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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第4章 楽園統一編

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断章 第8話 八百万謁見編 風邪? ――カイトの場合――

「ごほっ・・・あー・・・」


 週明け。カイトはベッドの上で寝込んでいた。そうしてそんなカイトから、ピピピ、という電子音が聞こえてきた。それが聞こえると、横に居たティナがおもむろにカイトの脇に手を突っ込む。そうして取り出したのは、細長い機械だ。言わずもがな、体温計である。


「39度2分・・・これは熱で良いのか?」

「おー・・・久しぶりに見たな、そんな高熱。」

天然娘(アウラ)の様に気の抜けた返事・・・うむ、風邪じゃな。」


 ぼんやりとしたカイトの返事を聞いて、ティナが即座に診断を下した。まあ、彼女がそう言うまでもなく、顔を赤らめて咳をするその姿はまさに風邪で寝込んだ病人だろう。


「ふむ・・・のう、カイト。」

「あー・・・?」


 そうしてそんな弱ったカイトを見たからだろうか。ティナが何かを思いついたらしく、少しだけイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「最近開発した新薬じゃあるんじゃがな?」

「いらん!」

「何も言うとらんではないか!」

「お前の新薬は当たり外れがでかいんだよ!治ればいいけど、外れたら髪が変色したりしたら大騒ぎじゃ済まないだろ!」

「良いではないか!」

「ダメだ!」


 久しぶりに得た実験台を逃がすまいと追いすがるティナだが、病人なカイトも必死で逃げる。そうしてドタバタしていたら、当然だがお叱りが飛んできた。1階からカイトの母・綾音が2階に上がってきたのである。


「こらー!」

「む・・・」

「た、助かった・・・」

「ティナちゃん。カイトは一応風邪だから、そっとしておいて上げて。」

「むぅ・・・悪かった。」


 ティナとしても病人相手にはしゃぎすぎたとは思ったのだろう。素直に綾音の言うことを聞いた。


「さ、ティナちゃんはもう学校だよ。」

「うむ・・・っと、そういえば綾音殿。三者面談のプリントを持って行こうか?」

「あ、ごめんね。じゃあ、お願い。」


 そうして二人は一度部屋を後にする。その後ティナは学校に出かけたらしく部屋に戻ってくる事は無かったのだが、数十分して浬や陸斗を学校に送り出すと綾音が戻ってきた。


「カイトー、朝ごはんどうする?」

「あー・・・なんかあのゼリーみたいなのの予備無かったっけー・・・」


 カイトは本格的に調子が悪いらしく、言葉がかなり間延びしていた。


「んー・・・ちょっと待ってねー。」


 カイトの返事を聞いて、綾音がパタパタと一度1階の台所に下りるが、直ぐに戻ってきた。


「はい。じゃあ、後はゆっくり寝てる事。」

「おーう。」


 そうしてカイトは母親からパックのゼリー状の食料を貰うと、そのまま再びベッドに引っ込んだのだった。




「風邪ですね。処方箋出しておきますので、ゆっくり休んでください。」


 それから数時間後。カイトは一眠りして病院に行くと、案の定の結論を下された。まあ、原因は把握出来ているので、異論は無かった。


「あはは、暑かったから井戸水ひっかぶったんですけど、ちょっと早かったですかね。」

「あはは、そうですねー。気をつけてくださいね。」


 カイトの言葉を聞いて、カイトを診断した医師が笑って同意する。寝て少し体調が回復したので、既に間延びしたしゃべり方では無くなっていた。まあ、それでも病院で熱を測定すると38度後半だったのだが。

 尚、カイトは休日の間に以前の村正の模造刀の改良の為に蘇芳翁の鍛冶に付き合っていたのだが、やはり夏場に鍛冶場は暑かった。それ故カイトも蘇芳翁に倣って上から井戸水をひっかぶったのだが、予想以上に冷たかったのである。その後も水を拭かずに暫く調整を行っていたのだが、それがいけなかったのだろう。


