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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第4章 楽園統一編

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断章 第11話 八百万謁見編 動き始める日本

 カイトが関西へと里帰りをしようとする一ヶ月程前から、一人の男が京入りしていた。とは言え、彼の目的は観光等では無く、言い表すなら武者修行と言った所だった。なので彼が向かった先は風光明媚な観光地では無く、とある山中だった。


「くっは・・・」


 その彼は腹に一撃を受け、おもむろに膝をつく。男も防御したつもりだったのだが、敵の攻撃はその防御を安々と貫通したのだった。

 とは言え、敵は殺そうとしているのではなく、男の望みに従って修行を付けていたのである。敵は言うなれば男の師匠だった。


「どうした、若造。稽古を付けて欲しいのでは無かったか?」


 倒れたまま起き上がらない男を見て、師匠が問いかける。そうして声と同時に師匠が姿を表したのだが、それは顔に天狗の面を付けた何処か山伏の様な服装だった。


「起き上がれんのなら、今日はここで終わりだ。」

「まだ・・・だ・・・もう一度頼む!」


 山の中に、男の声が響く。男は髪は黒く、身長は180センチ程。体躯はそれなりによく、筋肉も結構付いていた。

 だが、今立ち上がったのはその筋肉を使ったわけではない。彼の身体の周囲を覆うような光によって、立ち上がったのだった。


「良し良し。まだ動けるのなら良し。」

「ぐほぉ・・・」


 立ち上がった男だが、師匠の方はそれを見て即座に手に持った錫杖で攻撃を仕掛ける。そうして、再度腹に一撃を受けた男は膝を屈した。男が修行を始めてからと言うものの、ずっとこれの繰り返しだった。


「どうした、総司。今日は10回で終わりか?」

「・・・」


 総司。それが彼の名だった。そう、彼はカイトとの会合の後、自分のルーツを探る為に京都へとやって来ていた御子柴だったのである。

 彼は自分のルーツを探ると同時に偶然聞いた源義経の逸話にヒントを得て、鞍馬山に立ち寄ったのである。そうして魔力を使える者にしか見えぬ様に隠された山の最奥にたどり着くと、そこで鞍馬山の大天狗に出会い、なんとか頼み込んで弟子入りを果たしたのであった。


「まだ・・・もう一度だ!」

「ほぅ・・・」


 予想よりも少し早く回復して起き上がってきた総司を見て、鞍馬山の大天狗が笑みを浮かべる。かの源義経に稽古を付けたという鞍馬山の大天狗と言うだけあって、その修業の成果は一ヶ月でも歴然の差となって現れていた。以前カイトの前ではまだ意識を集中しなければ出せなかった魔力だが、それを一瞬で、全身で放出出来る様になっていた。


「ともすれば牛若丸よりも筋が良い。」

「・・・それは、誰だ・・・」

「兄弟子だ、兄弟子。義経の幼名。でかい兄弟げんかやって、もう数百年も昔に東北で死んでるがな。」


 どうやら総司の方は源義経の幼名を知らなかったらしく、立ち上がって顔に疑問を浮かべる。そんな総司に鞍馬山の大天狗は少し呆れつつ、簡単に教えてやる。

 ちなみに、何度も総司が殴られているこの訓練だが、本来は殴られるだけの訓練では無い。殴られているのは結果で、本来は身体全体に纏わせた魔力だけで身体を動かして、鞍馬山の大天狗の攻撃を避ける訓練だったのである。

