ソラがゲームをしている姿だった。
「ソラ、宿題はきちんとやったのか?」
「後でやるって。と言うかそもそもでこれから出港するってのに忘れかねないんだから、トランクの中から出すわけ無いだろ。」
「・・・む。」
ソラの言葉に、星矢も少し道理を感じる。空也は真面目なのでこんな場所でも宿題をやっているが、よくよく考えればソラの言い分も正しくはある。出港は午後なのでまだ時間は有るといえど、出港間際にどたばたするのはいただけないだろう。
それなら手提げ鞄の中に入れられるゲームでもしておいた方が慌てなくて良いだろう。だが、ソラは一度携帯ゲーム機をスリープ状態に落として、家族だけでなく一緒に来ていた使用人たちさえ目を見張る行動に出た。
「・・・親父。少し時間、あるか?」
「・・・ああ。」
星矢は時計と隣に連れて来ていた秘書官達の顔色を伺う。秘書官達もソラの行動に驚きを浮かべてはいたが、とりあえず急ぎの用事は無かったので頷いた。
「なんだ。」
「少し、二人だけで話せるか?」
「ああ。」
ソラの申し出に、星矢は即断する。ソラの方に隔意はあったが、星矢の方には隔意は無いのだ。親子の会話を望まれれば、応じるのは当然であった。そうして二人は別室に移動する。
「なんだ。」
「・・・なあ、親父。数年前のあの法案。なんで推進したんだ?」
ソラはかなり緊張していたのが、星矢にはよくわかった。そして、これが大切な事だということも、はっきりと理解出来ていた。だが、彼の答えは何時も決まっていた。
「必要だったからだ。」
「・・・そうか。そうだよな・・・」
星矢は数年前と同じく、ただそれを事実として語る。だが、それこそがソラの望みだった。そうして、ソラはその答えを聞いて、苦笑にも似た笑みを浮かべる。そうして少しの間沈黙が下りるが、再びソラが問い掛けた。
「その理由って教えてくれるか?」
「ああ。あの当時・・・」
星矢は聞かれたのなら、答えられる範囲で答えるのだ。だから彼は自らの言葉を以って、何故必要だったのかをつぶさに語っていく。それは当然だが当時のソラにも今のソラにも数年後のソラにも理解出来ない事が多かったが、それでも、ソラにとっては父親がしっかりと考え、必要であると結論付けた事を理解させるに十分だった。
「ということだ。確かに、不要ではあった。だがあの当時、もしあの法案を通していなければ、万が一もあり得た。それは俺の望む所ではない。万が一に備えるのが政治家だ。そして、犠牲が出る場合はそれを少なくするのが、また俺達の仕事だ。だからこそ、俺は必要だと認めた。理解できたか?」
「ああ・・・その、ありがと。」
星矢の言葉に、ソラが少し照れた様子で頷いた。実のところ、父親の語った説明は半分以上も理解できていない。
だが、たった一つ理解出来た事があった。それは自分は父親が正しい、と信じられた事だ。そうして再び沈黙が下りるが、ふと、ソラが気になった事を問い掛けてみた。
「なあ、そういえばその数カ月後に起きたえーっと・・・なんだっけ。中東での事件、ってもし波及してたらそれが適用されてたのか?」
「よくわかったな。」
ソラは生まれて初めて父親の顔に驚きが浮かんだのを見た。というのも、実はこの事件そのものは有名でもその法案が適応されていた事は実はあまり知られていなかった。それ故にソラが自らで導き出したと思い、思わず顔に驚きを浮かべたのだ。
だが、当たり前だがソラがこれを自分で導き出したということは無い。それは直ぐに星矢にも理解できた。なぜならソラもまた、驚きを浮かべていたからだ。
「へぇー・・・やっぱすげえな・・・」
「ほう、確か最上だったか。かなり優秀な様だな。」
こういった情報を扱うのはおそらく学校の教師だろう、そう考えた星矢だったが、ソラは否定した。
「あ、いや。学校の・・・まあ、ダチがそう言ってたんだよ。」
「友人・・・あのカイトくんか?」
今の現状でソラが友人と言うとなればカイトだけだというのは星矢も既に調査済みだ。流石にここまで知られていたのにはソラも顔を顰めるが、とりあえずはそれに頷いた。
「ああ。」
「ほう・・・意外・・・ではないか。」
「あ?親父知ってんのか?」
「この間家に来た時に会ってな。将棋に少し付き合ってもらった。」
明らかに調査したのではなく見知った感じであったので、ソラが訝しんで問い掛けた。流石に父の返答にソラも苦笑せざるを得なかったが、とりあえずはそれで終わりだ。
