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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第15章 覚醒の兆し編

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断章 第55話 それぞれの切り札

 純白のニャルラトホテプの宣言から始まった、太古の神話の再現。そうなると、一つ疑問が出るだろう。そんな事が起きるとはつゆ知らずのジャック達凡人達は一体どうなっていたのか、と。これは実は、特に問題は起きていなかった。というのも、カイト達が強襲を仕掛けた直後、彼らは即座に洞窟の外に出されたからだ。


「……やはり、まだ我らでは力が足りないか」

「わかっていた話だろう。貴様らでは足手まといにしかならん」


 僅かに悔しげな教授の呟きに、ルイスが頷いた。これは最初からわかっていた事で英雄達は全員が理解していたが、それ故奇襲する為にもジャック達には告げられなかった。故にこうなる事を理解した彼女が一気に回収したのである。敵の手が理解出来ていたのであれば、それに対応して当然だった。


「それに、悔やんでいる場合か?」

「ああ、わかっているとも。我らには我らの為すべきことがある。それを為すべきだ。我らは逃されたのではない。為すべきことを為す為に、外に送られたのだから」

「そうだ……では、私は行くぞ。貴様らに構っている暇は無いのでな」

「ああ……こちらは任されよう」


 ルイスの言葉に教授が頷いた。そうして、そんな彼は困惑していたジャックへと近づいていく。


「ここは、一体……」

「外だ。無念ではあるが、我らではここから先の戦いには邪魔にしかならん」

「外? それに、一体何が……」


 やはりこんな唐突な事にはジャックも慣れていないようだ。しきりに困惑していた。が、それでは駄目だ。もう僅かな時も残されていない。


「ジャック。君は確か、大統領から例のアレを受け取っていたな?」

「あ、ああ……それが?」

「大急ぎであれを出す準備をしたまえ。必要になる」

「あれを?」


 この時、まだ洞窟は崩落していなかった。故にジャックは唐突な教授の指示に困惑を示すしかなかった。が、それに教授が明言する。


「ついに、始まるのだ。人類の存亡を掛けた戦いが。今更出し惜しみしている暇は無い。それに……おそらくアーカムも無事では済むまい」


 こうなる可能性を想定していなかったわけではない。だから、教授の目からは闘志が失われていなかった。そして想定していたからこそ、即座に彼は指示を下した。


「ミスカトニック大学職員総員に告げる! コード・レッド! パターン・トリプルシックス! 即座に撤退し、所定の行動に入れ! レイバン!」

「ああ、父よ。すでに準備は整えている。いや、朝から整えていた」

「上出来だ。では、行くぞ。総員、乗船! 戦闘準備!」

「「「はい、教授!」」」


 教授は娘の返答を聞くと、即座にゼミの生徒達を率いてバイアクヘーへと向かっていく。確かに外に出されたが、教授とて英雄だ。今日この日に何かが起きるのだ、と理解していた。だから、準備は怠っていない。勿論、それに備えて指示も出していた。だから、彼の率いていた者達にも覚悟は出来ていた。


「急げ! 急げ! 急げ!」

「機材は全部置いていけ! 武器だけを持っていけ!」

「準備が出来た奴から一気に移動しろ!」

「街全域の避難誘導、開始! シェルターへの避難はまだ!」

「オペレーター! 車を発進させるぞ! 舌噛むなよ!」

「財団の特殊部隊、すでに準備は整っています!」


 軍人であるジャック達よりも遥かに手際よく、ミスカトニック大学とアーミティッジ財団の人員達が動いていく。彼らは日夜外なる神の奉仕者や眷属達と戦ってきたのだ。そして、この街に住んでいるということはその危険性を身に沁みて理解しているという事でもある。


「おい、米兵さん達! あんたらもぼさっとしてないでさっさと準備に入れ!」

「ジャック! 大統領の許可は出てる! 急いでトレーラーに乗れ!」

「……了解!」


 ジャックもやはり、この街に生きてきた者だからなのだろう。心のどこかで、理解していた。故にジョンの指令を受けると即座に動き出す。そうして、その一方。そういう背後での動きを聞きながら、ガウェインは己の出番が近い事を理解していた。


