断章 第2話 その後の顛末
連続少女失踪事件に端を発する弥生に纏わる幾つかの事件を解決した後。カイトは弥生を神楽坂家に送り届けると、久方ぶりの親子の団欒を楽しむ弥生を置いて晴れやかな顔で外に出た。とは言え、邪魔をしたくないから、というだけで出たわけではない。まだ彼にはやるべきことが幾つも残っていた。
「ああ、オレだ。神楽坂家のご令嬢を今、送り届けた」
『了解した。神楽坂家のご令嬢に仕掛けられた全てはすでに解呪済みなのだな?』
カイトの報告を受けて、スマホの先で警察庁の担当官が頷いて問いかける。
「ああ。それで、シンジゲートの隠れ家の方はどうなっている?」
『・・・酷い有様だそうだ。死屍累々、では無かったのが唯一の良い事なのだろう。ああ、いや、あえて言う必要もないかもしれないが、一応死因はわかっているそうだ。聞いておくか?』
「いや、必要はないな。どうせ、大半が首を刎ねられた事による、だろう?」
『そういうことだ。まぁ、中には大量出血による失血死もあるが・・・大凡、首をはねられた事によるものだ』
カイトの問いかけに警察庁の担当官がため息と僅かなおぞましさをにじませて報告書の内容をカイトへと明言する。とは言え、いつまでも気落ちしてはいられないのが、現状だ。なので彼もわかっている範囲でカイトへと情報を伝達しておく。
『・・・というわけだ。当分は大いに騒がしくなるだろう』
「なるほどね・・・詫びの一つも見せねば、というのはそういうことか・・・」
『どうした?』
「・・・いや、ニャルラトホテプの思惑がわかってな。被害者・・・いや、オークショニア達の大半が各界の大物だったな?」
『ああ』
カイトの問いかけに警察庁の担当官がはっきりと頷いた。遺体の胴体側こそかなり傷が付けられていた者も多かったが、顔には一切の傷は無かったらしい。故に身元確認はカイトが弥生と共に一夜を共にしている間に終わっており、その来歴と共に判明していたのである。
「オレ達からしてみろ。そんな奴らは是が非でも取り除きたい奴らだろう?」
『・・・』
カイトの問いかけに警察庁の担当官は無言で同意するしかなかった。彼とて自分が善人であるとは思っていないが、国の為に奉仕する者であるとは思っている。
故に国の利益云々ではなく己の欲望の為にこういった犯罪組織と繋がる各界の大物達を苦々しく思っていた事は事実である。取り除こうにも影響力が大きすぎて手が出せないのだ。が、流石にそれでも無残に惨殺された相手をそう言うのはやはり日本人として憚られたようだ。
「ある意味、詫びの意味があったんだろうさ。奴らなりのな」
『・・・それなら出来れば生かして捕縛しておいてくれた方が良かったんだがな』
カイトの推測に警察庁の担当官が吐いて捨てる様に呟いた。やはり彼は警察官という根っこがあるからだろう。知ってか知らずか、逮捕にこだわっている様な様子があった。それに勿論、それだけではない。
『あれほどの大物達がいっぺんに死去したんだ。どれだけ隠蔽が大変か・・・』
「まぁ・・・それは同情しよう。必要とあらば、こちらからも支援は惜しまん」
『感謝しよう』
カイトの申し出を警察庁の担当官は本当にありがたく受け入れておく事にする。カイトは現在電子ネットワークに関して言えばこの地球上最強の組織を率いているのだ。彼の命令でアルター社が動けば偽装工作は非常にやりやすくなるというのは、わかりきった話だろう。
「それで、他には何かあるか?」
『ああ、一応アーカムの教授という人物から電報が届いている』
「ああ、彼か。内容は?」
『協力に感謝する、との事だ。詳しくはわからんが、ジャックの事もありがとう、と』
「ああ、それね・・・」
カイトは僅かな苦味を滲ませる。もうバレてしまったものは仕方がない。それに致命的な情報は漏れていない。気をつけるべきは契約者とバレるのではなく、祝福を得し者である事だ。
そして幸いな事にこれは全ての世界を見回してもカイトしか居ないと大精霊達が断言している。バレる事はあり得ないだろう。
「ま、それについてはわかったと伝えておいてくれ」
『わかった。とりあえず本件は以上だ。後は・・・ああ、アメリカ行きはそちらと陰陽師達で話し合っているのだったな?』
「ああ。とりあえずはな。が、魔導書の件もある。オレは行く事になっている」
『わかった。その件で皇家より伝達が・・・』
カイトへと警察庁の担当官が幾つかの伝令を行う。その大半がカイトが居なかった間の細々とした出来事だった。
