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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第15章 覚醒の兆し編

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断章 第31話 精神鍛錬

 ニャルラトホテプ達の招きを受けてアメリカへ入ったカイト達。そこで<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>を構成する5冊の内一冊・『アルス・パウリナ』に仕掛けられた異星の魔術を解呪する為、ティナはラバン・シュルズベリイ教授達と共に力の大部分を消費する事になってしまう。

 そんな彼女を案じカイトはルイスを護衛に日本に帰還させると、一人アメリカとの取引でアーカム近郊で偽装工作の為の映画撮影に協力しているというジャックの所へとやってきていた。


「さて……」


 カイトは映画撮影の備品である竹刀を構えながら、ジャックの身の動きを観察する。かなりの力強さがあった。が、それは過ぎたる強さだ。


「……固いな」


 何が問題か。それはカイトには分かることではない。が、武の三要素が整っていないことだけは事実だ。


「……」

「……」


 カイトは己から打ち込む事はせず、ジャックの出方を伺う事にする。と言っても、別に神陰流を使おうというわけではない。あれは流石にジャックには過ぎたる剣術だ。使う意味もない。


「っ……」


 一方、カイトに相対するジャックは相当に恐れ入っていた。まぁ、これは自然な事だ。彼はつい数ヶ月前までは普通の表の軍人だった。カイトの様な裏の達人になぞ会ったことはない。彼が相手をしてきたのはあくまでも自分とそう変わらない『人間』だ。


「っ!」


 汗が流れ落ちると同時に、ジャックは地面を蹴って戦闘を開始する。が、これは直情的で一直線な動きだった。故に、カイトは軽くいなす。


「ほいよっと」

「っ!」


 軽く受け流された己の斬撃に、ジャックは一瞬顔を顰める。が、やはり彼にも経験があり、才能――-あくまでも戦闘という意味で――があった。即座に態勢を立て直すと、再びカイトに斬りかかった。


「力が入り過ぎだな。流石に常に全力を出して戦うのは愚策だ」


 ジャックの斬撃をカイトは再度軽く受け流す。確かに速さも威力も眼を見張る物があった。軍人なら十分、やっていける。だが、ジャックが求めているのは軍人としてではなく戦士として、だ。


「はぁ!」

「よく見ろよ。オレの魔力の流れはどうなっている?お前の一撃は叩きつける一撃だ。硬く重いが、それだけだ」

「っ……おぉおおおおお!」


 ジャックが吼えて、更に力を込める。確かに、それも一つの手ではある。それはカイトも卜伝らを見てよく分かっている。が、ジャックはそこまではたどり着けないだろうというのは、自明の理だ。


「なっ……」

「はぁ……覚えておけ。力だけでなんとかなる世界じゃねよ。まぁ、だから教えるわけなんだが」


 カイトはジャックの斬撃の威力を利用して木々の上へと登ると、ジャックへとそう告げる。あれだけの力が込められていたのだ。業物言える真剣なら人体は真っ二つだっただろうし、人も十分吹き飛ばせる。が、彼は剣士でもないし、剣士としての修練も積んでいない。技はなかった。


「力を込めすぎだ。いや、まぁ、典型的なアメリカ軍人に座禅しろ、つっても似合わん様な気もするがな」

「……」


 木々の上から自らを見下ろす形となったカイトに対して、ジャックが眉をひそめる。これが、カイト達英雄とジャック達常人の差だった。


「とはいえ、だ。やっぱ精神鍛錬が足りてない。火の大精霊も言っていたが、感情とはナマモノだ。変に燻らすぐらいなら、いっそ消せ。消せないのなら、仕舞い込め」

「……それが出来りゃあ、やってるっての……」


 カイトの言葉にジャックは小さく呟いた。そんなことができるのならこんなことにはなっていないし、そもそもここに立ってもいない。


「あっははは。そりゃそうだ……ああ、そうだな。まずは精神鍛錬をすべきだろう。もしかしたらアメリカンドラマの見過ぎなのかもしれんが、アメリカの軍人さんってのはどうにも精神面を疎かにしてる感じがある」

「……」


 カイトの指摘にジャックは少し反論をしかねた。やはり武道だの茶道だの華道だのと何でもかんでも道、精神鍛錬に結びつけるのは日本独特の発想と言える。アメリカ軍では確かに武術の稽古はしても、精神鍛錬を主眼としてはいない。それだけは純然たる事実だった。


「まぁ、変な話といえば、変な話になってくるんだが……心落ち着けば魔術は安定し、心猛れば力は増す。よく言うだろ?怒りで暴走してるって。暴走ってのと爆発的な力の上昇は表裏一体。怒りをコントロール出来なければ暴発してドカン! だ。が、コントロール出来れば鉛玉しか撃てない鉄砲が大砲にもなっちまう」

