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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第14章 二年目の夏編

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断章 第44話 閑話 アメリカにて

 少しだけ、カイト達から話は離れる。話はこの一週間ほど前。とある国際学会が開かれていた。


「というわけで、この実験装置を用いて観測した結果がこうなります」


 発表者は煌士だ。彼は多数の大人達に混じって、実験結果を発表していた。それも超満員と言って良い。とは言え、それも仕方がない。この学会は物理学の最先端も最先端。重力場技術の関連学会だった。

 この学会発表は軍事上の理由――表向きはまた別だが――からアメリカでしか開かれる事が無い為、学会はすべてアメリカで行われる。なので煌士もアメリカに居たわけだ。勿論、聴衆は招かれた者だけだ。更には表向きは別の学会が行われている事になっている。


「では・・・」

「はい。それについては・・・」


 煌士は質問者の質問に堂々と答えていく。彼としてもここらは慣れたもので、もう迷いも淀みもなかった。


「というわけです。なのでこの装置を用いた場合・・・」

「ではそのデメリットが・・・」


 やはり最先端も最先端で、煌士こそが第一人者に近い状況がある。なので質問はひっきりなしだし、やはり学者達によって考えや方針、重んずる主義主張は異なっている。賛同もあれば、否定もあった。

 とは言え、それは学問である以上当たり前の話だ。賛否両論あって然るべきだと煌士も思っているし、そういう意見を取り入れて更に彼は発展する。伊達に神童と言われているわけではなかった。


『では、これで煌士・天道さんの発表を終わります』


 司会進行役の学者が煌士の発表の終了を告げる。まだ手は挙がっていたが、学会は煌士の為だけに開かれているわけではない。彼以外にも幾つもの研究チームが動いている。その発表もまだ控えていた。


「さて・・・」


 煌士は席に着くと、早速他の研究チームの発表を聞く事にする。彼は確かに神童であるが、それは全分野に優れているわけではない。彼は己の進んでいる領域に優れているだけだ。と、そんな所に灯里がドリンクを差し出した。


「はい、お疲れ」

「っと・・・すいません」

「どんなもんよ、今日の所は」

「あははは。それはこちらが聞くべきセリフですね」


 灯里の冗談に煌士が僅かに感じる緊張が解れていくのを体感する。とは言え、感想という話であれば、彼でも述べられる。


「・・・まぁ、まずまずの手応えだったかと」

「あれで、まずまずねぇ・・・」


 灯里がため息を吐いた。今回の発表は灯里から見ても十分に素晴らしいものだった。齢十数歳の少年が出来て良い発表ではないと言える。まぁ、飛び級がそこそこあるアメリカなので普通に子供の年齢で大学生は居るので可怪しくはないが、それでもずば抜けていたと断じて良いだろう。と、そんな会話を繰り広げながらも、二人の視線は次の発表者の発表に向けられていた。


「ま、謙遜じゃないから良しとしておきますか。にしても・・・うん。ちょっと興味深いかな」

「ふむ・・・なるほど。高重力下での光学分野を応用した微細粒子の反応を調べる、と・・・高重力下のナノサイズ粒子の反応は確かに興味深い。この分野は確かにまだイマイチの進んでいない感じがありますね」


 どうやら、この発表者の発表は彼らとは全く別分野からのアプローチだったようだ。確かにこの光学分野は重力場技術の軍事転用等の面からはいまいちなのであるが、ここは別に軍事転用を主眼とした学会ではない。母体は一応、アメリカ政府だ。国防総省ではない。なのでこういう学術的な側面での話は普通に発表されていた。


「どのような物質でも質量はあるのだから高重力状態における現象を観測しておくのは重要かもね」

「とは言え、まだ2Gという所ですが・・・加重方面での実験装置の開発が急がれますか」

「どうしても、私達は軽くする方向だものねー」


 煌士の言葉に灯里は笑いながら同意する。彼らは日本政府が密かに戦闘機への技術転用を考えている様に、大まかに分類すれば無重力状態を作り出す事をメインとした研究開発を行っている。