「とりあえずは、これで終わりか・・・はぁ・・・で、次は・・・」
カイトは次から次へやってくるやるべきことを思い出す。これでも一応ティナとルイスという元統治者という非常に良い補佐官が居るからこそここまで上手く回ってくれるのであって、カイト一人であれば今頃全てを投げ出して逃げ出していた頃だろう。
「とりあえず各所へのお礼の用意は・・・すでにルイスがやってると。次の用意は・・・」
カイトは非常に疲れた顔で歩き始める。そうして、彼はそのまま疲れた様子で家に戻り、そこで使い魔の記憶を回収して、愕然となる。
「・・・夏休み・・・始まってんのね・・・」
気付けば7月も終わりだったらしい。そしてどうやら、使い魔側が終業式に出席していたようだ。とは言え、てんやわんやの7月はとりあえずこれで終わりのはずだった。
「はぁ・・・まぁ、流石にお盆の時期は何も無いでしょ・・・」
カイトは疲れた様子でため息を吐いた。お盆の時期は日本中の裏社会が騒がしくなる。流石にこの時期に揉め事を起こす者はまず居ないと言って良い。あの茨木童子達でさえ、この時期の喧嘩は避けるというぐらいらしい。
そしてあまりの怪異の多さ故に世界中の魔術師達も去年の様な大事や表の仕事が無ければこの時期の日本は避けるという。まぁ、茨木童子達が動かない云々は別にしても、神々はこの時期が一番忙しいという時点でどの程度のものか察するに余りある。下手に神様を怒らせてとばっちりを受けたくないのはどこの国も一緒だろう。
「良し・・・とりあえずはオレも夏休みに突入で・・・」
ぽすん、とカイトはベッドに倒れ込む。そうして、彼も少し遅れて学生達に混じって夏休みへと入る事になるのだった。
とまぁ、夏休みに入ったわけであるが。そうは問屋が卸さない。普通に、そして当然の様に各所へ呼び出されていた。というわけで、カイトは帰宅して早々に呼び出されていた。いや、正確には連れ出された、というのが正確かもしれない。
「ふむふむ・・・結構ガタイ良いのね」
兎も角、呼び出したのは光里だ。理由は簡単。コスプレの衣装が出来上がりかけたので一度調整の為に着てみせろ、と言われて呼び出されていたのであった。というわけで、目の前には光里以外にも彼女の高校時代の友人という女性も一緒だった。場所はその女性の家である。
「ふむ・・・うっわ。モデル体型ってこんなのなんだ・・・筋肉無駄についてない癖に硬い。引き締まった肉体ってこういうこか・・・」
衣装を拵えてやってきた女性はカイトの身体を触りまくりながらただただ感嘆を滲ませる。最初どこか若干冗談めかしたおっさんぽい触り方だったが、やはり卵と言えども針子という所なのだろう。本格的な調整に入るやいなや、目つきが変わっていた。
なお、この女性なのだがどうやらカイトが世界中を奔走している間に何度かカイトの使い魔と接触を取っていたらしい。なのでカイト当人が出会うのは初めてであるが、彼女の方としてはこれで3回目だった。
使い魔の記憶からサルベージした情報によると、名前は忍というらしい。メガネを掛けた普通の女子大学生という感じだった。年齢は光里と同じ。大学も同じく天桜学園の大学部だそうだ。が、所属は違う被服科だそうだ。
「良し。これで重要なポイントの修正は完了、と。ごめんねー、何度も何度も・・・」
「いえ・・・」
女性の言葉にカイトはなすがままで曖昧に答えておく。カイトはよくわからなかったのであるが、どうやら何らかのアニメのキャラクターのコスプレらしい。自作だそうだ。
元々コスプレ衣装の作成は針子の練習としてやっていたらしいのが、いつの間にか手段の目的化となっていたそうだ。どうやら参考の為に見たアニメにハマり、そのままどっぷりと腰まで浸かって今では完全に頭まで、と言う所だ。他のサークル仲間も大半が大学の身内らしい。灯里は忍から誘われた結果、だそうだ。
「・・・良し。じゃあ、これで仮縫いの部分を本縫いにしちゃえば完成かな」
忍はサラサラ、とメモ帳に修正が必要な部分を書き留めておく。そうして更にそこをメモしておくと、手慣れた手付きで仮止めを行っていく。
「いやー、助かるわ。夏の時期売り子確保するの大変でさー。通常ウチの馬鹿駆り出すんだけど、今年もう一人ぐらい欲しい、って話になっててさー」
「と言うより、クジラの所に行っただけって話でしょ」
「なのよねー。いや、去年が悪かったかなー」
光里のツッコミに忍が頭を掻く。どうやら、通常は彼女の弟を強引に駆り出している様子だ。が、今年は何らかの事情で友人の所に貸出となったようだ。と、それにカイトは動けないので
