断章 第32話 再びの日常へ
日本政府の依頼を受けてシンジゲートの拠点の一つを壊滅させた日の翌日の朝。一仕事を終えて相棒達と恋人達との熱い夜を過ごしたカイトは今日も今日で朝早い段階でスマホの着信で目を覚ます事になった。
「・・・」
が、目を覚ましたカイトよりも先に目を覚まして一瞬で動いた人物が居る。ルイスであった。彼女はカイトがもぞもぞと蠢くよりも遥かに前。スマホの着信が入った段階で空間を切り裂いてスマホを両断していた。なお、敢えて言うが無意識的にやっているので悪意はない。
「・・・」
そんなルイスに対して、カイトは再びもぞもぞと蠢いて何らかの魔術を展開する。スマホはスマホでも着信したのは各国の首脳陣などに教えている仕事用のスマホだ。無下に出来るわけがなかった。
「おい、出るな・・・朝何時だと思っている・・・」
「そういうわけにもいかんでしょ・・・はーい、ブルー、もしくは葵でございますよー」
『ああ、ようやく繋がったね。一度途切れた様子だったが・・・何かあったかね』
どうやら、電話の相手はジャクソンだったようだ。彼はどうやら途中で途切れた事に疑問を感じていたらしい。それにカイトは僅かに眠い頭をゆっくりと覚醒させながら、事情を告げた。
「いや、今日本が何時でオレが昨夜何してたと思ってるんだよ」
『あっはははは。悪いね、朝早くに。時差はわかっているつもりなんだがね』
「んじゃあ、掛けてくるなよ」
カイトは大きなあくびと共に寝ぼけ眼をこすりながら上体を上げる。流石にアメリカ合衆国大統領からの電話ならまともに応ずる必要があるだろうが、愚痴の一つぐらいは許されてしかるべき状況だろう。
「ふぁー・・・お陰で女がご立腹でスマホを一度破壊されちまった」
『ああ、それで途絶したわけか。それは失礼をしたね。ご婦人の安眠を邪魔してしまったのは私としても申し訳ない』
「オレは良いのかよ」
『ははは。男は別さ』
「フェミニスト全盛期の国の大統領の言葉じゃねぇな・・・」
ジャクソンの軽口にカイトは嘆きを浮かべながら、とりあえずベッドから移動する。そうして適度な所で背景を隠しつつ――ルイス以外にも勿論ティナも相棒達も寝ている為――通話に応ずる事にした。
「にしても・・・そっちまだ夕方だろうに。後3時間ぐらい待ってくれよ」
『ははは。ま、それは考えたがね。残念ながら今日は夜にパーティがあってね。連絡を取れる時間が今しかなかったのさ。君も昨夜は派手なパーティだったんだろう?』
「いい性格してるぜ、あんた・・・んで、ご用事は?」
『ははは、よく言われるよ。少々CIAから数時間前・・・君の感覚だと昨夜かな。そこで起きた事を聞いてね。まずはお礼を、と』
どうやらCIAの工作員からジャクソンへと報告がきちんと上がっていたようだ。が、これに対してカイトは笑う。
「あっはははは。冗談よしてくれよ。オレに情報を流したの、そっちだろうに」
『あっはははは。何のことかな?』
「『あははははは』」
狐と狸の化かし合い。おそらく見る者が見たらそう見えるだろう二人が同じ顔で笑い合う。実のところ、カイト達がシンジゲート幹部の脱出を察知出来たのはアメリカからのタレコミがあったからだ。
普通に考えてシンジゲートが小型とは言え潜水艦を持っているなんて誰も思わない。そして潜水艦については秘密の地下水路を通って直接屋敷に出入りしており、普通には発見不可能だ。それが意図も簡単に察知出来ていたのだから、どこかから前もってのタレコミがあったと考えて良いだろう。
そしてそこから、カイト達はアメリカの望みを正確に理解した。アメリカの望みは言うまでもない。幹部を生かして捕らえてくれ、という話だった。そしてだから、カイトも昨夜工作員に対して謝礼と言う単語を出したのである。
「シンジゲート幹部が船ではなく潜水艦で移動している、という情報。どこで仕入れたかは知らんが役に立った。その礼はしたと思うが?」
『いやぁ・・・君ならわかってくれていると思うがね』
ジャクソンの目が鋭く細められ、光った様な印象を与える。が、勿論これはカイトもわかっていっている。敢えて言えば意趣返しという奴だ。
「ま、勿論わかっているとも。今時スマホが水没してぶっ壊れるなんて話があるはずがない。で、奴を生かして捕らえてそちらに引き渡した時点で、スマホが無い事に気付け無いそちらでも無いはずだしな」
『当然だね。で、現物はどこに?』
「アルターでバックアップを取ってもらって解析させている。そっちだってこれぐらいはわかってるだろう?」
『勿論』
カイトの問いかけにジャクソンはこのカイトの行動が何の問題も無い事を明言する。彼らが欲しいのは情報。とは言え、今回は事の性質としてカイトと日本政府に動いてもらっていた為、自分達だけで独占出来るとは考えていない。事の性質上、米軍は不関与だったからだ。