 故にこれは逆と言ってよかった。興味深いのは、それ故とも言える。そうして、その発表が一段落して質問に入った所で、灯里は煌士にそちらを任せて配布資料を読んで次の目ぼしい発表を探す事にする。


「次興味深いといえば・・・あ、この特定方向への重力場操作は興味深いわね・・・」


 灯里は目敏く自分達に関連の深い分野を見つけ出す。彼らの最終的な目標は、と言われるとそれは重力技術の航空機への転用だ。最終的には現在の反動推進――ジェット燃料を噴射して移動する方式――を越えて、所謂SFで語られる重力を応用した推進技術を開発する事だ。

 まぁ、これは流石に数十年~数百年先と考えているが、それでも重力技術がある程度の技術的な目処が可能になった事で不可能ではないと考えられている。そして重力さえなんとかできれば、今よりずっと大気圏離脱は行いやすいのは明白だろう。

 勿論、重力が生めるのだから宇宙コロニー計画だって可能だ。宇宙への移住だって現実味を帯びるのである。が、まだ数年の未発達分野だ。今はまだまだ技術的・理論的に未熟な所は多かった。


「あー・・・ここ、軍の関連か。でも軍の技術だってバカになんないものねー」


 灯里は一瞬顔を顰めるも、特に気にする事なくその発表を聞いておく事にする。この研究が何を目的とするか、というと考える必要はない。所謂、重力波砲、グラビティブラスト等と呼ばれる未来兵器とさえ言える兵器開発の為の研究だ。

 が、ある特定方向への重力の偏向が可能か否かというのは、彼女らからしても重要だ。上手く応用すれば推進技術に応用が出来る可能性は高い。聞いておく必要はあるだろう。と、そんな彼女の所に一人の男性が近づいてきた。


「やぁ、ミス・ライト。隣、失礼するよ」

「あら・・・懐かしい人物が来たわね。数年ぶりかしら。もう二度と顔を見たくない、って最後言ったの忘れたかしら? それとも何? ぶん殴られに来た?」

「数年ぶりだが・・・本当に君は手厳しいな」


 灯里は口調こそ柔和だが、目は笑っていない。それどころか僅かな敵愾心が滲んでいた。そんな灯里に対して、男は慌てて両手を挙げて敵意が無い事を示した。灯里がその場を移動しようとしていたのだ。


「おっと。別にこちらから何かをしようってわけじゃない。上からすでに君の身柄に手を出すな、というお達しが来ているからな」

「どうだか。あんたのお陰でスラムに足運ぶ事になったんだけど」

「いや、あの節は失礼した。レディをあのような場に向かわせるべきではなかったな。が、そこはこっちの事情も理解してくれ。何分我々は表立って動けない身分だ。木を隠すには森。君と話し合うには闇の中に潜る必要があった」

「あら・・・随分とあっさりと認めるのね。前は聞けどはぐらかすだけで明言なんてしなかったじゃない。あんたの職場、隠すのやめたわけ? 世界中が大騒ぎね」

「だから言ったろ? 今は君に敵対はするな、って上からお達しが来てるって。上の上が懇意にしている奴が絶対に手を出すなってリストの中に君の名が入ってるんだよ。勿論、上の上も上も同意済みだ。今、君に手を出したら職場がまるごと壊滅しかねないんだよ」


 灯里の敵意満載の言葉に男はなんとか信頼を得るべく――若干の呆れ混じりだが――言葉を交わす。それに、灯里は僅かに敵意を解いた。こんな所で、しかも子供の横で揉め事を起こしたくはなかった。


「はぁ・・・あんたの背後関係見抜けなかったのは私最大の汚点ね」

「もう勘弁してくれ。俺だって上からの命令だったんだ」

「上からの命令で恋人に、ねぇ・・・」


 灯里が嫌悪感を滲ませる。実はこの男は実は一時期灯里の恋人だったらしい。とは言え、それ故にかなりの敵意が滲んでいたのである。まぁ、はっきりと言ってしまえば大学の同期を偽った――同期である事そのものは嘘ではないが――CIAの工作員だった。

 一応は彼は今も表向きアメリカのとある大学院に所属している事になっており、今回もその縁でこの学会に来ていたのである。灯里をアメリカに留める為の方策の一種だった、といえば良いだろう。それ故、何らかの目的でそれを再び使ってここに来たわけである。


