断章 第41話 巻き込まれ
さて、覇王と星矢の苦境であるが、当然の事でこれはカイトへも伝わっていた。なにせ彼は実のところ桜姫に呼ばれて覆いの裏側に居たからだ。カイトとしても別に興味のない話を聞くつもりはない。なので魔術で偽って平然と歩いてきたのであった。
「あっちゃー・・・こうなっちゃうわけね」
「ふむ・・・時折思うが、貴様の身分も厄介だな」
「かたじけない」
カイトは信綱の同情に半笑いで頭を下げる。本来、ここらはカイトが己の正体を明かせばそれで済む話だ。が、そんな事をするわけにもいかないわけで、こういう逃れられないとばっちりを食らう事になるのであった。というわけで、逃げられないのでカイトはお遊びはここで終わり、と片手を挙げた。
「お姫ちゃん。というわけで、オレはここで」
「はい、いってらっしゃい・・・あなた達は行かないの?」
「今勝負良い所なのに?」
「あ、それは嫌ね」
モルガンの言葉に桜姫が笑いながら自分のカードを差し出す。何をしていたのかというと、ポーカーである。どうせなら遊んでおこう、ということで覆いで防音を施して盛大に遊んでいたのである。お世話については基本はあの聖域で桜姫のお世話をしていた者達がしてくれており、天道の家人達はここには近寄らない。なので騒いだ所でバレる事はなかった。
「えっと・・・ストレートフラッシュ?」
「・・・」
「・・・」
モルガンとヴィヴィアンが沈黙する。敗北だった。
「あり得ない・・・」
「無茶苦茶強いね・・・」
二人が頬を引きつらせる。どういうわけか桜姫はこういう勝負事では無類の強さを発揮した。元々ド天然なので顔にはあまり顕れないのであるが、引きが物凄く強いらしい。後のカイト曰く、桜の引きは彼女からの遺伝だろう、と言うほどだった。
と、その一方でそんな騒がしい所を後にしたカイトは、通路で密かに己の分身と入れ替わる。何が相手かわからないのだ。下手に分身を使って正体を露呈させたくはなかった。そうしてそんなカイトは三柴に案内されて、覇王の私室へと通される。
「ああ、来たか」
「社長・・・なんでしょうか」
「おう・・・そっちが、お前の息子で間違いないな?」
「はぁ・・・そうですけど」
彩斗は非常に訝しみながらも、覇王の問いかけに隠す事なく頷いた。別に知られて拙い相手ではないし、子供を隠す必要はない。
「ふむ・・・実は、少々星矢・・・天城の方のソラくんは知っているな?」
「ええ、勿論」
「ああ・・・それで、そこの関連で少々模擬戦をしたい、って話が出てな。相方にお前の息子を指名してるんだわ」
覇王は少々申し訳なさげに彩斗へと話しを通す。が、それにやはり三柴も彩斗も首を傾げた。
「模擬戦、ですか?」
「ああ・・・まぁ、やんちゃだっただろう? それで色々とイチャモンが出てな。一度ソラくんのお師匠様に性根を見てもらえ、って事になった」
「はぁ・・・でも、それでどうしてカイトまで?」
ソラがかつて武芸をやっていた事は彩斗も知っている。夕食時にカイト達の話を聞いていれば自然分かるからだ。なのでここまでは違和感はさほど無い。
性根がきちんと正されているか、というのを見たいと言えば、たしかにこういう旧家であれば見たいと言われてもわからないでもないからだ。が、それにカイトが巻き込まれるのが、よく理解出来なかった。
「だから」
「良いですよ。あいつが言うんだったら、別に拒みません」
カイトは覇王の言葉を遮って、了承を示す。どうせここらが嘘だということはわかりきった話だ。なら、こんな覇王の茶番に付き合うよりさっさと話を進めてもらった方が話が早い。そのカイトの言葉に覇王が彼の方に視線を向けた。
「ん?」
「いえ・・・ソラが何らかの理由で協力を欲しているんでしょう? じゃあ、協力します。別に喧嘩ってわけでもないんでしょうし・・・あ、でも剣道とかだとオレ、ルールわかりませんよ?」