「お大事に。」


 カイトは更に薬局に立ち寄って風邪薬を貰って、家に戻る。戻るとどうやら母親は外出していたので、部屋に戻って着替えると、そのまま再びベッドに寝転がった。


「風邪・・・ねぇ・・・」


 納得は出来る。出来るがやはり釈然としなかった。というのも、カイトは体調を魔術で整えている。それ故に安心して冷水を被ったのだ。


「ルゥ。」

「はい、旦那様。」

「悪い、少し身体の精査を行う。周囲の警戒を頼んだ。」

「承りました。」


 カイトは母親が居ないのを良いことに、ルゥを呼び出す。風邪だろうな、とは思ってはいるが、それでもエネフィアで調整した術式を地球で使うと不具合があるか、と思ったのだ。場合によってはティナにも同じような影響が出るので、万が一の為に先に自身の状態を魔術で確認しておこうと思ったのである。


「・・・やはり影響があったか。」


 それから暫くの間目を閉じて意識を集中して、カイトは自身が常備で使用している魔術の深い部分まで精査していたのだが、やはり不具合が幾つか見つかった。どうやら極僅かだが世界間で魔力の質というか微妙な何かが異なっているらしく、その部分が澱の様に溜まっていたのである。おそらく自然治癒力で回復するだろうとカイトは考えたが、結論はティナと話し合ってからだろう。

 と、そこで目を開けてふと上を見ると、ルゥがベッドに上がってカイトに膝枕をして、りんごの皮を剥いていた。これをやるとあまり周囲に気を配れなくなるので警護の為にルゥを呼んだのだが、その張本人にそれを利用されて勝手に膝枕されていたのであった。


「はい、旦那様。あーん。」

「あむ・・・どっから持って来た。」

「台所から失敬致しました。ナイフは自前ですわ。」


 にこにこと笑って更にナイフにりんごを突き出して、カイトに差し出す。その手際は非常に手慣れたものであった。


「あむ・・・そのナイフ、狩猟用のだろ。つーか、いい加減に下ろしてくれ。」

「あら、照れてる旦那様も珍しいですこと。」


 カイトが熱では無い理由で頬を染めているのをみて、ルゥが笑う。だが、どうやら強引な看病をやめてくれるつもりは無いらしく、そのままだった。カイトにしても体調は戻っていないので無理に動こうとは思わなかった。


「まあ、いまさらそこらの魔物の肉切ったナイフで皮剥いてもなんも思わねえけどな・・・使い終わったらそっちのウェットティッシュで一応拭くか、下で洗っとけよ。」

「はい。」


 りんごを一つ食べ終えた所で、ルゥが一度下に下りて台所でナイフを洗って戻ってきた。手にはまたりんごがあった。そうしてまたベッドに上がろうとしたので、どうやら先と同じように動けない事をいいことに膝枕をするつもりなのだろう。だが、その目論見はもろくも崩れ去る。


「きゃ。」

「おっと。」


 ベッドに足をかけようとした所で、カイトが手を引いたのだ。そしてルゥはまるで引き寄せられる様にカイトの上に倒れこんだ。


「あ、あら旦那様。食欲が満たされたら性欲ですか?相変わらずお盛んですこと。」

「違うって・・・少しじっとしておいてくれ。」


 いきなり前にあったカイトの顔にルゥが思わず赤面するが、カイトはそれに薄く笑みを浮かべて否定する。そうして、カイトがこつん、とルゥの額に自身の額をひっつけた。


「・・・」

「・・・」


 暫くの間、沈黙が下りる。ルゥの方もカイトが何をしているのかを悟ったのだ。そうして二人の額が離れる直前、ルゥが少し強引にカイトの唇を奪った。


「お礼、です。」

「先払いで貰ったけどな。」


 まるで少女の様なルゥの言葉に、カイトが苦笑して返す。


「旦那様、そういうことは別にご自分のお身体が完治されてからでも良いですよ。」

「はは、お前らはオレ以上にオレの魔力に影響されやすい。何かあったら困るし、オレが辛い。それに、ルゥルにも合わせる顔が無い。」

「まぁ。そう言われては何も言えないでは無いですか。」


 更にお小言を言おうとしたルゥだが、カイトの言葉に何も言えなくなる。そう、カイトは自身の身体に魔力由来の影響が見えると、ルゥ達自分の魔力で受肉させている使い魔達に影響が出ていないかを第一に心配したのだった。先の額をくっつけたのは、その診断を行っていたのである。そうして、カイトはベッドに再び倒れこむと、診断結果を告げた。


