断章 第1話 プロローグ
本日から断章・14開始です。今回の開始は外伝側から。
さて、カイト達が異世界にて大いに活動していた頃。地球は地球でそれに向けて数多の人々が各々の目的に沿って動いていた。それは例えば、カイト達の親類となる天道財閥の大人達。
彼らは秋口に陰陽師達からの紹介を受けたブルーことカイトの仲介を受けて、イギリスは『影の国』の戦士達との間で協力体制を築く事に成功する。そうして協力体制の構築に成功した彼らであったが、やはりイギリスを出身として更には今までの流れがあり表政府とのやり取りが殆ど出来ていない彼女らの生活面でのサポートは天道財閥が主体となり行う事になっていた。
「ここか」
「はい。とりあえずそちらのお申し出通り、一軒家と」
スカサハの案内を行っていたのは、カイトの父彩斗その人だ。基本的な交渉の窓口は契約書にサインを行った三柴になるわけであるが、彼は立場上彩斗達実際に世界中を飛び回って各種の魔術的な組織とのやり取りをする実働部隊で働く者達の調整等があるわけだ。流石にこうなると彼一人では不可能になってくる。
なので彩斗はその交渉に同行した事もありそのフォローの為、資材調達――と言う名の各所との調整――の仕事からこちらに割り振られる事になっていた。
勿論、それに合わせて彩斗達以外のいわゆる彩斗組と言われていた面子は全員そのフォローに入る事になっていた。今はその一環として、彩斗がスカサハの住居の案内を行っていたわけだ。
と言ってもこれについては彼一人ではない。魔術的な面での調整役として、陰陽師を代表して御子神家当主である颯夜が同行していた。魔術的な話になると、彼らが取り仕切っているからだ。
「地脈については好きにされよ。が、出来ればあまり手酷く弄らないでおいてくれれば助かる」
「ああ、わかっとるわかっとる。地脈なんぞにいたずらに手をだそうとは儂も思わん」
颯夜の言葉にスカサハは軽く手を振って問題ない事を明言する。地脈を使って何かをする事は彼女も魔術師である以上普通にやる事であるが、それでも地脈を変に弄くり回す事は滅多にしない。
と言うより、それをするのは基本的には国で行う事だ。如何にカイトやらティナやらをしてぶっ飛んでいると言わしめる彼女とてやることは滅多にない。それが他国となると、あり得ないと断じて良かった。
「それで、もし何かあれば玄関に設置されておる電話を使えば良いのだな?」
「はい。基本的には内線1を押せば天道財閥に繋がります」
「わかっておるわかっておる。一応これでも数千歳ではあるが、肉体としては20代と考えて良い。何度も言われんでも忘れんわ」
スカサハは彩斗からの再度の説明に、うざったげに手を振る。肉体的には確かにその通りなので、記憶力が悪くなったということはない。さらに言えば別にボケるという事もないので、安心である。
「まぁ、後の事は地図でも見ながら考える。もし用があれば、あー、スマホとやらで連絡を入れよ。おそらく、適当に当分は出歩く故な」
スカサハはそう言うと、家の中へと入っていく。まず何をするにしても、当分の本拠地となる家の確認は重要だろう。というわけで、彩斗達がそれに続いて歩いて行く。
今回、スカサハの為にあてがわれた一軒家は規模としてはそこそこであるが、内部については天道財閥の最新機器が取り揃えられている。ここ数千年『影の国』の結界の内側に引っ込んでいた彼女らには説明が必要な事も多いだろう、という判断だった。
「ふむ・・・まぁ、そこらは使えばわかろう。わからぬとも、馬鹿弟子のどちらかを呼び出せば使えよう」
「は、はぁ・・・」
とりあえず一通りの家電製品の使い方を教えた彩斗であるが、返って来たスカサハの言葉に生返事を出来ただけだ。と言うかスカサハにしても半分も聞いている様子はなかった。
あえて言えば、暖簾に腕押しという所だろう。とは言え、大抵の家電製品は見れば分かるようになっている。なので問題無いといえば問題無い。というわけで、一通りの説明を終えた彩斗は一つ頭を下げて、家から出ていく。
「では、これにて」
「うむ・・・っと、ちょいまち!」
去っていこうとした彩斗に対して、スカサハが慌てて呼び止める。それに何かあったか、と思いながらも彩斗が立ち止まって振り返った。
「はい」
「内線の2から先を聞いとらんかった」
「あ・・・すいません」
彩斗はそう言えば、と内線の接続先を思い出す。流石に彼女も仕事に関する話はほぼほぼ完璧に聞いていた為、そこについて忘れる事は無かったというわけだ。
