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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第15章 覚醒の兆し編

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断章 第3話 姜子牙・竜吉公主を口説き落とす

 インドラの下を訪れていた古代中国の軍師太公望。彼の求めに応じて、インドラは娘の一人である竜吉公主を呼び出していた。そうして呼び出された竜吉公主が現れた所で、ようやく太公望は自分の今回の来訪の理由を語り始める。


「ではまず……不肖・姜子牙。各々方に再度の明言をしておきたい。儂はインドラ殿が目を掛けている英雄への害意は一切無い。天地神明に誓って、害意無い事を天帝殿へ奏上する」


 改めて本題に入るという事でインドラに対して平伏した太公望はまず予め、カイトへの敵対の意思が無い事を改めて明言する。と、それにこれまでの話の流れを知らぬ竜吉公主がにわかに興味を持った。


「ほう。それはあの東の果て、お主が新たに興した蓬莱の更に外、日ノ本という国におるという男のことか?」

「うむ、そうじゃとも。いや、何。先にインドラ殿が随分と気を揉まれてな。敢えて明言させて頂いた」


 太公望は笑いながら、一応正式に本題に入ったので明言した、と告げておく。


「それで……竜吉公主。御身にはお目付け役を頼みたい」

「ほう……妾にか」

「うむ」


 太公望の申し出に、竜吉公主は笑みを深めた。当たり前だが彼女とてカイトの事は聞いている。なにせここ当分はインドラが口を開く度に彼の話題だ。知らぬはずがない。

 天界のこの宮殿にいれば嫌でも耳に入るからだ。そしてそれ故、誇り高い竜吉公主が興味を持たぬはずがなかった。天帝たる父が、相当に入れ込んでいるのだ。気にはなろう。とは言え、ここまではインドラも理解している。なので何の疑問もない。故に興味があるのは、ここから先だ。


「まぁ、それは聞いてる。で、姜子牙。俺への献策ってのはなんだ」

「うむ……そこが、竜吉公主でなければならぬ理由でもある。天帝にしてインドラよ。竜吉公主をかの者に輿入れさせてはどうか、とな。これは一に娘へお目付け役の任を授け外に出るのに誰にも疑念を持たれぬ様にする事。二には娘に婿を見せるという話である」

「「「……は?」」」


 竜吉公主を除いた男三人が、太公望の提案に目を丸くする。その一方、話の中心たる竜吉公主はというと、ものすごい剣呑な雰囲気を笑いながら出していた。その圧力たるや、アルジュナとカルナが思わず身を震わせる程だった。まさに驚天動地とはこの事だ。天界の長の子たる竜吉公主の面目躍如であった。


「ほう……ほうほう。今、妾はかの太公望が妾にどこぞの馬の骨とわからぬ男に輿入れせよ……そう言うた様に聞こえたが」

「うむ。そう言うた」

「そう言うからには当然、そこには道理があり、間違うのであれば首を捧げる覚悟はあろうな」


 竜吉公主は轟々と圧倒的な力を放出しながら、太公望へと問いかける。これはまだ、相手が竜吉公主自身が認める太公望だからこそこれで済んでいる。道理の無い事は言わぬと知っているからだ。

 だがもし相手が有象無象であれば、今頃弁明の余地もなく跡形も残らなかっただろう。それに対して、太公望は相変わらず泰然と言い放つ。


「うむ。もちろんあるとも」

「述べよ」

「うむ……まず、一にインドラ殿。この後彼の者が勢力を拡大するにあたり、大凡多くの女神が輿入れせんとするであろう。現に西の者共の多くはそう動いていると聞く。その際、始めに見出した御身が姫君を誰一人として輿入れさせねば、これはインドラ神の不明となろう」

「ふむ」


 竜吉公主は太公望の申し出を良しと認める。確かに、これは彼女からしてもそうだと認められる。すでに現段階でさえ女神だけでもスクルドが婚約を申し込んでいる。アテネとゴルゴーン三姉妹の姉二人も怪しいという話だ。