「とりあえず、お前らの方には影響は出ていない。だが、何かあったら直ぐに言え。他の奴らもな。」

「はい、旦那様。」


 自分の精神世界に屯している他の使い魔達にも言い含めておいて、カイトは再び目を閉じる。それなりに精神を使う魔術を行使したことと、薬が効いてきた事で眠くなってきたのだ。


「寝る・・・少しの間頼む。」

「はい、私のかわいい旦那様。子守唄を歌ってあげましょうか?」

「懐かしい事を言うなよ・・・」


 優しげなルゥの言葉は、まだかつて彼女を使い魔として使役し始めた頃に言われていた言葉だった。もう十年近くも聞いていなかった言葉を子守唄に、カイトは眠りに落ちるのだった。




「・・・やはり風邪じゃ無いな。」


 そうして昼ごろに空腹感でカイトは目を覚ました。僅かに体調は回復しているものの、寝る前と殆ど体調の回復は見えなかった。だが、これはカイトには予想出来ていた。相変わらず魔力が澱の様に沈殿していたのだ。


「新陳代謝に任せるしか無い、か・・・」

「カイトー、おかゆ何で食べるー?」


 トテトテと廊下から足音が響き、扉が開いて綾音が顔を出してカイトに問いかける。


「梅干し。すっぱいの。」

「じゃあ、大阪のおばあちゃんが送ってくれたのあるからそれねー。」

「あ、うん。」


 ちなみに、近年すっぱい梅干しがあまり手に入らないお陰で、天音家では自分達で作っている。綾音お手製で、塩分21%以上である。何時の日かティナに食べさせようとカイトは密かに企んでいた。


「じゃ、食べたら洗い場まで持って来てね。」

「ああ。」

「ご主人様、あーん。」

「いや、さも当然な様にレンゲと茶碗ひったくんなよ・・・」


 ルゥを見ていて羨ましくなったのだろう。綾音が去って扉が閉まると同時に、ファナが現れてカイトからおかゆの入ったお茶碗とレンゲをひったくっておかゆを差し出す。そうして、カイトは若干疲れつつも昼食にありつくのであった。




 カイトが昼食を食べて暫く。ティナが帰って来たらしい。玄関の方から声が聞こえてきた。


「ただいま。」

「お邪魔します・・・」

「お邪魔します。」


 だが、どうやら一人では無いらしい。ゾロゾロと入ってきた気配に、カイトが首を傾げる。


「・・・あ、ご主人様。来るっぽい。」

「ええ、来ますね。旦那様、では、一度引っ込みます。」

「ええ、一度撤収させて頂きます。カイト殿、お大事に。」


 何故か看病に更に出て来た月花とルゥだったが、ファナと一緒に消える。気配がカイトの部屋に近づいてきたからだ。


「おう、バカイト。どうやら馬鹿だったらしいな。これ、こないだの借りの分だ。」

「ああ?」


 入ってきてそうそうに茶化したソラに、カイトが睨む。だが、病人の睨みは大して効果が無かった。そうして少しカイトの部屋を興味深そうに観察したソラだが、部屋にあった座布団を見つけるとそれをカイトの横たわるベッドの横に置いて座る。


「わりぃな。感染させちまったみたいで。最上センセもすまなそうにしてたぞ。」

「いや、気にするな。自分の体調管理がなってなかっただけだ。」


 どうやらソラは自分が感染源だと思って一応は詫びに来たらしい。まあカイトとしても真実を語るわけにも行かないので、土産を受け取って苦笑する。


「熱はどんなもんよ。」

「8度5分。さっきな。」

「あー・・・まあ、ゆっくりしとけ。俺ら隣で勉強しとくわ。」


 さすがに高熱の病人相手に長々とお喋りを楽しむ程彼も無遠慮でも無常識でも無かったらしい。彼はそう言うとそうそうに立ち上がって部屋を後にしようとドアノブに手をかける。と、そこでカイトが彼の背に声を上げる。


