断章 第20話 太陽の力
ヨミの申し出を受けてヒメに会う為天岩戸に入ったカイト。その目的であるヒメとの再会は果たせたものの、彼女の身体が熱病に近い状況にある事を理解すると、とりあえずの用意を整えると即座に天岩戸から脱出していた。そんな彼を外で出迎えたのは、僅かな心配を露わにしたヨミであった。
「どうでしたか?」
「案の定、って所」
「やっぱり・・・」
大凡予想されていた事ではあった為、ヨミはため息混じりに肩を落とすだけだ。
「ひどそうですか?」
「ひどいな。ある意味では想像以上だ。っと、とりあえず粥の用意、頼めるか? オレは少しやりたい事があってな」
「やりたいことですか?」
「ああ。とりあえず状況と原因は掴めてる。ちょっとそこから星矢殿に連絡したくてな」
カイトはスマホを取り出して首を傾げたヨミへと告げる。ヒメの状態をどうにかするにしても、兎にも角にも知らねばならない事があったのだ。
「ふむ・・・何かはわかりませんが、良いでしょう。そちらについてはおまかせしましょう」
「悪い、頼んだ。流石にヒメちゃんの味の好みまではわかんないからな」
「ええ。そちらは、私の方が把握しているでしょうからね。では、そちらもお願いします。どれぐらいの時間が必要ですか?」
「そんな時間は掛からないと思う・・・が、こればかりはあまり。まぁ、わからんでも問題はないから、遅くとも二時間で用意は終える」
「わかりました」
少し困った顔のカイトの返答にヨミは頷くと、早速用意に取り掛かる。それを横目に、カイトも急いで高天原から外に出た。
「さて・・・ホットラインを持ち合わせておいて良かった、と・・・」
カイトは己の持つ通信用の魔道具を起動して、都内の首相官邸へと通信を繋げる。今日外遊の日程が入っていない事は把握しているが、星矢がどういう状況かは賭けだ。なんとかなれば儲け物という所である。そしてどうやら、賭けに勝ったらしい。
『なんだ』
「ああ、良かった。少々急ぎの用事が出来た」
『急ぎか』
「ああ・・・事は少し大事でな。天照大神様に関わる事だ」
カイトはあまり事情を語らない様に、そう言うだけに留めておく。流石に太陽に影響されてあそこまで体調を崩すというのはあまり知られて良い事ではない。総理大臣さえ知らないという予想は簡単に立てられたので、カイトは黙っておいたのである。
『ふむ・・・』
星矢は少しだけ、カイトの顔を見る。そしてそこにあった僅かな焦りを見て、これが本当だと理解した。
『わかった。なんだ』
「ああ。少し国立天文台より太陽の活性化に関する情報が欲しい。それも単なる情報ではなく、詳しい情報だ」
『太陽の活性化? ふむ・・・新聞にも乗っていたが・・・それが何故だ?』
「理由は明かせん。が、オレが直々に動いている時点でそこそこの大きな理由と考えてくれて結構だ」
『わかった。詳しくは問わん。即座に主任研究員にでも連絡を取れる様にしよう』
星矢はカイトの言葉が嘘でない事を理解すると、それ以上は問わずにカイトへとアポイントを取ってくれる。よしんば興味があったとて、流石に天照大神の名を出されては否やは言えない。
更には天照大神の命――これは星矢が勝手に勘違いした――とまで来ている。そうして、本当にすぐに国立天文台の主任研究員からカイトのスマホに着信が入った。
「ああ、オレだ。詳しい身の上等は聞いてくれるな」
『えっと・・・天城首相よりお話を伺いました主任研究員の天星です。総理より太陽の異常活性について伺いたいとの事でしたが・・・』
「ああ。少々理由があって幾つか伺いたい」
カイトは天星と名乗った主任研究員との挨拶をそこそこに、幾つかの事を問いかける。ヒメの事を考えれば、残念ながら時間はあまり無いのだ。手早く済ませる必要があった。
「ふむ・・・であれば、あまり正確な予想は立てられないと?」
『はい。何分太陽の事ですから・・・活性化等が始まった段階でこれから高まっていくという事を推測して予測を立てる事は可能ですが、年単位で、例えば来年の今頃太陽が活性化するという事を理解するのは流石に・・・一応、太陽の活動についても波はありますので簡単な予測は可能ですが、その段階でも具体的に活性化を正確に予想する、というのは・・・』
