断章 第54話 第一次神話大戦
アメリカ政府の要請により行われる事になった、アーカム近郊にある洞窟における殲滅戦。これは遂に最終日を迎える事となっていた。なっていたが、最終日に入ったとほぼ同時。カイト達英傑と呼ばれる者たちは揃って、敵が総力戦を挑んできた事を本能的に悟っていた。というわけで、彼らが取った作戦は強襲、一気に攻め込む事だった。
「おっしゃ! ド派手な攻撃ならやっぱあいつが一番派手になるな! おーい、茨木! バッテリー切れとかならない様に注意しとけよー!」
「おーう! 専用に数人連れてきてっから、安心しろや!」
カイトの崩した床に飛び込んだクー・フーリンの言葉に、同じく意気揚々と飛び込んだ茨木童子が笑いながらそう明言する。と、そんな英雄達を見て、純白のニャルラトホテプも流石に目を丸くしていた。
「……これは驚いた。まさかそういう風に奇襲を仕掛けてくるとは」
「や……やはり王というわけですか。我々の望み通りには動いてくれないようだ」
「ふむ……お主らが今回の頭で良いか?」
「「!?」」
純白のニャルラトホテプとギルガメッシュの側に控えていたニャルラトホテプは揃って背後から響いたスカサハの声に驚きを露わにする。が、その時点で遅すぎた。すでにここは戦場。戦いは始まっている。
「はぁ!……む?」
「ふぅ……危ない危ない。貴方の速度は確かに反応出来ませんが……火力ならなんとか対応出来ますね」
純白のニャルラトホテプを貫かんとしていたスカサハだが、その攻撃は純白のニャルラトホテプの強固な障壁によって完全に阻止されていた。
確かに、彼女とて本気では無かった。なにせこれだけ大量なのだ。スタミナの配分はしっかり考える必要がある。が、それでも食い止められるとは、思っていなかったらしい。
「っ」
ふわっ、と軽い感じでスカサハが消える。そうして、超速の舞踏にも似た連撃が繰り出される。と、そんなスカサハを一切意に介さず、純白のニャルラトホテプは聖者の笑みを浮かべた。
「あぁ……貴方の事を我々は知っていますとも。女王スカサハ。かの新たなる王の伴侶の一人にして、その師……確かにその速度は後少しもすれば光速にさえ届き得る」
「……」
己の攻撃を一切意に介す事の無かった純白のニャルラトホテプを見て、スカサハが足を止める。一応、今の攻撃はかなり本気でやった。速度はカイトでさえ時乃の支援無しでは対応出来ない速度だった。それに、純白のニャルラトホテプは反応してみせた。それを受けて、スカサハが一気に本気度を上げる。
「……これは、凄まじい。それだけの殺意を一つの星の英雄が放つとは」
ようやく、純白のニャルラトホテプがスカサハを見る。それに、スカサハは久方ぶりに氷の表情を浮かべた。そして、それと同時。一気に彼女が決めに掛かった。
「……問答はせん。死ね」
どんっ、と轟音と共にスカサハが地面を蹴って、力強く槍を突き放つ。技も何もあったものではない。完全に力技だ。が、それこそを待っていたとでも言わんばかりに、純白のニャルラトホテプはスカサハの<<束ね棘の槍>>をひっつかんだ。
それに、流石にスカサハも思わず停止するしかなかった。あっという間だ。あっという間に、あのスカサハが僅かな間とは言え完全に攻撃が防がれた。カイトでさえ出来ないというのに、だ。そうして、その次の瞬間。スカサハは意図も簡単に純白のニャルラトホテプの左手で喉を締め上げられる。
「ぐっ……」
「……お、おいおい……嘘だろ……?」
「さて……これで貴方もお話を聞いてくれそうですか?」
完全に戦闘モードに入っていたカイトに向けて、純白のニャルラトホテプはスカサハの首を締め上げながら問いかける。あまりに、圧倒的。ティステニアさえ倒せただろうと言われる彼女を、一捻りしたのだ。その力の程は察するにあまりあった。
そんな純白のニャルラトホテプの求めに、カイトは肩を竦めた。スカサハをこの程度で殺せると思ったのなら大間違いだが、一時停止ぐらいはしてやらねば後でスカサハに怒られる。理由は女心がわかっていない、だ。なのでカイトは後を考えて素直に従う事にした。
