断章 第36話 天道一門の集まりへ
カイトがヴィヴィアンと一緒にモルガンを色々な意味で泣かせていたある日。実のところ、何時もの天音家であればこの日から彩斗の実家にある大阪に帰り、となるわけなのであったが彼らが朝からイチャイチャしている事からも分かる様に今年はそうはならなかった。
というのも、彩斗に仕事が入っていたからだ。その代わり、お盆の終わりは何時もよりも遅い事になっている。天道財閥の夏休みは職務規定で社長の覇王も揃って一律で規定の日数を取らないといけないらしく、後ろにずれ込んだ分は休みを後ろに伸ばさねばならないのであった。
別に休日出勤扱いでも良いのであるが、今回は覇王の言葉もあり帰省ラッシュのUターンラッシュに巻き込まれない様に後ろにずらす事にしたらしい。というわけで、彩斗は珍しく土曜日にもかかわらず朝一番から少し慌て気味に用意を整えていた。
「綾音ー。ネクタイピン、どこやったっけー」
「えーっと・・・そこの棚の三番目に入ってないー?」
「あ、あったあった」
彩斗は綾音の言葉に従って棚を捜索し、中にあったカフスボタンとネクタイピンを発見する。彼も詳しい事はわからないのであるが、覇王からの命により綾音とカイトを伴って天道家――本社ではなく覇王の自宅の方――来る様に、と言われていたのである。というわけで勿論、彩斗と一緒に綾音も着替えていた。が、その顔は憂鬱そうだった。
「はぁ・・・やだなー」
「ごめん」
「ああ、さーくんに何か言いたいわけじゃなくて。どっちかっていうと多分ウチの関係だし・・・」
綾音は謝罪した彩斗に対して、ため息混じりに首を振る。一応カジュアルな服装で良いとは言われていたが、やはり天道本家だ。そういうわけにも、いかなかった。
「で、カイトはそろそろ起きとるんか?」
「んー・・・起きてるんじゃない? さっきドタバタって音してたから」
「あー・・・さっきなんか物音しとったか」
彩斗は二階のカイトの部屋あたりを見上げる。カイトも伴って、というように今回はカイトも同行だ。幸い光里への協力は明日――光里はコミケ三日目に参加らしい――だ。なので問題はなかった。まぁ、その彼は今絶賛モルガンを可愛がっている最中で、完全にすっかり失念している様子だが。
「良し・・・ネクタイピン付けたのほんま久しぶりやな・・・」
彩斗は一度全身を鏡で確認しながら、どこか手抜かりが無いか確認しておく。が、やはりスーツを着慣れている彼でも若干の緊張が見て取れた。今回、一応来るのは天道財閥の重役達とは聞いているが同時に覇王がぽろりと天道家に連なる名家の当主達も来る事を彩斗へ教えていた。
嫌な話であるのだろうが、仕事であると同時に天音家としての職務にも近かった。数年に一度程度である事で通常は綾音が出る事になるのだが、今回はどういうわけか天道財閥としての職務命令かつ、カイトを伴ってと言われたのである。
「良し・・・こんな所か。じゃあ、俺は一旦会社の方顔出してくるわ」
「はい、いってらっしゃい」
彩斗の言葉に綾音が頷くと、とりあえず彩斗は一足先に天道本社の方に出社する事にする。綾音達は天道家の本邸の方に集合する事になるわけなのであるが、そちらについては出迎えを寄越してくれる事になっている。が、他方彩斗はその前に顔を見せに来る様に覇王に呼び出されている為、そちらに行かねばならないらしい。
「良し。じゃあ、そろそろカイトが起きてるか見てこないと・・・」
彩斗を送り出した綾音がとてとてと二階へと上がっていく。一応数日前の段階でカイトにもこの事は伝えてある。なので起きているとは思っているが、出発前に慌てないで良い様に声を掛けておこうと思ったのだ。
「カイトー。準備出来てるー?」
「んぅ・・・ぷは・・・ん?」
ティナの口を貪る様に口づけしていたカイトが、綾音の声でふと停止する。そして、己の記憶を思い起こした。そうして、半笑いで綾音に返事した。
「・・・あ、あ、うんうん! 出来てる出来てる!」
「なら、良いけど・・・身嗜み、きちんとねー。あ、後朝ごはん食べに降りてきてー」
「おー、おーう・・・」
カイトは綾音の立ち去っていく言葉を聞きながら、頬を引きつらせる。完全に失念していた。
「・・・やっべ! 完全に忘れてた!」