そして勿論、米軍が関与した所でカイトが手練手管で中身の情報を密かに回収してくるだろう事ぐらいわかっていた。ならば問題視するより認めた方がよほど円滑に話が進む。
「クラフト社の社員にもどうせお宅の工作員、居るんだろ? いや、工作員ってか裏の事情知れる奴って感じだけど」
『明言はしないでおくよ』
「あっははは・・・ま、とりあえず。提携先の企業の社員が提携先に少し相談があって来ました、と言っても不思議はないだろう」
ジャクソンの笑いながらのはぐらかしにカイトは応じつつ、何故その名を出したのかを僅かに明かす。そしてそれだけで、ジャクソンもおおよそカイトが望むカバーストーリーを把握した。
『なるほどね。クラフト社とアルター社は共に業界ではかなり密接な関係と言われている。唐突に来たとて特に不思議はないだろうね。そして何らかの事情でスマホを受け取ったとて、IT関連企業同士なら不思議はない』
「だろう? それにどうせそちらも軍とクラフト社に解析を頼むんだろうからな」
『まぁ、当然の話だけどね。こちらからクラフト社に頼んで回収してもらっておこう』
無条件に信頼する事とこれは話が別だ。故にカイト達も彼らのやり方で情報をしっかりと入手するし、アメリカだってしっかりと自分達のやり方で情報を入手しておく。これが彼らのやり方だった。ある意味ビジネスライクであるが、これが一番彼らにとってやりやすい付き合い方だった。
「そうしてくれ。こちらはバックアップを取っただけだ。マスターはそちらに献上しよう」
『感謝するよ。では、後始末はこちらでやっておこう・・・カリブ海で良いかな? メキシコ湾のロブスターは好みでね。私も嫌だ』
「そこらはお好きに。とりあえずオレの腹に入らなきゃどうでも良い」
『私もだよ。でもとりあえずしばらくカリブ海のロブスターは食べない事にするけどね』
カイトとジャクソンは最後に冗談を交わし合う。そうして、両者の笑い声を最後に、通話は終わりを告げた。
「終わった・・・ねみぃ・・・」
カイトは通話を終わらせると、そのまま眠そうにベッドへと倒れ込む。が、そうして早々に不機嫌さマックスのルイスに捕まった。
「おい、貴様。そのまま眠れると思うなよ」
「なんだよ。もう一回今からお望みか?」
「そういうわけではないがな・・・とりあえず、私が眠るまで抱いていろ」
「はいはい、お姫様・・・これで満足ですか?」
「ああ、良いだろう・・・では、もう一眠りする事にしよう」
カイトに抱き寄せられて、ルイスがその心音を頼りに心地よさげに目を閉じる。それに合わせて、カイトももう一眠りする為に目を閉じた。
そうして、ウトウトと心地よい気配が漂ってきた所に、その安眠を邪魔する者が現れた。が、それについては普通に天音家への来客なのでカイトはスルーしてそのまま眠る事にする。
「宅配かな・・・くー」
「すー・・・すー・・・」
「ふみゅ・・・んにゅ・・・ヴィヴィ、じゃまー」
「ごめんね・・・」
やはり多人数が一緒に寝ているからなのだろう。所々で誰かがぶつかったりしていた。が、それについては何時もの事だし、時折カイトが追い出されているのも何時もの事だ。そして誰かが起きてカイトとイチャつきだして他の全員が目を覚まして、という具合が何時もの風景である。が、今日はそう言う事にはならなかった。
「カイトー! お客さんー!」
「んぁ」
綾音の声でカイトが目を覚ます。一応別空間に繋げているわけなのであるが、部屋そのものの出入り口は面倒なので天音家のカイトの私室の扉と繋げてある。早い話が扉を扉という概念として魔術的な要素で利用して、『転移門』に見立てたのである。
魔術的にはよく使われる理論で、空間を歪めたり扉の先の空間を別の所に繋げたりする場合に有用だった。扉という概念がそもそもであるので、普通に空間を置換したりするよりも簡単らしい。悪意ある使い方だとその扉の繋がりを利用して、永遠に出られない空間を作る事も可能だそうだ。
なお、デメリットもきちんとあって、扉という概念を利用している関係で扉を破壊されると空間の繋がりが元通りになってしまうらしく、脱出したりするのは簡単だそうだ。勿論、大抵そのデメリットはこの領域まで至った魔術師なら常識として把握しているので扉に強固な守りを施しているので、簡単ではない。
「またかよ・・・今日は千客万来だな・・・」
「・・・おい」
「客だよ、しかも表の・・・」
「ちっ・・・」
カイトが動いて目をさましてしまったルイスであるが、『天音 カイト』としての客では仕方がないと送り出す事にする。そうしてカイトは手早く寝巻代わりの作務衣を羽織り、寝ぼけ眼を擦ってリビングへと移動する。
「来おったか!」
「あ?」
リビングでカイトを出迎えたのは、他ならぬ蘇芳翁であった。それにカイトはしかめっ面だがそんなカイトにお構いなしに蘇芳翁は激怒していた。
