断章 第42話 彼らのやり方
少しだけ話は離れるが、天道一族の中でも天道本家やそれに近しい分家が学ぶ武芸は独特だ。これを学ぶ理由は端的に言えばそれは『天道流武術』という物で、彼らが独自に考案し代々教えてきたものだ。
とは言え、そうなると一つ疑問になるのが、それは誰が教えているのか、と言う所である。これの答えは簡単だ。それ専門の家があり、そこから教わっているのである。
「天道家分家の一つにして、幹部の一つ天海家・・・その師範代か」
覇王は今回のテストを取り仕切る家の名を口にする。天海家というのが、その武術を司る家だ。が、同時にここはもう一つの顔があった。
「天海・・・元々は天戒。お目付け役のはずなんだがなぁ・・・」
覇王が苦い顔でそれを口にする。元々と言うか今でもなのだが、天海家は元来天戒家と良い、天を戒める、つまりは天道家を戒める為の一族だった。やはりここまで巨大な一族だ。どこかにお目付け役や掣肘する存在は必要で、そのお目付け役となるのがこの天海家だったのである。とは言え、それ故の苦味だった。
「まさか、あんたまで乗るとはな」
「当家にもソラくんの話は伝わっています。政治的な話とは聞いていて、嘆かわしいとは思っていましたが・・・」
覇王の前に腰掛けていたのは、その天海家の長だ。武人肌の男性で年の頃は大凡50代中頃に見えるが、鍛えている事もあって若く見えるのだろう。実際には60代と考えられる。
彼は天海家の長であると同時にお目付け役の長であり、天道一族が学ぶ『天道流武術』の師範でもあった。覇王の武術としてのお師匠様でもあった。唯我独尊の性格に近い覇王を唯一真正面から掣肘し、窘められる存在と言える。
「そこらの話は聞いてる。こっちからあっちの裏にゃ手を回したが・・・そこについては後手に回ったのは星矢にも悪いと思ってるよ」
覇王は数年前の事に言及する。それはソラがグレる事になった原因の事件だ。まぁ、当たり前だが電話一つでグレるほど、ソラも素直ではない。あの後に幾つかの出来事があったのだ。その一つが、これだった。
「その点、厄介な話だ。まさか外堀から埋めるたぁな」
「子供を使うとは、本当に度し難い話です」
やはり武術を学ぶ者だからだろう。天海家の長は代々愚直に近い性格だ。まぁ、それ故にお目付け役などという厄介な役を頼まれているわけでもある。
この役職にあるからには、やはり色々な妬みや恨みは買う。ある種の図太さがなければやってられないのである。ここらはアルトの所のアグラヴェインと同じだ。
「子供の喧嘩に親が出るというのはあってはならぬ事ですが、それ以上に大人の喧嘩に子供が巻き込まれる様な事があってはならないでしょうに」
「あっははは。本当にな」
天海家の当主の言葉に覇王が笑う。そんな愚直さ故に彼はソラにあった出来事について非常に憤慨していた。どうにも星矢の政敵はソラの取り巻きの子供――正確にはその親――を洗脳していたらしい。子供に有る事無い事を吹き込んだようだ。その中には結構ひどい事も含まれていたらしい。
が、星矢も覇王も分家当主の言葉の様に子供の話に大人が出るわけには、と不干渉の構えだったのが、失敗だった。どこまでひどいか把握出来ていなかったのだ。これは後に星矢も大層臍を噛んだらしい。
とは言え、それでソラは取り巻きの少年達と軋轢を抱え、ふとしたきっかけで遂に大喧嘩に発展したらしい。かなりの大喧嘩で、相手の子供は後遺症こそ残らないものの傷跡は残る大怪我を負ったそうだ。
流石に大怪我を負わせては学校側も子供の喧嘩と庇い立てすることは出来ず、ソラは退学処分となった、というわけである。
なお、その政治家だがその話を星矢から聞いた天道家からの報復によって所属している党の役職を降ろされて閑職に回される事になった。流石に結果を見れば党としても座視も出来ないだろうから、当然の末路と言えるだろう。党は黙認の構えだったそうだが、知らぬ存ぜぬを押し通す事にしたらしい。
勿論、政敵としても大怪我をするほどの大喧嘩は想定外だったそうだ。家庭内不和でスキャンダルを、程度に考えていたそうだが、逆に自分――と党――の首を締める事になっていた。
「とは言え・・・それを更生させたというのであれば、あれも気になった様子です」
「そうか・・・」
