断章 第35話 戦う力を
ジャックや教授達がそれぞれの戦う決意を固めた翌日。マサチューセッツ州アーカムにはアメリカの秘密部隊が集結していた。
この日から数日後に、カイト達の日本とアルト達のイギリスの本隊が来る。それを出迎える前の最後の訓練だった。そんな中にジャクソンとの取引で密入国を許す代わりに教導役を任されたカイトも居た。
「あれが……」
「実在するとは聞いていたが……」
「本当にどう説明すれば良いんだ……?」
教導を任されたという事で紹介されたカイトを見て、スターズの隊員達が小声で話し合う。やはり大多数がカイトの存在を聞いていても見た事がなかったのだ。
そしてアメリカだ。初めて見る本当に異質な存在に誰もが驚きを隠せなかった。とはいえ、そのままでは話を始められない。故にカイトは特に声の大きかった二人に焦点を当てた。
「おーい、そこ。私語は慎めよー。もしくは適度に小声でなー」
「「っ、サーイエッサー! 申し訳ありません!」」
「うお、マジでやるんだ」
軍の流儀で答えた二人に、カイトは思わず目を見開いた。やはりどうしても個性を重要視するエネフィアではこういう四角四面の応対は珍しかったらしい。
「ま、そりゃ良いか……てか今思えばウチ、マジでよく軍なんぞ名乗ってたな……」
カイトは改めて、自分達がどれだけ異質な集団だったのかを理解する。義勇軍とは言えば良いが、実際に軍規なぞ無い集団だった。無法者の無頼漢達。当時を思い出して妙な感慨を得ていた。
「ま、そりゃどうでも良いか。じゃあ、まず魔術を使う上で一番重要な事を言っておこう」
カイトの明言に全員が静まり返る。流石に一番重要だと言われれば、気も引き締める。
「魔力とは意志の力だ。基本として軍とは相性が非常に悪い存在だ。いや、敢えて言えば兵士との相性が非常に悪いと言って良い」
「では、どうしろと?」
「良い質問だ……とはいえ、一応念の為に言っておけば決して兵士と相性が悪いわけではない。精神的に鍛え上げられた兵士というのは、どんな戦場でも一定の魔力と出力で魔術を放つ事が出来る。なのでこれが正解ではない事は予め言っておく」
カイトは質問に対して予め断りを入れておく。今回はジャクソンの申し出なので語るには語るが、これをやるのは軍のお偉方が絶対に嫌がるだろうからだ。そしてここは他国。カイトが口出し出来る事ではない。なのであくまでも、これは一例を上げるというだけで決してそれをやれというつもりはカイトにはなかった。
「さて……その上でオレの答えを言えば、兵士ではなく戦士となれ。軍の命令に従うではなく、己の意思で、己の為に戦う意義を見い出せ。国の為。それもよし。家族の為。それもよし。が、それは自らの意思でなければならない」
カイトはひとまず、一番重要な事を伝えていく。やはりそこに居た所謂制服組と言われる者達の顔は苦々しかったが、それが事実なのだから仕方がない。しかも言えばこれはジャクソン達にも語った内容だ。なので苦い顔だが、制止は掛からなかった。
「とまぁ、これが所謂心構え。ま、こんなもんは出力に関係した内容だ。だから、いっそ言ってしまえばこれはそちらの上司が判断してくれ。オレは他国の人間。敢えて言える事じゃあないな」
「なぜですか?」
「おいおい。自分で判断していけ、ってのはいわば命令違反さえやれる様な扱いにくい人材となれ、と言っている様なもんだ。そういうわけであまり魔術的に強い兵士ってのは存在し得ない。勿論、皆無じゃない。英雄と言える程に統率力の高い奴なら、逆にそう言う奴らの性質も合ってくるから活かせる……ま、敢えて言えば民主主義の国の兵士とは相性が悪い。各個人で判断して戦え、ってわけなんだからな」
カイトは質問に改めて肩を竦める。そうして、彼は一応言っておくべき事を言っておいて、次に入る事にした。
「まぁ、それはどうでも良い。オレがここで教えてくれ、と頼まれているのは魔力を使った戦い方。それも基礎の基礎だ。と言っても……これは特に難しい話ではない。魔力を使って戦う一番簡単な方法は魔力を武器に纏って戦う事だ。その練習あるのみ、としか言えない」
「……一つ質問なのですが……」