 更には予言に従って、ノルニルの三姉妹は揃って輿入れすると言っているという。風の噂ではメソポタミアの姉妹神も色々な意味で熱を上げているとの事だ。

 その中で一番最初であるインドラが誰一人己の神族から嫁を出さないのであれば、それは他の神話から逆にインドラこそがカイトを侮っていると言われても過言ではない。

 まだそれが事情を知るゼウスやオーディンというカイトにもインドラにも親しい所であるが故に問題は起きていないが、今後はそうも言っていられないだろう。

 ここは本当にインドラも悩んでいる所で、どうすべきか、と最近はずっと悩んでいる所だった。カイトを知りすぎているが故に、下手を打てないのだ。が、インドラという神の一人として、そしてカイトを担ぎ上げた者として、誰かは与えねばならない。それも並の娘ではだめだ。

 自分の近しい、可能なら血を分けた娘を与える必要があった。カイトが盟主となる上で様々な神軍より妻を娶る事で、彼こそが共同代表だと言い切れるからだ。


「そして、次に。では誰を、となり考えれば、これはやはり竜吉公主。御身が最適となろう」

「申せ」

「御身はこの天界広しと言えど、最も誇り高き女である事は知られた話。神官たちは天帝さえ御せぬ聖域にも等しいと噂する」

「ははは。過剰な評じゃ。流石に父の命であれば妾とて背かん」


 竜吉公主は僅かに謙遜を滲ませて笑いながらも、その横の男三人はどの口が言うか、と内心で毒づく。そんな男達の内心を見通しつつ、太公望は笑って更に続ける。


「ははは。左様には見えぬがのう。とは言え、それ故、御身が輿入れしたというのであれば彼の者はアルジュナ殿を兄として、東洋ではより一層の栄華を得る事になろう。そして流石インドラ神とその御威光、名もより一層、あまねく大地に広まるというもの」

「ふむ……相分かった。確かに、父が彼の者へ身内の誰かを嫁に、という事には妾も同意しよう」

「かたじけない」


 竜吉公主の理解に太公望は深々と頭を下げる。が、同時に彼はこれで終わらぬ事を長い付き合いの中で把握していた。というより、ここからが本番だからだ。


「が……それでもまだ、妾が輿入れするという話には通らぬな。どこの馬の骨ともわからぬ者に妾が嫁げば、それだけでインドラの名に傷が付こう。それを覆せる道理はあるか?」

「然りであろう。儂もこの程度で頷ける程、公主殿が安い女でないと知っておる。故にこれは単にインドラ殿への言葉。御身への言葉では無い」

「ははは。やはり長い付き合い。妾の性格を存じておるな」

「うむ……では、続けて良いか?」

「うむ、申せ」


 竜吉公主は太公望の要請に応じて、機嫌良さげに先を促す。


「御身はかつて言われたな。虜囚となるような男に輿入れなぞ死んでもあり得ぬと」

「うむ、断じてあり得ぬ。どこぞの狂人が物語にて妾を輿入れさせおったが、あれはあり得ぬ事。妾は天帝の子。たかだか見習い小僧程度に破れ、そのような辱めを受けた男になぞ死んでも靡かぬ。もしそのような辱めを受ける事あらば、父祖の名に泥を塗らぬ様この肝を父へ捧げ身を灰燼に帰そう」


 竜吉公主はアルジュナに語った通りの事をここでもまた、明言する。いや、それどころかアルジュナが語られた以上の誇りがそこにはあった。が、そんな彼女だが決してそれだけではなかった。


「もちろん、負けは良い。英傑を相手に負け、虜囚となるであれば許そう。それは我が夫をも上回った敵の功。恨む事なぞあろうものか。英傑と英傑であれ、戦う以上勝敗は出る。それは当然の道理よ。兄上さえ何度となく負けを得た。が、兄上は堂々たる男。負けを得るのは戦士であれば、当然の事よ。無敗なぞという戦士がおれば、その時こそ妾は疑おう。負けぬ男なぞおるはずがあるまい」


