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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第15章 覚醒の兆し編

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断章 第25話 大地母神

 王になるにはどうすれば良いか。それは幾つか方法があるが、一番有名なのはやはり王権神授説だろう。神より選ばれて神の代理人として即位すること。これが地球で最も支持され、多用された王のなり方だ。ギルガメッシュももとを正せばこれに該当する。

 彼は神を否定していたが、神から与えられた地位だった。後年――敢えて言えば現代――の彼はその滑稽さに笑っているが、実際として王権神授説は非常に合理的でもあった。

 が、その王権神授説は例えばジャン=ジャック・ルソーらが提唱した社会契約説の発展と共に消滅し、今ではもはや存在していない。ゆえに、王になる者はもはや居ない。

 そして、必要もない。民主主義で国は、世界は回るからだ。勿論、それがいくら完璧ではないにせよ、である。そして、神々も現在の民主主義中心の世の中を良しともしていた。


「だけど最後に一人だけ、我らは王を作りましょう」


 イシュタルが告げる。神であればこそ、王を任じたものであればこそ、彼女らは絶対王政のメリットを知っていた。絶対王政には絶対王政の、民主主義には民主主義のメリット・デメリットが存在している。


「この言い方は好きじゃないけど。どうしても民衆にはある一定数の愚民が存在する。そしてそれは少数派ではなく、多数派となる事もある……」


 神は神だからこそ、人を見下す。だが、彼女の言う通り民主主義の弊害とはそれだ。多数決こそが、民主主義の大原則。ゆえに愚か者達が増えれば増える程、世界は悪化の一途を辿ることになる。

 が、その愚かという基準は何か。それはもはや主義主張の領域だ。一概には言えない。とはいえ、過去の例を照らし合わせて明らかに悪いとわかる時もある。それ故、滅びを止められる事もある。


「誰かが、世界の滅びを止めねばならない。しかしそれを為せる者は、民主主義には生まれ得ない」


 イシュタルはかつて王を任じた者として、事実をあるがままに告げる。多数派が方針を決めるのが、民主主義だ。大多数が愚か者であれば、喩え『賢い』指導者も『愚かな』方針を取らねばならなくなる。

 結局、民主主義である以上は多数派には逆らえない。少数派の意見が取り入れられては議論の意味がなくなるからだ。これを、衆愚政治と皮肉屋は名付けた。とまぁ、真面目な議論はおいておいて。イシュタルがそんなことを語っていたのには理由がある。


「ほう……まぁ、それは良い。良いのだがな……」


 というわけで、今日も今日とて後始末に奔走させられていたギルガメッシュがジト目でイシュタルを睨みつける。彼からしてみればそんなものは釈迦に説法だ。される意味もない。


「……それでなぜまた喧嘩だ?」

「「……」」


 エレシュキガルとイシュタルの姉妹は揃って視線を逸らす。言わずもがな、この二人がまた喧嘩をしたのであった。というわけで、その事の発端をエレシュキガルが話し始める。


「……あの勇者に王権を授けましょう、という話になったのだけど」

「この馬鹿姉が自分がやるって言い出したのよ」

「別に問題は無いでしょう」

「おおありよ! 王を任ずるのは私の役目! そういう決まりってもんがあるでしょう!」

「はっ……メソポタミアが滅んで随分と経過しているのに、何をいまさら」


 イシュタルの言葉にエレシュキガルが鼻で笑う。確かに、メソポタミアはほぼ完全に崩壊した。冥界はすでに無く、残滓と言えるのはこの飛行城塞都市ウルクだけだ。が、そのウルクとて過去のつながりから死者は黄泉比良坂に送られているし、表向きにはウルクも存在していない。有名無実だ。


「う……」

「それに、何よりあの男は冥府に繋がりのある者でしょう。それに冥界の神である私が個人神となっても不思議はない。違くて?」


 どうやら、口であればエレシュキガルが上回るらしい。伊達に好き勝手していたイシュタルとは違い、真面目に冥界を治めていたわけではないのだろう。政治的な見地やこういう屁理屈の分野では遥かに長けていたようだ。