 だが、まだ総司は魔力を扱う事に慣れていない。その結果が、動くことも出来ずに錫杖を腹に受けるのであった。


「何百年も前の奴を引き合いに出すな・・・」

「安心しろ。日本でも有数の力量の持ち主だった。俺の弟子でも数少ない鞍馬流<<八艘飛び(はっそうとび)>>の使い手だ。」

「何時になったらそれを教えてもらえる。」

「あのな・・・たかだか一ヶ月しか訓練してない奴に奥義が出来るはずが無いだろう・・・」


 逸る総司の言葉に、鞍馬山の大天狗が溜め息を吐いた。当たり前だがたかだか一ヶ月程しか訓練していないのに、奥義を習得出来れば誰も苦労はしない。


「ちっ・・・こんなのんびりしていて、何時になったら奴に追いつけるのやら・・・」

「知らんよ。そいつを見たことが無いからな。で、まだやるのか?」

「ああ。」

「じゃあ、遠慮なく。」


 そうして、再び打撃音が響く。遠慮無く錫杖を振るったのだ。結果は当たり前だが、腹に錫杖がめり込んだ。訓練の再開だった。


「やはり、総司は筋が良い。義経はそこまで行くのに三ヶ月掛かった。呪力の扱いが下手だとは思ったが、武術の扱いも含めれば天賦の才能と言えるかもな。良い陰陽師か侍になれる。」


 再開から数度目。倒れこんだ総司に対して、鞍馬山の大天狗が面を上げて笑みを浮かべる。まあ、総司の方にはそれに反応出来るだけの体力も余力も残されていなかったが。

 彼が何を褒めたのかというと、総司が僅かにだが錫杖に反応出来る様になっていたからだ。始めは何が起きたのかさえ理解出来ていなかった総司だったのだが、半月もすれば錫杖が目で追える様になり、今が初めてだが、なんとか反応出来る様になっていた。


「雑草根性というかなんというか・・・義経にはそこが無かった。あればもっと早く、修行も完全な状態で頼朝の下に馳せ参ぜたのだろうが・・・まあ、その代わりに10回も倒れるなんてことは無かった奴だが。」


 鞍馬山の大天狗が苦笑する。これで総司が地面に倒れこむのは今日15度目だった。そろそろ限界か、鞍馬山の大天狗はそう思う。だが、予想に反して総司が立ち上がった。


「ほう、新記録更新だな。」

「もう・・・一度・・・」

「却下だ。一度休め。」


 なんとか立ち上がりもう一度を願い出た総司だが、それを見て鞍馬山の大天狗が溜め息を吐いて却下する。というのも、総司が身に纏う魔力の鎧はかなり弱々しく、さすがにこの状態で錫杖での一撃を食らえば怪我をしかねなかったのである。

 そうして、総司が鞍馬山の大天狗の言葉を聞いて、崩れる様に立っていた岩の上に尻もちをついた。


「はぁ・・・はぁ・・・」


 もう一度と言いつつ、総司は息を荒らげており、その身体の方は限界だと訴えかけていた。鞍馬山の大天狗の見立てが正確だったのである。


「ほれ。」

「すまない、鞍馬さん・・・」


 ぽい、と投げ渡された竹筒を受け取り、蓋を開けて中の水を呷る。中の水は鞍馬山の湧き水で、よく冷えていた。総司が聞いた所だと、冷やす為の呪術を使って常に冷えた状態にしている、との事だった。

 ちなみに、総司は『鞍馬』と鞍馬山の大天狗の事を呼んだが、鞍馬と言うのが鞍馬山の大天狗の名前だった。彼曰く、鞍馬山というのは鞍馬が居る山で鞍馬山らしい。尚、礼儀正しくさせられるのはまず第一に教えこまされたので、総司をしてさん付けなのである。


「はぁ・・・」

「ふむ・・・まあ、その腕だと武芸としての<<八艘飛び(はっそうとび)>>を出来る様になるかもしれないな。」

「その、<<八艘飛び(はっそうとび)>>というのは何なんだ?」

「はぁ・・・」


 鞍馬が呆れた様に溜め息を吐いた。というのも、<<八艘飛び(はっそうとび)>>というのは義経を知っているならば有名な逸話だろう。それを知らない弟子に呆れるしか無かった。そしてそんな無知な弟子を取った自分に呆れたのだった。


