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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第4章 楽園統一編

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断章 第12話 八百万謁見編 見過ごした者・見過ごさなかった者

 エリザが大阪にある狗神のホストクラブを去って数時間後。営業時間が終了した狗神のホストクラブは数時間前に比べて何があったのかと疑いたくなるぐらいに荒れ変わっていた。

 とは言え、誰かの襲撃にあったわけではなく、これを為したのは総支配人であるはずの狗神だった。彼は先程までとは打って変わって荒れ狂っていたのである。


「あー、くそっ!あの化物!人を犬扱いしやがって!」


 狗神の怒声に続いて、ガラスの割れる音が響く。狗神が苛立ち紛れにグラスを店の壁に投げつけたのである。


「千年生きてるだかなんだか知らねえが、吸血鬼如きが人狼に命令してんじゃねえ!こちとら栄えある王者の一族なんだぞ!」


 今度はワインが入ったボトルが壁に激突し、赤い染みを作った。とどのつまり、彼が激怒している理由はここだった。エリザは吸血鬼で、狗神は彼が言う様に人狼だったのだ。

 何故仲が悪いのかは定かではないが、両者共に噛んだ相手を同じように変質させ、満月の下で最も力を発揮するという似た性質を持ち、お互いに夜の覇権を争った天敵同士だからなのかもしれない。


「い、狗神さん!とりあえず今日はそこまでに!明日の営業にも関わっちまいますよ!」

「あぁ!?・・・ちっ、それもそうか・・・」


 一度は亜門を睨んだものの、一頻り物に八つ当たりして大分と気分が良くなったのか狗神は彼の言葉を聞いて八つ当たりを止める。そうして彼が店のソファに深く腰掛けたのを見て、光琉が問い掛けた。


「で、どうしますか?」

「今疑われるのは有りがたくねえ。誰か東京の方にまで行って来い。」


 どうやら鬱憤は晴れたものの怒り自体は収まっていないらしく、ソファに腰掛けて暫くすると人狼の姿に変わる。とはいえ、この店の全員が異族なので誰も問題視しないが。そうしてそんな狗神に光琉はタバコを取り出して咥えさせ、火を点けた。


「あ、じゃあ俺行ってきます。」

「遊ぶんじゃねえぞ。峯岸、桜庭、仙道。お前らも行って来い。次の幹部会の二日前に帰ってくりゃ疑われねえだろう。」

「はい。」


 自ら志願した亜門に加えて三人のホストに東京行きを命じ、狗神は煙を吐く。そうして今度は光琉に問い掛けた。


「で、手筈は?」

「3割です。」

「ちっ。」


 光琉の答えを聞いて、狗神は舌打ちを打つ。そうしてそれと同時に彼は元の人型に戻った。


「まあ、妥当っちゃあ妥当か。」

「まあ、確実と踏めた方にのみお話していますから・・・」


 舌打ちはしたものの、狗神の方も狗神の方で妥当なラインが見えていたらしい。なので情報に対して苛立ちを感じることは無かった。


「勧誘はここらで止めろ。今、東で起こっている事を考えればここいらで一度引き締めが入るはずだ。安易に動くな。」

「はい。」


 狗神の指示を受けて、光琉が頭を下げる。どうやら話しているウチに冷静になったらしく、狗神はもう怒鳴る事も無かった。


「おい。」


 そうして、狗神は花瓶以外何もないはずの空間に声を掛ける。だが、誰も居ないはずの空間から男の声が聞こえてきた。それは花瓶から聞こえている様に聞こえたが、やはりそちらには誰も居ない。それもそのはずで、花瓶の裏側にかつて秋夜の懲罰会議で張られていたのと同じ呪符が張られていたのである。

