断章 第22話 天照大御神という女神
太陽の異常活性により体調を崩してしまったヒメの看病を行う事になってから、少し。8月に入って数日経過した頃の話だ。幸いな事にカイトに莫大な力の一部を融通した事と太陽の異常活性も一段落しており、太陽と化していたヒメも天岩戸から出れる様になっていた。が、それでも一つまだ治らない事があった。
「なるほど。それだけはそのままなのか」
「ええ、そう。どうしても太陽が活性化している間だけは、私はこのままよ。この活性化も太陽の惑星現象としての活性化ではなくて、魔術的な意味での太陽の活性化ね」
相も変わらず天岩戸の中にて、カイトの問いかけにヒメが頷いた。まぁ、そういうことだ。彼女の口調を見てもわかるだろうが、ヒメは所謂日蝕モードの状態のまま固定されていたのである。
「と言うより、貴方は私の事をまだよく知らないわね」
「まぁ、そこそこ知っているという感じだが」
「ええ、そうね。でもその程度よ」
傲慢かつ高慢に。ヒメは少し突き放す様にカイトの言葉に同意する。が、実のところ彼女はカイトにもたれ掛かる様に腰掛けており、右手で小さくカイトの服の裾を掴んで離さない。
どうやら口と内心は別々に動くタイプの女神様なようだ。まぁ、こういう少女はカイトからすれば慣れっこなので、好きなだけ甘えさせてあげる事にしていた。
「ということで、教えてあげるわ」
「はいよ」
「私が、この天照大神が直々に教えてあげるんだからもっと嬉しそうにする!」
「はいはい、では教えてください」
怒った様なヒメに対して、こういう強気なヒメが珍しいのでカイトは少し楽しくはあった。後で少女形態になった時にどう茶化してやろうか、と思うと今から嗜虐心が疼いていた、と言っても良いかもしれない。相変わらず彼も彼で良い性格だった。
「よろしい・・・えっと、そもそも私、本来はこの姿が本物なの」
「ん? ということは日中も落日も全部擬態なのか?」
「うん」
ヒメはカイトの言葉にはっきりと頷いた。実はここらはヨミやスサノオら三貴子の姉弟達も知らない事なのであるが、あの変貌にはきちんとした理由があるらしい。
「・・・ほら。この私って気が強いから・・・太陽の性質は暖かで優しい、という側面もあるけど同時に時として人に牙を剥く事もある」
「ふむ・・・イカロスの翼か?」
「西洋では、そういうわね」
確かに、カイトとしても言わんとする事は理解出来た。そして今のヒメの性格も理解出来る。少し刺々しいのは、カイトが近づいたからだ。太陽は確かに暖かな光を与えてくれるし、誰しもに平等に力を与えてくれている。
が、ギリシア神話に語られる知恵者・ダイダロスの息子・イカロスの様に近づけばその身を焼く炎――イカロスの時は翼のロウを溶かしたわけだが――となるだろう。このイカロスの物語やバベルの塔は不遜にも神に近づいた者の末路の代名詞と言えるだろう。
「難儀な性格してるな、お前も・・・」
「うるさい」
つーん、とヒメは口を尖らせる。わかってはいるがこれが性質なのだから仕方がない。カイトはそれを愛でるだけだ。
「まぁ、そういうわけで。これじゃ駄目でしょ、栄えある天照大御神がこれじゃあ」
「・・・」
ヒメの同意を求める問いかけにカイトは無言を貫く。無言を貫くあたり、彼も女心を少しは理解出来ているらしい。が、それもまたある意味では間違いなわけで、ヒメは不満げにカイトを見上げる。
「なんか言いなさいよ」
「どう言っても怒るだろ」
「・・・」
事実である。故にヒメも一瞬呆気に取られるしかなかったようだ。ここら、カイトは女は面倒だと思う所なのであるが、この場合沈黙しようとイエスと答えようとノーと答えようと結論としてヒメは怒る。
イエスなら傲慢だ、と言っている様なものだし、ノーなら照れ隠しで怒られる。なら沈黙してこう答えるのが一番丸く収まる可能性が高かった。
勿論、それでさえ正解でない事もある。が、まだマシというわけであった。伊達に何年もツンデレ少女と一緒に居なかった。そしてどうやら、これは今回は――あくまでも今回は、である――正解だった。
「・・・まぁ、良いわ。そういうわけで、あの何時もの日中の姿なのよ」
「ふーん・・・でも根っこは同じなんだろ?」
「そうね。あれは・・・そうね。貴方に分かる様に言えばギルガメッシュが日本に来た頃より少し後、神武天皇とか言われる男が出た頃より少し前、という所かしら」