「まあ、助走無しで数メートル飛びとかやれる。」

「・・・それが奥義か?」

「なわけない。」

「だろうな。」


 鞍馬の言葉を受けて、総司も納得する。当たり前だがたかだか数メートル跳ぶだけの技が奥義となって有名になれるはずが無い。


「まあ、数年頑張れば、なんとかなるだろう。」

「なっ・・・」

「当たり前だろう・・・おそらく総司が相手にした奴は生まれた時からずっと訓練し続けた生粋の戦士だ。それに数年の訓練で追いつこうという時点で無茶だ。まあ、その筋の良さなら出来なくもないだろうが・・・それでも数年は必要だ。」


 総司の絶句を見て、鞍馬は何度目かの溜め息を吐く。総司から倒したい相手の概要を聞いて出した彼の結論だった。まあ、これはカイトの見た目がたかだか中学生程度という事から出した答えなので、不正解であっても仕方がない。


「くそっ・・・なんて遠さだ・・・」

「俺はその男がどこまで必死だったのかというのに賞賛を送りたいがな。」


 鞍馬の言葉を聞いて改めて遠さを実感した総司と、齢十数歳でそこまでの力量に達した事に賞賛を送る鞍馬。二人の訓練はこの日も日が暮れるまで続くのだった。




 総司と鞍馬が修行中のある日の夜。カイトの施した策に気づいて動き出していた者が居た。場所は日本でも有数の歓楽街の一つである大阪のミナミと呼ばれる地域。そこに、その策に気づいた一人である美女が居た。

 その美女は誰もが見惚れるような美しさがあり、金糸の髪に真紅の瞳。人外とも思える美貌を持った美女だった。

 だが、声を掛けられる事は無い。なぜなら、そんな彼女の表情は常に厭世的で憂いを帯びており、服にしても豪奢ではあるがお葬式の様な漆黒に近い紫のドレスであった。総じて評するならば、絶望を纏った様な美女、と呼んで良かった。

 誰もが圧倒的な美貌に気後れして、それに気後れしなくても厭世的で憂いを帯びた表情に声をかけるのを躊躇ってしまうのであった。


「相変わらず五月蠅いわね・・・」


 言葉だけは苛立っている様に見えるが、表情は相変わらず厭世的で憂いを帯びていた。その多くが自身への賞賛だが、それは彼女には単なる雑音にしか過ぎなかった。


「あ、おねーさん。どうですかー?ウチ、イケメン揃ってますよー。」


 スーツ姿の少しチャラい男が、美女に声を掛ける。身なりや言葉等から判断すると、おそらく近くのホストクラブの客引きだろう。どうやら仕事という大義名分を得て、気後れも躊躇いも飲み込めた様だ。だが、彼女はそれをチラリと見ただけで興味を失って無視する。


「興味ないわ。」

「あ、ちょっと。そんなこと言わんといてーな。ほんまイケメン居ますよ。いや、それこそ僕以上のイケメンなんてゴマンと」

「五月蝿い。」


 男の言葉を遮って、美女が言葉を発する。それに一瞬男はむっとなったが、直ぐに何故かぼー、として何も言わず、美女はそのまま立ち去って行った。


「・・・あれ?俺・・・何を・・・」


 美女が立ち去った所で、男が意識を取り戻す。だが、その時には既に誰に話しかけたのかをすっかり忘れてしまっていた。そうして男は周囲をきょろきょろと見回して、再びこれは、と思った女性に声を掛けに行くのだった。


「いい加減こんな所に店を出さないで欲しいわ。」


 不可思議な現象で男を振りきった美女だが、その後も夜の繁華街を歩いていた。そうして彼女が目指したのは、何故かとあるホストクラブの一つだった。

 とは言え、そこは繁華街の中心部の一等地に立地しており、先ほどのチャラい男が誘おうとしていた店よりも遥かに高級感漂う高級店だったが。そうして店の扉をくぐると、洗練された動きの従業員が腰を折った。


