断章 第50話 祭典
しばらくはエピローグにお付き合い下さい。
カイト達がサイボーグ兵士と交戦した翌日の早朝。流石にあの日は誰も――ルイスも遠くから見ており、盛大に不機嫌になっていた――交わる気にもなれず早々に眠りに落ちる事になったのだが、それはある意味では正解だった。というのも、この日は朝一番からティナに叩き起こされる事になったからだ。
「起きとるかー」
「んゆ・・・んだよ・・・昨日胸糞悪い話で疲れてんだから眠らせろよ・・・」
基本的にカイトは精神的な不調が出れば寝る事で対処している。大抵寝ればなんとかなる、というのが彼の言葉だ。なので大不調に近い昨日なのでかなり寝ていたわけであるが、それ故に今日の事を完全に失念していたのは仕方がない事なのだろう。
「お主、仕事あるじゃろ」
「あー・・・そうだった。忘れてた・・・」
カイトはティナの言葉にのそりと起き上がる。思い出したくはないが、残念ながら今の彼は光里によって首元に首輪を取り付けられている。逃げられはしなかった。
「しゃーない。行きますかね・・・」
カイトはここ数日とは別の方面での眠気を感じながら、ベッドから降りる。そうして手早く着替えて、家を出る事にした。と言っても向かう先は隣の家で、その隣の家に入る事もなかった。というのもすでに光里が外で待っていたからだ。
「ああ、来たわね」
「おーっす・・・おはよう・・・」
「流石に眠いかしら?」
「眠い・・・昨日色々とあったから・・・」
「そう。そう言えば、お父さんも言ってたわね。お疲れ様」
「うひゃあ!」
光里が少し楽しげに、カイトの首筋へと冷えたドリンクを当てる。それにカイトが少し悲鳴を上げる。と、そんなふうに少しの雑談を楽しんだわけであるが、そんな三人は移動を開始する。
向かう先はオタク達の聖地の一つ、有明である。と、言うは良いがその前に向かう所があった。言うまでもなく、忍の所である。そんな忍であるが、朝一番から非常に元気だった。
「ティナちゃん!」
「う、うむ」
「ぜーぜー・・・見て、これ」
血走った目で忍が何らかの袋を二つ提示する。それに、三人は首を傾げた。片方はまぁ、カイトの物だろう。『K』という一文字が書かれたテープが貼られていた。もう一つは、何かわからなかった。が、『T』の文字が書かれたテープが貼っ付けられている。何かではあるのだろう。
「・・・やりきったわ・・・マジでろくに寝てない・・・」
「そ、そう・・・お疲れ様・・・で、それ何?」
「ティナちゃんの衣装。ダイジョブ。カイトくんのヤツのヒロイン級の子ので露出とか無いから。と言うか露出とかあると私が拙いってわかった」
光里の問いかけに忍はサムズアップと共に断言する。どうやら、この数日で彼女はティナの衣装を仕立て上げたらしい。ものすごい執念である。故に、光里もティナも思わず頬を引きつらせていた。
「そ、それをこの数日で仕上げたのね・・・と、時々あんたのその精力には呆れ返るわ」
「いっやー、私も今回は呆れたわ。ほんと妙なテンションでやるべきじゃないわねー。昨日の夕方から今まで寝てたもの」
「ねーちゃんうるさいのなんのって・・・」
どうやら、徹夜に近い状況でティナを見たからだろう。忍はそのまま妙なハイテンションに入ってしまったらしい。彼女自身が恥ずかしげに頭を掻いていた。
と、そんな忍の横。げんなりとした様子の少年が一人立っていた。彼もまた、同じ様な袋――こちらは『N』のテープが貼っ付けられていた――年の頃はカイトと同年代と言って良いだろう。
「あら、ノブじゃないの」
「あ・・・お久しぶりです」
ノブと呼ばれた少年が恥ずかしげに光里へと頭を下げる。彼は忍の弟で、名前は信勝というらしい。体躯としてはやはり普通の中学生という所で、適度に鍛えられて――運動部らしい――はいるもののカイトの様に引き締まった、というのには程遠い。良くも悪くも、普通の中学生であった。
とは言え、それ故にやはり美女を見れば恥ずかしくもなるのだろう。顔が真っ赤だった。と、そんな彼は歩き始めた集団の中でカイトと並んで歩いていた。勿論、ティナとはまともに顔を合わせられないから、としか言い得ない。
「えっと・・・なんてか、ねーちゃんがすまん」
「あはは。まぁ、オレの場合はどっちかってと・・・」
カイトは信勝の謝罪に自分達の前を三人並んで――流石に5人全員は並べないだろう――歩く光里へと視線を向ける。原因は誰がどう考えても彼女である。いや、その彼女に脅される原因を作ったカイトなのかもしれないが、そこは言っても詮無きことだろう。彼だって年上の美女に興味がないわけがない。
