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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第15章 覚醒の兆し編

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断章 第51話 忘れ形見 

 ジャックが初陣を終えて、少し。教授達と同じ様に、こちらでもアルトが指揮しつつ拠点の設営を行っていた。この洞窟は非常に広い。そして幾つもの分岐点がある。なのでアルト率いる別働隊は別働隊で拠点を設置して、そこを拠点としてカイト達が目指す最奥とは別の場所を目指す事になっていた。


「陛下。けが人を休ませる為の無菌室の設営、終わりました」

「そうか。やはり無菌室となると時間が掛かったな。とはいえ、これで全部か。先の戦いでのけが人は?」

「すでに搬送済みです。医師と治癒術士達の手で怪我の治療に入らせています」

「そうか。わかった」


 アルトはランスロットの手短の報告に一つ頷くと、椅子に深く腰掛ける。彼の役割は王。前線に立って騎士達の切り込み役を務める事ではない。背後に控え、騎士達の武勲を待ってそれを褒め称える事だ。


「さて……」


 アルトは一度だけ、目を閉じる。やるべきことはきちんと把握している。だが、それをどう為すのかは考える必要があった。


「ランスロット。道は把握しているな?」

「はい、子細問題なく」

「なら、後は任せる。こちらの結界はこちらで行っておこう。そちらはカイトとの合流を目指せ」

「了解です。では、我らの騎士王の名の下に。行ってまいります」

「ああ、任せた」


 アルトの指示にランスロットが恭しく一礼する。信ずる王が行けと命じたのなら、騎士は行くだけだ。そこに迷いも悩みも一切ありはしない。


「さて……」


 再び出立したランスロットの背を見ながら、アルトはため息を吐いた。ここで見た物は中々に大きな意味を持つ。彼は知っていたが、本来大精霊達はかなり気まぐれに加護を与えていく。

 なので大抵の場合、一つの世代の総人口の数割は何らかの加護を持つのが、普通の世界だ。が、この地球は普通ではない。幾つもの特殊な事態により、加護を持つ者は皆無となっている。


「報告……は、すべきか。だが……」


 そもそも加護について知っているのはおかしい。いや、知っていてもおかしくはないが、その場合は必然として大精霊の存在にも触れる必要がある。そしてアルト達の所でも、カイトという特殊な伝手が無ければ大精霊の存在はあまり周知はされていない。


「ふむ……カイトに連絡を入れておくか」


 自分が報告しても良い。が、そうなるとどうやって大精霊の事を把握したのか、という疑問は当然飛ぶだろう。とはいえ、これはアルトにしてもかなり特殊な事例だ。

 マーリンが異世界のカイト達を見せた、という話がある。となると、必然としてそれを語るのなら異世界にも触れる必要があった。別にこの当時なので問題がなかったといえばなかったが、不必要に触れる必要も見受けられない。


「……ああ、俺だ」


 アルトは幾つかの判断を下すと、教授が設営する別の拠点で各種の手配を行っているカイトへと念話を飛ばす事にするのだった。




 さて、その一方のカイトはというと、次の動きに向けて行動を行っていた。


「なるほど……加護が発露したか。まぁ、気に入ってはいたからな。仕方がない……いや、必然だったか」


 アルトからの報告を受けたカイトは、そう言ってため息を吐いた。如何に彼でも大精霊達に加護を与えるな、とは言えない。そして彼女らを通じてアメリカが大精霊の存在を把握した事も把握した。なのでこれについては何かを言うつもりはなかった。


『ああ……そちらから指摘してもらえるか。マクレーン少佐もランスと共にそちらへ向かう部隊に含めている。そこで気付いた、としておけば不具合も少ないだろう』

「わかった。報告、感謝する」

『何、気にするな……で、姉上達は?』

「呑気に飛んでるよ」


 アルトの問いかけにカイトはため息を吐いた。相も変わらずというか彼女らはどこでも何時も通りだ。いや、カイトもそう言う意味では何時も通りなので指摘すべきではないだろう。と、そんなカイトにモルガンが首を傾げる。


「何が?」

「アルトから連絡」

「ふーん……で、カイトー。覗きまくられてるんだけど、どうする?」

「さて……どうしたもんかね」


 カイトは密かにしながらも強烈に感じる邪神の視線に辟易する。相手とてカイトが気付いている事ぐらいは気付いているだろう。いや、もしかしたらそれぐらいは気付いてくれねば困る、とでも思っているかもしれない。


「……お前ら、何体やれる?」

「……私は流石に今のこの状態じゃあ一体が限度かなー。この状態なら、だけど」

「私は、うーん……頑張って5体かなー。この状態なら、だね」


 モルガンに続けて、ヴィヴィアンがカイトの問いかけに答えた。何体やれる。それはニャルラトホテプ達の事だ。すでに彼らの頭の中では、複数体のニャルラトホテプが攻めてくる想定が成されていた。