「で、その上の上が懇意にしてる奴って誰?」

「・・・死神だ。赤とか黒じゃなくて蒼い死神だ。俺達はそう呼んでる。一応恋人だった縁で言っておこう。これ以上は知らない方が良い人物だ。今地球上で一番恐れられている人物だ。この名が出る話には関わるな。俺達裏の仕事に携わる奴が今一番心掛けている事だ」

「ほー」


 灯里はこの言葉が嘘が無い事を見抜いた。恋人云々でなくとも、彼との付き合いは意外と長いらしい。その中で見抜いた怯えを見せる時の癖が僅かに出ていたのである。であれば、彼の所属からは身の安全が保証されたと考えて良かった。


「良いわ。話を聞きましょう」

「助かるよ、ミス・ライト・・・日本へ戻った後。しばらくは天道Jrと一緒に居た方が良い」

「どういうこと?」

「そのままの意味だ。詳しくは・・・まぁ、俺が君に殴られる覚悟で来た事で理解してくれ。俺だって仕事で無ければ来たくなかったんだからな」


 男はそう言うと盛大に肩を竦めた。どうやら、彼も恥は知っているらしい。そしてそれで、大凡を理解した。


「オーライ。私か煌士くんが狙われてるわけね」

「確定ではないがな。少なくとも可能性はある以上は気を付けるべきだろう」

「そ・・・まぁ、私さえ騙されたあなた達の腕前は信頼しておきましょう」


 少なくとも灯里だってCIAの力量は信じている。というわけで、男からの忠告を素直に受け入れておくことにした。敵対しないというのだ。そしてその口ぶりには真実味があった。であれば、これは善意――と言っても彼らの利益故の善意だが――での忠告と判断して良いだろう。


「オーライ。ま、護衛は密かに日本政府がやってくれることになっているから、そこはそちらの国を信用しておくことだな」

「少なくとも、その死神も日本政府もあなたとあなたの上司よりは信頼も信用も出来るわね」


 灯里は吐いて捨てる様にそう告げる。それに、男は肩を竦めた。ほとほと嫌われている事を理解したらしい。


「じゃあ、お邪魔虫はこれにて退散させてもらうよ。君も俺の顔なんて見たくもないだろう?」

「当然よ。次道端か学校で会ったらぶん殴る、って思ってた。休学しなけりゃ良かったのに」

「そりゃ、状況に感謝しておこう」


 まるで野良犬でも追い払う様な態度の灯里に男が今日何度めかの肩を竦める。まぁ、この灯里の嫌悪感を見れば、相当厄介な修羅場を潜った様子なのだ。

 その根本的な原因に近い自分の顔なぞ見たくもないというのは男だって分かる。逆の立場なら男の自分だって嫌だからだ。というわけで、彼は僅かな未練も見せずにその場を後にする。


「はぁ・・・面倒ね。と言っても流石に雇い主の子供云々、じゃなくて教師が子供を見捨てるわけにもなー」


 残された灯里はため息を吐いた。出来れば自分一人で逃げたい所だ。が、この様子だと自分一人で逃げるのも面倒な事になりかねないのだろう。それにそれはそれで彼女の言う通り教師としてどうなのか、という話もつきまとう。


「蒼い死神ねぇ・・・少なくとも、あいつらよりは信頼出来るんでしょうけど」


 碌な名前じゃないわね。灯里は心底嫌そうな顔でため息を溢す。とは言え、いつまでもため息を吐いてばかりも居られない。彼女だって死にたくはない。

 帰るべき家があり、待っていてくれている家族もいる。まだまだ弟分を弄り足りない。故に、死ぬつもりもない。とは言え、その弟分が件の蒼い死神なのであるが。


「となると・・・まずは煌士くんの帰国後の予定を聞いておかないと・・・」


 何をするにしてもまずは煌士の予定を確認する必要がある。というわけで、灯里はその事を覚えておく事にして、なんとか煌士から帰国後の話を聞く事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。灯里のアメリカでの話が少しだけ。

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