「去年?」
「あー、うん。君は気にしなくていいよー」
「はぁ・・・」
忍はこちらを見る事なく答えた為、カイトは彼女が作業中だった事もあって首を傾げるだけに留めておく。なお、この数ヶ月後の冬コミの時にこの弟とやらから聞いた事なのだが、その当時流行っていたアニメのコスプレをさせられたらしい。
どうにも主人公が何らかの理由で女装する事になっていたそうなのだが、その衣装を着せたそうだ。一応作中ではしっかりとした理由があったらしいが、カイトもそこまでは詳しくは知らない。が、そんな珍しい衣装故に写真を撮られまくった結果、今年は拒絶されたそうだ。
とは言え、バイト代に釣られて他の所へ、というわけだそうだ。まぁ、こちらがガチ向けな事を知っていればまた違った反応があったかもしれないが、それは知らぬが仏という所なのだろう。
「よーし。これでオケオケ。とりあえずイラストはなんとかなるし、印刷所も押さえた。落とした奴は居ない。これで夏は乗り切れるわ・・・」
忍は非常に安堵した様子で作業の手を止める。まぁ、オタク達にとって夏冬の祭典は命懸けと言える。通常は土壇場まで修羅場にもつれ込む様子なのであるが、今年は幸い彼女らは私的な時間に余裕があったらしい。
「いえ、あんたがまだでしょ。この期に及んで落としたとか言ったら大バッシングよ」
「あははー・・・こっから徹夜で仕上げるわ。うん、マジで。流石に一昨年みたいなひりつくような緊迫感はもう味わいたくない」
光里のツッコミに笑った忍であるが、一転目がガチになって断言する。知っている者は知っているだろうが、夏コミはお盆に開催される事になっている。
そして今は7月も終わり。衣装は一応形にはなっているが、まだ仮縫いの段階だ。そして彼女は一応針子という事もあり、何か元となる物を改造するのではなく生地から選んで自作しているらしい。出来栄えについてはそれ故に普通以上と言えるのであるが、それ故に時間についても普通以上に掛かるとの事であった。
そして他にも彼女にだって色々とやる事がある。敢えて言うまでもないが主に執筆作業で、である。まぁ、それ故か色々とギリギリだそうだ。
「最悪はノブノブ駆り出すから間に合わせてみせるわ」
「まぁ、それはそっちでお願いね」
「最悪塗りぐらいは手伝うって言ってよー」
「こっちが間に合えばね」
忍の申し出に光里は若干呆れながらも了承を示す。どうやら、仲良くやっているという所なのだろう。なお、ノブノブというのは忍の弟の事らしい。どこか便利屋扱いされている事にカイトは僅かな同情を禁じ得なかった。
「さて。じゃあ、私はとりあえずちゃっちゃと本縫い始めてくるわ。あまり時間置いちゃうとなんかの拍子にズレたら面倒だから」
「はいはい。じゃあ、また」
「はーい」
忍が軽い感じで言葉を交わす。そうして、カイト達は忍の家を後にする。
「付き合い、長いのか?」
「まぁ、同級生なのは中学からよ。偶然、高校で知り合いになった子の友人に彼女が居てね。その友人の子が・・・いえ、止めておきましょう」
「き、きになるな・・・」
微妙な所で止められた為、カイトが僅かに興味を持つ。とは言え、ここらはオタクな趣味の範囲だ。故に知られたくない者は特に女性には多いだろう。ということで、カイトは聞く事の出来ないままに終わる。そうして、彼らはそのままのんびりと家へと帰っていく。
「・・・ようやく、夏本番か」
「出掛ける用事でもあるわけ?」
「残念ながら、今年はお盆に帰る以外には何も。残念ながら受験生なので」
「ああ、そう言えばそうだったかしら」
光里はカイトの言葉にそう言えばカイトが受験生だった事を思い出す。ここら、常日頃はのほほんと過ごしている彼らを見ているので、あまり気付かなかったのかもしれない。
とは言え、のほほんと見せているだけで夏前の模試では全国トップクラスの成績を修めている。若干チートじみているのは、言いっこなしだろう。
「さて・・・何もおきない事を願いつつ、帰るかな」
「何が起きるっていうのよ」
カイトの言葉に光里が笑いながらツッコミを入れる。が、カイトとしてはこの数時間前まで日本政府の幹部達と話し合っていたりしたのだ。こうも思いたくなる。とは言え、幸いな事にこの日はこの後は何も起きる事はなく、そのまま終わる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