「……」


 思い起こせば、何時の事だったか。どういう理由かはわからない。どういう力なのかもわからない。ただ、そういう力が気付けば備わっていただけだ。


「なんでか、俺は日中ものすっごい力が溢れるんだよ」

「何が?」

「ほら、よく言わね? ガウェイン卿は午前中、3倍の力を有していたって」

「ああ、聞いたことはあるなー」


 斉天大聖はガウェインの言葉にふと、彼の伝説を思い出した。それは彼の扱いが悪くなったトマス・マロリーの版でも言われている。サー・ガウェインは朝から正午までの間、その力は三倍になると。

 その力は円卓最優として知られるランスロットでさえ抗いきれるものではなく、アーサー王との確執や何人もの弟を斬ったという怨恨からガウェインと戦う事になった時、その時間は耐えしのぐ事に終始した程であった。


「母さんに聞いてもそんな力を与えた事は無い、っていう。親父……ロト王はこれを神の祝福と喜んだ。結局は原因不明の力だ」

「ふーん……それで?」

「……いや、疑問、出ないか?」

「何によ?」

「なんで朝だけなのか、って疑問」


 ガウェインが呈したのは、最もな疑問といえば最もな疑問だ。なぜ、朝だけなのか。何故、正午で終わりを迎えるのか。誰もわからない。本人にさえも、だ。


「わかってるの?」

「いや、全然。からっきし。何一つわかんね」

「あのね……」


 笑うガウェインの言葉に斉天大聖は呆れ返る。そんな事で集中の邪魔をしないで欲しかった。


「なんだろ。猛ってる。すっげぇ、猛ってる」

「っ!?」


 ここで初めて、斉天大聖がガウェインを見た。その身からは、まさに太陽の息吹とも言える絶対的な力が溢れ出ていたのだ。彼が饒舌なのは、あまりの力に侵されて軽度の興奮状態にあったからなのであった。


「結局理由はわかんねぇけど、この力の原因を追求しようとは思った事はある」


 強い。ガウェインから放たれる圧力を肌身に感じて、斉天大聖は直感でそう理解する。今なら確実に下級の神々なら一撃で吹き飛ばせるだろう程の戦闘力が宿っていた。そうして、そんなガウェインが教えてくれた。


「結局、原因も根源もわかんなかった。だけど、少しわかった事がある……時間は伸ばせた。そして、もう一個。伸ばすだけじゃなくて、強くする事も出来た」


 ゆらゆらと太陽を思わせる暖かくも強大な力がガウェインを中心として、溢れ出ていた。そして、それとほぼ同時。大地震が、周囲を揺らした。


「……来るぞ」

「ええ、そうね」


 大地震が起きて洞窟が一直線となると同時。邪神達の手によってある種の安全地帯に避難させられていた奉仕者達が一気に溢れ出る。


「セカンド! 結界を張れ!」

「はい!」


 準備は出来ていた。こうなる事は本能でわかっていた。だから、ガウェインもマーリン・セカンドも迷いが無かった。そうして、遂にガウェインが己の全力を解き放つ。


「……さぁ、来い。ここから先は一歩たりとも通さん」


 太陽。そうとしか言い得ない圧倒的で強大な力を纏うガウェインが、洞窟から我先にと出ようとする邪神の奉仕者達を睨みつける。そうして、斉天大聖とガウェインの二人は洞窟から出てこの世の終わりをもたらさんとする怪異との戦いを開始するのだった。




 さて、その一方。最下層に居るスカサハ達は、というとこちらも切り札を切るタイミングを見誤る事はなかった。


「まぁ、そういう所であろうと思っていた」

「んな余裕ぶっこいてねぇでさっさとやってくれ! いくら俺達でもこの数は辛いぞ!」

「なんだ、堪え性のない。この程度余裕でやらぬか」

「そういう話じゃねぇよ!」


 無数のニャルラトホテプ達を相手にしながら、クー・フーリンが怒声を上げる。やはり神。それもニャルラトホテプ程の神だ。確かに物語に伝えられる程の圧倒的な戦闘力は無いが、それでも神には違いがない。いくら英雄達と言えども、簡単に討伐出来る相手ではなかった。

