表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第15章 覚醒の兆し編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

534/765

断章 第12話 公主・謀られた事を知り、大いに怒る

 斉天大聖と哪吒との戦いの後。太公望と竜吉公主からの称賛の言葉を受けたカイトは、まだ僅かに痛む身体を押して館へと戻っていた。そうして、竜吉公主のお付きの者達に哪吒を預けると再び応接室に戻っていた。


「おまたせした。哪吒殿は公主殿の手の者に預けました」

「かたじけない。随分とひねりの利いた一撃じゃったようじゃのう」

「申し訳ない。哪吒殿程の腕の持ち主だ。こちらも些か手加減をし損ねた様子です」


 太公望の改めての称賛に、カイトは哪吒の腕前を称賛する事で返す。そうしてカイトが再び腰掛けた所で、本題に入る事にした。とは言え、その為にもカイトはまず問いかける事があった。それはこれが腕試しだからこその事だ。


「して……これでよろしいか?」

「うむ……それで、早速ではあるが本題に入らせて貰いたいのだが……貴君の身体は大丈夫か?」

「ええ。幸い頑丈なだけが取り柄でして。更には公主殿の褒美もある。まだ些か痛みはしますが、不足なく」

「そうか……では、有難く本題に入らせて頂く」


 太公望はカイトの応対が空元気ややせ我慢の類ではないと理解すると、頭を下げて本題に入る事にする。そうして、彼はまずインドラに語ったと同じく彼らの現状を一応語っておく。


「というわけなのじゃ」

「なるほど……軍師殿らの決断はこの遠く離れた地にも届いております。改めて見習いたいばかりです」

「ご理解いただきかたじけない」


 カイトの理解を受けて、太公望は深々と頭を下げる。とは言え、ここまではあえて言えば認識のすり合わせ。交渉に入る場合に何らかの誤解を生まないようにするためだけのものだ。本題ではない。それ故、太公望は改めて本題に入る事にする。


「それで、じゃ。先にも述べた通り、儂はかつて師である元始天尊に喧嘩を売った。幸いな事に先の殺戒では通天教主殿が主導した事により、儂らの名は封神榜(ほうしんぼう)には記されずに済んだ」

「それは……通天教主殿も御身より易姓革命の頃に受けた恩を忘れていらっしゃらなかったのでしょう。そして私としても御身の様な稀代の軍師の頭脳が失われず、このように出会えた事は喜ばしい」

「うむ。貴殿と出会えた事、もっけの幸い」


 太公望はカイトの言葉に同じく幸運を喜び、深く頷く。まぁ、お互いにこれは単に外交交渉に似た社交辞令である事はわかっているが、どちらも本心でもあったことは事実だ。そうして、しかし、と太公望が続けた。


「しかし……うむ。此度は先にも述べたが、取り決めにより通天教主殿ではなく元始天尊が此度の儀を取り仕切る。おそらく、彼が育て上げた弟子が動く事になるのじゃろう。そしてこれも推測じゃが、確実に儂らの名も記されておる事じゃろう」

「それは……なんとも嘆かわしい事です」

「うむ……儂としても嘆かわしい。袂を分かつとは言え、元始天尊はかつての師。それと相争う事は儂としても本意ではない」


 カイトの言葉に太公望も応じて、そして僅かに眉をひそめて顔を伏せる。これは一部演技であるが、本心もかなり滲んでいる。確かに物別れに終わったわけであるが、千年もの永きに渡り教えを乞うた恩師である。元始天尊にどうしようもないという諦めと共に、深い恩情を感じているのもまた事実であった。

 確かにもはや道を同じくする事は出来ないが、せめて争う事がなくなれば、と思わないではないらしい。やはり彼は軍師にしてはあまりにも根は優しく、善良なのだろう。

 勿論、それでも非情な決断をしないわけではない。いたずらに戦乱を拡大させ犠牲を生むのであれば、神に封ずるしか無いとも考えていた。彼は優しい事と甘い事が違う事を理解していたのである。カイトに無い物を、彼は弱いが故に持っていたのだ。そしてそれ故に、彼は伝説的な軍師になれたのであった。弱いが故に、である。