「えっと、2から順に先ごろお会いした三柴という者への直通、3が社長室、4が日本政府の専門部署に繋がる事になっています。まぁ、一応必要はないとは思いますが、5番に私の自宅に繋がる内線が。とは言え、お渡ししたスマホの中に私の仕事用の番号が入っていますので、常にはそちらを使って頂ければ」
「うむ、わかった。とりあえずは1番と2番で大丈夫か」
「はい、そういうことです」
スカサハの総括に彩斗が頷いた。5番に彩斗の自宅が入っているのは万が一の為だ。やはりスカサハの立場というか身分の問題があり、課長に近い彩斗が直に当たるというのが基本的な方針だった。こればかりは立場の関係で仕方がないということだろう。
「さて・・・ではまぁ、少し好きにする事にするかのう」
スカサハはそう言うと、勝手気ままに出歩く事にする。その一方、彩斗はというと本社へと戻っていた。
「ということでこちらについてはその通りに」
「そうか。まぁ、他の所でも似たような報告は受けている」
「んー・・・戦士の勘と言うか癖みたいなもんなんでしょか」
「そうかもしれんな」
彩斗の言葉に三柴が笑う。話していたのは、スカサハが勝手に出歩くということだ。実はこれは彼女に限った事ではなく、フィンやフェルグスらも家の確認を終えると何をするよりもまず、周囲の確認に出かけたらしい。
とは言え、これは不思議な事ではない。戦士にしてみれば周囲の状況の確認なぞ基本中の基本だ。まず地理を確認して周囲の状況を完全に把握して、万が一の襲撃者が出た場合に地の利を得ておくのである。
「っと、それはおいておいて、だ。とりあえずこちらについては適時顔を見せに行く事は忘れるな」
「はい」
三柴の指示に彩斗が頷く。基本的にスカサハは我関せずを貫くと言っているわけであるが、そんな事は勿論ありえない。取りまとめをしているクー・フーリンのお師匠様にして、なんだかんだ口と一緒に手が出るお節介な彼女だ。必ず影響は出してくるというのが見立てである。
まぁ、それは向こうが考える事なので良いとしても、それならそれでスカサハにこまめに挨拶しておく方が良いというのは事実だろう。なので実はスカサハに与えた家は彩斗の自宅から非常に近い所にあった。勿論、そういうわけなので三柴の家からも近い。
いや、これはどちらかというと天道財閥が密かに手に入る家となると、彼らが保有している所になるから、だろう。とは言え、近い事は近いのだ。なら、折に触れて顔を見せるのが得策だろう。
「さて・・・これで再び動けるか・・・」
「はい・・・」
「っと、電話か。すまんな」
三柴は彩斗に断りを入れると、電話に出る。それは何らかのトラブルだったらしく、応援を求める物だった。そうして、彩斗達は慌ただしく動き始める事になるのだった。
さて、動き始めた彩斗達の一方。それに隠れて密かに動いている浬達はというと、こちらは今日も今日とて勉強の毎日であった。が、やはりどれだけ勉強を楽しくできようと、常に出来るわけではない。集中力は切れるし、魔力の補給という意味でも体力の回復という意味でも休憩は入れる事になっていた。
「・・・良し。ひとまず中断だ」
ルイスが浬らへと告げる。基本的に使い魔のカイトは何かをすることはないし、アテネは勉強と並行して修行を行う場合にはそちらの教示をするのが基本だ。なので基本的には勉強は彼女が面倒を見る事になっていた。その補佐はモルガンとヴィヴィアンの妖精二人組である。
「ふぅ・・・ちょっと目が疲れたー」
浬が背伸びをして腰を伸ばすと共に、目を閉じて疲れを癒やす。やはり勉強と言う以上、魔術の補佐があれどこれだけはどうしようもない。というわけで、魔術があろうとなかろうとこの疲労だけは常に付き纏う。休憩を入れるのはその為でもあるのだ。
「浬、あんたはどこまで終わった?」
「とりあえずなんとか今の所までは終わったー」
侑子の問いかけに浬は数学の教科書をカバンの中にしまい込む。彼女らの勉強は今までの物とこれから数年の物全てだ。故に今までの物も見直す事になっていたのである。というわけで、浬はなんとか中学3年生の所まで終わらせられた、ということなのだろう。
と、そうしてしばらく雑談をしながら疲労を取っていると、魔術の勉強を行っていた煌士と身体の鍛錬を行っていた詩乃、空也――こちらは勉強は早々に終了したらしい――が帰って来た。
「ふぅ・・・これは中々に便利だな」
「だろう。魔術師にとっては覚えておいて損のない魔術だ。覚える意味はわかったな?」
「うむ。これは非常に役に立つ」
ルイスの問いかけに煌士が頷いた。彼は先程まで記憶を補助してやる魔術を使った戦い方を学んでいたのだ。とは言え、如何に筋の良い彼といえどこれは一筋縄ではいかず、当分は練習あるのみ、とアテネから言い渡されていた。と、そんな彼は新たな刀を手に入れた空也へと興味深げに問いかけた。