「ふむ・・・大体紀元前10世紀頃か。その頃であの見た目だと大体ねんれ、ごふっ! んぎぎぎぎぎ!」
「・・・」
カイトが悲鳴を上げる一方、ヒメは無言でカイトの脇腹を肘鉄した上でグリグリと圧迫する。まぁ、結局カイトなぞこんなものである。無意識的に年齢に纏わる話をしてしまっていたのであった。
当然、ヒメは神様なので見た目がこれでも数千歳以上である。見た目がこれとて年齢は一応気にしているのであった。
「ご、ごめんなさい・・・」
「よろしい。これに懲りたら女の年齢を探ろうなんてしない事ね」
「は、はい・・・つ、続けてください・・・」
なんとか終わったお仕置きを受けて、カイトは更に何かいらない事になる前にヒメに先を続ける様に頼む。それに、僅かに不機嫌に彼女は続けた。
「・・・じゃあ、続けるわよ。あの頃の私は本当に人類愛に満ち溢れている。ええ、自分で言うのもなんだけど、ちょっと人見知りだけど天真爛漫かつ純真で誰よりも愛らしい神様と言って良いわ」
「問題なしに同意しよう」
「でしょう?」
ふふん、とヒメが鼻を鳴らす。が、これには同意しか出来ないのだから仕方がない。あそこまで人に愛される性質を持っている神様も稀だろう。唯一の悪癖は人見知りであるが、それだって愛嬌と言える。そうして、一転ご機嫌になったヒメが更に解説を続けた。
「それに対して、夜の私は傲慢さや高慢さ、神としての性質が色濃く出ている」
「ふむ・・・もしかして己の太陽神としての性質を二つに割ったのか?」
「そういうことね」
カイトの答えにヒメは頷いた。これは日中の彼女を見ていれば不思議に思えるが、実は神様ならば別に不思議な事は何も無かった。実は神様、ひいては種族的には神族という種族はシステム側の存在でありそもそも強大な力を有する為か、どこか人を見下した様な態度を取る事がある。
それは人懐っこいインドラや好々爺に近いゼウスらとて変わらない。ギルガメッシュが語った神代を見ればよく分かる話だろう。彼が時代を変えたから、神々もまた大きく変わっただけにすぎない。今でもどこか、そういう所が無いではない事は確かだ。
が、日中のヒメにはそれは一切見受けられない。誰しもを対等に愛し、対等に扱う。人も神も動物も一切変わらない。ある意味では真王と同じ性質を彼女も持っていたのである。が、それは神としてまだ未熟な頃だから手に入れられていた話だった。
「あの稀有な性質を私は失いたくなかった。この国は、人々が共に暮らせる国でありたかった」
「・・・」
ヒメの天照大御神としての思いが語られる。それはかつて、彼女の父がギルガメッシュに語った国の在り方だ。が、やはりイザナギが見通していた様に、いつまでもあの頃のままでは居られなかったようだ。そうして、彼女はこてん、とカイトへと少し強くもたれ掛かる。
「・・・成長と共に、人と同じように神も変わる。いつまでもあの頃のままというわけには、いかないの。だから私は己の神としての性質を夜に預け、昼日向の中ではあのかつての姿を取れる様にしたわけ。でも、本来の私は一つになったこの私なのよ」
「・・・はぁ」
カイトは思わず、ため息を吐いた。もはや一切紛うことなく、彼女は確かにヒメだ。少々性格が変わっているが、彼女がヒメで無いはずがなかった。
「うん、間違いなくお前はヒメだ」
「そう言ってるでしょ」
「そうじゃない・・・そんな優しい女の子がヒメで無いはずがない、って話だ。成長しても、大切な所は変わってない。日中も落日も今も、ヒメはヒメだ」
「っ~~~」
飾らず、ただ率直に述べられた言葉にヒメが顔を熱以外の要因で真っ赤に染める。そうして、ドスドス、とカイトの脇腹を肘で殴打する。どこからどう見ても、今度は照れ隠しである。
「ぐっ! いてっ! いてっ! ちょ! なんだよ! 褒めただろ!」
「っ~~~~~」
無言と言うか変なうめき声を上げながら、ヒメは肘鉄でカイトを押し倒して更にまくらを投げつけてその上からカイトを殴打する。が、カイトの方も楽しげなので、これが照れ隠しとわかっているのだろう。そうして、しばらくのじゃれあいの後。若干息を切らせた二人は再び座っていた。
「不遜。すっごい不遜。天照大御神を口説くなんて・・・」
「不遜許されたもんねー」
「くぅぅううう! 最悪! 最悪! 最悪!」