「ああ、喧嘩ってわけじゃないし、ルール無用じゃああるが・・・きちんと竹刀を持って防具ありだ。それさえ守ってくれればそれで良い」
「なら、別に」
カイトは彩斗を飛ばして覇王へと了承を示す。どうせあの手この手でこちらを乗せるべく動くのはわかりきった話だし、もし彩斗に聞かれても社長兼一族の長から頼まれてるのに拒むのは綾音と彩斗の外聞に悪いと判断した、と言えば済む話だ。
「そうか・・・彩斗も構わないか?」
「・・・はぁ。まぁ、こいつが良いって言うんでしたら」
彩斗は若干苦い顔だったが、ソラの頼みだしカイトも良しとしているのであれば、と了承を示す。
「そうか。なら、カイトくんは三柴について行って防具とかを着せてもらってくれ。三柴、場所はわかるな?」
「ええ、社長」
「頼んだ・・・カイトくんも悪いな」
「いえ、では」
カイトは覇王の指示に応ずると、三柴に案内されて天道家内部に設置されている剣道場へと向かう事にする。その一方、覇王が彩斗へと深く頭を下げた。
「すまん。分家の当主達に色々とやられてな。どうしても、彼を巻き込む事になった」
「と、いうことはソラくんの話は嘘と?」
「いや、嘘ってわけじゃねぇんだが・・・すまん。これは会社じゃなくて天道家としての話でな。ソラくんを桜・・・ウチの長女を一緒のクラスにするって話が出てて、そこで護衛に近い役割を見込んでる奴らが居てな」
「はぁ・・・」
まぁ、わからないではない。彩斗は覇王の言葉に生返事だが了承を示す。桜が今年入学する、というのは一応風のうわさで聞いてはいる。であれば、学内にお目付け役の様な立ち位置を欲するのだろう、というのは分かる。
「で、そういうわけでソラくんが候補にあがってたんだが・・・何分この間までの事があるからな。星矢の奴がカイトくんを補佐につけてやってほしい、と話してるんだ」
「ああ、そういう・・・それで、カイトも、と?」
「ああ。すまん、こっちの事情に付き合わせて」
「はぁ・・・」
今度の彩斗の生返事は、そういうものなのだろうか、というよくわからない様子の反応だ。彼は天音家へ婿として入っている。しかも天道家の総会に参加するのは今回が初だ。なのでこういう旧家の話は全くわからないのだ。
「それで、だ。まぁ、本来は駄目なんだろうが、星矢からこれがな」
「え? いえいえ! そんなん受け取れませんって!」
覇王から差し出された封筒を見て、彩斗が大慌てで首を振る。が、それに覇王が頭を下げた。
「受け取ってやってくれ。中身は単なるお食事券だが・・・それで帰ってから家族で美味い飯でも食いに行ってくれ。星矢も非常に申し訳なく思っている様子でな」
「・・・はぁ」
覇王から再度頭を下げられて、彩斗は不承不承ながらもそれを受け取る。流石に社長から何度も頭を下げられては、彩斗にも立つ瀬がない。というわけで、それを受け取ったのを確認して覇王が許可を下す。
「すまん。とりあえずそっちも心配だろう。俺もこの書類を片付けてから向かうが・・・お前も道場に向かってくれ」
「はい」
覇王の許可を受けて、彩斗はまた別の家人に案内されながら移動を開始する。その一方、覇王は深くため息を吐いた。
「悪いな、全部は明かせんからな・・・」
当たり前だが、覇王の話はかなり嘘が混じっていた。が、真実も混じっている。真実の中に嘘を混ぜる。嘘を言う際の常道だ。そうして、彼は最後の書類にサインすべく、ペンを取った。
「さて・・・これで桜の入学は了承と・・・後は、天音の息子とソラくんだけか・・・」
上手く行ってくれよ、と覇王は内心で願いながら、桜の天桜学園入学に関する書類に天道家の長として許可を下す。天道家を母体とした私立なので、ここらはどうにでもなる話だ。母体から指示が出ればその意向には逆らえないのである。
「・・・一応、念のために親父に頼んで桜田のおっさんに学長頼んで見るか・・・」