やはり学者らしいという所なのだろう。決して天星は確証を得られている事以外では明言や断言する事はなかった。
「そうか・・・わかった。とりあえず感謝する」
『いえ、お力になれれば幸いです』
カイトは手早く礼を述べると、電話を切った。
「ふむ・・・活性化の予測が立てられれば、と思ったんだが・・・」
カイトは今の会話で得た情報を脳内に開示しながら、少しだけ苦味を浮かべる。そして更にわかった事だが、どうやら今回の活性化はその予測からも外れた物だったらしい。新聞に書かれていたのであるが、カイトもすっかり失念していた。唐突に始まった、というのはそういうことだったのだろう。
「何かがあった、可能性はあるな・・・いや、今は考えても詮無きことか。とは言え、桜姫とヒメちゃんの会話から考えれば、何らかの前兆はありそうか・・・それで、急いで引きこもったわけか」
とりあえず万が一が起きる事はないとカイトは安堵しておく。前兆が分かればヒメとて天岩戸に引きこもる。が、それは彼女の性格と地球の現状を考えれば当たり前の事なので気にする必要はないだろう。
「これが何日続くかは不明か・・・一週間程度なら良いんだが・・・」
カイトは僅かに顔を顰めながら、後何日この状態が続くか考えてみる。が、専門家達が無理なのにカイトが出来る道理はない。ということで、カイトはまた別の専門家に意見を求める事にした。
「と、言うわけ」
『ふむ。なるほどのう。そういう・・・ふむ』
カイトの話をスマホで聞いたティナが興味深げに頷いた。星矢には語らなかったがティナには普通に語って良いだろう。と言うより、彼女の意見が一番確かだ。その為には隠すことなく明かすのが重要だろう。
「何か手はないか?」
『ふむ・・・興味深い話というたがのう。実はそれは唯一神にも似た状態というわけじゃ』
「ふむ・・・確かに。肉体が耐えられていないという意味では似ているな。が、こちらは処理しきれていないというより、単に神の力が高まった結果だろう」
『うむ。厳密には違うと言って良いじゃろう。ふむ・・・そうなると幾つかの手を考えておるわけであるが、その中から今回丁度良さそうな物となると・・・』
ティナはカイトの求めに応じて、幾つかの方策を考える。彼女にしてもヒメは友人だ。出し惜しみをするつもりはなかった。
『ふむ。一応聞いておきたいが、内部に魔道具は持ち込めそうか?』
「厳しいだろうな。サラの援護があれば別だろうが」
『であれば、あまり道具に頼る方法はせん方が良さそうじゃのう。もし万が一何らかの事情で壊れた時が面倒か』
カイトの意見を受けて、ティナは更に幾つかのアイデアを練っていく。そうして、しばらくして答えが出たらしい。
『うむ。考えたぞ』
「教えてくれ」
『何。簡単な事じゃ。その力を一部お主が肩代わりしてやれば良い』
「ふむ?」
カイトは先を促す。言わんとする事は理解出来る。唯一神は己の中に流入する祈りを処理しきれず、あの状態に陥っている。となるとまず当然として考えられたのは流量を減らすか、出る量を増やすかのどちらかだ。が、この試みは考案の段階で失敗が予想された為、採用されるには至らなかった。
というのも、流量を減らすには信者達を減らすか祈りを減らすしかないのだが、それは流石に難しい。表世界に神や異族の存在を公表すればそれこそ大事件だ。更には、逆に公表されればより一層祈りを捧げる者が現れるだろう。そうなると本末転倒だ。色々と見極める為にも、時期尚早として却下された。
では次に考えられたのが、出す量を増やす事だ。こちらについては天使達が居る為、比較的成功の見込みが高いのでは、と予想された。
が、これもまた最終的には失敗が予想された為、試案の段階でストップとなった。何故、失敗が予想されたのか。それは簡単に言って蓄積された魔力の量が尋常ではなかったからだ。
