断章 第23話 死地に至りて
結論から言えば。いや、途中経過から言えば、の方が良いかもしれない。当然の結果であるが、戦いはカイトが一方的に苦戦していた。
「おぉおおおお!」
この試合何度目かになる、義輝の大音声が響き渡る。それはまるで周りの流れを引き込む様な強烈な一撃だ。
これを、カイトは間一髪で回避する。が、本当に間一髪で、無事とは言い難い。余波で障壁が砕かれ、それでもその余波にダメージを負う。無事なのは回避できていたからだ。直撃していれば彼でも一撃でやられる可能性があった。
「ぐぅ!」
カイトは苦悶の声を漏らしながらも、なんとか猛烈な吸引力に抗う。
(そういう……事か!)
カイトは今までの数度の斬撃から、義輝の斬撃の恐ろしさを理解していた。彼の、いや、彼らの斬撃は強制的に当たるのだ。
回避した。そう思っても、そして事実回避出来ていても、強制的に命中させられるのである。この恐ろしさは、底知れない。
(流れを創る! つまりは当たっている流れも創れるという事か! くそっ!)
何度となく攻撃を受けて、カイトはただ悪態しか出ない。そう。これが何が恐ろしいかというと、直撃という流れが出来るという事だ。つまり、世界は彼らの剣戟が当たっていると勘違いさせられるのである。
どれだけ敵が頑張っても、世界が命中を判断すればそれで命中だ。先程から斬撃が放たれる度に感じていた妙に引き寄せられる感覚は、これが原因だった。
当たったという結果があると判断されている以上、世界はそれに合わせて世界を動かす。因果を修正しようとする力が働くからだ。本来は回避不能なのだ。流れが読めない常人であれば、おそらく何が起きたかさえ理解不能だっただろう。
「おぉおおおお!」
「っぅ!」
叩きつける様な斬撃からの薙ぎ払う様な一撃に、カイトは神陰流の<<転>>でもって強制的に流れを断ち切って対処する。が、あまりに強大な流れの一撃の全てを切り伏せる事叶わず、彼の身を大きく吹き飛ばした。
「はぁ……はぁ……ははっ、マジかよ……」
カイトはもはや、笑うしかなかった。義輝の一撃はあまりに圧倒的な一撃だ。カイト達が極限まで研ぎ澄ました一撃だというのなら、彼らは嵐の様に周囲を根こそぎ持っていく様な一撃だった。正反対。それを彼は心の底から理解した。
「ふぅ……」
数度通り過ぎた嵐の後。カイトは小さく呼吸を整える。幸いと言って良いのだろうが、カイト達がある種の他力本願なら卜伝達はほぼほぼ自力だ。そしてあれほどの一撃だ。流石に何度も連発は出来ない。どれだけ効率化を達成したとしても、<<転>>程の効率は無いだろう。
威力や短期間での戦闘であれば卜伝らが上回るかもしれないが、効率や持久力、総合的な戦闘力であれば神陰流の方が優れていると言い切れた。
「……」
「……」
僅かな間、両者の間に沈黙が流れる。カイトは負ったダメージを回復する為に。義輝は使った体力を回復させる為だ。そんな二人を見て、卜伝がため息を吐いた。
「ふぅむ。やはり、練度の差は出おるか」
「今まで何年だと思ってやがる……ウチで一番の古株と入りたてがやって勝ち目なんぞあるかよ。しかも俺よりはるかに若いガキだ」
卜伝の嘆きに、歳三は吐いて捨てる。見るまでもない。そう言わんばかりだ。元々、才能の優劣も見えている。そこに練度の圧倒的な差まで存在しているのだ。スペックを同等程度に落としているカイトに勝てる道理がない。
「……」
が、そんな二人に対して、信綱はただ意味深な笑みを浮かべるだけだ。このままではカイトが勝てないことなぞ彼も理解している。そこに意味も興味も無い。
だから、彼が興味があるのはここからだ。圧倒的に不利な状況においてこそ、カイトは成長する。が、それを知るのはこの場では信綱ただ一人だけだ。卜伝さえそれを知らない。故に、彼が問いかける。
「何が面白い?」
「……これから、だ」
信綱はただ意味深な笑みを浮かべながら、先に待つだろう新たなる境地に弟子が至るのを待ちわびる。本当に、彼はカイトだけは予想出来ない。上回りもするし、斜め上にも行く。それが楽しくて仕方がなかった。
「……卜伝。俺は素直に、相手が貴様でないことが惜しい」
「む? なんじゃ、藪から棒に。珍しく饒舌じゃと思えば意味のわからぬことを述べる神よ」
「……相手が貴様であれば、もしやするとこの飛躍は呆気にとられるものであったかもしれん」
「どういうことじゃ」