「それは何度も聞いた。で、それはどうやったら出来るんだ?」

「だから精神鍛錬だ、つってんだろ。取り敢えずそこ座れ」

「あ、おう……」


 カイトにとってこれは仕事だ。そして国と国のやり取りも含まれている。であれば、そこには意図があるのだろう。ジャックはそう理解してその場に腰を下ろす。


「……で?」

「……で?」

「何をすりゃ良いんだ?」


 自らの問いかけに首を傾げたカイトにジャックが問いかける。座ったまでは良い。次にどうするかが無かった。


「いや、精神鍛錬なんだから精神鍛錬だろうに。瞑想でも座禅でもなんでも良い。精神を落ち着けろよ。やり方は各個人で違うから、教えられん。オレはオレのやり方があるし、お前にはお前のやり方が見つかるだろう」

「滝とかじゃないのか?」

「滝行か? まさか。近くに滝があるなら、そっちでも良いけどな」


 ジャックの問いに同じようにその場に腰を下ろしたカイトは軽く答える。が、そもそも精神鍛錬の仕方をジャックは知らなかった。


(わ、わからん……! 一体何をどうしろってんだ……!?)


 ジャックは内心の混乱を宥めながら、目の前で同じ様に精神統一するカイトを真似てみる。が、それは行動の模倣であって、内面の模倣ではない。それ故、差は歴然たるものだった。


(なんだ、あの迷いの無さは!)


 曲がりなりにも少しでも魔術を齧ったからだろう。カイトの気配が――あくまでも彼から見て、だが――淀みがない事に気付いた。そして、彼の理解不能な事態はまだ続いた。


(嘘だろう!? なんであんな事が起きやがる! アニメやゲームじゃねぇんだぞ!)


 ジャックが見たのは、カイトの肩や頭に小鳥が乗った事だ。普通、そんな事はありえない。野生の小鳥達がそんな無警戒に人の肩の上になぞ乗るはずがない。だのに、カイトの肩には自然と留まったのだ。

 と、そんなジャックの困惑と驚愕を他所に、更に別の視点から我を忘れていた男が居た。今まで唯一観客と化していたグレッグである。彼は彼で呆然とカイトを見ていた。


「……これだ……これだよ、俺が求めていたのは……」

「「……あ?」」


 唐突にぼそりと呟いたグレッグに、二人が首を傾げる。そうして見たグレッグの様子は敢えて言えば雷にでも打たれた様な、天啓を得た様な感じがあった。


「それだ! それだ! 何かが、あの役者を名乗る若造どもに足りないと思っていたんだ!」

「と、唐突に何を言ってやがんだ、この親父……」


 唐突に目を見開いて何かを得た様な顔をしたグレッグに、ジャックが思いっきりドン引きする。が、そんなジャックを横目に、グレッグはカイトをまるで狼でも素足で逃げ出す様な程の力強さで問いかけた。


「おい、お前さん!」

「お、おう……」

「今の、どうやった!?」

「な、何が……?」

「あの、なんてーか……あー、くそっ! 脚本の勉強はしたんだが、こんな時に言葉が出てきやがらねぇ! くそっ! 俺がシェイクスピアなら、一発で良い言葉を思いつくんだが!」


 どうやら相当な興奮状態にあるらしい。グレッグは大興奮のあまりか、自分の言いたい言葉を失っている様子だった。地団駄を踏んでしきりに悔しがっていた。


「あー! そう、なんってか、そうだ! 自然との一体感! その達人って言うのか!? そんな奴らだけが得られる一種の超越者ってのか……そういう奴らだけが出せる一種の異質感? いや、違う……落ち着き……でもないな……」


 グレッグは興奮する己を宥めながら、なんとか言葉を選んでカイトへと説明する。それに、カイトもなんとかグレッグの言いたいことを理解できた。


「ま、まぁ、言いたい事は理解出来た。で、それがどうした?」

「だから、どうやったんだ!」

「ど、どうって……」


 カイトは興奮を滲ませるグレッグに大いに気圧される。本能的にどうやら彼が<<無冠の部隊(ノー・オーダーズ)>>の技術班と似たような性格だと気付いたのだろう。逆らえない何かを無意識的に感じていた。


「瞑想は瞑想としか言い得ん。ただ、こうやって……」

「ふむ……」


 グレッグはカイトがやっている通りに、自分もカイトの動作をトレースする。カイトは単に崩した胡坐をかいて座っているだけだ。だというのに、グレッグやジャックとは遥かに違う気配の落ち着き方だった。というわけで、今度はグレッグを交えて精神鍛錬に入ったわけであるが結論はこれだった。