「とは言え……掛かる火の粉は振り払わねばならぬ。儂は望まぬが、あちらは望もう。崑崙の道士達にしても儂は目の上のたんこぶ。有名過ぎるし、戒律破りを堂々と行っておる。見過ごす事は出来まい」


 太公望は嘆かわしさをにじませながら、戦いは避けられない事を断言する。そしてであればこそ、とカイトへと頭を下げた。


「故に、貴君に伏して願い出る。儂らを哀れと思うのであれば、どうか力を貸しては頂けぬか」

「いえ、頭をお上げください」


 カイトは目を見開いて慌てて太公望へと頭を上げる様に願い出る。こういう机を挟んだ場で無ければ即座に駆け寄って助け起こす場だろうが、残念ながらここは西洋風の応接室だ。

 故にそういう事はできなかったし、太公望も伏してと言いつつ机に額を打ち付けん程に深々と頭を下げる程度だ。そこは古来からの物の言い回し、という所だろう。そうして、カイトは太公望へと告げる。


「貴殿程の賢人の苦境を見過ごしては何のための武芸かわかりません。師よりも暗愚の誹りを免れないでしょう。それに風に聞けば私を主敵とする『道士』を名乗る左道の者達はかつては崑崙で学んだ貴殿と同門という。元始天尊殿の思惑がどこにあるかはわかりませんが、彼奴らは天下が幾度も乱れる原因となった者達。のうのうと見過ごしているわけでは無いでしょう」


 カイトは頭を上げた太公望に対して、改めて己の利益が合致している事を語る。元始天尊にどういう思惑があるかは、カイトにはわからない。素直に太公望の言葉を信じる程、彼とてお人好しではない。

 が、それでも確実に何も無い筈がないとだけは分かる。であれば、当面の間要注意としても可怪しくはないだろう。なお、カイトの述べた左道とは所謂邪道と考えれば良い。

 中国で昔は左が良くない事とされており、真っ当ではない道の事を左道と言ったのである。この場合は仙術でも道術でもなく、邪法と言う意味で使っていた。もし万が一に元始天尊と和睦を結ぶ場合に彼らがあまり悪しざまにならぬように気を遣っていたというわけだ。


「かたじけない。貴君の助力あらば、我らも大いに安心出来る。その代わりと言ってはなんであるが、もし貴君が何か事を起こす事があれば、我ら蓬莱の道士達もこぞって馳せ参じよう」

「かたじけない。我らにも敵は多い。もし何か在りし時には、有難く受け取らせて頂きましょう」


 太公望の助力の申し出に、カイトは大いに目を見開きつつも有難く受け入れる。そうして、更に幾つかのやり取りを行い今太公望達がどこを本拠地としているか――元始天尊らの追撃を逃れる為に蓬莱山は隠れているらしい――等を聞いて、万が一にも約束を違えない様に両者血判状を作って印を押す。


「では、かたじけない。儂はこれより西方の天帝へとお礼を申し上げねばならぬ故、これにてお暇させて頂く。此度は急な来訪と無理な申し出にも関わらず、受け入れてくださり感謝の極み。この御恩。何時か必ずお返しする」

「ありがとうございます……公主殿もおられる。長居は出来ないでしょう。哪吒太子もどうやら目覚められているご様子。道中、何か不足があるとは思えませんが……どうか、お気をつけを。もし万が一の場合、この血判状を理由に駆けつけさせて頂く所存。くれぐれも、ご自愛ください」

「かたじけない」


 カイトの申し出に太公望は感謝を示し、頭を下げて四不象(スープーシャン)に跨った。そうして、もう一度太公望が深々と頭を下げると、途中まで護送するという斉天大聖、そのまま竜吉公主と共にインドへ向かう哪吒太子の護衛の下、一同は西の空へと飛び去っていったのだった。




 さて、カイトがとりあえず傷を癒やす為に屋敷に戻った一方、お硬いやり取りを終えた太公望達はというと、先程までの腕試しを寸評しあっていた。


「はー……まさか効かないとはなぁ」

「あ、そう言えば言い忘れてたっけ」

「知ってたのかよ!?」


 斉天大聖の言葉に哪吒が声を荒げる。知っていれば<<九竜神火罩きゅうりゅうしんかとう>>を使わなかったのに、と言う感じだった。


「ああ、ごめんごめん。でも……これで良かったんでしょ?」

「うむ。かたじけない。哪吒も世話になったのう」

「姜師叔の頼みじゃあ、断れない。でもまさか、二人総出でやって堪えきるとはなぁ……」


 哪吒は再度、カイトへ向けて称賛を滲ませる。なぜ己の切り札である<<九竜神火罩きゅうりゅうしんかとう>>が効かなかったのか、等色々と疑問はあるが、それでも十分に称賛に値した。

