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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第15章 覚醒の兆し編

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断章 第28話 レメゲトンの姉妹達

 カイトがエレシュキガル・イシュタルの姉妹に加えてその祖母であり大地母神と言えるティアマトとの間で『聖婚(ヒエロス・ガモス)』を交わした翌日の朝。カイト達は今回の作戦に参加する日本からの部隊より数日先駆けて、アメリカ入りしていた。

 とはいえ、即座に北西部にあるアーカムに向かったわけではなく、彼らが一度入ったのは東海岸はアリゾナ州、グランドキャニオンだった。


「……ここか?」

「……そう見えるが」


 レメゲトンを横に控えさせたティナは、ジト目のカイトの問いかけに少しそっぽを向きながら頷いた。と、そんな視線の先に居たルイスもまた、ジト目で問いかける。


「……私も聞くが……ここか?」

「……レメゲトン!」

「なんじゃ、主」

「ここであっとるのか?」


 ティナは口を尖らせながら、レメゲトンへと問いかける。一応、今までは彼女の指示で動いていた。が、たどり着いた場所が、ある種すごかった。そこはグランドキャニオンのど真ん中。人っ子一人居ない無人の荒野だった。始めどこかの古書店に紛れ込んでいたのかな、と思っていたカイト達であったが、流石にここにあるとは思えなかった。


「あっとるぞ」

「「「……」」」

「あ、あっとるもん!」


 じー、と三人から睨まれて、レメゲトンが半泣きになる。どうやら、合っている事はあっているらしい。というわけで、カイトは仕方がなし――そもそも女の子に泣かれる趣味はない――に首を振って問いかけた。


「上下方向は」

「わかんないけど……もう少しあっち」


 半べそのレメゲトンはカイトの問いかけにグランドキャニオンの中心の方向を指さした。


「はぁ……おい、行くぞ。流石に今日中にホテルに着きたいからな」

「「はぁ……」」


 カイトの言葉に二人は気を取り直して、ティナが書物形態に入ったレメゲトンを抱え直す。そうして、ソナーの様な魔術を頼りに、三人は移動をし続ける。が、そうしてたどり着いた場所に、カイト達はため息を吐いた。


「……何も無いな」

「そうじゃな」

「この炎天下のグランドキャニオンのど真ん中か。気温が気温で無ければ、私はここを更地にしていたな。夏でも涼しいグランドキャニオンで良かったな」

「そうじゃな」

「どこからどう見ても、魔導書なぞないが」

「そうじゃな」


 ルイスの苦言にティナが機械的に返答する。そこには何も無かった。魔術の痕跡も皆無だし、なにかがある形跡もない。敢えて言えば、何も無いがある。まぁ、どこからどう見てもなにもない。ページの一枚も見付けられない。奇妙な異空間も無い。結界なんぞ痕跡も残っていなかった。というわけで、ティナがブチ切れた。


「知らん! 魔術ではここに反応があるというだけじゃ!」

「無いぞ」

『あはははは! いやいや! ありますよ!』


 ブチ切れたティナにジト目のルイスが告げるとほぼ同時。まるで人を食った様な笑い声が響いてきた。そうして、唐突に人影が幾つも現れた。


「「「っ!」」」


 カイト達三人が一斉に武器を構える。現れたのは、無数としか言い得ないニャルラトホテプ達だ。そんな中から、カイトは数度見た事があるニャルラトホテプが進み出た。

 それはギルガメッシュの所に何度か来ていたニャルラトホテプだった。が、そんな彼はどこか人を食った様な邪悪な笑みでカイトを制止する。


「や、や……そう身構えないでくださいな。敵対するつもりで来たわけではありませんよ」

「ならば、なんだ?」

「いえ……あなた方の力量がどの程度か、というのを探らさせて頂いたという所です。どうやら、ソロモン王が遺された秘宝の一つ、<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>をかなり使いこなしているご様子」


 カイトの問いかけにニャルラトホテプが特に隠すでもなく普通に答える。どうやら、彼らもまた<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>にソナーの様な機能が備わっている事を知っていたのだろう。

 いや、これだけ多くの端末を持つ彼らだ。ソロモン王程の人物の側に配置していないはずはない。必然、魔導書にソナーの様な機能がある事を知っていてもおかしくはなかった。


「で、使いこなしていたから、なんだってんだ?」

「や……別に特に深い意味はありませんよ。それより、です。お探しの物はこちらでしょう?」


 ニャルラトホテプはそう言うと、どこからともなく一人の少女を抱きかかえた。それに、レメゲトンが声を上げた。


『!? 我が新たなマスターよ! あれは我の妹! 『アルス・パウリナ』じゃ!』

「っ! わかるのか?」


 己の懐から声を上げたレメゲトンに、ティナが思わず問いかける。いくら彼女でも姉妹の魔導書というのは聞いたことがない。確かに同じ著者を父、ないしは母として記された魔導書は無いではない。