「むぅ・・・良いではないか、そんなこと」
「そういうわけにもいかねぇよ!」
口づけを途中で止められて不満げなティナに対して、カイトはどうすべきか即座に思考を巡らせる。と、そんなカイトに対して、彼の腕に絡みついていたルイスが即座に行動に移った。
「では、これでどうだ?」
「ん?」
「時間の流れを少しゆっくりにしてやった・・・私はまだ満足していないぞ」
ティナと同じくまだ不満げなルイスがそう告げる。それに、今回ばかりはとティナも同意した。
「ようやった・・・さて、まだまだ時間は沢山あるぞ」
「そっか。ならもうちょっと楽しめるな」
「良いのかなー」
「なんだ? 不満なら貴様だけお預けされておくか?」
なら良いか、とばかりに応じたカイトに対して半笑いを浮かべるヴィヴィアンに対して、ルイスが問いかける。これにはヴィヴィアンも少し慌てて否定した。
「あ、ううん。そんなわけないよ。イチャイチャ出来るのなら、もっとイチャイチャしたいしね」
「なら、目一杯楽しめ」
「うん」
結局、しばらくは現状維持で良いらしい。というわけで、しばらくの間はカイトは自分の愛する、そして自分を愛する女達とイチャイチャする事にするのだった。
さて、それからしばらく。ティナもルイスもヴィヴィアンも満足した――モルガンはそんな余裕もなかった――というわけでカイトは一応一番シックな衣装を探して着替えてそれに袖を通していた。と、そうして何時ものルゥのジャケットに袖を通した所で、モルガンがいつも通りカイトの肩に腰掛けた。
「くー・・・」
まぁ、腰掛けたまでは良かった。が、どうやらモルガンは昨夜に引き続き朝一番から愛されていた為か、お疲れらしい。
「疲れてるんなら、寝とけよ」
「やーだー。置いてかれるのやー」
「あはは・・・カイト。落ちたりバレたりしない様に私がフォローしておくから、ね?」
「あはは。前に置いて行かれたのを拗ねてるか」
カイトはモルガンの横に腰掛けてモルガンの補佐をするヴィヴィアンの言葉に笑うと、それで良しとしておく。バレなければそれで良いのだし、そもそもヴィヴィアンも魔術を使えないわけではない。そして彼女の腕前でも、天道家の家人達程度なら余裕で誤魔化せる。問題なぞあろうはずもなかった。
「まー、学生服あるなら学生服の方が良いんだろうが・・・ウチの学校は学生服無いからなー」
カイトは若干苦笑しつつも、鏡で身嗜みを確認する。カイトの通う天神市第八中学校にも一応、制服はある。が、カイトはそれを持ち合わせていない。部活などをしていれば試合などで着る事もあるので買う事になるのだが、残念ながらここまでの運動神経を持ち合わせながら帰宅部のカイトは持っていないのである。
「良し・・・えーっと・・・二人共ー。きちんとバレない様にしておいてくれよー・・・」
「カイト殿。寝てて聞いておりませんな」
「だよねー。クー。悪いが二人を頼む。お前、魔術使えただろ?」
主が前後不覚に陥っているのを受けて出て来た使い魔のクー――当たり前だが小鳥形態だ――に向けてカイトは少し申し訳なさげに頼んでおく。
ピロートークを楽しむだけ楽しんで、彼女らは眠ってしまっていた。一応、起こしても良いと言うかカイトも寝て起きただけなのだが、彼女らにはこの後の予定は無い。このまま寝かしておくのが一番良いだろう。なお、敢えて言及するまでもないが、この状態に陥っている理由は当然カイトである。
「はぁ・・・仕方がありませんな。いってらっしゃいませ」
「おう」
カイトは事後をクーに任せると、その見送りを受けて部屋を後にして下に下りる。流石ルイスの空間途絶と言うか時間操作というべきか、経過時間は数分という所だった。
「母さん。こんな所で良いか?」
「んー・・・うん。それなら大丈夫かな」
カイトの身嗜みを見た綾音は一応カジュアルでありつつもシックな装いを見て、良しとしておく。今回、カイトはジャケットとしてルゥのジャケットの色は黒にしておいた。更には少し特殊な魔術を用いて皮っぽさを消して、夏らしさも出してある。
内側は柄物ではなく――元々カイトは柄物を好まないが――無地のシャツだ。下もジーパンではなくチノパンだ。これなら過度におしゃれにならずとも、落ち着きは見えるだろう。制服も無い中学生であれば、この程度で問題はないだろう。