 勿論、哪吒のこの余裕から見ても分かるが彼とて手加減はしていた。あれは所詮腕試し。本気の殺し合いではない。と言うより、本気の殺し合いをしていれば確実にあの程度の被害では済まなかっただろう。とは言え、それでも哪吒は自分以上だと理解したのである。


「技量は兎も角……総合的な能力なら今のカルナを超えてるかもね」

「そうかもなぁ……」


 斉天大聖の言葉に哪吒もどうだろうか、と考えながらも同意する。カルナは本来、武芸に関すればアルジュナを超えているのだ。インドラも言っていたがそれ故、彼から黄金の鎧を奪ったのである。

 そしてそれ故、今黄金の鎧もインドラより下賜された槍もある現状では武芸に関してならアルジュナよりも強かった。そしてそれは勿論、アルジュナもわかっている。だから彼は今は弓を主に武器として使っていた。カルナに前線を任せ己が援護をするのが一番良いと分かっていたからだ。なんだかんだ言いつつ、しっかりと認めているのであった。と、そうして言っていてふと気づいた。


「ん? これで良かった?」

「ああ、あんたやっぱり気付いてなかったんだ」


 哪吒の問いかけに斉天大聖がはっきりと頷いた。彼女は一見脳筋タイプに見えるが、実際には数々の修行を積んできちんと知恵を凝らして戦う事の出来る女傑だ。故に、太公望の行動に裏がある事に気付いていた。そしてそれでも乗ったのは、今の彼女のお気に入りであるカイトへ敵対する行動ではないと見抜いていたからだ。


「あんた、なんか考えてるでしょ」

「ははは。流石は、かの闘戦勝仏。戦えば必ず勝つと言われた仏かのう」

「おぉおぉ、軍師の極みに立つ男の顔よな」


 斉天大聖へと称賛を述べた太公望に対して、竜吉公主は楽しげな笑みを浮かべる。そんな彼女は太公望と並んでいたが故に、今彼がしている事に気付いていた。


「易を立てておる事に関係があるのかのう」

「……うむ。まぁ、あるのう」

「そうかそうか」


 竜吉公主は太公望の曖昧な返答に変わらない、と苦笑する。今の彼女は非常に上機嫌だ。故に、特に気にする事はなかった。無かったが、している事と太公望という名故に、彼女は柄にもない事を問いかけた。


「のう。子牙」

「なんじゃ?」


 竜吉公主の呼びかけに対して、太公望は易の道具を使って何度も占いを行いながら振り向く事なく頷いた。ここから先の言葉は、彼には賢いが故に理解していた。そして、どう答えれば良いのかも。


「お主、確か占いが得意じゃったのう」

「得意という程ではない。が、易に関して言えば、姫昌殿と同程度という程度よ。まぁ、経験の分だけ進んではおるかもしれんがの」

「そうか……まぁ、どうでもよいわ。一つ、妾とあの男の先を占ってはくれんか」


 竜吉公主は本当に柄にもない事を口にする。それに、太公望は驚いた風を見せた。


「む? ははは。これは驚いた。公主も乙女か。占いに縋りたくなる童女達の気持ちを今にして理解しおったか」

「むぅ……妾とてこんなふうに申し出たいとは思わなんだ。が、気にもなろう」

「ははは」


 やはりか、と太公望は己の予想に違わぬ行動をした竜吉公主に、己もまた覚悟を決めねばならないのだろう、と佇まいを正す。


「……占う必要なぞない」

「む?」

「は?」


 唐突に底冷えするような寒さを持った太公望の言葉に、竜吉公主と哪吒の二人が思わず目を丸くする。そして次いで、なぜ占う必要が無いのか、に疑問を得た。故に、竜吉公主が問いかける。