 が、どんな高名な魔術師とて実体化可能な程の力を持つ魔導書を複数冊記しているのは極稀だ。と言うより、流石に魔導書だ。一人で何冊も記せる程知識を持つ者は少ない。

 喩え知識があったとしてもそれをわざわざ複数冊に分けようとする者もいないし、それを出来る気力のある者なぞ皆無と言っても過言ではない。魔導書を記すのは、ある意味魔術師にとって生命を削っての事でもあった。

 それでも他人に自分の秘中の秘を伝えようという意思のある者なぞ、カイトとティナだけでなく他の世界をも巡ったルイスをして片手の指で数える程しか知らなかった。


『うむ……どうやら、我が父は我を記してこの機能を搭載した折り、妹達が実体化する可能性も考慮に入れておったようじゃ。どう、とは明確には言い難いものがあるが、本能的にあれが妹じゃと我にはわかる』

「然り。ソロモン王は何時か遥か遠くに己の魔導書に人格が宿る事を見通していらっしゃいました」


 ニャルラトホテプは笑いながら、かつてあった事をカイト達へと語っていく。そうしてわかったのは、やはりソロモン王は魔術師としては非常に優れた人物であった、という事だ。

 それこそ、ニャルラトホテプ達から伝え聞くだけでも魔術師としての力量だけなら当時のスカサハ・オイフェ姉妹にも匹敵していたかもしれない。定命の生命に抗う事なく死したのが本当に悔やまれる程の才能だった。そうして、そこらの力量を語ったニャルラトホテプは一通りを語り終えるとそのままレメゲトンへと問いかけた。


「さて……その上でレメゲトン。貴方に問うておきましょう」

『……なんじゃ』

「貴方、何冊の魔導書を検知していますか?」

『そのパウリナだけじゃ』


 レメゲトンはしっかりと『アルス・パウリナ』に宿った少女を見ながら明言する。探査距離にないのかそれとも順番になるようにしているからなのかはわからない。わからないが、とりあえず探知出来ているのはパウリナだけだそうだ。と、その返答を聞いて、ニャルラトホテプが笑みを浮かべた。


「や……それはよかった」

「どういう事じゃ?」

「や……これで、皆様を最大3度まではお招き出来るという事なのですから、喜ばしいはずがないではないですか」


 楽しげに、嘲笑を滲ませながらティナの問いかけにニャルラトホテプは答えた。それに、レメゲトンが大いに怒りを露わにした。


『なんと! ではお主らが全て所有しておるということか!』

「や……これはなんとも不思議な事を。元々ソロモン王に着目していたのは我々です。その我らが、<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>に着目しないはずがない。まぁ、全部保有しようと思ったのは……」


 ニャルラトホテプはそう言って、カイトへと視線を向ける。そうして、憚ることなく明言した。


「貴方様が現れたからですよ。や……流石にこれは骨が折れました。数冊程は強盗まがいに奪取せねばならなくなってしまいましたが……や、や……どうやら骨折り損のくたびれ儲けにはならずに済みそうです」


 ニャルラトホテプは楽しげだ。どうやら、この様子だと<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>を構成する5冊の魔導書全てに一体一体自分達の端末を貼り付けて見張っていたのだろう。

 そもそも『影の国』でもレメゲトンの宿る『ゴエティア』を持ってきたのは彼らだ。そしてあの魔導書が『影の国』から誰も持ち出していない事を把握していた。であれば必然として、他の数冊も彼らが監視下に置いていない方が可怪しいだろう。


「……まぁ、お前らが何を考えていようとそれは勝手だ。それで? オレ達に何をさせるつもりだ?」

「や……これは失敬を」


 カイトの問いかけにニャルラトホテプはこれはうっかり、と人を食った様な顔で額を叩く。ここに呼び出したのは彼らだ。であれば必然として、何か目的があるはずだ。そうして、彼は己の目的を語る。


「今回は顔合わせ、という所です。数を揃えたのは万が一、何らかの理由で交戦になった場合に備えてという所でしょう……どういう力かは存じ上げませんが、神殺しを為しましたので。一撃一殺なら、数は必要でしょう」