「まぁ、見ておけ……ここからが、面白くなるのだ」
信綱は弟子の飛躍を見逃すまいと、一切彼から視線を外さない。そんな彼の見守る前では、カイトが何度目かになる義輝の一撃を受けて吹き飛ばされていた。
「っ……」
吹き飛ばされるのが何度目になるかは、もはや吹き飛ばされたカイトでさえ数えていない。直撃はなんとか避けられているが、それでも余波を受けて無様に吹き飛ばされるのが精一杯だ。
義輝相手に直撃を受けていないのはひとえに、神陰流と卜伝の流派の相性の問題だ。世界の流れを読むことが基礎である神陰流にとって、流れを創り出す彼らの剣技はどう来るかわかっているわけだ。回避することなぞ、本来は容易いのだ。
それでも回避出来ない流れを創る彼らの腕前が可怪しいだけだ。が、カイトとて曲がりなりにも一年近く神陰流を学び、ルイスに頼んで時間の狂った空間で修行もしている。それがあればこそ、カイトでも直撃を避けられている。
「……」
必死で避け続けるカイトに対して、一方の義輝は内心で訝しんでいた。
(可怪しい……この男……)
何が可怪しいかは、まだ明確には言い得ない。が、少なくとも可怪しいことだけは相対する義輝には理解出来ていた。
「はぁあああああ!」
義輝は疑念を確かめるべく、こちらも数えるのを止めた程に繰り返した斬撃を繰り出した。今度は、そこそこ本気だ。
「ぐぅ!」
これに、カイトは再び無様に吹き飛ばされる。別に直撃しなかったのはまぁ、義輝にも問題ではない。この程度で仕留められる程、カイトが甘い相手ではないことは彼も認めている。が、やはり違和感が拭えない。そうして、彼は追撃を仕掛けるではなく、カイトの様子をしっかりと見ることにした。
「……」
吹き飛ばされていくカイトは空中で身を捩って地面に着地する。それでもあまりの勢いに地面を滑っていくが、それを足を踏ん張って減速して、立ち止まる。が、それでもかなりの距離を飛ばされていて、彼の飛ばされた後には深く長い筋が出来上がっていた。
(……む?)
その深く長い筋を見て、義輝が僅かに眉を顰める。カイトは何度も吹き飛ばされている。それ故に、地面には無数の深く長い筋が出来上がっている。そうして、彼はその違和感を確かめるべく敢えてその場でカイトを迎撃することにした。
「はぁ!」
カイトが放つのは、<<転>>を応用した世界の呼吸と己の呼吸を重ねた一撃だ。これでようやく、義輝達の剣の一撃に対抗し得る。
なら最初からそれをやれば良いだろう、というわけなのだが、如何せん練度が違いすぎる。義輝が創る流れが強大過ぎて、カイトは己が得るべき世界の流れを手に入れられないのだ。本来なら有り余る出力で強引に塗りつぶすことも可能だが、技を競い合う戦い故にそれは出来ない。これは必然だった。
「はぁあああああ!」
カイトが掴んだ流れを上書きする様に、義輝は大音声を上げて斬撃を叩き込む。その両者の打ち合いはやはり、練度の差で義輝の勝ちだ。たった一年の修行と、数百年の差だ。それは埋めがたい差だ。そうして、カイトが再び吹き飛ばされる。
「ちぃいいい!」
無様に打ち負けて吹き飛ばされるカイトだが、即座に反転して先程と同じ様に地面に長い痕跡を作りながら停止する。絶好の追撃のチャンスだが、これにやはり義輝は追撃を仕掛けない。そして逆にそれ故、カイトは己が攻撃できるチャンスを得た。
「はぁ!」
「おぉおおおおおお!」
カイトの斬撃に対抗する様に、義輝は世界の流れを塗りつぶすような斬撃を放つ。ここまで時間を与えられているのだ。義輝の腕前であれば、普通に間に合わせることは可能だ。
だから、何度やっても結果は同じ。義輝の斬撃がカイトの斬撃を上回り、しかし流れを読めるが故にカイトは直撃せずに余波で吹き飛ばされる。そして、数度の応酬の果て。義輝はようやく、自分が何に違和感を感じたかを理解する。
(コヤツ……! まさか!)
それに気付いて、義輝はカイトが一瞬化物に思えた。本来、戦闘というのは開始直後が最もポテンシャルを発揮出来る。精神力も体力も、勿論魔力も戦闘で摩耗するのだ。だから、これは当然だ。
が、カイトはその道理を覆した。いや、道理には従っている。殺意の無い一撃は障壁では防ぎきれず、それ故に受けるダメージで体力は減少し、魔力も減少――と言っても彼なので微々たるものだが――している。が、精神力は戦闘開始前より爆発的に上昇していたのである。
(俺との戦闘中に飛躍するか!)