「はぁ……面倒になってきたな」

「元々面倒でしょ」

「そりゃそうだ」


 モルガンの指摘にカイトは大いに笑う。元々面倒は面倒だ。だがだからこそ、彼らが頑張るしかない。


「でも、どうするの? 今のカイト、全盛期のどれぐらい?」

「全盛期のどれぐらい、か……」


 カイトはヴィヴィアンの問いかけに一度、ぐっと手を握りしめてみる。星の海を拠点とする神々。それの強さは、おそらくこの地球上では彼が一番知っているだろう。

 なにせ彼はかつて世界の代行者として戦っていた。必然、それに類する存在とも戦っていた。地球上の神々とは格が違う。地球と同じ感覚で戦えば、敗北は必定だった。


「油断は、出来ないな」


 カイトはしっかりと自分の状態を見極める。かつては星々どころか太陽系、銀河系を片手間に消滅させた彼であるが、今はその力は発揮出来ない。転生し力を失った所為で全盛期の彼の力とは比べ物にならないほどに落ちている。


「気になるとすると、奴らがどういう戦場を用意してくれているか、か」

「私達はここでも戦えるけど……」

「カイトは無理?」

「無理無理。この状態でも星一つぐらいなら、軽く吹き飛ばせる。頑張れば、太陽系もな」


 二人の問いかけに答えながら、カイトは内心でそれが限度だが、と付け加えておく。片手間に吹き飛ばせたかつてに対して、今は頑張ってもそれが限度だ。星々の海を渡る神々にはなんとも心もとない状態だった。


「油断は……しないよね?」

「しないさ……だから、わかってるな? 万が一の場合には、オレを置いて逃げろ。人に全盛期のどれぐらい、と聞いてるお前らこそ、オレに比べて全盛期よりはるかに落ちているんだからな」


 カイトは二人の相棒にはっきりと明言する。当時よりはるかに弱くなったカイトであるが、それでもヴィヴィアンとモルガンの二人よりは遥かにマシだ。二人はこの上に妖精に転生しているという肉体的なハンデまで背負っている。


「逃げないよ」

「今更でしょ」


 カイトに対して、ヴィヴィアンとモルガンがそう笑った。何時も何時でも、一緒に死んできたのだ。ならもしカイトが死ぬのなら、彼女らもまた死ぬだけだ。それが彼女らの誓いであり、決意だった。


「私達は巴御前の様に、敗北が見えたから逃されるなんて望まない。貴方と共に生きて、貴方と共に死ぬ。ま、頑張れば二人で数百体ぐらいは持って逝けるでしょ。せいぜい何時も通り、最後の最後まで大暴れするだけだよ」

「勝手に死ぬ気になるなよ……オレはお前らがユリィに出会うまで、死なせる気はねぇよ」

「カイトも、死なないでね」


 モルガンの言葉に笑うカイトに、今度はヴィヴィアンが激励を送る。実は彼女らは知っていた。カイトは『殺せない』だけであって、『倒す』方法はあるのだと。何度も言われていたし彼自身も明言するが、彼は最強であって無敵ではないのだ。倒せるのである。


「死なねぇよ。ヤンデレの守りは健在だ」

「ふふ……じゃあ、行こうか」

「おう」


 カイトは邪神達に監視されながら、歩き出す。負けるつもりはない。だが、強敵は強敵だろう。そうして、彼らは気を引き締めてジャック達との合流を目指すのだった。





 さて、カイト達が出発していた頃。ジャックもまた出発していた。が、その足取りは先程までとは打って変わって重く、そしてその背中は辛そうだった。


「……」


 そんなジャックは無言ながらも、注意深く周囲を見回していた。そうしてすぐに見覚えのある、そして忘れられない小さな小さな空洞を発見した。


「……こんな、小さかったのかよ……」


 ジャックはかつて己が押し込まれた小さな凹みを見て、妙な感慨を抱いていた。このくぼみが、自分の生命を救ってくれた。それは本当に小さな小さなくぼみだった。


「……こりゃ、見つかりっこねぇな……」


 ジャックは自分が暗視ゴーグルを装備すればこそ、そして知っていればこそ見付けられたくぼみを見て、そう儚げに笑った。このくぼみに気付いたのは、現に彼だけだ。先導していたランスロットとて、このくぼみには気付かなかった。注意深く周囲を警戒しているはずなのに、である。


『……そこは?』

「俺がブライに押し込まれた空洞……だと思ってたんだがな。こりゃ、単なる凹みだ。ははっ、よくこんな所に気付いたな、あいつ……」


 泣きそうな顔で笑いながら、ジャックはドロシーの問いかけに答えた。と、そんな凹みを見ながら屈んでいたジャックに、ランスロットが気付いて声を掛ける。


「どうしました?」

「……あ、ああ。いや、なんでもない。ちょっと凹みがあったんでな。もしここに敵が潜んでいたら厄介かも、と思っただけだ」

「ふむ……確かに凹んでいる……が、流石にその大きさではどれだけ小型の深きものども(ディープワン)でも潜めないでしょう。人間の……そうですね。10歳ぐらいまでの子供なら、隠れられそうですが」