「なぜ占う必要がない」

「……のう、公主。お主、なぜ儂がこの様な時期に至るまで一切の動きを見せなんだと思うておる」

「む?」

「ん?」


 問いかけられた竜吉公主と哪吒の二人は言われて、疑問を得た。確かにそれは可怪しい。兵は神速を尊ぶと言う。マキャベリも旗手を鮮明にするのなら早い内が良いと断じた。それは太公望程の軍師であれば心底理解しているだろう。その彼がなぜ、このタイミングまで動かなかったのか。

 確かに、疑問は尽きない。それこそ最大の利益を得たいのなら、道士達が行動に移った時点でカイト達に与すればもっと良い立ち位置に入れたはずだ。

 なのに、こんなカイトが出て一年後にまで先延ばしにしたのだ。あの極東海戦からおよそ半年以上。もう一年近くが経過しつつある。太公望にしては、確かに決断が遅い様に思えた。


「あの王……いや、未だ王ならざる王の易を儂は占っておった」

「何?」

「あの者が出てより、今に至るまで幾千、幾万……それこそ公主。お主の時よりはるかに占った」

「妾の時?」


 言っている意味が理解できない。そもそも竜吉公主は太公望が自分を占った事自体知らないのだ。と、そこに竜吉公主も気にはなったものの、今は先にとカイトの結果を問いかけた。


「ま、まぁ、それは良いわ。それで、あやつの結果は」

「占いの結果か……ふむ。一年先、未だ見えず。十年先、未だ見えず」

「ふむ? お主程の男が見通せぬとは……妙な男じゃのう」


 竜吉公主は楽しげに笑う。そしてだからこそ、面白いと思っていた。が、これには理由があった事を、彼女はまだ知らない。そうして、太公望が更に続ける。


「半年先、未だ見えず……一月先、やはり未だ見えず。半月先……ようやっと見えた」

「ほう」


 竜吉公主がようやく返って来たまともな答えに、僅かに身を乗り出す。それに、太公望はかつての顔で告げた。


「半月先……かの王は闇の中に死す。故にそれ以降は読めぬ」

「「なっ……」」


 まさかの結果に竜吉公主と哪吒が絶句し、大いに驚きを露わにする。そうして声を荒げたのは、やはり竜吉公主だ。彼女はわずかに柳眉を逆立てて、怒りを露わにしていた。


「お主……冗談も良い所にしておけ」

「冗談? 儂は冗談なぞ言っておらぬよ」


 ごうごうと、かつての姜子牙ではなく太公望としての顔で彼は告げる。それは本来なら楊戩さえ気圧された圧力があったが、それで嘘ではないと悟った竜吉公主は逆に大いに怒った。


「っ! お主、それを知りながら良縁と言うたか!」

「うむ」


 太公望は竜吉公主の問いかけに一切迷う事なく、そして躊躇いなく頷いた。それに、今度こそ竜吉公主は激怒する。


「では、妾に寡婦となれというたのか!」


 竜吉公主の怒りは、今までの彼女の人生の中で最大の激怒だった。それこそ知らず、彼女自身使える事も知らなかったインドラの雷を纏い、周囲の雲が雷雲となる程だった。寡婦とは、所謂未亡人の事だ。確かにこれは激怒しても仕方がない。そうして、彼女の怒りに呼応して雷が太公望へと襲いかかる。


「……」


 やはり、かつての仲間という事があるからなのだろう。心の何処かで、何らかの理由があるのだと理解していたのかもしれない。故に、雷の直撃を受けた太公望は僅かに身を焦がすだけで済んだ。そうして、太公望が告げる。


「違う」

「……何?」

「儂はお主にこれを良縁と勧めた。そこに一切の嘘は無い」

「謀るでないわ!」


 太公望の弁明はしかし、竜吉公主を怒らせるだけだ。当たり前だ。ここからもし輿入れ云々の話が出ても、よしんば一緒に居られる期間は半月もない。怒らない道理がない。

 が、それでも。太公望の表情には一切の変化は無かった。そこへ、再度太公望の身を雷が襲う。が、それをただ、彼は受け止める。これが、彼のやり方だった。そうして、太公望は彼の思惑を語り始めるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

*活動報告はこちらから*

作者マイページ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