「ま、まぁ、それはそうだけど……って、そんなこと言い始めたらどう考えても冥界が滅んだ今は関係ないでしょ!」

「ちっ……」


 バレたか。エレシュキガルはイシュタルの様子から煙に巻こうとしていた事がバレた事を理解して舌打ちする。そんな姉に、イシュタルは再び柳眉を逆立てる。


「あんたねぇ……!」

「何のことかしら」


 柳眉を逆立てるイシュタルに対して、エレシュキガルは素知らぬ顔だ。そんな二人に、仲裁者であるギルガメッシュはため息を吐いた。


「はぁ……やはりこの二人が揃うと碌なことにならん……もういっそのこと貴様ら二人で王権を付与すれば良いだけの話だろう。ああ、それは面白い。あいつは随分と嫌がるだろうが、それもまた一興」

「「……」」


 考えた事もなかった。楽しげなギルガメッシュの提言に二人が目を瞬かせる。というわけで、一瞬顔を見合わせた二人はしばらく視線だけで会話する。


「いっそお祖母様も誘ってみる?」

「それは……なかなかに楽しそうね」


 イシュタルの提案にエレシュキガルが乗っかった。どうやら、結論が出たらしい。更にぶっ飛んだ様子になっていたが、それはそれで良いのだろう。

 ギルガメッシュとしてもカイトに付与される力は強ければ強い程良い。彼もカイトの義理の父を自認するだけあってそれなりに女好きではあるが、厄介な女は御免被る。なので止めもしない。そうして、止める者の居ないカイトの勝手な強化プランは当人の知らない所で決定する事になるのだった。




 というわけで、その日から更に数日。アメリカ政府に隠れて<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>を集める事にしていたカイト達は、密入国の為の経由地としてウルクを経由する事にしていた。

 当然だがアメリカ政府とてウルクの存在は把握している。故にここからハワイへ入れる航空便が密かにだが存在していたのである。その中に紛れ込むつもりだった。

 と、そうしてウルクに入った時の事だ。カイトは一人、ギルガメッシュの所に赴いていた。これは何時ものことなので別に不思議な事は何も無いだろうし、ギルガメッシュと親しくしている事を知っているティナ達は何時ものことと一緒ではなかった。


「なるほど。それであの二人が居ないわけか」


 と、そんなカイトなわけであるが、それでも一緒に居て不思議のないのがモルガンとヴィヴィアンである。が、この二人は一路イギリスに帰還していた。アルト達と共にアメリカ入りした方が遥かに言い訳が楽だからだ。


「ええ。あの二人はイギリスの妖精。オレを気に入っているのは世界中が知っている事ですが、それでも一緒に居ると不思議に思われる。故にアメリカで合流しよう、と」

「それは正しい判断だ。そしてここに来たのも、な」


 カイトから明かされた方針に頷いたギルガメッシュが笑い、頷いた。それにカイトが頭を下げる。


「ええ……ありがとうございました」

「ああ。魔導書を手に入れに行くのだったか?」

「ええ。どうにもそういうことになりまして」


 ギルガメッシュの問いかけにカイトは頷いた。当たり前だが彼は大半の事をギルガメッシュに話している。なので隠す必要もなかった。というわけで、しばらく二人はそこで談笑を行う事にして色々と話し合う。


「ああ、そうだ。そう言えばついでだ。イシュタル達の所へ寄っていけ」

「? ああ、そう言えば言ってましたね」


 カイトはギルガメッシュの言葉に、夏休み前にふとイシュタル達が呼んでいた事を思い出した。確かに今は時間が空いている。行くには良い時間だろう。


「ふむ……少し待て。どうせまた喧嘩しているのだろうからな。オレも行こう」

「わかりました」


 ギルガメッシュの提案にカイトも乗っかった。そもそも仲介者が居てくれた方が話は格段に進みやすいだろう。というわけで、ギルガメッシュと連れ立ってイシュタルの館というか現在では三女神の館へと向かったわけであるが、案の定だった。とはいえ、ちょっと何時もとは違う。三人共、女神としての衣装だったからだ。