 勿論、複数纏めて、なぞ以ての外である。幸いな事と言えば邪神達の狙いは外に出る事ではなく、カイトに助力されない為に英雄達を牽制する事だ。なので数を頼みにしていない事だけが、唯一の救いだった。


「……さて……」


 スカサハは唇を舐めて、久しく見なかった激戦に心を踊らせる。この場に最初から屯していた邪神の奉仕者達が何をしていたか。それは見ればすぐにわかった。儀式だ。彼らの神を呼び起こす為の儀式である。だから、スカサハが準備を終えるよりも前にそれは起きた。


『ぃぉおおおぉおおぉぇお』


 もはや、人類には理解し得ぬ『音』だ。それが、深きものども(ディープワン)告げられる。それをきっかけとして、洞窟の最下層が更にどこか深くの場所に繋がった。そうして、漆黒の闇の中から生臭い触手が無数に吹き出してきた。


「うぉおおおお!」


 唐突に現れた触手に、フェルグスが捕まって絶叫する。が、彼とてこの程度でどうにかなる存在でも無い。


「おーう、叔父貴! 無事か!」

「ふんっ! 生臭いわ! おーう! この程度、どうという事もない!」


 気合一発で触手を千切り飛ばし、フェルグスが豪快に地面に着地する。が、それとは逆に漆黒の闇の中から、それが姿を露わにした。それは、物凄い巨体だった。全長百メートル。半魚人の様な見た目に、身体のいたる所に触手が生えた化物。ダゴンである。


「あんだぁ……?」

「……おお、これは中々にでかい」


 クー・フーリンが唖然となり、フェルグスも思わずあっけにとられる。これでありながら、神々しい神気を纏っていた。と、そこに。槍が一本飛来して、ダゴンの横っ面を吹き飛ばした。


「どうした、古代の英雄達よ。まさかこの程度で呆気にとられ怖気づいたわけではないだろう」


 ダゴンの横っ面を弾き飛ばした槍を手に取って、フィンが笑う。これが、ケルトの英雄達の切り札。スカサハが影を操って強制的に『影の国』との間に道を作ったのである。そうして『影の国』から直接来るケルトの英雄達を見ながら、クー・フーリンもフェルグスも牙を剥いた。


「おいおい、遅れときながらその発言は無いだろう!」

「そうともさ! これをどう捌こうかと楽しみにしていた所よ! 思わず武者震いしてしまったわ!」

「ははははは! それでこそ、我らが寝物語に語られた古くの英雄! では、行こうか!」

「「おぉおおおお!」」


 フィンの号令に合わせて、クー・フーリンとフェルグスが雄叫びを上げる。だがその、瞬間。倒れたダゴンへと無数の槍が降り注いだ。


「ははははは! まさかこの様なデカブツまで用意していたとはのう! 食いでがある!」


 スカサハの槍の猛攻を受けて、一瞬でダゴンが消し飛んだ。神だろうとなんだろうと、彼女はあまりに強すぎる。ダゴン程度でどうにかなる相手ではなかった。というわけで、フェルディアが頭を振った。


「……お前らが遅いからスカサハ様が出てしまったぞ」

「……師匠……だからあんた、マジで強すぎんぜ……」


 おそらく自分達なら相当な激闘になった筈だ。それが、一瞬だ。そんな様子にクー・フーリンも呆れるしかなかった。が、それ故にこそ敵もわかっていた。彼女を圧勝出来たのは純白のニャルラトホテプだからで、他では相手にならないのだ。


「あらら……まぁ、それはそうですか。とはいえ、ご安心ください。まだまだ沢山居ますよ」

「だってよ、フェルディア」

「だそうだ、フリン」

「叔父貴! やっぱスコア稼ぎやろうや! こりゃ、楽しいぞ!」

「乗った! 負けた時は酒樽一気飲みでどうだ!」

「おっしゃ!」


 闇から溢れ出る無数のダゴンを見て、ケルトの英雄達が殺到していく。そうして、そんな英雄達を見て純白のニャルラトホテプが呆れ返った。


「おや……これはこれは。普通ならこれで萎えたり逃げ出したりするのですけどね。本当に地球の英雄達は宇宙全土を見ても異常な強さと毅さを誇っている。とはいえ……これで良い。後は、我々に任せましょう」