天海家の当主の言葉を聞いて、覇王はただただ嘆息するだけだ。このソラを教えた師範代であるが、この師範代は次期当主と言って良い。基本的に天道家の直系や天城家の様な有力な分家を教えるのは師範やそれに連なる者――師範代――と決まっている。こちらもまた、愚直な性格だったのである。
「はぁ・・・」
覇王は再度、嘆息する。ここら、こちらの機微を理解してくれる者であれば手加減の一つもしてくれるのだが、天海家の一族だけは話が別だ。理解してくれないのだ。つまり、カイトは本当に試される事になる。非常に有難くなかった。とは言え、覇王は前向きに捉える事にする。
「まぁ・・・天海家の者に認められたとなりゃ、有無を言わさず通せるか・・・」
唯一覇王にとって得だったのは、これだ。愚直である事とお目付け役である事はどこの当主も知っている。であれば、彼らが認めればカイトの才能は嘘偽り無い物と断じて良いのだ。
「はぁ・・・」
とは言え、心配は尽きない。そうして、そんな覇王の前で続々と分家の当主達が集まり始め、カイト達の試験が始まる事になるのだった。
さて、一方のカイトであるが、そんな彼の前に二人の男性が立っていた。一人は年齢40代中頃。もう一人はそれより少し下という所だ。前者は先に覇王が言っていた師範代。後者は段位持ちのまた別の師範代で、他の分家に教えている者だった。流石に一人でいくつもの武芸を極められるわけもないので、師範代が何人も居るのは当然だろう。
なお、二人の前の師範代が男性というだけで、きちんと別に女性の師範代はいる。現に桜が薙刀を教わっているのは女性の師範代だ。歴代の中には女性の師範も居たらしい。
「ソラくん。久しぶりだ」
「お久しぶりっす、亮司さん」
「まぁ、最近来ていないのでね。どこまでの腕になったか、見ておきたい」
「はぁ・・・」
ソラは顔見知りの師範代――亮司というらしい――の言葉に生返事だ。まぁ、これからやろうとする事を考えればむべなるかな、と言う所だろう。
「それで・・・君の事も聞いてる。ソラくんが世話になった。師範代として、弟子が世話になった事に礼を言う」
「いえ・・・自分が何かしたわけでは」
亮司の感謝に対して、カイトは首を振って謙遜を示す。単に絡まれたから、というだけに過ぎないのだ。気にしてはいない。そして相手もだから、と手加減してくれることはない。カイトとしても武芸者として、手加減されても困る。そうして、亮司がざっと試験方法を教えてくれた。
「さて・・・それで今回は2対2になる。ソラくんは知っているだろうが、戦い方は自由で良い」
基本的に天道流は実戦的な武術と言える。なので一対一の戦いだけではなく、多対多も想定した稽古をさせられる。元来天道家は狙われる事の多い家系だからだ。
実戦になれば一対一という状況はまずありえないと断じて良いのだ。それ故、稽古でもかなりの割合で多対多を経験させられるのであった。ソラが喧嘩が強かったのも、これ故だ。そもそもが空手等の一対一をメインとしたものではなく、多人数を相手にする事を主眼としていたのである。
「うっす。わかってます」
「ははは・・・カイトくんだったね。覚悟は?」
「十分に」
カイトは亮司の言葉に応じて頷いた。別にこの程度の相手に緊張も何もない。信綱の下で修行をしている彼にとって、師範代といえど練習にしかならない。
「良し・・・では」
亮司は横の師範代と頷き合って、カイト達を所定の場所へと進ませて、自分達も所定の場所へと進む。そうして、そこで一礼を交わし合う。と、その次の瞬間。ソラはカイトへと己の竹刀を投げ渡した。
「はぁ・・・俺、知らねぇからな。ほらよ」
「おう」
「「は?」」
ソラの行動に師範代二人が揃って目を丸くする。とは言え、まだここまでは良い。カイトが二刀流を選んだ、というだけと思えば良いからだ。そしてそれ故、二人は若さ故に一人ずつ戦おう、という風な考えなのか、と思いカイトにのみ、注目する。
「うん・・・やっぱ二刀流が一番しっくり来る」
「「っ」」
カイトは久方ぶりに二刀流となり、僅かに武芸者としての風格を滲ませる。それに、二人の師範代は僅かに固くなった。敢えて言えば思わぬ強敵を感じて気を引き締めた、という所だ。が、それこそがカイトの目論見だった。その次の瞬間、ソラの方が地面を蹴ったのだ。