 狗神が声を掛けたのを見て、近くに居た男の一人が花瓶を裏返して呪符を狗神が見える位置に調整する。


「なんだ。」

「本当に手を貸してくれるんだろうな。」

「任せておけ。それで、今のが千年姫エリザ・べランシアか?」


 如何な原理なのか、花瓶の裏側に貼り付けた呪符でエリザの事が見えていたらしい。平坦な声の主が狗神に問いかけると、それに狗神はそれに頷く。


「そうだ。」

「そうか・・・」


 声は先程と同じく平坦で感情は滲んでいなかったが、何か空恐ろしい感情がわずかに滲んでいる様に聞こえた。そうして、声の主は再び平坦な声で狗神に問い掛けた。


「そちらの手筈は?」

「道筋は付けてやる。後はお前がやれるかどうかだ。」

「それは此方のセリフだ。しくじるなよ。」

「はん。命令してんじゃねえ。」


 狗神が声の主の命令に似た言葉に少し苛立ちを交えて告げる。それが、最後の会話だった。


「おい、俺は帰る。後片付けしておけ。」

「はい。」


 会話を終えると、狗神が立ち上がり一同にそう告げる。告げられた男たちの半分ぐらいは荒れ果てた店内を見て嫌そうに顔を顰める。だが、文句を言えば殺されるのは目に見えていたのだ。なので狗神が去った後、ホストの男達はため息混じりに荒れ果てた店内の清掃活動を行うのであった。




 狗神が去った後。その後に始まった清掃活動が始まるのと同時に京都のとある屋敷にて秋夜が笑みを浮かべる。彼は京都にある皇家の館に来るとそうそうに言いつけられた命令に従って、奇妙な動きをしていると言われていた草陰家の調査を行っていたのだ。

 その一環で、先の会談の様子も完全に見ていたのであった。つまり先ほど呪符から響いていた声の主は草陰家の者であったのである。ちなみに、腕前の差から、彼が盗聴していた事には誰も気付いていなかった。


「・・・どうした?」

「ううん。なんにもない。」


 笑みを浮かべた秋夜に皇花が問いかけるが、彼はそう嘘を吐いた。完全な命令無視なのだが、気にする様な彼でも無かった。

 尚、皇花が居るのは一応はお目付け役と言う役割だが、殆ど実力伯仲状態な所為で流石に見ている物までは覗き見れないのであった。彼女で無理ならばこの屋敷でも殆ど動かない面子でしか無理になるのだが、彼らは滅多に動かない。動かないというより、このような雑事で動く気が無いのだ。


「こっちの方が楽しいよねー。」


 秋夜は密かに、楽しげに呟いた。だから、だった。彼らの陰謀が見逃されたのは。ここで見逃さなければ、彼も数週間後に内心で泣きたくなる事は無かっただろう。


「で、今日の報告書は?」

「はぁ・・・祭文。」


 皇花の問い掛けに応じて、秋夜が机で筆を執っていた書生さんチックな使い魔に命令する。皇花は確かに秋夜のお目付け役だったのだが、何もこんな夜遅くにまでお目付け役の仕事をしているわけでは無かった。ただ単に提出されていない書類を取りに来ただけなのであった。

 翌朝でも良いと思うが、そこは頭の固い皇花だ。灯りが点いていて、まだ起きているのを見て提出させたのであった。


「確かに、受け取った。」


 そうして使い魔から提出された報告書には、先の一件は記載されていない。荒事が起きた方が楽しいという理由で秋夜が握りつぶしたからだ。


「お前もいい加減に寝ろよ。」

「はいはい。」


 念の為に中身を確認した皇花は確かに自分が見ていた通りだということを確認すると立ち上がり、秋夜に既に夜遅い事を告げて、ふすまを閉じて立ち去るのだった。


「ふぁー・・・草陰は確か元々超タカ派だったけど・・・お兄さんと息子が安易に『最後の楽園(ラスト・ユートピア)』の住人に手を出して死んでから、より拍車が掛かっちゃったかな?」