 竜吉公主は堂々と負ける事を許すと明言する。そして更に彼女は明言する。


「そして、妾は顔貌の美醜も問わぬ。カルナ殿こそ兄上に比する唯一の英雄。かよう英傑は父上をして知らぬ。かよう英傑がおる以上、顔貌の美醜なぞ戦士として、英傑としての功の前にはいかほどの意味も持たぬ。であれば、妾も夫としてそれは求めぬ」

「竜吉殿。そのように過剰に持ち上げられても困るのだが」

「いや、兄上も表立っては認めぬが、カルナ殿こそを最上の好敵手にして盟友と認めておる。そう謙遜召されるな」

「勝手に……いや、なんでもない」


 勝手に自分がカルナを持ち上げている事にするな、と言おうとしたアルジュナであるが、視線で今ぐらいは空気を読めと竜吉公主に言われた彼は黙る。

 どうやら、娘と妹に弱いのはどこの世界も一緒なようだ。まぁ、内心で認めているのは公然の秘密である。すでに照れ隠しやツンデレの領域だった。と、そんな神界組の一幕に放置された太公望であるが、それをきっかけに再び口を割り込んだ。


「そうであろう。御身はあの易姓革命の頃より輿入れするのであれば、兄上の様なまったき英雄でなければならぬと申されておった。であれば、どうであろうか。お父上がここしばらく言われておった男を見定めてみるというのは。お父上がかように入れ込まれておるのじゃ。御身の目で一度見て、輿入れしても良いと判断するのは」

「ふむ……それは確かに道理じゃのう」


 竜吉公主は己の中で僅かに興味が鎌首をもたげるのを自覚する。そもそも、一番最初に太公望が宣言した時点でそれは明らかだった。

 実は、あの太公望の行動には二つの意味があった。一つは、竜吉公主にこの話に興味を持たせる為。もう一つは、竜吉公主の反応を探るためだった。

 それに気付いて、インドラは内心で舌を巻いた。太公望はこの神界に大きな伝手は無い。故に最初に探りを入れて、この策を可能か推し量っていたのである。おそらく、無理そうなら無理そうで別の腹案もあったと見て良い。


「天帝が常々気にする男子(おのこ)。妾も常々気にはしておった。確かに伝え聞く実績が事実であり、実力の程が本物であればまっこと紛うことなき英雄。父の名にも兄上の名にも泥を塗らぬ良人(おっと)となろう。そしてかよう英傑であれば、数千年守り通した我が貞操も捧げる価値があろう。父にしても誰を授けるべきか、と大層お悩みという。下手に遠のけばかつての蘇護(そご)の様に成りかねぬ。妾とて妲妃にはなりとうはない。なるほど、これほど父にも娘にも利害の一致する話はあるまいな」


 竜吉公主の同意の言葉を聞きながら、インドラは太公望の腕前に内心で震え上がった。自分がどれだけ言っても聞かなかったこの高飛車のワガママ娘を、誇り高き天帝の娘を太公望は僅か十数分で動かしてみせたのだ。しかも乗り気にまでさせてみせた。が、ここで竜吉公主は珍しく、僅かに気弱さを見せた。


「じゃが……のう。お主も知っての通り、妾は行かず後家と言われておる。それに対してあれの側に侍るは齢数百か、見た目は童の如き美姫達よ。妾で大丈夫じゃろうか」

「……あっははははは! これは妙な事を! 思わず呆気に取られたわ! 御身はあの易姓の頃より全く衰えておらぬではないか! 未だ見た目は二十、いや、十代の童の如し! 女媧娘々さえ羨むその美貌は一切衰えておらぬよ! 伝え聞く彼の者がその美貌を見て食指を動かされぬはずはなかろうに!」