「「……わからん」」

「あらら……そんな難しい事かね」

「ってか、お前……何を考えたらそんな風に出来る」


 苦笑するカイトに対して、ジャックが問いかける。彼はずっとカイトの動きを真似る為に時に目を閉じて、それで無理だったら目を開いてカイトを見て、と繰り返していた。それでも無理は無理だった。が、そう言われてカイトは何が間違っているかに気付いた。


「……いや、そもそも考えるなよ。考える為に目を閉じてるわけじゃないぞ」

「「……あ?」」


 ずっと二人はカイトが何かを考えているのだと思っていた。それ故、彼らは一体何を思えば自然と一体化出来るのか、と苦慮していたのだ。


「考えるってのは自分と世界をそもそもで分かつ行動だ。内面に閉じ籠もっている。それぐらい誰でも出来る」

「「……」」


 カイトの言葉に、ジャックとグレッグはようやく、自分達の間違いを理解する。彼らは考え事をしていた。敢えて言えばどうやれば自然と一体化出来るのか、を考えて一体化しようとしていた。

 が、それはカイトの言う通り、世界に対してのアンテナを自らで閉ざす行動だった。そうして、グレッグがある映画で出された名言を口ずさむ。


「考えるな、感じろ……か?」

「まぁ、それは言い得て妙だな。結局、自然なんぞ感じるしかない。自然とは何か、と問われた所で応えられるかよ。バカになれ、とまでは言わんが心は澄ませ。余念、雑念は捨てろ。その分だけ、雑念が己と世界を隔絶する」


 カイトは己の考えを述べる。ここらは、信綱とさえ話し合った事はない。というより、そもそもここに至れていてはじめて及第点や入門出来るという所だ。そしてそれ故、それがどれだけ難しい事かも理解していた。


「ま……一応言えば難しい事だけは請け負っておく。流石にこれを簡単にやられちゃ、立つ瀬がない。オレの兄弟子達も立つ瀬がないだろう。伊達に歴史に名を残した大剣豪達じゃあ、ないからな」

「「……」」


 カイトの言葉はあまりに道理過ぎた。今ちょっと囓っただけでも、無理を悟った。確かに間違いを理解出来たので少しはわかるが、それだけだ。カイト程の一体化は不可能だろう。とはいえ、ジャックには少しでもそこを理解させる必要があった。


「ま……監督さんは兎も角としてジャックはもう少し一体化を学べ。世界の魔力を引き込むにも世界を感じられる様にならなければどうにもならん」

「……世界の魔力を引き込む? そんな簡単な事なのか?」

「おいおい……てめぇ一人の魔力だけで何でもかんでも出来るかよ。魔術ってのは己の魔力を呼び水に、世界の魔力を引き込んで行うもんだ。基礎の基礎。これはそもそもで魔術師なら誰もが心がける事だ。簡単、とかじゃあなくてそもそも出来て当然なんだよ」


 理解不能な顔をするジャックに対して、カイトは根本的な事だと告げる。これはジャックも陰陽師達からの手習いで教えられていたが、そう簡単な事だとは思わなかった。そして現に、アメリカ側の人員は誰も出来なかった。が、これにジャックは肩を竦めた。


「出来て当然、って言われてもな……」

「あっははは。とはいえ、こっち側に来るのなら出来て当然だ。出来なければ、死ぬだけだ。それだけは、本当に出来る様になれ」

「はぁ……ってことは、これを繰り返せってか?」

「そうだな。まぁ、さっきのオレみたいに一体化しろ、とは言わん。世界の魔力を感じ、それを引き込める様になれ」

「あいよ……」


 カイトはジャックに向けて指針を告げる。兎にも角にもこれが出来なければ先に進めない。先に進む為にも、これが出来ねば駄目だった。と、それにジャックが肩を竦めつつも了承を示したのを受けてグレッグが口を開いた。


「……説明、終わったか?」

「ああ。当分、ジャックは精神鍛錬だな」

「よし……で、お前さん」

「なんだ、監督」

「お前さん、ちょっと手伝え」

「はい?」


 グレッグの言葉にカイトが首を傾げる。それに、カイトの腕を物凄い力で掴みながらグレッグが告げる。


「話を聞いててよくわかった。こりゃ、演技なんぞ無理だ。安心しろ。大統領にゃ睨まれない様に手は考える」

「何が!?」

「あの親父は……あれが世界で一番ヤバい男だってわかっててもあれか……」


 何がなんだかさっぱりだが、兎にも角にもカイトを出すつもりらしい。ということで、呆れ返るジャックを背に、カイトは強制的に映画に出演――と言っても演技のスタントとしてだが――させられる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。実はカイト、ハリウッド俳優。

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