「神殺し……? まさか、それをやってみせたのか?」


 ニャルラトホテプの言葉にルイスが驚いて問いかける。数多の世界を巡った彼女であるが、殺せぬ神を殺した者は本当に数少ない。先の実体化する程の魔導書を複数記した者よりも更に少なかった。それこそ、こちらは片手の指で足りるだろう。


「まぁな……ま、その程度は出来る。伊達に幾つもの死線をくぐっちゃいねぇよ。にしても、わざわざ殺されるってのに数集めるたぁ、酔狂だな」

「や……これは本当に我々もそう思います」


 カイトの問いかけにニャルラトホテプが肩を竦める。が、これは仕方がない側面があった。彼らは群体としての神だ。故にどれか単独の端末が殺されても総体として生きているわけだ。故に、『自分』が死んでも『ニャルラトホテプ』という神が死んだとは思いにくい。

 そして一体でも残っていればまたニャルラトホテプは増やせるらしい。なので最悪でも一体でもどこかに残っていれば、それで十分だそうである。そして全てを一瞬で殺されない様に幾つもの対策は打っている。それが、彼らにとって個体の死という観念が薄い理由なのだった。


「……まぁ、この『アルス・パウリナ』はあなた方にあげますよ。今回はお近づきの印、ということで」

「あ、おい!」


 ぽい、とパウリナを投げ捨てたニャルラトホテプに、カイトが大慌てで彼女が地面に落ちる前に抱きとめる。見た目はレメゲトンと同程度。姉妹と言われても納得できる容姿だ。そしてそれを見届けて、ニャルラトホテプがうやうやしく一礼する。


「では、これにて」

「っ……逃げたか」


 消えたニャルラトホテプが居た場所をにらみながら、カイトは追撃はしない方が良いと判断する。この敵だ。少なくとも、下手をすると自分以上の可能性もあった。安易な追撃は仕掛けるべきではなかった。


「……転移術、ではないのう」

「……追跡は?」

「無理じゃろう。あれは余にもよくわからん力じゃった。如何にお主でも追撃は出来まい」


 ルイスの問いかけにティナが首を振る。何が起きたかはさっぱりわからないが、どうやら転移術でも次元を超える力でもない不可思議な力により、彼らはどこかへと消え去ったらしい。


「やはり、この星の存在ではあるまいな。あれほど高度な技術は余は知らぬ。そして少なくとも、余にも理論は把握出来なんだ」


 ティナは金色の目を輝かせながら、先程まで己が見ていた状況を語る。何か理論があった事だけは事実だ。が、その理論を彼女が解明出来ない程でもあった。少なくとも現代の地球よりも遥かに上、エネフィアの魔術よりも数段上である事だけは、事実なのだろう。


「……あれが、オレ達の敵か」


 何が目的なのかは、わからない。わからないが、少なくとも味方でない事だけは事実だ。と、そうしてカイトはふと、手の中の少女に視線を落とした。


「……ん?」

『どうした?』

「妙に……熱い?」


 カイトは己が触れているパウリナが妙な熱を帯びている事に気付いた。それはいうなれば、まるで熱病に冒されている様な感じである。それに、ティナが即座にそちらを見た。


「これは……っ!? なんじゃ、これは!?」


 パウリナを見たティナが驚きに声を上げる。


「どうした?」

「わからぬが……何かがパウリナを冒しておる……拙いぞ。このままでは遠からずパウリナを構成する要素が書き換えられかねん!」

『死ぬのか!?』


 一人状況が理解できているが故に焦るティナに、状況がつかめないが故にレメゲトンが問いかける。これに、ティナが簡単に事態のまずさを教えてくれた。


「死ぬ事はない……無いが、全く別の魔導書に書き換えられかねん! 魔導書としての機能も失われよう!」

『どっちにしろ死ぬ様なものではないか!』

「ちっ! ティナ! 解呪出来そうか!?」


 カイトはパウリナを抱えながら、ティナへと対策を要請する。彼は近接の戦士。逆立ちしたって魔術では彼女には遠く及ばない。


「……ルル。仕方がない。彼奴らから接触があった事にして先んじてアーカムに入る。幸いレメゲトンを入手しておることはあちらも知る所。転移を頼む。変に転移術でどかん、となっても面倒じゃ」

「わかった。飛ぶぞ」


 ティナの要請を受けて、ルイスが即座に『転移門(ゲート)』を創り出す。そうして、カイト達は予定より遥かに早めにアーカムへと向かう事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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