「で……来たわけなんだけど。どうなってるんだ、こりゃ」


 カイトが目を丸くしながら、相変わらず喧嘩する姉妹を見守るティアマトへと問いかける。


「……また喧嘩か?」

「そうなのよ……困ったものね」


 あらあら、とお上品ににこにことティアマトが頬に手を当てながら、相変わらず姉妹喧嘩真っ最中のエレシュキガルとイシュタルの姉妹を楽しげに見ていた。

 相変わらず彼女はおおらかというか母性に溢れていた。あえて言うのならのほほんとした若奥様、というところだ。案外、この時代に目覚めても手のかかる孫娘二人が居るおかげで大して寂しくはなさそうだった。


「で、なんでこんな事に?」

「そうねぇ……貴方に個人神としての加護を与えよう、という話になっていたのだけど……」

「おーう……オレ、もしかして来たら問答無用だったわけか?」


 カイトはあっけらかんと孫達の隠し事を暴露したティアマトに頬を引き攣らせる。そしてそれを示す様に、この場には『聖婚(ヒエロス・ガモス)』というある種の儀式を行う為の準備があった。

 まぁ、非常にぶっちゃけてしまえばキングサイズのベッドがあったというわけである。なお、そのベッドであるが、すでに見るも無残である。脚は半分折れているし、何よりベッドはど真ん中から真っ二つだ。他にも下にあった儀式の為の刻印が顕になっている等、ひどい有様である。


「『聖婚(ヒエロス・ガモス)』はごめんだぞ……ってーか、先生! あんた自分で『聖婚(ヒエロス・ガモス)』蹴っ飛ばしながら人に『聖婚(ヒエロス・ガモス)』させようとすんの止めて!?」

「ん?」


 カイトの指摘を受けたギルガメッシュは不思議そうな顔で目を瞬かせる。そうして指摘したのは、あまりに当たり前な内容だった。


「いや、貴様が今更言うか? 確かお前、向こうの世界では月の女神を迎え入れるのではなかったか?」

「……ですねー」

「「あはははは!」」


 二人のかつての義理の親子は楽しげに笑い合う。確かに、今更すぎる。そもそもカイトが公爵になった最大の理由はまずティナを娶る事だし、他にもシャルというエネフィアの月の女神を娶る為でもある。『聖婚(ヒエロス・ガモス)』とは神との結婚。それを考えれば確かに今更過ぎた。というわけで、一頻り笑ったカイトは相変わらずニコニコと笑っているティアマトへと問いかけた。


「で、なんであんたまで?」

「うーん……どうしてかしらね?」

「……すげぇ、この人。『聖婚(ヒエロス・ガモス)』をやろうってのに自分が含まれてる理由把握してねぇ……」


 おおらかと言えば良いのか気にしないといえば良いのか、相変わらずのニコニコとした母性たっぷりの笑顔で首を傾げるティアマトにカイトは背筋を凍らせる。まぁ、時代柄というのもあるのだろう。『聖婚(ヒエロス・ガモス)』は古代では神聖な儀式だ。そしてティアマトも神。わかってはいるはずだ。


「まぁ、そりゃ良いわ……で、何がどうなったらこんな事に?」

「……わからないのよねぇ。あの子達、いっつも何かよくわからない事で何時も喧嘩するから」

「あんた、完全に全部聞き流してるな!?」

「あらあら。姉妹の仲が良い事は良い事よ?」


 ニコニコとティアマトが微笑んだ。お上品な笑みであるが、ある意味言外の同意にも等しかった。というわけでカイトは自分の手に負えないと判断して、即座に増援を求める事にした。


「……せんせ……あれ?」


 こういう時はギルガメッシュに頼るに限る。そう判断したカイトであったが、そのギルガメッシュ当人が行方不明であった。が、そのかわりその場には手紙が一通残されていた。そこにはでかでかと『後は任せる』と日本語で記されていた。