「……ま、時間稼ぎになるから聞いてやるよ」
「あはは。いえ、聞いてくれれば結構ですよ。ですので、彼女はお返しします。我々も貴方の伴侶のお一人を殺したとあっては、流石に上から怒られますからね」
ぽい、と軽い感じでカイトへとスカサハを投げ渡す。どうやら、カイトを自分に向けさせられればスカサハはどうでも良かったらしい。そうして、解放されたスカサハが咳き込んだ。
「ぐっ! ごほっ! げほっ!」
「おっと……珍しく無様を晒したな、姉貴。オレにお姫様抱っこされたの、何時ぶりだ?」
「くっ……」
カイトの茶化しにスカサハが苦笑する。確かに、無様は無様だった。そうして、カイトにお姫様抱っこされた状態のスカサハが唸る。若干照れ隠しは見えていた。
「ふむ……予想した以上か」
「と、言うことは」
「うむ。切り札を切るか」
カイトの問いかけにスカサハが即断即決する。と、その前に純白のニャルラトホテプが待ったを掛けた。
「っと……そんな話をさせる為に、貴方にスカサハを返したわけではありませんよ」
「……なっ」
あまりにあっけなく背後を取られた事を理解して、カイトが絶句する。スカサハよりは確かに遅かったが、それでも彼が反応出来る速度を超越していた。そうして、ニャルラトホテプが手を鳴らした。
「さて……はい、まずは一時停止。我々の目的はまず、開始をせねばなりません。貴方も見てないで止めてくださいな」
「や……や……これは失礼を。あまりに素早い動きでしたので、思わず呆気にとられておりました」
純白のニャルラトホテプの指示を受けて、ギルガメッシュの側に居たニャルラトホテプが笑う。そうして、各々勝手に戦っていたニャルラトホテプ達が一斉に消え去った。
「む?」
「あはは。フェルグス・マック・ロイ殿。そう驚かないでください。我々と貴方達におあつらえ向きの戦場をご用意しております。そこへご案内しましょう、というだけです。先にお話を聞いてください」
唐突に消えた敵を受けて訝しむフェルグスに対して、純白のニャルラトホテプがそう告げる。
「さて……はじめまして、地球人類の皆々様。我々は……いえ、我々は……あれ? 同じだ。言葉は難しいですね。まぁ、取り敢えず。我々はニャルラトホテプ。外の星から飛来した、宇宙を基盤とする神」
純白のニャルラトホテプは無数のニャルラトホテプを背後に控えさせ、深きものどもに崇められながら堂々と名乗りをあげる。それは邪神と呼ばれる者でありながら、聖者の如き神聖さを身に纏っていた。
「まぁ、お一人。何を言いたいか分かってらっしゃる方もいらっしゃいますが……敢えてしっかりと明言しておきましょう」
純白のニャルラトホテプはそう言って、物語に語られる神の如くに厳かに告げた。
「地球人類よ。よく、そこまでたどり着いた。我々は君たちを祝福している。君達は星の海に出る為の権利を得る試験を受ける段階に到達した。勿論、君達は試練なんぞ知ったことかと蹴っ飛ばすだろう。それで良い。我々ニャルラトホテプは敵として、君達の前に立ちふさがろう。ただ、それだけの事だ」
「……では何故、わざわざ言いに来た」
「それは当然でしょう。これが試練である以上、合格基準や試験勉強が必要だ。だから、我々はそれを告げる。これは世界が認めた正当にして正式な試練……邪心も邪悪も一切存在しない。我々ニャルラトホテプの神としての役目だ」
カイトの問いかけに純白のニャルラトホテプがはっきりと明言する。これは彼らにとって神聖な儀式だ。そこに一切の余念は無い。故に、圧倒的な荘厳さと圧力を放ち、純白のニャルラトホテプが告げた。
「我々は星の海にたどり着き、その先に進む価値がある者であるかどうかを見定める者……故に、告げる。地球の人類よ。第一の裁きの時が来た。ここから先、もし君たちがしくじれば君たちは滅びる。地球は次の文明に託す事にしよう」
「傲慢だな」
「我ら神代の神故に」
カイトの言葉に、純白のニャルラトホテプはそう明言する。かつて、この地球にもこんな神が居た。が、それは地球が時代を進めたが故に消え去った。であれば、これは当然だ。彼らは地球の次の段階にたどり着く為の神。それ故、神代の神として振る舞うのである。
