断章 第7話 八百万謁見編 風邪 ――ソラの場合――
カイトの当主襲名の翌日。カイトはまず一つの事を命じていたが故に、カイトの生活はいつも通りだった。何を命じたのか、と言うと、当主交代を隠したのである。まずは現状の日本の情勢を見定めてからにしたのであった。
とは言え、実はきちんと情勢が読める者ならば交代がされた事を察せる様にはしており、そこから周囲の組織の力量を悟ろうとしたのである。
「天城ー・・・あれ、今日も天城は休みか。」
最上が出席簿の欄に欠席と記述する。数日前から本格的に体調を崩していたソラだが、ついに学校を欠席する程にまでに悪化していた。今日で二日目である。
「どうするかな・・・」
出席を取った最上だが、どうやら心配事があるらしい。少し悩む素振りを見せるが、休みも二日目となっているので後から来る事も考慮して、その時はそれで終わった。
「三枝先生。では、次の授業もお願いします。」
「はい。」
そうして朝のホームルームも終わり、次の授業が近づいた所で亜依に告げて最上は去って行った。亜依の方だが、直ぐに救出された事と竜馬がケアした事、元々異族関連で覚悟が出来ていた事から、殆ど精神的なダメージは残っていなかった。
「はーい、じゃあ、今日も歴史の授業を始めます。今日は昨日に引き続いて、明治時代について、ね。」
亜依はいつも通りに授業を行っていく。そうして、殆ど何も問題が起こることは無く、その日一日の授業は終わりを迎えるのだった。
結局ソラは終日休みだった。その日の放課後になって、それに気づいた最上が少し顔を顰める。
「じゃあ、プリント回すぞー。」
とは言え、取り敢えずは仕事が優先だ。なので最上はプリントを一同に配布していく。それはどうやら一学期の取り纏め、三者面談のお知らせだった。
「提出期限は休み明け。それまでには出せよー。ユスティーナは天音の所のご両親に聞いてくれ。流石に海外からいらっしゃる訳にも行かないだろうからな。」
全員がプリントを見るなか、最上が笑いながら告げる。まあ、当たり前だが言っておいて損は無いだろう。
「でだ・・・天音。悪いんだが、一つ頼まれてくれないか?」
「はい、なんでしょうか?」
そうしてひと通り三者面談の説明が終わった所で、最上がカイトに対して告げる。
「実はこのプリントは昨日渡すつもりだったんだが・・・まあ、うっかり忘れてな。どっちにしろ天城は今日も来なかったんで意味は無いんだが・・・週明けに回収しないと他のクラスに兄弟が居るご家庭との予定が組みにくいんだ。天城は幸いウチに兄弟が居ないんで大した問題は無いと思うんだが、何分ご家庭がご家庭だからな。予定は早いウチにおさえておきたい。だから、天城のご自宅まで持って行ってくれないか?確か、知ってただろ?」
「ああ、そう言う事でしたら引き受けます。」
「すまん。」
事情を理解してくれて快諾したカイトに、最上が三者面談のプリントを手渡す。カイトは受け取ったプリントをクリアファイルに挟み込み、かばんに入れた。
「じゃあ、これで終わりだ。全員、起立!」
最後に最上が号令を掛けて、全員三々五々に散って行くのだった。
「ティナ、お前は・・・今日も個人レッスンか。」
「うむ。」
お前はどうする、と問いかけようとして、机の中から教科書を取り出したティナを見て、カイトが苦笑した。
「ティナちゃん!私も今日も!」
「俺も俺も!」
とは言え、最近は状況がかなり変わってきた。やはり誰しも夏休みが削られるのは遠慮したい。夏休みの補習は最後の週に実施される追試で合格点を取れば回避出来るので、由利と魅衣が居るにも関わらず男女問わずにティナの講習に参加する様になっていたのである。
「む、むぅ・・・」
「善哉善哉。」
続々と集まり続ける追試が懸かった生徒達を見て、ティナが少し対処に困った様な顔をする。ティナを同い年の少女だと思っている生徒達に対して、ティナにとってみれば300歳以上も年下の少年少女達だ。それ故、対処に困っていたのである。
そんな珍しいティナを見つつ、カイトは楽しげな笑みを浮かべて教室を後にするのだった。
教室を後にして更に数十分。カイトはゆっくりと街中を歩いていた。大してやる事も無いし、プリントの内容からしても急ぐ必要も無かったのでのんびりしていたのであった。とは言え、あまり遅くなっても迷惑かと既にソラの実家へと足を向けていた。
「この先右だったな。」
ソラの家へ至る最後の曲がり角を曲がると、かなり巨大なソラの邸宅が見えてきた。
「・・・呼び鈴何処だ・・・」
そうしてソラの家の玄関の前に立ったのは良かったのだが、ここで問題が一つ発生した。玄関の広さにしても家の広さに見合った大きさで、玄関のチャイムを探すのに一苦労してしまったのだ。そして数分。結果として何とか見つかったのだが、不審者と間違われないかとさすがのカイトでも内心ヒヤヒヤしてしまった。とは言えまあ見つかるには見つかったので、とりあえずチャイムを鳴らした。
『はい。』
「すいません、天城 ソラ君のご自宅で宜しいでしょうか?私はソラ君の友人なのですが、担任の最上先生よりプリントを預かって参りました。」
応答を確認して、カイトが来意を告げる。インターフォンから響いた声は若い女性の声であった。
『それは有難う御座います。少々お待ちください。』