 皇花が出て行って監視も無くなった後、秋夜は一人勝手に原因を追求してみる。寝る前の単なる気分にすぎないので、大した意味は無い。

 とは言え、こんな物騒な事を考えながらも彼は小学生だ。なので直ぐに睡魔が訪れて、眠りに付くのだった。




 その翌日の朝。所変わって天神市。カイトは再び天城邸に居た。


「いやー、マジすまん。」

「はぁ・・・」


 ソラがたはは、と笑いながらカイトからコンビニの袋を受け取る。ちなみに、中身はプリン等では無く、ゲームソフト数点だった。数日前に言っていた船の上でプレイするやりこみ系のゲームソフトである。


「まさか出発早くなるなんて思ってなくてよ。」

「・・・嘘だろ。」

「・・・おう。」


 呆れ返ったカイトが、ソラの嘘を見抜く。バレたソラは照れ笑いだった。これがカイトもエネフィアならばそういうこともあるか、と思うが、ここは地球だ。幾ら天候が荒れる予報があっても予定が遅まる事はあっても早まる事は滅多に無い。そして更に言えばこの先一週間は晴天の予報だった。


「いやー、悪い悪い。まさか今日ウチ出発して近くのホテルで一泊なんて把握してなくてよ。」


 そう言うソラはガサゴソとかばんに用意を突っ込んでいく。


「で、ソフトは・・・お、このソフトの現物初めて見た・・・」

「ウチの母さんがダウンロードは嫌いでな。その煽りでオレもダウンロード版は買わないんだよ。」


 ソラがコンビニの袋からカイトの持って来たゲームソフトを取り出して、何処か呆れた表情で呟く。2020年代も終わりに近づいたこの頃。毎秒数十ギガを誇る第5世代通信規格の完全普及とハードディスクやSSDの大容量化が相まってゲームソフトはダウンロードが全盛期を迎えていた。

 とは言え、相変わらずカイトや綾音の様にディスクが良いという少数派もまだ確たる数を誇っていた為に普通にディスクのゲームも発売されている。今回ソラが急な出発でデータ容量に空きが無く、カイトから借り受ける事になっていたのだった。


「へぇー・・・そりゃ奇特な・・・」

「で、この3つで良いのか?」

「おう、登校日に返すから。」


 カイトが半ば呆れながら聞いた問いに、ソラが笑いながら答えた。ソラの船旅は半月で、目的地はハワイらしい。聞く所によると、そこで誰かを受け入れる予定らしかった。その後3日滞在してソラは一度飛行機で帰宅らしい。ソラの父親の方針で夏休みの登校日にはきちんと出席しろ、という事であった。その後また再び飛行機でとんぼ返りだとぼやいていた。


「お前も大変だな。登校日には一度飛行機で帰宅なんて。」

「代わってやろうか?」

「遠慮しとく。」


 苦い笑いを浮かべたソラの言葉に、カイトは笑ってお断りをしておく。とは言え、こんな所で長々と駄弁っているわけにもいかない。なにせカイトも明日には出発だったのだ。カイトも向こうに居る小学校時代の旧友達へのお土産等自分の用意をしている最中にソラから呼び出されて、大急ぎでゲームソフトを持って来てくれと言われたのだった。

 まあ、そうは言ってもカイトの場合は行き先が父親の実家なので衣服等の荷物はダンボール詰めして既に送っているのだが。


「じゃあ、オレも用意あるから帰るぞ。」

「おーう。悪いな。」


 片手を上げて、再度カイトはソラの部屋を後にする。そうして再び部屋を出て廊下へと移動していると、そこでなぜかまた星矢に出会った。どうやら彼の方は今日は休日らしく、スーツ姿では無かった。カイトは会った以上は挨拶しないわけにもいかず、会釈する。


「あ、おじゃまさせていただいてます。」

「む・・・」


 声を掛けられて星矢は一瞬黙考するが、どうやら彼の方も一度会った事があると思ったらしい。


「君は・・・確かカイトくんだったか。」

「はい。覚えてくださり光栄です。では、失礼します。」

「ふむ・・・いや、待ってくれ。」


 別にカイトの方に要件があったわけでは無いので会釈して立ち去ろうとしたのだが、そこで星矢の方から声が掛けられる。その言葉にカイトを案内していた使用人も少し驚いていたが、とりあえずカイトは立ち止まった。