「あんの人はぁああああ!」


 あえて言うまでも無い事であるが、ギルガメッシュはここでこの三人の面倒を見ているのだ。つまり、このティアマトの性格も当然、知っているというわけだ。厄介な話になる事ぐらい見えていた。というわけで、カイトは意を決して何故か喧嘩している二人の間に割って入る。


「……しょうがない。なんとかするか……おい。何してる」

「何してる、って先にどっちがあんたに加護を与えるか、って話に決まってんでしょ!」

「それ以外に何が!?」

「「というわけで、あんたはそこに座ってろ!」」

「お、おう……」


 どうやら、二人はヒートアップしすぎてカイトが来ている事に気付いていないらしい。何故か当人の筈なのにカイトは壊れたベッドに座らせられる。

 そうして居た堪れないカイトはそのままどうしよう、と困惑して仕方がなしにとりあえず壊れたベッドを修復する。すると当然、座り心地がよくなった。と、そんな横にティアマトが腰掛けた。


「……じゃあ、先にしちゃう?」

「あれ? あれ?」


 どうしてこんな流れに。カイトが首を傾げる。というより、そもそも疑問なのはティアマトが良いのか、という話だ。


「いや、それ以前にあんたは良いのかよ」

「どうなのかしら……」


 少しだけ、寂しさの滲んだ様子をティアマトが見せる。それは過日の彼女を思い起こさせた。が、そんな彼女はある種慈母の様に語り始めた。


「私の神としての性質、なのかしら。この『聖婚(ヒエロス・ガモス)』には抵抗が無いみたいね」


 ティアマトは己の神としての在り方から、そうカイトへと説いた。彼女は大地母神。そして原初にありては『聖婚(ヒエロス・ガモス)』を以って新たな時代を築いた者だ。

 それ故か新たな時代の福音を、と考えた孫娘達の考えには賛同する所であり、カイトとの『聖婚(ヒエロス・ガモス)』に対する拒否感は無かったのだろう。在り方が原初の女神だからこそ、だ。そうして、彼女は珍しく神としての威厳を纏った。


「何時か新たな時代を創る者よ。貴方が私を拒むのなら、拒むでも良い。それは咎めません……ただ、あの子達の想いだけは受け入れてあげて」

「なぜ?」

「あの子達は、貴方の王としての器を見た。私は見ていないけども、夢うつつには感じていた。貴方は、この世の最後の王となる」


 しっかりと、そしてはっきりとティアマトはカイトの目を見ながらそう告げる。そこには明確で明白な意思があり、強い力があった。予言とはまた違う、ある種の確信が滲んでいた。


「あの子達は二人で生き残った事に何らかの意義を感じている。生と死。創造と破壊。それを司る自分達がなぜか共に生き残り、同時に貴方を王と認めた事に意義があると思っている」

「なぜ、オレをそう思った」

「さぁ……それは自分で考えて?」


 ティアマトは先程までの神としての風格を取り払い、いつものお上品な若奥様の笑顔で小首を傾げる。去っていった神々を想う寂しげな顔。イシュタル達を見る慈母の表情。先程までの神の顔。どれが本当の彼女なのか、カイトにはわからなかった。と、姉妹喧嘩を他所にそんな会話をしていられたのは、ここまでだった。


「……あれ?」

「最初からこうすればよかったのよ」

「あ、ちょっと!」


 エレシュキガルに唐突に押し倒されたカイトが目を丸くする一方、イシュタルが怒声を上げる。どうやら、ここからはカイトも巻き込まれる流れらしい。


「あらあら。楽しくて良いわね」


 そんな二人に、ティアマトは楽しげだ。そうして、この日も結局カイトはなんだかんだと疲れる一日を過ごす事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。


 2018年5月31日 追記

・追記

『そして、現在の民主主義中心の~』という一文に『神々も』という主語を挿入しました。

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