「ん? なんだ?」
カイトは挙手があった事を受けて、そちらに視線を向ける。質問をするのは重要だ。カイトとしても疑問に答える為にここに居る。なのでその質問を聞いてみる事にした。
「銃に魔力を纏わせる……? とどうなるのですか?」
「お、良い質問だな……が、これは推奨出来ない」
「推奨できない、ということは不可能ではないのですか?」
「ああ。不可能ではない。オレなら、可能だろう……そうだな。確かここは軍の基地。であれば、どこかに射撃訓練の為のエリアは無いか?」
論より証拠。そう判断したカイトは参加していた軍のお偉方に問いかける。それに軍のお偉方が頷いたのを見て、基地の司令官が頷いた。
「よし……案内してくれ。どの程度危険かを見せておくのが一番良いだろう」
「……わかった。案内してやってくれ」
「よし。じゃあ、全員一度そちらに移動だ」
カイトはそう言うと、一同連れ立ってそちらに移動する事にする。そうして射撃訓練を行う為のエリアに移動して、カイトは拳銃を二丁借り受けた。今回は説明するだけなので何か特別な改造を施したわけではない普通のオートマチック型拳銃だ。
「よし……これはまぁ、諸君らの方が馴染みがあるだろう普通の拳銃だ。オートマチック型、発射する弾は9ミリパラベラム。特に特徴の無い弾丸だ」
カイトはそう言うと、右手に持った拳銃で適当に的に向けて撃ってみせる。が、それは普通に撃っているだけで何か変わった現象が起きるわけではなかった。
「さて……それで先程の質問だ。拳銃に魔力を纏わせると、どうなるか。これを実演してみよう……と、言うのは良いんだが、まぁ、先を明かせば非常に危険な事になる。なので今回は実演というわけで少しだけ手を施させて貰おう」
カイトがそう言うと、射撃訓練場のど真ん中に大体カイトの腰程度の大きさの氷塊が現れる。
「「「おぉおおお」」」
「この程度で驚くな……まぁ、良い。あの氷塊は流石に銃弾を見れる程の動体視力がある奴はほとんど居ないだろうから、あの付近を見てくれという目印だ。更に言うと、危険なので防ぐ為の盾でもある。さて、では実際にやって見せよう」
カイトはそう言うと、今度は敢えて魔力の流れを見えるようにしながら拳銃へと魔力を通していく。そうして、彼が引き金を引くや否や、魔力を宿した弾丸が飛翔する。と、それは氷塊の真上まで到達すると、唐突に爆発を起こした。
「うぉ!?」
「っ!」
「なんだ!?」
唐突に起きた爆発と巨大な炸裂音に、兵士達が困惑する。撃ったのは普通の弾丸だ。爆発する要素は何一つ存在していない。なのに、爆発が起きたのだ。困惑も仕方がない。そんな彼らに対して、カイトは特に驚くでもなく解説を続ける事にした。
「さて……今見てもらったように、一歩間違えれば爆発が起きる。これは<<魔力爆発>>と呼ばれる現象だ。これを応用した攻撃方法も無くはないが、出力制御、物質の強度の保存、ごく限られた領域内に魔力を閉じ込められる力量等多くの技術が要求される」
「もし失敗すればどうなるのかね」
「まぁ、目の前でどかん、だ。今のはオレだからコントロール出来たわけで、コントロールも出来なければ発射と同時に目の前で爆発する事もあり得る。よしんばコントロール出来て貫通力を高めた弾丸を放てたとて、そんな何十発も撃ち込めば簡単に魔力切れだ。基本的に銃という道具は魔力とは相性が悪い」
軍の高官の問いかけにカイトは見たままを告げる。これは流石に軍の高官達も論より証拠と見せられたので理解出来たようだ。
「さらに言えば、今はコントロールしていた上に拳銃を消耗したくないのでやらなかったが、更に過剰に注ぎ込めばこのポリマーや特殊なプラスチック製の銃だろうと爆発を起こす。慣れない内はオススメしない。というか、慣れてもオススメはしない」
「……もし使うのならどういう風にすれば良いかね」
「面白い問いかけだ。さて……この爆発を起こす原因だが、これはすでに解明されている」
カイトは軍の高官の問いかけに<<魔力爆発>>の原理を説明する事にする。兎にも角にもこれを説明しなければ始まらない。