「はい?」

「今時間はあるかね?」

「はぁ、まあ、少しでしたら・・・」

「では、少し付き合ってくれ。」


 確かにカイトの方も自分の用意はあるが、今直ぐに、というわけではない。なのでカイトは星矢の言葉に従い、彼についていく。そうして案内された先は、彼の個室だった。


「・・・将棋は出来るか?」

「ルールぐらいでしたら・・・あ、持ち時間とか設定されると流石に、ですが。」

「それは俺も苦手でな。無しで良い。」


 どうやら相手を探していたのか、と思ったカイトは星矢が用意した将棋盤を挟んで星矢と対面に腰掛ける。それから二人は暫く無言で将棋を行う。そんな勝負の最中、星矢が唐突に口を開いた。


「ソラが世話になった。」


 星矢の言葉にカイトが盤面から頭を上げると、そこには頭を下げている星矢の姿があった。その姿を見たカイトは慌てて謙遜する。


「あ、いえ。別に私が何かしたわけでは・・・」

「すまないが、色々と調べさせてもらった。ソラの勉強や更生に、と世話になった。」

「・・・はぁ。」


 彼が謝罪した上で調べた、と言っている以上、それは天城家の力を使ったのだろう。それにカイトは安易な否定は得策ではないと考え、その謝罪と感謝を受け入れる事にした。

 星矢はこの感謝と謝罪を述べる為に、カイトを自室に招いたのだった。息子の更生をしてもらった以上、感謝を述べておくのは必要だと考えたのだ。


「・・・君は『秘史神(ひしがみ)』を知っているか?」

「・・・?なんの事ですか?」

「そうか・・・」


 狐と狸の化かし合い、と言うのだろう。カイトは星矢の問い掛けに本心から知らない、という表情を作る。どうやら星矢は相手が自分の息子と同じ年齢の少年だと思って若干注意していなかった事もあって、何ら違和感なく受け入れられる。

 そうして更に暫く二人は沈黙の中に駒を操るが、再度星矢が問いかける。それもそのはずで、カイトが奇妙な所で打つ手を止めたからだ。


「・・・わざとか。」

「貴方は人が悪い。」


 この時。カイトの側に控えていた若い使用人は星矢が薄く笑みを浮かべたのを初めて見た。いや、それ以前にここまで星矢が喋っているのも初めて聞いた。そんな目を白黒させている使用人を他所に、一方の二人は何か通じる物があったらしい。妙に打ち解けていた。


「今までの君なら迷わず指したはずだ。それも、王手を狙える場所にな。」

「星矢さんがいきなり悪手を指せば、それは迷いもします。」


 そう、何故カイトが戸惑ったのかというと、それは星矢が常に理的に攻めれていたのに、いきなり奇妙な一手を打ったからだ。では何故星矢がそんな事をしたのかというと、カイトの打つ手に違和感を感じたからだ。


「君は本当は理論的に指せるのではないか?」

「ええ。でも隠しておきたかったので。」


 星矢の問い掛けをカイトも認める。というのも、カイトとて将棋等の遊戯においては数手先を見通して指す事が出来る。

 だが、かなりの腕前を持つ星矢相手にそれをやると本気になりそうだったので、敢えて戦場で培った直感だけで打っていたのだ。だがそうであるが故にいきなりの悪手に理性が警告を鳴らしてしまい、逆に見抜かれたのだった。


「何故だ?」

「必要だったので。」

「そうか。」


 どうやらそれだけで良かったらしい。その必要な理由等を問いかける事無く、再び星矢は盤面に戻る。カイトもそれでこの話は終わりと気づいて、今度はきちんと先を読んで将棋を指していく。だが、結果はやはりカイトの負けだ。ここまでに来るまでにかなり負けかけていたのだ。如何にカイトでも劣勢状況を持ち直す事は出来なかった。


「では、失礼します。」


 そうして、カイトは一礼して星矢の部屋を後にして、今度こそ天城邸を後にしたのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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