その総量は桁違いと言われるティナやルイスをも上回っており、唯一無尽蔵とさえ言われるカイトには及ばないという正真正銘桁違いの量だったのである。この総量を処理しきれるとなるとどうしても唯一神個人の助力が不可欠になってくるし、カイトの助力も不可欠だ。
後者はともかく前者は現状では不可能と判断されたのである。が、そこに至る前の段階で何処かへパスを創る為の幾つかの方策は考えられていた。それを利用する、という事なのだろう。
『お主と余、ルルの間に魔力的なパスがある事は知っておろうな』
「ああ、勿論な」
『うむ。通常、それは閉じておるわけであるが、それと同じじゃ。特に相手は神、それもお主に縁の深い神じゃ。別にヤる必要・・・と言うか、粘膜での接触なぞも必要ない。この場合、日本の総氏神という役割を利用して、氏子という立場でお主へ力を融通出来る様にすれば良い』
「なるほどな。天照大神とは日本の総氏神。である以上、オレとの間には自然と魔力の流路が構築されている。こればかりは、というやつか」
ティナの説明にカイトはなるほど、と納得する。彼は日本人だ。それだけはどういう旅があろうと、どこに骨を埋める覚悟をしようと覆せない事実である。であれば、この時点でカイトとヒメの間には流路が構築されているのである。
『うむ。日本で生まれた以上、それは自動的に日本の風習に則って総氏神より加護を受ける。これは日本という国の概念が持つ自動システムの様な物による付与であろうが、それでも構築されるのは事実じゃ。そこから、お主が一部肩代わりしてやれば良い。まぁ、それでも一部であろうが、少なくとも今より遥かにマシな状態にはなるじゃろう』
「そうか・・・あ、それで一応聞いておくが、まさかオレまでぶっ倒れる様な事にはならないだろうな? 流石にオレまでぶっ倒れたら本末転倒だぞ」
『ふむ・・・まぁ、ならんじゃろう。お主の場合は耐えきれる力の量はヒメより遥かに上と言える。これは予想じゃが、少し身体が火照るという程度じゃろうな。お主なので襲っても良いじゃろうが、流石に状況で自重せいよ。お主の状態如何に応じては、下手をするとパワーアップ程度にしかならんかもしれんのう』
「おけ、りょーかい。とりあえず問題はなさそうか」
『うむ』
カイトのとりあえずの言葉にティナははっきりと頷いた。何か危険は起きる事はないと言うのが、聞いた限りでのティナの答えだ。更に詳しくは実際に見てみるしかないのであるが、残念ながらいくら彼女でも太陽の中には突っ込めない。
表層ぐらいまでならなんとかなるかもしれない、という所であるが流石に中心部までは無理だ。勿論、彼女の造る魔道具もそんな耐久性は無いと断言して良い。今回の調査は諦めるしかないだろう。
「じゃあ、とりあえずこっちで何日か居座る事になるかもしれん。適時連絡は入れる」
『うむ。情報、待っとるぞ。ヒメの容態や情報は余と言うか唯一神にとっても有用じゃ。手に入れておいてくれ』
「りょーかい」
カイトが返答すると、ティナからの通信が切れる。とりあえずこれで知りたい情報は知れた。後は、戻るだけだ。と、そうして高天原の天岩戸前に戻ると、すでにそこにはヨミが待っていた。
「ああ、来ましたね」
「ああ。色々と情報仕入れてきた。とりあえず風邪薬ならぬ対症療法は出来るかも、って事で一度試してみる。つっても出れるわけじゃあないけどな。それと、そうなると多分オレも出れないかもしんない」
「わかりました、ありがとうございます。それと、こちらがオモイカネと意見をすりあわせて作った姉上用のレシピになります。それとこちらが火之迦具土の力でコーティングされた土鍋です。彼曰く、火耐性はあるので多分、大丈夫だろうと。食材についてはそちらでなんとか」
「サンキュ。じゃあ、もう一回行ってくる」
カイトは材料と鍋等一通り受け取ると、食材にサラの力を付与して保護しておく。大精霊の力のオンパレードになるが、最高神かつ主神の為だ。問題はないだろう。そうして、カイトは再び天岩戸の中へと入っていく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