「おらっ!」
「なっ!」
徒手空拳で己へと殴りかかってきたソラに、もう一人の師範代が目を見開いた。カイトを注視していたせいでソラから意識が逸れていたのだ。完全に虚を突かれた形だった。
そうしてもう一人の師範代に襲い掛かったソラは彼の竹刀を握り、若さを活かして強引に奪い取るべく力を込める。が、相手とて師範代だ。力比べで勝てるほど、弱くはない。とは言え、それ故に無策ではなかった。
「っ! お前、篭手は!?」
「すんません! 滑るんで脱ぎました!」
ソラはもうひとりの師範代の問いかけにそう答える。竹刀は光沢を見ればわかるが、それなりに滑る。そして小手は手袋と言っても良い。それ故、しっかりと握りしめる事が出来るわけではない。そんな行動を見た亮司が驚きを露わにして、ソラに問いかけた。
「何を!?」
「すんません! 後で怒るならカイトの方に頼んます!」
まさかここまで上手く行くとは。ソラは完全にカイトの手のひらで踊らされた格好の亮司ともう一人の師範代に謝罪する。乗ったのは彼だが、ここまで上手く行くと逆に少しだけ笑いが出た。
その一方、カイトは防具を完全に解いていた。元々彼は防具を付ける主義ではない。すぐに脱げる様に防具の留め具は予め外しておいた。
「ふぅ・・・やっぱ、防具は性に合わねぇな」
「なっ・・・」
亮司が絶句する。試合放棄というわけでもないのに、身を守る防具を脱いだのだ。それに対してカイトは落ち着いたものだ。
「何を驚く必要が? 別に竹刀で思い切り打たれたとて死ぬわけでもなし。喧嘩なら防具なんて装備出来ませんし、不良なら鉄パイプぐらい持ち出しますよ。悪い奴なら、普通にナイフも持ち出す。そっちの方が竹刀よりずっと怖い」
「っ・・・」
虚栄ではなく明らかに場馴れしている。亮司はカイトの言葉に込められた感情からそれを理解して、思わず気を引き締め直す。が、困惑した状態からの立て直しは、如何に師範代だろうと容易ではない。
更に言うと防具をしていない少年を相手にどこまで本気を出せば良いか、なぞ彼にはわからないのだ。故に、カイトはその混乱を利用する形でこちらから襲い掛かった。
「はぁ!」
「っ!」
速い。師範代は己が混乱している事を差っ引いてもそう断言するしかないカイトの剣撃を見て、隠すこと無く驚きを浮かべる。が、カイトの狙いはそこではなかった。
カイトが右の竹刀を振りかぶり亮司が竹刀でそれを防いだと同時。カイトは器用に力を抜いて鍔迫り合いを拒絶して身を翻して、思わずたたらを踏んだ彼の横を通り過ぎた。狙いは、ソラと力比べを行うもう一人の師範代だ。
「ソラ!」
「おう!」
カイトの合図を受けて、ソラが竹刀に込めていた力を抜いてその場を離れる。そうなると、どうなるか。相手は唐突に力を抜かれた事でたたらを踏む事になるか、そのまま竹刀を地面へと叩き付けるだけだ。
「はっ」
「・・・は?」
ソラと力比べをしていた師範代がきょとんとした顔をする。亮司と打ち合ったカイトがそのまま、ソラが離れると同時に流れる様にして彼の胴を打ったのである。威力は軽く痛みも衝撃もほとんどなかったが、誰がどう見ても分かるほどにきれいに入っていた。
「これで、一人」
「君は、一体・・・」
亮司が困惑しながら、カイトへと問いかける。場馴れという領域ではない。どう育てばこんな考えが出来るのか、と素直に疑問だった。
「別に考えなくても分かるでしょう? 一対一で勝てる相手でなければ、人数差で上回って勝てば良い」
「っ・・・」
基本中の基本だ。亮司は天道流でも基礎として教える事を指摘されて、思わず目を見開いた。が、それでも疑問は拭えない。それにしたってあまりに流れる様な動きだ。それでいて、魔力は使っていない。
「ソラくんの友人というから直情型かと思っていたが・・・」
「ちょ、それひどいっす!」
「ははは・・・」
亮司はソラの抗議の声に笑いながらも、カイトの観察を止めない。現状で、カイトはもはや彼には理解不能の相手になっている。そして同時に、内心で理解もした。これではソラは勝てるはずがないのだ。明らかに、そんじょそこらの学生とは格が違うのである。そしてその光景は、覇王達も見ていた。
「・・・星矢が推挙する、って時点で尋常じゃあねぇとは思っていたが・・・まさか、ここまでとはな」