「じゃあ、ご飯食べちゃって」
「はーい」
カイトは綾音の言葉に従って、台所からシリアルを手にリビングへと戻る。その間にどうやら綾音は海瑠と浬、ティナの三人を起こしに行った様子で、リビングには居なかった。
「おーい。朝飯だぞー」
「わーい」
「お腹ペコペコ。朝から激しい運動は控えるべきだと思います」
どうやらカイトが朝食の用意をしている僅かな間にモルガンも覚醒していたらしい。というわけで、少しの間三人で揃って朝食を食べる。と、そんな事をしているとあっという間に時間が経過して、綾音が戻ってきた。
「そう言えばカイト。宿題は?」
「終わってるよ」
「そっか。じゃあ、大丈夫かな・・・あ、それなら余力あるなら浬の宿題見てあげて。なんか大変そうだから・・・」
「まぁ、気が向いたら」
「お兄ちゃんなんだから・・・」
「いや、オレ、受験生なんだけど・・・」
しばらくの間、カイトは綾音と会話しつつ、モルガンとヴィヴィアンと会話しながら朝食を食べ続ける。と、そんな事をしていると、彩斗が帰ってきた。
「綾音ー、カイトー! 用意出来とるかー! 迎え、来たで!」
「あ、うーん! カイト、準備」
「わかってる」
カイトは食事中汚れない様に置いておいたジャケットを手に取った。
「おし・・・で、マジでついてくんの?」
「相棒だからー」
「相棒、だからね」
カイトに合わせて浮かび上がったモルガンとヴィヴィアンが笑いながらカイトの言葉に同意を示した。今日は別に楽しい事は何もない、単なる顔合わせだ。カイトに至ってはその場では単なる嫡男として出席する様に命ぜられているだけで、発言権は一切無い。
「来た所で面白みなんぞ皆無なんだがね」
「この間置いてかれたからー」
「この間は一緒に行けなかったからね」
「はいはい・・・良し。じゃあ、行くか」
カイトはどうやらそれでも一緒に来るらしい二人に笑いながら許可を下ろす。さらに言えば、どうせ彼も暇しか予想出来ないのだ。ならば話し相手の一人は欲しい所だ。来てくれた方が嬉しい事は、嬉しかった。そうして、カイトは二人と一緒に迎えの車へと乗車する事にする。
「カイト、お前前乗っとき」
「マジ?」
「この後おばあちゃん達来るからな」
「え、マジで?」
カイトは彩斗の言葉に僅かに目を見開いた。おばあちゃん、というのは彩斗の両親の事ではない。綾音の両親の事だ。つまり、彩斗からすると義理の両親になる。
「総会、らしいからな」
「まぁ、聞いてたけど・・・あ、失礼します」
「はい。ああ、シートベルトはしっかりお願いします」
「はい」
カイトは彩斗と共に車に乗車しながら、この後の予定を更に聞く事にする。
「で、おばあちゃん来るって?」
「おう・・・んで、天音家で一緒に、って事らしいわ」
「ふーん・・・明日も会うけど・・・まぁ、いっか」
カイトは僅かに笑う。一応、お盆に大阪に帰る事もあって天音家では綾音の方の両親にお盆前に顔を出す事にしている。お墓参りもそちら側はお盆の出発前日に行くのが通例だ。ということで実は明日にはそちらに伺うことになっていたのであった。と、そんな三人――と二人――を乗せた車がゆっくりと発進を始める。
「そう言えば・・・カイトのお母さんのご両親って見たこと無い?」
「どうだろ・・・私、見たこと無いかも」
ヴィヴィアンの問いかけにモルガンが首を傾げる。この二人が日本に来たのは今年の3月も終わりの事だ。そこからしばらくは忙しく動いていたので、たしかに会った事が無い様な気はしないでもなかった。
「普通の人だよ。特に何か変わった所はないな」
カイトは明言する。とは言え、明言する必要もない。普通ではない者なぞ天音家では彼一人だけだ。であれば、普通の人とは言えるだろう。
「そういうことじゃなくてさー」
「どういう人なのか、って事だよ」
「どういう人か、ねぇ・・・それこそ見た方が早いだろ」
カイトは二人の問いかけに論ずるより見る方が早い、と明言する。どうせ放っておいても後十数分後には会う事になるのだ。そうして、彼らはそんな益体もない話をしながら、ゆっくりと道中を過ごす事にするのだった。
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