勝ち誇った様子のカイトにヒメは臍を噛んで悔しがる。が、ここで許可を取り消さないあたり、本心は丸見えである。と、そうして更にもうしばらくじゃれ合った後。カイトは唐突に素面に戻った。
「・・・うん。大丈夫だな」
「何が」
「体調。これだけ騒げればもう大丈夫だろ。熱も下がってるみたいだしな」
「・・・」
この男は。ヒメがジト目で睨みつける。が、それにカイトはまるで暖簾に腕押しだった。これが、カイトである。そして逆説的にはこれはカイトがヒメの望みどおり、一人の女の子として扱っている証でもあるのだ。文句も言えない。
「さ、それじゃあ外に出るか。いつまでもここに居たら気が滅入るし、ヨミも心配してるからな」
「・・・」
「なんだよ」
相変わらずジト目のヒメがカイトをじーっと見詰める。
「罰。お姫様抱っこして行きなさい」
「はぁ・・・はいよ、お姫様」
カイトはヒメの求めに応じて、彼女をお姫様抱っこで抱きかかえる。そうして、カイトはヒメと共に、天岩戸から外に出ていくのだった。
さて、それからすぐ。ヒメはヨミに無事な姿を見せていた。なお、お姫様抱っこは沽券に関わる――ならやらせるな、とはカイトの心の声である――との事で出入り口の所で解除した。
「ああ、姉上。どうやら体調は元に戻られたようですね」
「ええ、そうね。心配かけてごめんね」
「いえ・・・そう言う所が貴方らしいので。ただし、今後はもし事が起きそうならすぐにカイトを呼ぶ事。容態は聞きましたよ。そこまで悪化するのでしたら、何故一言誰かに言わないのですか」
「ごめんなさーい」
ヨミから強く怒られて、ヒメは申し訳なさそうに謝罪する。体調が悪化する事はバレていたが、ここまで悪化するのはカイトが入って初めて知られた事だ。故に結構お冠だったようだ。
「はぁ・・・まぁ、そう言う所が姉上らしいというわけですが・・・それで、これ。預かっていたスマホです」
「あ、ありがと。あ、そうだ!」
「はい?」
「んぉ?」
唐突に声を上げたヒメに対して、カイトとヨミが目を丸くする。そうしてそんなヒメが言った事は、少し前の事だった。
「カイト、お姫ちゃんのスマホ」
「ああ、そう言えば。何時行く?」
「今から。流石にここ当分天岩戸に引きこもってたら外が恋しいのよ」
ヒメは今から、とカイトを急かす。と、それは良かったし別にカイトも予定は無いといえば無いのだが、そこに着信が入った。
「いえ、姉上。その前に・・・着信が」
「あれ? っと、ホントだ。マナーにしっぱなしだった。あ」
着信を取ろうとしたヒメの顔が凍りつく。それに、画面をカイトが覗き込んだ。
「誰?」
「あんたの母親・・・うぅ。しょうがない。やるしかないわね」
ヒメは綾音からの着信に覚悟を決めて、応答を押した。
『あ、ヒメちゃん?』
「綾音ちゃん? ごめんね、今まで電話に出れなくて」
『あ、ううん! それで、風邪だったんだって? 大丈夫?』
「うん、もう大丈夫! でもちょっと夜更かしとかしてたらヨミちゃんにスマホ没収されちゃってて・・・」
『もう・・・』
「ごめんね、心配掛けちゃって・・・」
大人状態のヒメの口から、愛らしい日中モードのヒメの声と口調が語られる。明らかに違和感ありまくりだった。覚悟を決めたのはそれ故らしい。そうして、しばらくの後。幾つかの会話が終わってお盆頃にまた会う事を約束した二人は通話を終了した。
「・・・何よ」
「いや、何も言ってないけど」
「・・・どうせ似合わねー、とか思ってるんでしょ。ええ、ええ、そうですよ。ぶりっ子ですよ」
「いや、何も言ってないし思ってないんだが・・・」
イジイジと体育座りでいじけるヒメに、カイトは思わず少しだけ笑う。どうやらしっかり落日モードのヒメの性質も受け継いでいるようだ。どちらかというと性質はそちらの方が強いのだろうが、それは今の彼女の容姿からしても納得出来るという所だろう。
「で、母さんはなんて?」
「お盆にまた会いましょうって。一応、私達もそっちに里帰りしてる事にしてるから」
「ふーん・・・で、今から行くのか?」
「行く」
カイトの言葉にヒメは気を取り直して立ち上がる。そうして、ヨミに後のことは任せてカイト達は一路、富士山の山頂へと密かに移動する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