「ああ、そうだな。一応、凹んでいたんで見ただけだ。ちょっと奥まってたしな」

「そうですか。確かに、注意深く見るのは良い事です。報告、ありがとうございます」


 ジャックからの報告にランスロットが礼を述べる。彼の言う通り、別に報告する程の事でもない。でもないが、報告は報告だ。そして魔術とは常識が通用しない世界でもある。小さな異変だろうと、気付いた時に注意しておく必要があった。


「誰かここに結界の設置を。ついでに強度を……いえ、この程度の凹みなので削っておきましょう」


 ランスロットは少し考えて、ジャックが昔隠れたくぼみを無くす事を決める。それに、ジャックは頷いた。


「出来るのか?」

「この洞窟が何かされているわけではありませんからね。普通に……少しどいてください」

「ああ」


 ジャックはランスロットの言葉に立ち上がると、一歩だけ後ろに下がった。


『良かったの?』

「……ああ。今日で、俺は全部を振り払う……いや、こんなものが必要の無い世界を作る。そう決めた」


 ジャックは強い意志を滲ませて、ランスロットが突き崩したくぼみを見る。これで救われた。だが、これを必要なくす。そう決めた。だから、悔いは無かった。


『何時?』

「今だ。たった今」


 ドロシーの問いかけにジャックが軽口を返す。一つ一つ、重しが取り払われている様な気がした。そうして、ジャックは小さく呟いた。


「……全部、終わらせるんだ」


 決意を新たに、ジャックは作業を手早く終わらせたランスロットに続いて歩き出す。そうして、しばらく。彼は再び、自分が救われたそれを見付けた。いや、それに気付いたのはランスロットだ。彼がそれを手に取ったのに気付いた、という所だろう。


「……これは……」


 ランスロットが悼ましげな顔で小さな右腕の骨を持ち上げる。大きさから、どうみても子供の骨だ。彼らは戦士。人骨程度は見慣れているし、触り慣れている。


「っ! それは……」

「どうしました?」

「……」


 ジャックの気配に気付いて、ランスロットが振り向いた。が、そうして振り向いた先のジャックの顔はヘルメットに覆われていて、見えなかった。そんな表情の窺い知れない彼は注意深く、地面を見ていた。そして、頭の部分が僅かに凹んだ懐中電灯を拾い上げた。


「……あった」

「? それは……小型の懐中電灯ですか。この子が」

「ああ、ブライの懐中電灯だ……っ」


 思わず、ヘルメットの内側で涙がこぼれ落ちた。そうして、ジャックがヘルメットを外した。親友の今の姿を、自分の目でしっかりと見たかったらしい。


「……」


 こぼれていた涙を見て、ランスロットはこの子供の人骨がジャックに関わる誰かなのだろう、と察して沈黙する。が、彼の名誉を慮り、ランスロットは即座に指示を出した。


「ここらで一度結界を展開しておきましょう。先の場所から少し離れている。そろそろ補強しても良い頃合いだ」

「「「はっ」」」


 ランスロットの指示を受けて、アルト配下の騎士と魔術師達が洞窟の壁を補強する為の結界を展開し始める。今回は殲滅戦。そして拠点も設けている。故に、どこかから奇襲を食らわない様に洞窟も補強して敵が掘り進めない様にしていたのである。


「……お知り合い、ですか?」

「……ああ。幼馴染だ……こんな、小さかったのか……でかいと思ってたんだがなぁ……」


 数十年ぶりの再会に、ジャックはブライアンの遺骸を拾い上げて慎重に骨壷に納骨する。ここに入る際、教授からもし見つかれば入れる様に、と密かに骨壷を渡されていた。

 ブライアンの両親は僅かに回収されたブライアンの遺骨を荼毘に付し、日本で納骨している。骨壷に入れて、自分で日本の遺族の所に持っていく様に言われたのだ。


「……手伝いましょう」

「……いや、心だけ貰わせてくれ。こいつは、俺が入れてやりたい」

「……そうですか。では、他の骨を探しておきましょう」

「……ありがとう」


 ジャックはランスロットの申し出を有難く受け入れておく。やはり二十何年も前の事件だ。骨は周囲に散乱していた。が、幸いな事にまだ原型は留めていた。そして子供の骨はこの場でも特徴的だ。故に、すぐに見付けられた。


「……」

「……」


 最後となる頭蓋骨を入れて蓋を閉じて静かに祈りを捧げるジャックの横。ランスロットも手を合わせて幼子の冥福を祈る。そうして、教授が渡してくれた特殊な袋に骨壷を包んだ。衝撃で骨壷や骨が壊れない様にする魔導具らしい。


「……すまん」

「いえ……もう、良いですか?」

「ああ……手間を掛けた」


 ジャックはランスロットの心意気に感謝を示す。そうして彼らは更に洞窟を進んで、カイト達と合流する事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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