 太公望は敢えて、一瞬だけ呆けてみせた。が、そこからは一切嘘がない。故に、珍しく弱気に駆られた竜吉公主も気付かない。


「そう……か。うむ。であれば、良い。いや、すまん。柄にも無いのう」

「ははは! いやはや、珍しいものが見れた! さしもの竜吉公主も夫となるやもしれん男の前ではおなごになるか! っと、ああ、失礼。いやさ、これは存外良い縁なのやもしれんのう」


 この時ほど、インドラは彼を敵に回さなくて良かったと心底安堵した。なにせ今の今まで、父であるインドラをして竜吉公主が実は結婚もせずに気ままにしていた事を気にしていた事に気付かなかったのだ。故に本来なら何かを言うべき立場のインドラが、驚きのあまり何も言えなかった。

 それに対して、数千年ぶりのはずの太公望は見抜いていた。故の世辞だ。それがわからないインドラではない。そうして、太公望の望みに沿う事にした竜吉公主がインドラへと跪いた。


「父上。父上が常々お気にされている英傑の程、妾も見とうあります。どうか、しばらく姜子牙殿と共に旅に出る事をお許しください。そして妾に判断する機会をくださいませ。そして良縁であれば、彼の者へ輿入れする姫として、妾を紹介していただければ」

「……はぁ」


 インドラは内心で忸怩たる思いを抱えながら、深い溜息を吐いた。竜吉公主や太公望が見抜いていたとおり、インドラが誰をカイトへ輿入れさせるかを悩んでいたのは事実だ。

 そして実は、候補の中の一番上はこの竜吉公主だった。が、如何にして説得するかが、悩みのタネだった。乗り気になってくれる未来が見えなかったのだ。

 竜吉公主はインドラの抱える天界で最も見目麗しく、その誇りの高さはティナをも超えると断ずる事が出来る唯一の姫だとインドラは考えていた。これをカイトへ輿入れさせたとあれば、西の天使達とこちらの和解後にはインドラの名は莫大な栄誉を得る事になる。

 なにせその後はカイトがトップとなり、神界全てをまとめ上げる事になるからだ。その妻という立場は、決して軽くない。

 そしてもし輿入れさせれば、後には流石軍神にして神王インドラとその慧眼を他の神界より褒め称えられる事になるだろう。その利益を、太公望はたった十数分でインドラへと提示してみせたのだ。これが恐ろしくなくてなんなのか。まさに、神仙をも遥かに超えた智謀だった。


「……良いだろう。用意に入れ。アルジュナ、カルナ。悪いが竜吉の出立の手配を手伝ってやれ。今決まったばかりだ。不足があっては俺の名に差し障るし、竜吉公主の名にも泥を塗る事になる。カイトは気にせんだろうが、娘をなるべく着飾らせてやりたいというのが親心だ」

「「御意」」

「ありがとうございます」


 インドラの許可を受けてアルジュナとカルナが神官達の下へ向かい、竜吉公主が出立の用意をすべく自分の部屋へと向かう事にする。その一方。残った太公望へとインドラが真剣な目で問いかけた。


「何が望みだ」

「ははは。ご承知か」

「これがどれだけの利益だと思ってやがる。この借りは、決して小さくない」


 再び策士の笑みを浮かべた太公望に対して、インドラは再び警戒を滲ませながら問いかける。それに、ようやく太公望が己の胸襟を開いた。


「うむ……儂はもう一度、封神演義を行おうと思う。それにご助力頂きたい」

「ふむ? そういえば、それが疑問だった。貴様らはもう殺戒は無いはずだ。なぜその貴様が改めて封神演義をやろうという?」


 インドラは太公望の言葉を思い出して、改めて疑問を得る。この男が何か意味の無い事を言ったとは思えない。であれば、あの封神演義という言葉の裏には更に何かが潜んでいたと思ったのだ。そうして、太公望は更に裏に潜む己の思惑をインドラへと語り始めるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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