「ふーん・・・そういや、弟ってわけじゃないんだろ?」
「まぁな。向こうで親父が世話になってた人の娘さんって所。昔の親父の仕事の上司が、光里さんの親父さんなんだよ。で、オレも世話になってる」
「あー・・・」
なるほど、と信勝は曖昧な返事をする。ここらは聞いてもどうせ彼にもわからないのだ。どうしようもない。というわけで、適当に流した彼が問いかける。
「でも、本当に良かったのか?」
「何がだよ」
「姉ちゃんの手伝い。ものすごい・・・その、なんてか独特だろ?」
信勝はやはり振り回されているからなのだろう。仕方がないと思いつつも、やはり振り回される者として同じく振り回される事になったカイトへと謝罪していた。
「あっはははは・・・あの程度で引いてたら生きてけねぇよ」
カイトは一度笑い、しかし真顔で信勝へと断言する。敢えて言ってしまえば彼の抱えた部隊の技術班なぞこういうオタク達の集まりだ。それを、振り回されるという名の統率をしていたのである。この程度で呆れて物が言えないのなら、今頃彼の胃には穴が大量に空いていただろう。
「え、えっと・・・なんか、おつかれさん」
「あはははは」
こいつも意外と苦労してるんだな、と信勝はカイトの真顔の笑みに思わず少しだけ引いてしまう。これにカイトは乾いた笑い声を上げるだけだ。が、これをおそらく彼の友人達が聞けば、こういうだろう。どの口が言うか、と。所詮、そんなものである。類友なのであった。
「で・・・そういやさ。お前どんな衣装なんだ?」
「オレ? オレはなんか普通の学ランをちょっと弄っただけの物らしい」
「え゛?」
信勝がまさかの答えに目を見開いて驚きを露わにする。どうやら、彼は今年も何か嫌な事になるかも、と思っていたそうだ。というわけで逆に腐女子向けの作品の衣装に了承を示したらしい。中身を知ろうとしなかった彼の失態である。
「嘘。マジ? あの姉貴が一切ネタに走らなかったのか? ってか、学ラン?」
「いや・・・詳しくは知らん。題材困ってて、オレというか光里さんと話して今流行ってるアニメのキャラでどうだ、とか云々でそうなったって」
「マジかよ・・・あれか・・・」
どうやら、どういう物を作るのかさえ信勝は聞いていなかったというわけなのだろう。普通にこの程度なら自分が受けても良かった、と今更ながらに後悔している様子だった。と、そんな会話をしていたからだろう。忍が呆れ返っていた。
「あれ、あんたじゃ似合わないわ。タッパはまぁ、兎も角。筋肉の方がねー」
「うっせぇよ! これでも一応レギュラーだよ!」
「あ、レギュラーなったんだ。おめでとー」
「ぜんっぜん思ってねぇな・・・」
忍の棒読みの祝言に信勝は肩を落として睨みつける。なお、部活はサッカー部らしい。高校はそちらに特化した高校に進んでいるので、彼はこの数年後の天桜学園の事故には巻き込まれていない。
「まー、でも。それでもカイトくんの方が明らか貫禄あるでしょ」
「そうかぁ? って、わり。そういうつもりじゃなくて」
「あはは。わかってるよ。貫禄なんぞあるようには見えないからな」
一瞬怪訝そうにした信勝であるが、慌ててカイトへと謝罪する。別に彼もカイトの方が貫禄がある云々について言いたかったわけではない。落ち着いた様子からカイトが喧嘩慣れしている様には見えなかった、というだけである。
「でもあの天城って子と知り合いなんでしょ?」
「え゛」
「よく知ってますね。まぁ、一応友人みたいな感じですけど・・・」
「え゛」
信勝は忍の言葉に驚いて、次いでカイトが同意した事に大いに驚いていた。
「・・・マジ?」
「マジも何も・・・こやつが去年散々叩きのめして更生させたんじゃろ」
「・・・」
信勝はティナの言葉を聞いて、一歩だけカイトから遠ざかる。どうやら彼もソラの名は聞き及んでいたようだ。サッカー部ということで横の繋がりだけではなく縦の繋がりもあるのだろう。危ない先輩等も知り合いには居るかもしれない。であれば、知っていても不思議はなかった。
「おい・・・そこまで怯えなくても」
「いや・・・」
カイトの様子から危険はなさそうだ、ということはわかっているようだ。というわけで少しだけ信勝もバツが悪い様子だった。
「いや・・・マジで? あの天城だよな? 去年一年の時から高校生ぶっ潰し回ってたって・・・」