「まず、<<魔力爆発>>という現象の原理は非常に簡単だ。爆弾と同じである領域内に魔力を溜め続け圧縮し、それに衝撃を与えて爆発を起こしている。いわば火薬の代わりに魔力を使った爆弾と同じと考えて貰って大丈夫だ」
「ふむ……なら保存も可能というわけかね」
「可能だ。が、難しい事はそちらもよく分かるだろう。少なくとも今後100年は諦めた方が良いし、オレ達も無理だと判断している」
カイトの返答に軍の高官達は特に疑問は無かったようだ。やはり彼らも軍人。爆弾にどれほど繊細な技術や理論が使われているかは知っている。<<魔力爆発>>を活用した爆弾の作成というのは、エネフィアでだって量産化は達成していなかった技術だ。地球では到底無理としか言い様のない技術だった。
「さて、この上で先の問いかけに答えよう。まず、基本的に<<魔力爆発>>はある領域内に魔力を溜めて起こすわけだ。であれば、その領域……つまりは今回の場合は弾丸を大きくすればその分、込められる魔力の量は多くなる。勿論、その分使う魔力の量も増大するので威力の増大の分、人員の消耗は激しくなるだろうがな」
「他には?」
「構造と材質を見直す事。材質は言うまでもないだろう。構造は何も無い空間に魔力を溜めるより、物質に込める方が遥かにやりやすい。そして構造が複雑でなければ複雑でない程、魔力の許容量は多い。隙間が少ないわけだからな。オレ達が拳銃より刀や剣を好むのはそういうわけだ。複雑になればなるほど、魔力を込める難易度が難しくなる。戦闘中にそんな難しい事をしたくない。それだけ、戦闘に掛けられるキャパシティを使ってしまうわけだからな」
「それで、君たちは敢えて……そうだな。原始的な戦い方で戦っているわけか」
「そう考えて貰って結構だ」
カイトは軍の高官の言葉に頷いた。拳銃を使わないのには、使わないなりの理由があったわけであった。というわけで一通りの解説を終えたカイトは、実地に移る事にする。
「さて……で、そういうわけなので次の段階に移るとしよう。場所は押さえてくれているのだったな?」
「ああ……また案内してやってくれ」
カイトの問いかけに基地の司令官が再び同意する。そうして、再度カイト達は連れ立って移動を開始する。次に移動したのは、基地内部にある訓練エリアだ。と言っても屋外にあるのではなく、基地の地下に密かに建設された今回の様な秘密訓練の為のエリアだった。
「さて。まぁ、やり方は教えるよりやった方が早い。すでに陰陽師達から聞いて魔力を出すぐらいは出来ているだろう。オレが教えるのは、その次。魔力を使って戦うやり方だ。と言ってもこれは先にも言ったが、特に難しい事ではない。魔力を武器に纏わせて戦うだけだ。まぁ、更に上級者になれば身体能力を増強する為の魔術を使って戦うわけだが……今の諸君らにそれを説明した所でそれを使うのに時間が必要になる。集中的に訓練をした所で間に合わん。今は諦めろ」
カイトは愛用の刀を手にしながら、アメリカ軍の兵士達に向けて改めて語る。というわけで、今回も論より証拠と実際にやってみせる事にした。
「というわけで、まずは基礎の基礎。魔力を纏って戦う戦い方を覚えろ。これだけでも常人の倍程度の力は出せる……というわけで、訓練開始だ」
「「「サーイエッサー!」」」
カイトの指示に合わせて、兵士達が何時も通りの訓練に入る。ここらはここ当分やっていた事だ。なので特に疑問も悩みもない。と、その一方でカイトはジャックに視線を向けた。
「で、それが出来ているお前は、別メニューだ」
「別、ね……」
「得物は?」
「これで良いのか?」
「ほう……刀か。面白い選択だな」
カイトはジャックの手にした<<蛍丸>>に僅かに片眉を上げる。とはいえ、悪い選択ではない。
「よし。なら、お前は次の段階。魔力を使って斬撃の威力を上げる戦い方を学べ。さて、じゃあ訓練開始だ」
カイトはジャックに対してやり方を語っていく。そうして、カイトは数日の間アメリカ軍へと魔力を使った戦い方の教練を行う事にして過ごす事になるのだった。
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