断章 第40話 厄介な話
年に何度か天道家一族で行われる総会。それに参加していたカイトであるが、彼は呑気な風に過ごしていた。が、それも流石に彼の話になっておまけにそれが揉め事に近い様相を呈せば、しかめっ面にもなった。
「はー・・・やだやだ。なんで人の話で揉めてるのやら。しかもオレかんけーねー」
『まー、しょうがないんじゃない? カイトって元々魔力保有量10万とかなんでしょ? その子供になるとぶっちゃけ、ものすごく強いだろうからねー』
呆れ果てるカイトに対して、間近で会話を盗み聞きするモルガンが断言する。魔力保有量10万。それは現代の地球においてはおそらく、英雄達というぶっ飛んだ存在を除けば最大の保有量と言える。
それも遥か彼方の領域だ。下手をしなくても『梁山泊』の兵士達の平均値さえ、桁違いで突き放した領域だった。それに着目されなかったのは海瑠の魔眼のお陰であり、逆に今になってそれが話題に出たのは仕方がない事だったのだろう。
海瑠の魔眼が今に利益をもたらすのであれば、逆にカイトの素体というのは未来に、彼の子孫達に利益をもたらすものだ。敢えて言ってしまえば彼の子は天道家への利益をもたらしてくれるのである。
今後を考えようとすれば、必然として海瑠よりカイトの方が重要になってくるのであった。色々と考えて桜とくっつけよう、というのも無理のない話であった。
「と言うか、いくらオレでも見ず知らずの女の子抱きたかねーぞ。義務や義理で抱いたら後がひどいからな」
『そこら、昔っからカイトそうだよね。魔王の癖して』
「潔癖症ですので」
ヴィヴィアンの指摘にカイトは肩を竦める。未来で彼自身も、そして彼の周囲も同意しているがカイトはある意味ではかなりの潔癖症だ。彼は据え膳食わぬは男の恥とはいかないのである。
気に入った女なら即座に抱くし一切の憚り無く自分の子供を産めとさえ言い放つが、逆に気に入らなければどれだけの美女だろうと抱く事はない。だからこそ、この男はある意味では女誑しではないのである。
「それに子供ならお前らで十分だしー。と言うか、多分エネフィア帰ったら二桁登るんで。あんまりぽこじゃか作るのもな、と思ったりしないでもない今この頃。まぁ、授かり物だからどうしようもないし皆が授かればな、とは思うけどな」
『私達も喜んで生むしね』
『そう言う問題じゃないでしょ。それ以前に今後100年で何人生まれるんだかって話だし』
敢えてわかっておきながら問題から離れた所を議題にしたカイトとヴィヴィアンにモルガンがツッコミを入れる。確かに子孫を残す云々の種としての問題ならばそれで良いのだが、これはそうではない。お家の問題だ。が、わかっているのでカイトは更に嘯いた。
「あ・・・モルガンちゃんがオレの子供生んでくれないんだって・・・しくしく・・・昨日もあんなに愛し合ったのに・・・」
『あーあ。カイト、大丈夫だよ。私がモルガンの分も頑張って生むから』
『ちょっと!? そう言う話じゃないし、私も生む! まず女の子って決めてるのー!』
二人の冗談にモルガンが慌てて否定の言葉を入れる。と、そんな彼女にカイトがツッコミを入れた。
「選べねぇだろ」
『大丈夫! 今、産み分けの方法とか勉強してるから! その時はカイトにも手伝って貰うし!』
『あ、あははは・・・わ、私そこまでは考えてなかったかなー』
どうやらモルガンの方がカイトの子供については相当に乗り気らしい。なお、なぜ女の子なのか、というと今までガウェイン達は弟ばかりだと思っていて――モルドレッドは公的には男だった上に幼少期の関わりはほぼ皆無――妹が居なかったからだ。以前モルガンがこの話をガウェイン達として妹と言う発言の方が僅かに好感触だったのを見抜いていたのである。と、一頻り笑いあった後、カイトは状況を問いかける。
「で、そっちどう?」