それを最後に、声は途切れた。そして数分待っていると、玄関が開く。そうして出て来たのは、一人の老人だった。カイトはその顔に見覚えがあった。以前空也が攫われた時に出会った雷造氏だったのである。
「有難う御座います。」
「いえ、最上先生から頼まれただけですので・・・あ、後これ、一応のお土産です。」
そうしてカイトは携えてきた袋を掲げる。道中で購入したプリン等の間食だった。
「有難う御座います。出来れば、上がっていってはくださいませんか?坊っちゃんもそちらの方が喜ばれますし・・・」
「・・・そうですね。では、お言葉に甘えて。」
カイトは少し逡巡する。雷造氏はそれをカイトが豪邸に気後れして、と判断したが、実際には天城家そのものを警戒したが故だった。既に天城家や天道家の裏に潜む『秘史神』の事を知っているカイトが警戒するのは当然だった。だが、ここで土産を持って来ているのに意味も無く辞退するのも変か、と思って受け入れる事にした。
「あ、カイトさん。お久しぶりです。」
「ああ、久しぶり。」
そうしてソラの家の中に入ると、空也とすれ違った。
「今日はどうしたんですか?」
「ああ、天城の見舞いだ。馬鹿は風邪を引かない筈だったんだけどな。馬鹿じゃ無かったらしい。」
「あはは。」
カイトの冗談に、空也が笑う。彼も一緒に来る所を見ると、彼の部屋も此方にあるのだろう。
「此方がソラ坊っちゃんの部屋になります。では、御用の際はお呼びください。」
「あ、雷造さん。僕も少しお兄ちゃんの部屋に居るよ。何かあったらそっちに。」
「畏まりました。」
そうしてその場を後にした雷蔵氏とは別に、二人はソラの部屋へと入った。ソラの部屋だが、どうやら幾ら良家の子女といってもそこの所はぐれていた事が響いていた。普通に漫画やゲーム機が転がっていた。
まあ、それでも部屋の大きさは並みの少年の部屋よりも圧倒的に大きかったが。タンス等で覆われてるエリアも含めれば確実に20畳以上はあるだろう。
「おーう、生きてるかー。」
「あ?」
響いてきたカイトの声に、ソラが怪訝な顔で首を起こした。そうして自分の部屋に居たカイトに気づいてガバッと上体を起こした。
「なんでお前がここに居んだよ!」
「見舞いだ見舞い。プリント持ってけって言われたしな。」
カイトは持って来たコンビニの袋を掲げる。一応気遣って密かに魔術で冷やしている。
「食うか?」
「お、マジ?」
どうやらソラの体調としてはかなり復帰している様だ。カイトがコンビニの袋から取り出したちょっと高価なプリンにベッドから起き上がる。
「いや、家に居るとコンビニのプリンって食えねえんだよな。カップラーメンも食えねえしよ。」
「ある意味贅沢な悩みだな。」
「あ、美味しい・・・」
どうやらソラは体調もそうだし、食欲も回復していた。尚、一緒に空也もプリンを食べていたのだが、どうやらコンビニプリンは初めてだったらしく意外な美味さと豪華さに目を白黒させていた。
「あー・・・食った。わりぃな。今度なんか奢るぜ。」
「別にいい。見舞いだしな。そんだけ食えりゃ大丈夫か。」
「元々今日は大丈夫だ、っつってんのに念の為一日休めって雷造の爺さんが煩かったんだよ。」
「それはお兄ちゃんが朝はまだ7度8分あったからだよ・・・」
ソラの言葉に、空也が少し呆れた表情で告げる。まあ確かに登校出来なくは無い体調だったのだろうが、無理をしてもいけないと考えても可怪しくは無い熱だ。休ませた方が正解だろう。その後も暫く三人で雑談していたが、ソラはそもそもで一応は病人だ。あまり長居するのは褒められたものでは無いか、とカイトはソラの部屋を後にする事にする。
「じゃあ、プリントは雷造さんに渡しておいたからな。」
「おーう、サンキュ。」
再び横になったソラに一応伝えておいて、カイトは部屋を後にする。その後空也が呼んでくれた使用人の女性の一人に連れられて再び玄関まで歩いていると、玄関で一人のスーツ姿の男性に出会った。
ガタイはかなりよく、仏頂面そうではあるが顔立ちにしてもソラや空也に似て悪くは無かった。だが、その顔はそれ以前にカイトにとっても見たことが有る物だった。
「旦那様。」
「・・・その少年は?」
旦那様。そう使用人の女性が言った事からも分かる様に、男性はソラの父親・星矢だった。彼は見知らぬ少年に気付くと、それを問う。
「はじめまして。ソラくんの同級生で、天音 カイト、と言います。ソラくんが本日欠席された為、最上先生から言われて三者面談に関するプリントを持って来ました。プリントについては雷造さんにお渡ししました。それで、ついでに見舞を、と言う事で、上げて頂きました。」
「そうか。わざわざ息子の為に感謝する。」
カイトの言葉を聞いて、星矢が頷いて歩き去る。そもそもで彼は一度所用で家に戻っただけで、直ぐに出て行くつもりだったのだ。そうして彼は直ぐに外に出て、車に乗って去って行った。それを見届けて、カイトもソラの実家を後にする事にする。
「本日は有難う御座いました。良ければ、またお越しください。」
「いえ、此方こそここまで有難う御座います。では、失礼します。」
入り口の門の所まで使用人の女性が見送りに来て、頭を下げる。それに同じくカイトも頭を下げてその場を後にするのだった。
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