一度吹き飛ばされる度、カイトの吹き飛ばされる距離は短くなっていた。が、これは空中での姿勢制御が上手くなっているというわけではない。
そもそも彼程の実力であれば、吹き飛ばされている最中にでも完璧なまでに姿勢制御が可能だ。であれば、答えは一つだ。吹き飛ばされる際の威力が減少しているというわけだ。つまり、カイトがこちらの一撃に合わせて最適化を行っていたのである。
「……やむなし」
義輝はカイトの成長を見て、このままでは届くと本能的に察した。故に今の単純な攻撃ではなく、本当に技を凝らした一撃を放つことを決めた。
「っ!」
更に研ぎ澄まされた闘気を見て、カイトが僅かに目を見開いた。これが殺し合いであれば、殺しに来る。そう実感するだけの闘気だ。そうして、卜伝の流派の最奥が垣間見える。
「おぉおおおお!」
(嘘だろ、おい!)
大音声を上げて大上段から振り下ろした義輝を見て、カイトは大いに驚いた。確かに、この一撃は先程より遥かに強大だ。が、その程度では驚くに値しない。
では何に驚いたのかというと、その余波で無数の斬撃が生まれていたからだ。それら全てが、カイト目掛けて殺到していたのである。それは決して避けきれるような物ではなかった。
が、カイトは一瞬でその驚きを飲み下すと、一瞬で精神を研ぎ澄ませた。避けなければ、当たるだけだ。そしてこの無数の斬撃を防ぎ切ることなぞ、信綱か卜伝でもなければ出来はしない。が、全てを回避は不可能だ。だから、斬撃を放ちある程度は防ぐ必要がある。
「ぬぅ!?」
「ぐっ!」
一番食らってはならない義輝の大上段は回避した。が、余波の数発を身に受けて、カイトが苦悶の声を漏らす。殺気が無い分、厄介だ。竹刀の一撃とはいえ当たれば痛い。それが義輝程ともなると、頭に当たれば気絶は免れない。だから、カイトは頭だけを庇って他は無視する。
「……はぁ……」
痛みで朦朧とする意識を、カイトは研ぎ澄ませる。痛みを消す為に、雑念さえ消していく。この感覚を得たのは、久しぶりだ。スカサハの時以来だ。
(……仕損じたか)
一方の義輝はこれでもカイトが仕留められなかったことにある種の納得を得ていた。おそらく、初手でこれを使っていればカイトを仕留めきれた。が、何度も何度もカイトは義輝の一撃を受けた。
それ故、彼の中ではこのもう一つの極致にある太刀筋に順応が急速に始まっていたのである。おそらく、次は完璧に防いでくる。戦士としての本能が、義輝にそう告げていた。
「入ったか」
「ふむ?」
「あれは追い込みに追い込めば、一気に飛躍する。死地で潰えるではなく、死地で飛躍する。稀有な類だ」
卜伝に対して、信綱は楽しげに明言する。あの時のカイトが勝てないのは道理だ。だから、彼は成長するしかない。出来るかどうかは賭けだ。が、その賭けにカイトは勝った。
「……」
とんっ、と軽い感じでカイトが消える。とはいえ、それは転移術ではなく<<縮地>>だ。故に、義輝程の猛者であればその動きは追えていた。
「おぉおおおおお!」
側面に回り込む様に移動するカイトを追い抜く様に、義輝が大音声と共に無数の斬撃を創り出しながら薙ぎ払う様に斬撃を放つ。それに、カイトは足を止めて己の背後から迫る一撃を受け止めた。
「ぐぅ!」
「おぉおおおお!」
竹刀を食い止められた義輝はそれに構わず、カイトを一気に押し切っていく。そうして、カイトが再び吹き飛ばされた。が、やはり飛距離は伸びない。
「……順応しておるか」
「ああ……何時かは、届くぞ」
死地に至ったにも等しいカイトを見る卜伝の目は珍しい程に真剣だった。おそらく、後数度やればカイトは余波の攻撃を受けなくなる。そして更に数十度繰り返せば、おそらくカイトは攻撃に転じる様になるだろう。二人の目には、そう見えていた。そして、彼らの見守る前でカイトは成長を続けていく。
「……」
「……」
数百度の応酬の果て。カイトの竹刀が義輝の喉元に突きつけられていた。同時に、義輝の竹刀はカイトの胴体に突きつけられていた。相打ちである。が、それは試合としてであって、勝負としてなら、義輝の勝ちだった。
「……見事なり」
どさり、と倒れたカイトに向けて、義輝は掛け値なしの称賛を送る。精神力が切れたのだ。今のはカイトお得意の火事場のクソ力だ。が、一度至ったのだ。おそらく、次もまた至る。その次も至るだろう。
見えた話だ。こうして、カイトのこの日の戦いは試合としては相打ち、勝負としては敗北で終わることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。カイト、技量ではやはり及ばず。