「いらっしゃいませ。」

「光琉と支配人の狗神は居る?」

「支配人ですか?どういったご用件でしょうか?」

「エリザ・ベランシアが来たと言って。それで理解するわ。席は空いている所を借りるわ。」


 まるで勝手知ったるなんとやら、という具合に空席だった場所にエリザと名乗った美女が歩いて行く。尚、光琉とはこの店のナンバーワンホストの名前であった。


「あ、ちょっと・・・敷島さん。一応支配人に言いに行って貰えますか。俺ここから離れられないんで。」

「お前内線あるだろ。それで支配人に言っとけ。俺はあの女止めてくる。」


 受付に立っていた男はホールを取り仕切る男に念の為に裏に居る支配人に言いに行く様に言い含めておく。エリザの意図が理解出来なかったからだ。

 一方、敷島は実は彼女の事を見知っていたが、それでも立場や説明上知らない者にはそう告げるしか無かった。


「いや、いい。もう来た。俺が応対に当たるが、ちょっと光琉呼んでこい。」


 そうして敷島がエリザを追いかけようとしたが、その前に狗神がやって来た。彼はスーツ姿の30代中頃の男で、こんな店の総支配人だからか、見た目はちょい悪おやじ風に仕上げていた。


「はい?光琉はでも今あっちで仕事してますよ?」

「いいから。お客様には一応お詫びでシャンパンでも振る舞っておいてくれ。」

「・・・はい。おい、亜門。お前シャンパン持ってってちょっと代わりに入ってろ。」

「うーす。」


 ホールを取り仕切る男は代わりのホストを席に向かわせて、それを見届けて狗神も歩き始める。向かう場所は当然エリザの待つ場所だ。そうして狗神は席に座ると同時に、頭を下げた。


「エリザ様。相変わらずお美しく。」

「挨拶はいいわ。そんな気分じゃ無いもの。」


 懇切丁寧な挨拶をした狗神だったが、エリザの憂いを帯びた表情を変える事は出来ない。まあ、狗神にしてもそれは百も承知だったので、何か思うわけでもの無かったが。


「それで、本日はどういったご用件でしょうか?エリザ様もエルザ様もこういった店はお嫌いだったはずですが・・・」

「その必要があったからよ。」


 やはりか、と狗神は少し身構える。というのも、彼自身が言及した様にエリザはこの店やミナミの様なド派手で騒がしい場所は好きでは無い。それ故に滅多にこの店に訪れる事は無い。

 それなのに来たとするならば、それなりの理由が無ければならなかったからだ。そうして、光琉――彼は若いホストだった――が来た所でエリザが口を開いた。


「東の奥多摩の更に奥。『紫陽の里(しようのさと)』は知っているわね。」

「はぁ・・・」


 一瞬問い掛けの意味が理解出来ず、二人は顔を見合わせて怪訝な顔で頷いた。二人共、それは当たり前の様に知っていた。なにせ彼らは隠してはいるが、それと対をなす『最後の楽園(ラスト・ユートピア)』の住人だったからである。いや、彼だけでなく、このホストクラブの多くの者がその里の住人だった。違うのは、受付の男等極少数だ。


「なら、そこの頭首の蘇芳 村正も知っているわね?」

「まあ、私は何度もお会いした事がありますが・・・」


 狗神がエリザの言葉を認める。というのも、彼は『最後の楽園(ラスト・ユートピア)』でもそれなりに強者で上役だったからだ。それ故に彼もかなりの情報を握っていたのだが、次に語られた言葉は彼自身の情報網を疑う物だった。


「あそこの頭首が代替わりした可能性があるわ。それも、超が付くほどのやり手と。」

「・・・誤解では無いですか?」

「わからないわ。だから、今日ここに来たのよ。貴方達足が速いし鼻が効くでしょう?調べて頂戴。」

「あ、ちょっと!」


 そう告げるだけ告げると、エリザは立ち上がる。告げられた言葉が理解出来ずに光琉がエリザを引き留めようとするが、既にその姿は霧となって消え去っていた。


『上がったら次の定例会で聞くわ。じゃあ、お願いね。』


 その言葉だけを残し、エリザの気配は完全に消失するのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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