『相変わらず言い合いの真っ最中。やっぱりカイトが一番ネックって言うか・・・カイトが一緒なら、って言う事で付随するメンツが問題っぽいのよね』
「メンツ・・・そりゃそうか」
モルガンからの報告にカイトは笑うしかない。彼に付随する面子というと、ティナを筆頭に魅衣やら由利やらだ。まぁ、よしんば由利は良いとしても前二人は大いに扱いに困る所だろう。三枝は無視できる名ではないし、ティナは現状どうなっているのかがわからない。扱いに困る所だった。
『そう言う理由だからとりあえずティナを近くにおいておいて、とか色々言い合ってるみたいだよ』
「さいですか。まぁ、捕らぬ狸の皮算用にならなけりゃそれで良いんだろうけどな」
この話はもしもカイトが天桜に入学した場合にのみ適用される話だ。まぁ、その見込みが高いという話だからここまで大揉めしているのだろう。
「まー、好きにすりゃいいさ。オレはオレで好き勝手に動くだけだしな」
『そうだよねー』
カイトの言葉にモルガンは笑いながら同意する。どうせ、彼らは自分の歩く道しか歩けない。であれば好きにしてくれ、というだけである。とは言え、そうも言ってはいられなくなるのにさほど時間は掛からなかった。
「あぁ?」
「だから、ご当主。その少年、腕は確かなのだというのでしょう? 神秘科は日本が誇る最大の名門の一つ。世界に名立たる難関の一つと言って良いでしょう。そこに数々の名家に混じって入れたいというのですから、それ相応の証は立てさせるべきです」
盛大に顔を顰めた覇王に向けて、分家の当主が問いかける。まぁ、言わんとする事は理解できなくもない。カイトはこの時点ではあくまでも分家の中でも末端の少年だ。実家にも力はない。
しかも入学させたいというのは特殊なコネが必要な所だ。本来はそんな難関に入れる道理がない。であれば、何か一つは実績を欲するというのが道理だろう。そんな分家の当主達に覇王が告げる。
「だから、テストの結果は見せてるだろう。実際、星矢からも魔力についての報告が上がっているからな」
「それは天城の当主の報告だけでしょう。我々は信じられない。そもそも学力云々を聞いているのではありませんよ」
分家の当主の言葉に覇王は顔を顰める。確かに、これもまた道理である。星矢からは報告されているが、実際として覇王さえカイトの潜在能力は見てはいない。
一応それを補完する内容があるから真実と言っているだけだ。よしんば星矢の言葉が嘘でもカイトの素体そのものの性能に偽りがない。カイトという少年の肉体そのものは天道家にとって有益なのである。それは彼らも認めている。
「じゃあ、どうしろと?」
「簡単だ。実際に我々の前で腕前を見せてくれれば良いだけの話でしょう」
「お、おいおい。ちょっと待てよ」
分家当主の一人の言葉に、覇王が目を見開いて待ったを掛ける。流石にこの発言は見過ごせない。カイトは公的には魔力を知らない事になっているし、こんな分家当主達が大量にいる前で魔力の存在を公になぞ出来るわけがない。
「まさかここで実際に魔力を使ってみせろ、って言うんじゃないだろうな?」
「まさか・・・ご当主。流石に私もそこまで愚かではないですよ」
「だよな」
それはそうだろうな、と覇王が安堵を滲ませる。流石にここでそんな事を言えば彼でなくても周囲も制止するだろう。とは言え、安心するのは早計だった。
「一度、分家当主の大半・・・魔力を見れぬ者達は全員この場から退去してもらい、テストするのです。そろそろ総会も始まり良い時間が経過した。休憩するには良い頃合いでしょう」
「ふむ・・・」
この時点では、まだ覇王も星矢も拒絶する理由に乏しい。そもそもカイトに対するテストそのものはどこかで行われねばならない事だ。それが今になるか、先になるかの差でしかない。