「まぁ、その天城だろうな。御子柴の一件以降、大人しいんだが・・・他の中学だと知られてないのかもなぁ・・・」
カイトはどこか感慨深げに少しだけ苦笑を浮かべる。やはりカイトと同じ中学だと、ソラが元来の性格になっている事はそこそこ知られている。が、遠くになればなるほど、そこらの実態とはわからないものだ。人の噂も七十五日というが、まだ晴れなくても仕方がない事なのだろう。
「み、御子柴って・・・あの御子柴か? ヤクとかコロシとかやってたって・・・」
「いや、有り得ないだろ・・・そこまで行くと半グレだぞ。普通に警察が出てるって・・・」
こっちもこっちで凄い事になっているもんだ、とカイトはもはや半笑いしか浮かべられない。現に彼らは一度も薬物には手を出していないらしい。
一応下部組織にそういう奴と関わる連中が居たらしいが、見つけ次第叩き潰していたそうだ。その点だけは、警察も彼らを信用していたそうだ。警察でも一切それに関しては取り調べを受けていないし、カイトの裏取りでも関わっていない。
「え? でも警察が・・・」
「おい。どんな化物集団だよ・・・」
どうやら、この話題は図らずも気分転換になってくれたようだ。信勝は先程までの怯えを忘れて、再びカイトとある程度の距離で話し始める。そうして、彼らはそんな風に和やかなムードで移動していくのだった。
さて、移動した先。ある意味では日本最大の祭典の一つに、カイトは初参戦していた。
「よいしょっと・・・」
カイトは光里と忍の指示に従い、ダンボールを幾つかの所に置いておく。中身はどうやら、彼女らが作った同人誌らしい。中身は見るな、とのことである。そして見るつもりは無かった。
「さて・・・」
カイトは心穏やかに何も考えない事にする。如何に彼でもこういう類のコスプレは初めてである。勿論、見られるのも初めてだ。恥ずかしいものがあった。
「おし。覚悟は決めた」
「そんな覚悟を決めなくてもいいわよ。基本、あんたはそこに突っ立って手渡ししてれば良いから」
覚悟を満載にして呟いたカイトに対して、光里が告げる。ティナと忍はまだ更衣室だ。まぁ、確かに着せられたは良いものの、色々と経験豊富にさせられているカイトとしても流石に何をすれば良いかはわからない。こんな経験は初めてだ。なので光里の指示に従うだけである。
「とりあえず頼まれたらなんかポーズとれば良いから。どーせあんたみたいなどう見ても姉にやらされました、風な子にそこまでのポーズとか期待は誰もしないわ」
「そりゃ、結構。オレとしても万々歳だ」
カイトはとりあえず用意された椅子に腰掛けておく。と、そんな様を見た光里が、少し顎に手を当てる。
「うん・・・でもやっぱり。カイト、ちょっとうるさく言わないから、とりあえず一度机に足乗っけて足組んで」
「あ?」
「良いから」
「はぁ・・・イエス・マム」
カイトは肩をすくめると、光里に望まれるがままに足を机に乗っけて組んでおく。どこからどう見ても偉そうである。まぁ、昔から偉そうな態度には慣れているので問題はないが、無作法は無作法だろう。と、そんなカイトだが、今度はそうなると腰に帯びた刀の模造品が干渉して顔を顰める。
「ちっ。邪魔だな」
「あなた、それ、素?」
「何が」
「いえ、知らないなら良いわ・・・本当に似合うわね」
「そりゃ、どういう意味だよ。流石にこんな風には育てられてねぇよ」
「いえ、うん。わかってるわ。でも似合うわ、うん」
光里は思わず笑みを堪えていた。どうやら光里もモデルとなるアニメは知っているらしい。随分と神経質なキャラ付けがされているようだ。
「足組んで舌打ちして、で苛立ち混じりに邪魔だな・・・予習してきたんじゃないか、って思うわ。これで誰か居ればガチよ」
「やらせたのは誰だよ・・・」
「あら、私は足を組んで、と頼んだだけよ」
クスクスクス、と光里は笑う。と、そんな事をしていたら忍が数人の女性と共にやって来た。
「うわっ! ガチ似合う!」
「きゃー! ほんとに似合いすぎ!」
「でしょ!?」
まぁ、分かった話である。当然であるが、全員その筋のオタク達だ。しかもサークル仲間だ。当然、忍のモデルとなる題材は良くわかっている。そして勿論、さんざんカイトの噂は聞かされている事だろう。ということで、カイトはこの後。一日中彼女らのおもちゃになる事が確定するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