そうして三度沈黙が下りるが、今度は星矢の方が切り出した。ここ暫く親子の会話を持っていなかった事を思い出したし、それにそれが原因ですれ違っていたのだ。誰も居ないし、たまさかこんな事も良いか、と思ったのである。
「・・・ソラ。時間はまだあったな。」
「・・・おう。」
「お前、来年受験だったな。」
「おう。」
「天桜を受けろ。あそこは良いところだ。もう一度やり直す気があるなら、俺も支援してやる。」
珍しくアドバイスを星矢が送る。ちなみに、星矢も天桜学園を大学院まで卒業している。そうして暫くソラへといろいろとアドバイスを送る星矢だったが、それが一段落落ち着いた所で星矢がふと、告げる。
「・・・ソラ。お前に先に言っておく。」
「なんだよ。」
一瞬の静寂の後、星矢が切り出した。実は、星矢がこれを語るのは家族の中ではソラが初めてだった。だが、彼はそれを決定して既に動いているが故に、今回の一件もあって先に伝えておこうと思ったのだ。
「俺は数年後。遅くても5年後までに総理大臣にまでなるつもりだ。時期は左右するが、そこまで遠い事ではない。5年後も最長で、だ。」
「なっ・・・」
ソラが絶句する。当たり前だった。ソラとて星矢の年齢は知っており、5年後に何歳なのかも計算出来た。そしてその年齢から計算すれば、40代で総理になる、と告げていたのだ。それは日本として史上最年少の総理に他ならなかった。かなり、いや、とてつもなく困難な物になるのは目に見えていたのだが、ソラには彼が大口をたたいている様には見えなかった。
「これから先。俺だけでなくお前も多くの非難を浴びるだろう。だが、必要だ。」
「・・・わかったよ。親父が必要だ、って認めたんだろ。なら、好きにしろよ。」
「ああ。」
父親の断言に、ソラは全幅の信頼を示した。その時の星矢の顔を、ソラはおそらくずっと忘れないだろう。滅多に表情を変えない上に笑みを見せない父が、不敵な笑みを見せていたのだ。
それは少し先に冒険を前にしてソラが浮かべる楽しげな、不敵な笑みに、よく似ていたのだった。
それから数時間後。ソラの顔は数年前の様に晴れやかだった。全ての迷いと悩みが晴れたのだ。
「では、失礼の無いようにな。」
「ああ、わかってるって。」
「じゃ、お父さん、行ってきます。」
兄弟が星矢とタラップの前で最後の挨拶を交わす。そんな光景に、美冬が微笑みを浮かべていた。ようやくソラと星矢が和解したのが理解出来たのだ。そんな美冬に、星矢が声をかける。
「では、後は頼む。」
「はい、星矢さん。」
二人の会話は短かった。だが、これで良かった。お互いにお互いの事をよく理解しあっていたのだ。それで十分だったのである。
そうして、星矢を残して天城一家と使用人達は豪華客船に乗り込む。それに続いて来たのは、中学生時代の桜と使用人数名だった。
「天城のおじ様。お久しぶりです。」
「久しぶりだ・・・ご隠居と春真くん達は?」
本来は一緒に乗り込むであろう桜の家族の姿が見受けられず、星矢が少し疑問に思って問い掛けた所、桜が苦笑して答えた。
ちなみに、ご隠居とは桜の祖父のことで、当主の跡目を桜の父親に譲っているのでそう呼ばれているのであった。
「流石に主賓が遅れるのは拙いだろう、ということで夏樹兄様と共に一足先に乗り込んでいます。お祖父様も本当は一緒に来たかったらしいんですが、先ほど唐突に連絡が入って、先に私が。」
「そうか・・・あいつは?」
「さすがにお父様は今日はアメリカの支社で会議だそうです。」
あいつ、と言うように星矢と桜の父親は実は幼なじみの関係で、知らぬ仲では無かった。それ故に少しフランクなのだ。まあ、お互いに政治家と世界的大企業の社長ということであまり会えないが、それでも仲が切れたわけではなかった。
「天城のおじ様もこれからまた国会ですか?」
「ああ。申し訳ないが、今日もご隠居に挨拶に来ただけだったのだが・・・」
「多分、もう少し時間が掛かると思います。私が祖父に代わって挨拶を受けておいた、と言付けておきます。」
「感謝する、桜ちゃん。」
ここから国会議事堂まで移動するのはそれなりに時間が掛かった。それ故に星矢は頭を下げて、その場を後にする。本来は挨拶をしておきたかった所だが、仕事を疎かにするのは彼の本意ではないし、桜の祖父にしても承服しかねる事だった。
そうして、桜も船に乗り込んでしばらくして桜の祖父が最後に乗り込んで、船は東京を後にするのであった。
お読み頂きありがとうございました。