なら、覇王達にしても今ここで有無を言わさず了承させられるのであればそれは回り回って彼らの得となる。流石に煩型の分家の当主達とて一度総会で決まった事を覆すのは容易い事ではないからだ。決まった以上、もう終わった話と覇王の一存で押し通せる可能性が高いのである。聞くだけなら損は無い。
「まぁ、休憩そのものは同意する。テストの様式と、どういう言い訳で彼にテストしてもらう? その口ぶりだと今日、決めるのだろう?」
「それが最良でしょう。この様な場は年に一度か二度しか設けられず、次回はあっても年始。流石に天音家の子息も受験勉強を理由に拒むでしょうし、我々も外聞を考えればそれは良い方策ではない」
「道理だな。では、なんとする?」
「一つ、試合形式で戦ってもらおうかと。我ら天道に連なる者の中でも中枢に近い者はどういう形とて戦いからは逃れられません。良い言い方ではありませんが、頭ではなく腕っ節だけは求められる」
分家の当主は覇王へとカイトのテスト方法を提案する。そして、これは道理だ。どういう形を偽ってテストしたとて、覇王がカイトの『秘史神』勧誘を考えている以上腕っ節だけは確認せねばならない事だ。
特に桜――正確には桜だけでなく本家筋だが――を娶るとなると、確実にそこだけは鑑みる事になる。故に、覇王の顔には苦い物が浮かび上がるのが、どうしても抑えられなかった。拒めないのだ。とは言え、それで問題が無いわけではない。というわけで、覇王がそこを問いかけた。
「だが・・・何と言って行わせる? 大前提は彼に魔力の事を教えない事だ。どうする?」
「天城の。確か聞けば彼はそちらの倅と喧嘩友達という話であったな」
「・・・まぁ、当初はそうだったと」
星矢――と覇王――は流れを理解して、思わず顔を顰めた。彼が顔を顰めるほどだ。相当厄介な流れに追い込まれてしまったようだ。
「ということは天城の倅も腕っ節には自信があろうし、彼も腕っ節には自信があろう。かつて天城の倅が師事していた師範代も丁度警護の為にここに出席している。たまさか、という形で良かろうな。確かに疎遠にはなっているものの師弟の絆が断たれているわけでもなし。一度腕を見ておこうとしても、不思議はないだろう。そこから、乗せれば良い」
「乗るとは思えんが」
「乗せるのはそちらの手腕だろう。天道流を考えれば、誰かもう一人必要なのは自然な流れ。それに何より、こちらは天城の倅と関わりがない。それに対してそちらは親だし、そもそも彼の者を推挙したのもそちらではないか」
星矢は僅かな嘲りを見せて笑う相手を見ながらしくじった、と口を開いた事そのものが失敗だったと理解する。テストをしたい事ではどちらも同意している。拒みたいのはこんな衆目の中で行わせる事だ。
下手をすると覇王の目論見である天音家の引き上げさえ頓挫しかねない。どういう難癖を付けられるかわかったものではないからだ。カイトは合格ではなく、100点満点を取らねばならないのだ。
というわけで二人もテストの実施をのらりくらりと躱していたのであるが、下手に否定してしまった所為でそれを逆手に取られてこちらに丸投げされてしまったのだ。
星矢が迂闊だった、というよりも相手が一枚上手だった、という所だろう。伊達に覇王達とやりあえるだけの腕前があるわけではないらしい。そしてこうなってしまうと、手を考えるのはこちらになってしまう。そしてそうなると、もはや拒める道理が無くなった。
「・・・承知した」
珍しく苦い顔で星矢が応諾する。星矢も覇王も後はカイトの腕前を信じるしかなくなったのだ。そうして、一度同じく苦い顔の覇王と頷きあう。
「わーった。テストは実施。場所は・・・まぁ、ウチの道場で良いだろう。あまり変な所にしてもそれを嫌煙されかねんからな」
「ありがとうございます、ご当主」