「空也。そう言えばそちらはどうなのだ?」
「まだまだ、と言われるばかりだよ。まぁ、仕方がないんだろうけどね」
空也はただただ苦笑を浮かべるばかりだ。まぁ、これは仕方がない。彼が新たに得た刀は<<三日月宗近>>。使い手達は皆が猛者と言われる者達だ。素人に毛が生えた程度でしかない空也には、まだまだダメ出ししか貰えていなかった。
「まぁ、そうだ。まだまだだ」
空也の苦笑を見た三日月が現れる。が、その結果、空也が僅かにふらりとよろめいた。
「ぐっ・・・」
「ははは。そうなるから、まだまだだ。最低でも今月中・・・は流石に長月も終わりか。神無月一杯で俺の顕現は確かに終わらせられる様にしておけ」
三日月はまだまだ未熟としか言い得ない主に向けて、要鍛錬と命じておく。彼は天下五剣の中でも非常に燃費の良い武器だ。それ故に同じく天下五剣の鬼丸から紹介を受けたわけであるが、それでもこのザマだ。未熟者、と言われるのも無理がない始末だった。
「はい・・・」
「あははははは。相変わらず、貴方も変わりませんね」
「「「ん?」」」
唐突に響いた澄んだ声に、一同が振り向いた。聞いたことのない声だったのだ。とは言え、変わらない、という事からこの場の誰かと知り合いなのだろう。
「お久しぶりです」
「おお、久しいな」
その知り合いは、三日月だった。その一方、挨拶をしたのは男性に見える程に美麗な一人の麗人だった。髪はショートカット。背丈は女性にしては175センチ程度と非常に高い。
背筋はピンと伸びており、そういった所も含めて一見すると劇団で男役をやっていそうな容貌と言って良かった。服装が男向けの着物である事もあり、尚更その印象は深かった。
とは言え、三日月がそうである様に彼女もまた顔立ちはしっかりと女性と分かる色香があり、女性である事は確かなのだろう。そうして、そんな女性を三日月が紹介する。
「っと、すまない。紹介が遅れた。俺と同じ天下五剣が一振り<<童子切安綱>>だ」
「お初、お目にかかります。作は大原安綱。代々源氏の棟梁の佩刀を務めておりました童子切です」
童子切が頭を下げる。それに一同もとりあえず頭を下げておくが、気になったのは何故ここに来たのか、ということだ。というわけで、煌士が問いかけた。
「あの・・・それでどういうご用件ですか?」
「ああ、すいません。三日月が表舞台に出るという事を鬼丸から聞いたもので、頼光殿より少し様子を見てこいと」
「頼光・・・源氏の棟梁・源頼光公の事ですか?」
「はい」
童子切が煌士の言葉にはっきりと頷いた。ここら、空也は聞いていたのだが煌士は知らなかった。と、その名を聞いた三日月が思い出した様に童子切に問いかけた。
「おお、そうだ。そう言えばあの御仁はどうされている?」
「今もまだ、酒呑の菩提を弔っておられます」
「そうか・・・やはり苦悩は晴れぬか」
三日月は伝え聞いた頼光の現状にいたましさを滲ませる。少し前に茨木童子も述べていたが、かつて源頼光と酒呑童子は喧嘩仲間と言うか親友に近い間柄だったようだ。そして殺したのは、他ならぬ頼光だ。それ故今でも、菩提を弔っているらしい。と、そんないたましげな表情の三日月に対して、童子切は一転少しだけ笑顔を見せた。
「ああ、そう言っても少し良い事はありました」
「良いこと?」
「ええ。丑御前・・・椿姫が目覚められました」
「おぉ。それは朗報ではないか」
童子切が教えてくれた事に、三日月も喜色を浮かべる。ここら、童子切は彼にとって仲間や身内に近いと受け止められている。それ故、彼女の朗報は彼にとっても朗報と受け止められていたようだ。と、そんな話の中に気になる単語があったらしい煌士が問いかけた。
「丑御前? それはあの丑御前ですか?」
「ああ、ご存知ですか。ええ、浄瑠璃に語られる源頼光の丑御前の御本地。その丑御前です」
「何故それが頼光公に?」
「ふむ・・・童子切。折角なのでその経緯を含めて語ってはくれないか? 俺としても丑御前の復活が何故為し得たのか、というのは興味がある」
煌士の疑問を受けて、三日月は休憩時間であった事と自分も疑問だった事もあり童子切へと詳細を問いかける。
「・・・そうですね。丁度、その案件に関わっている方々もいらっしゃる。であれば、良いでしょう」
童子切はフェル達を見て、語るには良いか、と一つ頷いた。そうして、ゆっくりと数年前に起きた出来事が語られ始める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