「ならティナを呼んでくれ。ちょっと話がある。」

「おう。ちょっと待ってろ。」


 ソラがそれに応じると、直ぐにティナがやって来た。そうして、カイトはティナに先ほど自分が精査した内容と推察を伝える。


「と、言うわけだ。お前も一度精査しておけ。」

「ほう、そんな事が起こるとはのう・・・興味深い。うむ、ならば余も少し精査してみるとするかのう。」


 彼女は非常に興味深げに頷く。そうしてティナが理解したのを見て、カイトが今度は現状を問う。


「で、お前は何があった?」

「うむ。まあ、今日から短縮授業じゃろ?」

「ああ、今週からだったか・・・」


 ティナの言葉に、カイトも今週から残りは全て短縮授業だった事を思い出した。


「何故か講習が非常に好評でのう・・・」

「ははは、いいことだろ。今のうちに子供時代を体験しておけ。」

「余は300歳を超えておるんじゃが・・・」


 ティナ自身の人柄もあるが、どうやら彼女は自分の教え方が上手い事は気付いていない様だ。なのでカイトは変に対応を変えない様に、そのままにさせておくことにして、再度ベッドに寝転がる。ティナにしてもカイトの言葉に文句を言いたいが、体調を崩しているのは事実だしその理由もかなり根が深そうだと理解している。なので少し不満そうに言っただけで部屋を後にする。そうしてその日はカイトは体調回復に努めるのだった。




 カイトは体調回復に努めていたのだが、問題は夜に起きた。


「暇じゃ・・・カイト、本当に組手は出来んか?」

「だから出来ねえっつってんだろ!どうなってるかもわかんねえ今の状態で魔術ぶっぱしたら、ヘタしたら地球吹っ飛ぶかもしれねえって!」

「むぅ・・・」


 ティナがかなり不満そうに頬を膨らませる。そう、二人がエネフィアに居た当時から何時も行っている朝の鍛錬は今日はやっていないし、彼女の趣味の新武器開発等にしても最近材料が得られないので大掛かりな物は出来ていない。鬱憤が堪らない様に朝一の鍛錬を欠かさなかったのだが、カイトが体調を崩した所為で今日はそれも出来ていなかったのだ。


「そんな暇ならそこのゲーム機で遊んでろ。あんなのでも最新技術の塊だ。とりあえずノーアラートでクリア出来たら考えてやる。」

「むぅ?」


 熱で苦しむカイトは、不満気なティナに対してテレビに接続された黒いゲーム機を指さす。中身は敵地に潜入して目標を達成するゲームだった。それも母親から借りた第3作目である。ネタが多いしよく作りこまれているので、綾音と二人で時折ネタプレイで大爆笑していた。


「おぉ!?なんじゃこれは!まるで実写の様ではないか!」

「そりゃ二十年も前のだから、最新のはパソコンでも見ろ。実写さながらだぞ。5が終わりだと思ったんだけどなぁ・・・とかなんとか母さんが言ってた。」


 そうしてひと通り操作方法を確認しようとした所で上げたティナの歓声に、カイトがなげやりに告げる。


「お・・・お・・・お・・・おぉ?」


 そうして適当にゲームを進めていたティナだったが、案の定敵に見付かって即座にゲームオーバーとなる。


「なん・・・じゃと・・・も、もう一回じゃ!」


 あまりにあっけない敗北に、どうやら闘争心に火が点いたらしい。それにカイトは安心して、再び体調回復に努める事にした。


「む・・・麻酔が足りんな・・・あ!しもうた!これではノーキルが出来んではないか!」


 その日。ティナは時間が足りなくなると判断すると時間の進みを遅くする結界を張り巡らせてまでカイトの部屋に居座ったという。こうして、地球有数のゲーマー女子が誕生したのであった。

 お読み頂きありがとうございました。

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