「これは一体全体何があった!」
「あん? ああ、それか・・・」
カイトは提示されたスマホの写真を見て、何があったか理解する。
「昨日の馬鹿共だよ」
「なん・・・じゃと・・・」
蘇芳翁が愕然と膝を屈する。まぁ、彼がここに来て、更には激怒しているので原因は敢えて言うまでもないだろうが、原因は天下五剣の一振り『大典太光世』にある。
昨日の時点でカイトが憤慨していたが、彼が憤慨する領域な時点で状態は察するにあまりある。刀身はかなりボロボロで、碌な使われ方をしなかっただろう事が察せられた。
であれば、刀匠である蘇芳翁は激怒するだろうと察するに余りある事だろう。そして案の定、居ても立っても居られない状態になり、詳細を聞くべくこちらにまでやってきたということだろう。幸いカイトは彼と表向き知り合いだ。来ても不思議はない立場なので出来た事だった。
「・・・そやつらはどこにおる。儂が目に物見せてくれるわ・・・天下五剣を・・・『大典太光世』をかように扱うとは・・・全ての刀匠、剣士への侮辱も良い所じゃ・・・逆鱗に触れた」
「おい、爺。とりあえず落ち着け。口から火が漏れ出てるぞ」
カイトはおおよそ理解出来てはいた事なので苦笑しながらとりあえずリビングの椅子に腰掛ける。一応魔術で隠蔽しておいたが、流石に逆鱗に触れた馬鹿のお陰で自宅が全焼という事態は避けたい所だった。
「ま、安心しろ。さっきと言うか朝一番より前に・・・彼から電話があった」
カイトはテレビのリモコンを操って朝のニュース番組を映し出す。相手はアメリカ合衆国の大統領。確実に何処かのニュース番組には登場しているはずだと思いチャンネルを移していたが、案の定テレビを付けるだけで出てくれた。どうやら彩斗が出勤前に見ていたらしい。丁度良かったという事だろう。
「ふむ・・・」
つーん、と不満げな蘇芳翁が先を促す。放っておけば今からアメリカに乗り込みかねないほどだった。というわけで、カイトは笑いながら先程までの一連の流れを教える。
「ま、というわけで明後日にはカリブ海の底じゃね? 生かされてもどっちにしろ情報を露呈させた幹部なんぞボスのお怒りを買うわけだろうし、生命はねーな。そもそも拠点壊滅させられてるわけだしな」
あはははは、と笑いながらカイトは確実に殺される事を明言する。どこをどう転んでも昨夜カイト達が捕らえたシンジゲート幹部は生きてはいられない。アメリカ政府とて保護する理由もない。
と言うよりそもそもカイトが引き渡したのはある意味では悪名高きCIAだ。それも非合法な対応をメインとした部署である。証拠を残さない為にも、消すか最悪顔は変えさせる。それでもやはり、最終的には碌な事にはならないだろう。
「むぅ・・・まぁ、それなら良いか」
どうやら確実に死んだと思える状況に追い込まれていたのを見て、蘇芳翁も溜飲を下げたようだ。もし生きていそうなら、カイト達が敢えてシンジゲート幹部の情報をシンジゲートに漏らしても良い。
別に生きてようと死んでようとカイトには興味はない。身柄を引き取ったアメリカも情報が手に入った後なら興味がないだろう。
どうせ碌でもない事しかしていない悪人だ。証人保護プログラムにしてもどうせ裏なのでまともに働くとも思えない。彼らの良心も痛む事はない。そこらは蘇芳翁に任せる事にしても良かった。
「んで・・・なんで朝一からこっち来てんだよ」
「む・・・いやぁ、すまんすまん。実は稽古で少々外に出ておった。で、朝一番に刀花より写真が届いての。居ても立っても居られないと気付けばお主の家まで来ておった」
「おいおい・・・ん? ってことは爺。稽古は?」
「・・・あ」
蘇芳翁はカイトの言葉にはっと気付いた様に時計を見る。そして、慌てて立ち上がった。
「す、すまん! ああ、これの修繕は儂がやる! 他の誰も触らぬ様に命じておけ! おぉ、綾音殿! すまぬが、少々急用故、失礼を!」
「あ、はぁ・・・」
「はぁ・・・何歳だよ、あの爺・・・」
「何があったの?」
大慌てで出て行った蘇芳翁が出て行った玄関を見ながら、綾音が問いかける。何があったかはわからないが、気付けば大慌てで去っていったのだ。まさに、怒涛の如くという言葉が良く似合った。
「稽古の時間忘れてたんだって。来た理由は知らん」
カイトはもう色々とどうでも良くなって丸投げする。と、それに更に突っ込んだ所を聞こうとした所に、今度はスマホに着信が入った。
「・・・次は・・・はぁ」
『ああ、ブルーか』
「わーってるよ。事情を説明してくれね・・・」
カイトは本当に朝から千客万来の状態にため息を吐きつつ、皇志に向けて『大典太光世』の処置などを説明する事にする。そうして、この日の朝は怒涛の如く各所からの来訪者達により、潰れる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