自らの方策を受け入れた事に分家の当主が感謝を示す。これで、カイトがよほどの好成績を残さない限りは彩斗は兎も角カイトの取り立てが微妙な所になりかねない。覇王の思惑からは僅かに逸れてしまった、というのが現状だ。
「さて・・・じゃあ、一度休憩だ。次の開始は公的には30分後。ここで話の内容を理解出来ている奴らは、20分後のこの部屋で集合だ」
覇王が休憩の合図を取る。当たり前だがここらの会話の大半は魔術で偽っていて、何も知らない分家の当主達には何かそれっぽく聞こえる様になっている。
何も知らない当主達は単に桜姫に顔見せしてくれれば良いだけだ。今回のカイトの様な特例が無い限りは、話し合いに参加する必要はほとんど無い。敢えて言えばオブザーバーと一緒と言って良いだろう。そうして休憩という事で各々席を外した所で、苦い顔の星矢が覇王に謝罪した。
「すまん」
「気にするな。今回は、状況から反発は予想されていた事だ。相手が一枚上手だった、って事だろう」
覇王はため息を吐いた。実は来月の9月下旬には天桜学園とアメリカのミスカトニック大学、イギリスのとある魔術学校との間で姉妹校提携が結ばれる事になっている。とは言え、この話が出たのはまだ今年の上旬だ。早急というわけには行かず表向きは一年のお試し期間を置いて、実際に動き出すのは来年だ。
となると、年齢を考えれば天道家の本家筋でそこにドンピシャで関わる事になるのは桜――彼女が生徒会に入る事は内定している為――だ。
であれば必然、覇王の思惑に沿えばカイトも大学入学の後はそこに噛む事になる。どこの分家も自分の子供からそこの利益を、と狙う以上、反発を食らうのは仕方がない事だった。
「ふむ・・・カイトってのの腕っ節は?」
「強いのだろう。あの当時のソラが手も足も出ない、と言っていたのだからな」
「ふむ・・・」
覇王はまだなんとか可能性は断たれていない事に僅かに余裕を取り戻す。当然だが彼は本家の当主として、分家のゴタゴタの大半は把握している。故にソラの実力も半ば理解している。それが手も足も出ないのだから、実力としては相当な物だと察する事は出来た。
「・・・はぁ・・・天音には次のボーナスと後で少し色付けるか・・・それで、カイトくんには美味い飯でも食べて貰おう」
流石にこれは覇王も申し訳なかったらしい。彼らには全く関係無い話――厳密には違うが――なのに、こちらの思惑で動いた結果巻き込んでしまったのだ。
少し休日出勤手当てに色を付けておくことにしたらしい。そしてそれはすなわち、答えは一つだった。ということで、星矢が動き出した傍らで覇王も動く事にする。
「はぁ・・・ああ、俺だ。三柴を出してくれ」
『・・・はい、社長』
「確かお前、天音と家族ぐるみで付き合いあったな?」
『はぁ・・・そうですが』
「天音と倅は今一緒か?」
『ええ』
覇王の問いかけに電話先の三柴は隠すことなく頷いた。専務と社長だ。三柴の話は良く聞いており、そこから彩斗の事も見知ったのだ。であれば、ここらの繋がりを彼が把握していないはずがなかった。
「すまん。事情は知らせず、俺の所へ来る様に言ってくれ。決して何か無礼があったとかじゃあない、と念押しを頼む。少々、俺達の手違いで拙い事になってな。どうしても、ソラくんと天音の息子の助力が必要になった」
『カイトくんの、ですか・・・?』
やはり三柴も覇王の言葉には訝しみを隠せなかったようだ。とは言え、語れないものは語れない。
「詳しくは聞いてくれるな。すまん」
『いえ・・・では、連れて行きます』
幸い、覇王が信じられる人物と信頼を得ていたので三柴も事情を語れないという覇王の言葉を納得してくれたようだ。そうして、カイト達が覇王の所へと連れてこられる事になるのだった。
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