「や……では、貴方は貴方の役目を」

「ええ」


 純白のニャルラトホテプは自分から一切視線を外さないカイトへと視線を向ける。そして、その横から無数のニャルラトホテプ達が現れて一気にスカサハへと殺到した。


「む?」

「少々、お相手願いましょう」

「かの王の器を測る戦い」

「そなたはあまりに不確定要素になりすぎる」


 無数のニャルラトホテプ達がスカサハを取り囲む。彼女はあまりに強すぎる。それこそ、放置すればカイトの助太刀になってしまえる。その彼女をどう掣肘するか。それが、ニャルラトホテプ達には頭の痛い問題だった。

 だが、出た答えは一つしかない。一体一体で抑えられないのなら数を繰り出して、それこそスカサハでさえ援護が出来ない程の数を繰り出すだけだった。


「ま……そう来るだろうと思っておったよ」

「「「?」」」


 取り囲まれたスカサハの一言に、ニャルラトホテプが首を傾げる。確かに一体一体は弱い。スカサハならおそらくこの試練の終わりまで戦い抜けるだろう。だが、だからこそわかっていた。


『さて……では、異世界の魔王の妙技を見せてやろうかのう』

「「「!」」」


 唐突に響いた声に、ニャルラトホテプ達が思わず目を見開いた。その声は言わずもがな、ティナの声だった。と、その次の瞬間。無数のニャルラトホテプ達に向けて無数としか言い得ない光条がほとばしった。


「ぐぎゃ!」

「ぐえぇ!」

「ごふっ!」


 どこからともなく飛来した光条を受けて、スカサハを取り囲んでいた無数のニャルラトホテプ達が一斉に消滅する。それに、純白のニャルラトホテプが思わず目を見開いた。


「おや……これはすごい。一体どうして? 彼女は日本に居たはずだ。力もまだ完全ではないのに……」

「あっははははは! お前らがここで仕掛けてくる事がわかってりゃ、そりゃ切り札の一つ二つ持ってくるだろ!」


 呆気にとられた純白のニャルラトホテプに対して、カイトは大笑いしていた。当たり前だが、彼がティナが居る事を知らないはずがない。


「ばーか。お前、オレが誰を恋人にしてるかわかって言ってんのか?」

「っ! まさか、あの大天使の力!」

「ご明答! 世界の外に出たのさ」


 目を見開いた純白のニャルラトホテプの言葉に、カイトが指を銃の形にして正解を示す。まぁ、そういうことだ。彼の切り札とは言うまでもなく、ティナとルイスの二人に他ならなかった。

 ティナはルイスの力で日本へと戻った。ルイスの力。それはこの世界から一度出て、その上で別の場所に転移するという力だ。如何にニャルラトホテプ達だろうと、その消えている間は察知出来ない。これは彼らの神としての限界だった。彼らはあくまでもこの世界の神。この世界の外の事は察知し得ないのだ。


「お前らは一瞬でティナ達が日本に入ったのを見て、そのまま転移したと思っていたんだろうが……」

「どこか別の世界へ行って魔力を回復させた、と」

「そういうこと」


 カイトは己の右手にある指輪へとキスしながら、純白のニャルラトホテプの言葉に応ずる。世界と世界の間で時間の流れは異なる。だから、こちらの一瞬がどこかの世界では数日や数年という事もありえる。

 時乃に頼んでカイトはその一瞬しか経過しない世界を見付けてもらい、ルイスの力でそちらに向かってもらったのである。そして後は精巧な使い魔を使って日本に帰った様に見せかけてニャルラトホテプ達を騙して、このタイミングまでティナとルイスには潜んでもらっていたというわけであった。


「……前線はお主にまかせて良いな?」

「良かろう。二つの世界であれ以外を除けば最強の組み合わせ……さて。逆に問うぞ。何匹、連れてきた」


 ティナを背後に控えさせたスカサハが、どこからともなく顕現するニャルラトホテプ達へと告げる。そうして、それに答えは自分で確かめろとばかりにニャルラトホテプ達が一気に殺到を始めたのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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