色々と厄介な事が起きかねない現状を鑑みて、覇王はふとそう思う。そうして、そこらを考えながら立ち上がり、彼もまた剣道場へと向かう事にするのだった。
さて、一方その頃。カイトはというとソラと合流していた。
「あ、やっぱり?」
「おまっ・・・俺が言ったって絶対に言うなよ」
「あははは。わからないはずねぇって。お前がオレに協力頼むとか・・・絶対あり得ないからな」
そんなカイトであるが、ソラと着替えながら会話をしていた。そんな彼であるが、速攻でソラから話の裏を聞き出していたのであった。そしてそんなカイトの言葉に、ソラも顔を顰めて同意した。
「そりゃな・・・流石に喧嘩でお前の手を借りるとか無いわ」
「だろうな」
「でも、マジで事情は知らねぇぞ。親父から師範が腕見せろ、って言ってるってだけなんだから。で、お前も来るってだけしか聞いてないからな」
「ま、そりゃそうだろ」
自分を巻き込んだ話だ。そんなの実家の兼ね合いである事ぐらい考えなくてもわかる。そして別に聞いてもソラも気にしないだろう。というわけで、カイトも語るつもりはなかった。
「まぁ・・・とりあえず」
「どうすんだよ。お前確か、ロン先生とまともに戦えるんだから良いんだろうけど・・・師範、一応段位持ちだぞ」
カイトに対してソラが問いかける。来るのは師範とソラは聞いている。が、それ以外は父より何も聞かされていなかった。
「ま、そこはなんとかするさ・・・ということで、耳貸せ、耳」
「あぁ?」
ソラが顔を顰めるも、カイトの頭の良さは信じている。故に素直に彼も耳を貸す。そうして、何かをカイトはソラへと言い含めていく。
「・・・え?」
「と言う感じ」
「・・・おまっ、それ・・・ガチで怒られる類だぞ・・・」
ソラが目を丸くしながらもカイトへとしかめっ面で苦言を呈する。どうやら、カイトの提案した方法は予想外の方法かつ、ある種の卑怯さを伴った物らしい。
「なんっつーか・・・まぁ、有り体に言やぁ、卑怯じゃねぇか」
「おいおい・・・人聞きの悪いな。オレはあくまでもルールに則ってやってるだけだ」
「いや・・・十分アウトじゃね?」
「だって言われてないもーん」
カイトは茶化す様に楽しげにそう告げる。相手の目的はわかっている。そしてこちらは生憎と乗ってやるつもりは一切ない。なら、頭を使うのみだ。
「戦いは何も力だけでやるもんじゃないのさ・・・戦う前に如何にして勝つかを考える事。それが、何より重要なのさ」
カイトは嘲笑う。試そうとするのなら、別にそれでも良い。別に彼とて元貴族だ。相手の力量を測るというのはよくやった。が、その思惑に乗ってやるか否かは、また別である。
「ふーん・・・まぁ、良いけどさ」
「んで? お前は出来るのか?」
「まぁ・・・一応やれるっちゃあ、やれるけどよ・・・相手は段位持ってるからそう上手くは行かねぇぞ?」
「それで良いんだよ、それで。後はこっちでやるから」
ソラのどこか不満げな言葉にカイトは笑って頷いた。ソラに頼んだのはどうということもないことだ。少し前まで彼がやっていた事をそのままここでも行ってくれる様に頼んだだけである。そしてソラは体躯だけであれば、大人にも匹敵している。すでに成長期には入っているし、運動は欠かしていない。やれるか否かであれば、やれると断言出来た。
「ふーん・・・まぁ、良いけどさ」
「んじゃ、頼んだ。大丈夫だって。文句言われるのオレだから」
「それで良いのかよ」
ソラは訝しげだ。が、カイトには別に確信があるので、問題はなかった。そうして、二人は剣道の防具を身に着ける。が、すぐに脱げる様にはしておいた。彼らのやり方でやるのなら、防具は不要だからだ。そうして、何か策を打ったカイトの策に応じたソラは、カイトと共に道場へと向かう事になるのだった。
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