「いや・・・これは俺も素直に予想外だった」
覇王の少しではない驚きの滲んだつぶやきに、星矢もまた驚きを滲ませながら首を振る。ソラが負けたというのだから強いとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかったのだ。そしてその驚きは、分家の当主達にとってはもはや困惑にも近かった。
「・・・まぁ、魔力云々は示せなかったが・・・これならどこの当主も文句ねぇだろ」
分家の当主達の顔を見ながら、覇王は勝利を確信する。ここまで実力を示したのだ。誰も文句は言わないだろう。
「にしても・・・」
「心理戦か・・・完全に波に飲まれた様子」
「わかってるって・・・」
天海家の当主の言葉に覇王がため息を吐いた。言われなくてもわかっている。ここまで見事に嵌っているのは亮司が心理戦を仕掛けられ、その点で敗北しているからだ。そしてもう目的は達せられている。故に覇王の許可を得た天海家当主が口を開いた。
「そこまで! 亮司! 子供相手に本気を出す必要はない!」
「っ」
父である天海家の当主より言われて、亮司は思わず自分が本気を出そうとしていた事に気付いた。本気。すなわち、魔力だ。流石にこんな場でそれが出来るわけがない。そうして、それにカイトが安堵を見せた。
「ふぅ・・・ありがとうございました」
「え、あ、ああ・・・ありがとうございました」
カイトの礼に、亮司が釣られて礼を返す。これは稽古だ。礼に始まり礼に終わるのである。そうして、カイトに向けて天海家の当主が口を開いた。
「君は怖いな・・・まさかその年でこんな心理戦を仕掛けるか。普通なら、大いに怒られると判断してやらないだろうに」
「あ、あはははは・・・」
カイトは笑うしかない。こんな年で、というが実際は二十代半ばで、さらに言えば実戦経験は彼らを遥かに上回っている。桁違いと断言して良い。心理戦が出来て当然なのである。が、これに天海家の当主は怒る事はなかった。
「君は明らかに実戦慣れし過ぎている。防具は不要か」
「回避しか考えないなら、防具は邪魔にしかなりません。相手に利する戦いを行う必要が?」
カイトは嘘偽り無く正直に答える。彼の戦いの経歴を洗えば、その半分以上は防具なぞ意味のない相手だった。更に防具は仲間の遺品だ。逆に防具を傷付けたくない、とさえ考えていた。
故に彼の戦い方は必然として受けるではなく避ける事が主眼になり、逆に重装備の防具の様な動きを阻害する物は邪魔にしかならないのである。
「怖いな、君は。死を恐れんのかね?」
「怖いか怖く無いかで言えば、怖くはありませんよ。ただ・・・死にたくはないですね。だから、避ける」
カイトは正真正銘、一度完全に死んだ所まで行ったのだ。その時に得た感覚は、今も忘れていない。故に恐怖は無い。だが、それ故に死がどういうものかを彼はこの世で誰よりも把握している。
だから、彼は臆面もなく死にたくないと素直に明言する。そしてその嘘偽りの無い言葉は、天海家の当主にもはっきりと理解出来た。
「死が怖くない、か・・・虚飾でもなくそう言う人物を私は初めて見たよ。死にたくないというのも、真実だろう。とは言え、その為の防具なのだがね」
「その防具が、私には逆に利にならないですからね。防具が動きを阻害して食らうのなら、防具なぞ邪魔なだけです」
カイトは天海家の当主と僅かな問答を繰り広げる。実戦ではダメージを食らうと血が流れる。痛みも感じる。それだけで、正常な動きは阻害される。被弾した時点でアウトなのだ。
故に、カイトは今でも回避をメインとするのである。そしてそれは道理でもある。それ故、実戦派である天海家の当主もまた、嘆息と共にそれを認めた。
「背水の陣か・・・君が今の腕を示していなければ、おそらく私は君に拳骨を振り下ろしただろう」
「光栄です」
天海家の当主の言外の言葉を理解して、カイトが頭を下げる。カイトの言葉には筋が通っていて、そしてそれが可能なだけの実力を今、示しもした。これを否定するのは筋が通らない。そうして、天海家の当主からカイトは正式に100点満点での合格を内々に示される事となるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