「さぁ、始めましょう。人類は次の時代にたどり着けるか。幾度となく続く戦いの記念すべき第一戦目。この程度で、滅びないでくださいよ?」
純白のニャルラトホテプが聖者でありながら、牙を剥いた。その身には、本当に幾千幾万のニャルラトホテプ達を束ねた力が宿っていた。そうして、あまりに圧倒的な神の圧力をまといながら、純白のニャルラトホテプが聖者の笑みを再度浮かべて明言する。
「ああ、安心してください。この星には何も起きない様に、しっかりと守りを張り巡らせています。これは試練。滅ぼす為でもなければ、星を破壊する為でもない。ただ、人類の真価を試すだけ。もし貴方達がしくじれば、次の文明に託す為に地球は使わせて頂きます」
ニャルラトホテプの言葉を、全員が本能的に真実と理解した。いや、強引にでも理解させられた。ニャルラトホテプでありながら、一切の邪悪が無い聖者の笑み。そしてあまりに力強い言葉。これを嘘と断じる事は出来なかった。
「さぁ……貴方達の底力。私に見せてください」
純白のニャルラトホテプが、両腕を広げる。そうして、今まで神の命で止められていた儀式が再開する。
「……これは……」
「……」
小さくつぶやく者も居れば、ただ己がかつて感じ、久しく感じなかったその感覚に気を引き締める者も居た。この場でカイトが率いていた者たちは全員、何らかの偉業をなした英雄だ。故に、一度は誰もが経験した。
(((……死ぬ……)))
感じたのは、死の恐怖。圧倒的なまでの力の奔流。それを、感じていた。そして、同時。ニャルラトホテプ達が一斉に地球の英雄達への攻撃を開始したのだった。
攻撃が開始された直後。一瞬気圧された英雄達であったが、彼らに迷いはなかった。一度は必ず超えた死線だ。今更怯える道理なぞない。だからこそ、即座に彼らは気を取り直して各々がやるべき事を為すべく動き出した。
「ランスロット! 背後の道を切り開け! 俺が貴様の背を守ろう! 伊達に円卓最優と呼ばれた騎士ではないと神に見せてやれ!」
「はっ、陛下!」
アルトの指示を受けて、ランスロットが即座に取って返す。と、それと同時だ。洞窟が一気に崩れた。
「「「っ!?」」」
何が起きた。全員が背後で感じる大きな揺れに、咄嗟に跳び上がる。そして、気付いた。一直線に外までの道が出来上がっていたのである。これが、ニャルラトホテプらの言う専用の戦場だった。確かに、かなり広くなった。故に戦いやすくもある。が、それだけではなかった。
「っ! それが狙いか!」
敵の狙いに気付いたアルトが目を見開いた。一直線にした、ということは逆説的にこちらが逃げやすくもなったし戦いやすくもなった。が、同時に敵が進行しやすくもなった、ということでもある。
通路を整備するのは、戦略の基本。彼らだってこの洞窟の中を整備して、敵に横槍をされないようにしてきた。敵もそれをしたというだけであった。ただ、自分達とは規模が違うだけだ。かなりの急勾配だが、敵にとっては些かの問題にもなりえないだろう。
「だが、それならそれで構わん! セカンド! 届くな!」
『はい、陛下! すでに全ての準備は整っております!』
大声を上げたアルトの声に、マーリン・セカンドが即座に念話を返す。向こうでもおそらく、この振動は感じられたはずだ。そして洞窟の前に立っているガウェインには、この状況がはっきりと見えている事だろう。と、そんな所にクー・フーリンが声を上げた。
「アルトリウス王! 民は任せた!」
「ああ、任されよう! そして我がブリテンが誇る偉大なる太古の英雄よ! 敵はお任せする!」
「ああ、任せな! だから、任せる!」
「おう!」
クー・フーリンの申し出にアルトが応ずる。やることは最初から決まっている。だから、アルトは一切後ろを振り返らず急勾配の坂道を駆け上がる。
「ラウンズ全軍は道中の敵を全て切り伏せよ! 太陽を目指せ!」
「「「おぉおおお!」」」
アルトの号令に従って、『円卓の騎士』が一斉に坂道を駆け上がる。そうして、ついに神話の再現が始まったのだった。
お読み頂きありがとうございました。




