断章 第71話 エピローグ・3
ふと思い出した事から自分とカイトとの馴れ初めを灯里へと語った弥生は、おおよそ己の知っている事を語り終えてからん、と氷を鳴らす。
「こんな所、かしら」
「カイトが大泣きねー。あいつらしいってかいつも通りというか・・・」
「「カイト、本当に泣き虫よねー」」
二人は同時に揃って、そうカイトに対しての論評を送る。そうして、二人は揃って思わず吹き出した。
「ぷっ・・・」
「あっはははは! ホントに昔から変わんない奴よねー、カイト!」
灯里はそのまま大いに笑いながら、結局何も変わっていなかった己の弟分についてを嬉しそうに語る。本当に、彼女はカイトの事が家族として大好きだったのである。
「昔っからさー。あいつ、結構泣き虫なわけ。ホントに弥生ちゃんが知らない様な昔からずっと・・・」
灯里は遠い目でまだ幼かったあの頃を思い出す。あの頃から、彼女はカイトを知っているのだ。一時期は一緒に暮らしてもいた。カイトが本当は泣き虫な事を知らないはずがなかった。
「何時からだっけ、あいつが泣かなくなったの・・・」
「さぁ・・・そこは、私も知らないわねー」
「転移よりも前には泣かなくなってたのよねー・・・やっぱり、男の子が成長してるんだなー、とか思ってたんだけど。うん、やっぱり男の子は根っこは男の子なんだろうねー。にしても、三十路前でも大泣きとか・・・育て方、間違っちゃったかなー。あー、でも多分精神年齢は20代中頃で止まってそうだなー、あれ」
灯里は琥珀色の液体を眺めながら深く息を吐いた。それはどこか、寂しそうでもあった。そんな灯里に、弥生は少し茶化す様に問いかけた。
「あら・・・もしかして弟を取られたお姉さんの気分?」
「んー・・・どうなんだろ?」
弥生の問いかけに灯里は少しだけ珍しく真剣に悩む。嫉妬の様な感情が無いではない。それだけは事実だ。
「まぁ、色々とあるからねー、私も。そこらは流石にわかんないわ」
「色々、ねぇ・・・そう言えば、カイトの事は男として、どうなわけ?」
「男として、ねぇ・・・」
弥生の問いかけに灯里は再び悩む。が、答えは決まっていた。
「あいつは男云々じゃないのよ、うん。家族・・・それしかないかなー」
灯里は朗らかに、そして穏やかな表情でそう告げた。実の所、彼女にとってはカイトは弟分でさえなかった。家族。その一言に、集約されていたのである。それ故、この一言しか答えは無かった。
「弥生ちゃんもわかんない? 桜ちゃんとかまだ恋に恋する乙女な子達は兎も角、弥生ちゃんなら結婚云々考えてそうだなー、とか思ってたんだけど・・・」
「うーん・・・」
灯里の問いかけに今度は弥生が悩む。結婚云々を考えた事は勿論ある。が、それは漠然と考えていただけであって、真剣に考えた事はなかった。
「わかんないわねぇ・・・家族になる、ってどういう事なのかしら・・・」
「あー・・・そこかー・・・」
弥生の返答に灯里はなるほど、と頷いた。やはり弥生はカイトと恋人という観念がある。そしてそれを基準として、色々と考えている。が、それ故にわからないのだ。
恋人とは、究極的には他人だ。家族とは厳密には違う。とは言え、そんな風に考えたからか、弥生は楽しげに笑って灯里に告げた。
「うーん・・・なんかそう言ったら、少し羨ましいって思っちゃうのはどうしてかしらね」
「あはははは」
弥生の言葉に灯里が楽しげに笑う。結婚すれば変わるのだろうか、と思わないではないが灯里はそれも無しにカイトを家族として見ている。素直に、羨ましかった。と、そうして考えていたら、ふと弥生はある事に疑問を得た。
「・・・あら?」
「おろ?」
「・・・」
「どしたのー?」
じー、と己を見つめる弥生に灯里が首を傾げる。
「・・・夫婦って他人が家族になる、という事よね?」
「一応、そう言われてるねー」
「で、夫婦は子供を作って一緒に育てて、よね?」
「そだねー」
繰り返される問いかけに灯里は頷く。ここらは一般的な常識や考え方の観点から考えれば即座に分かる事だ。なので灯里も別に何かを考えるまでもなく、普通に一般論として答えていた。
「一応、灯里さんとカイトは他人よね?」
「家族だけどねー」
「・・・もしカイトが灯里さんに子供生んでくれ、って言ったら?」
「ん、んー・・・その質問来ちゃうかー・・・」
弥生の質問に灯里が苦笑する。どうやら、この会話の中盤あたりからこれはもしかして、と思っていたらしい。こういう所に即座に気付いているあたり、彼女はやはり並外れた知性を持ち合わせている様子だった。と、そんな灯里はかなり真剣に考えて、ため息を一つ吐いた。
「んー・・・はぁ。言わないと駄目よね、これは」
「・・・うん」
「うん、産んであげる。多分、私があいつを男として見てるのは事実。酔ってたから、喧嘩して、ってそれを言い訳にはしない。前から男として見てたんじゃないかな、私。そして素直に、今のカイトはかっこいいと思う。そしてそう言ってくるのなら、あいつが私を女として見ている、って事。元々家族だから、そこに一つの符号が加わっただけ。だから、その符号が増えた結果で家族が増えても問題は無い。あいつ、稼ぎとかも問題無いんだから、そこらに問題は一切無いしね」
灯里は今までになく真剣な顔で答える。これが、彼女なりの考えだった。彼女は冷静に、冷徹に自分の事も俯瞰していた。これが、ティナさえも恐れさせる客観的な認識力だった。そうして、そんな彼女は更に続けた。
「光里もそうだけどウチの姉妹は二人共、多分あいつに依存しちゃってる。光里は上手く隠してるつもりだけど、丸わかりよ? あいつが居ないと寂しいのよ。張り合いがない、って所かな。だから、ある意味私達からしてみればあいつは夫とも言える。あいつが生んでくれ、って言ったら産んであげる。勿論、そう言う情欲の対象として見ているわけじゃあないから言われないでも文句は無い」
「・・・はぁ。本当に貴方未確認生命体Aだわ・・・」
自分の事をここまで客観的に見れる人物はそうはいない。そんな返答を聞いて、弥生はただただ呆れるばかりだった。この見立てはおそらく、非常に正確だ。灯里は弥生の問いかけだから、と正直に嘘偽りなく語った。故に、これが正確だとわかったのだ。と、そんな風な弥生に対して、灯里が不満げに口を尖らせた。
「どしてよー」
「なんでもー」
つーん、と弥生が口を尖らせる。素直に、負けたと思っていた。自分の目指す完成形がこれだと思えたのだ。それに先に到達されていればやはり弥生だって悔しいし、嫉妬する。それは当たり前の事だった。
「はぁ・・・まぁ、それも形としちゃ、形なのかもしれないわねぇ・・・」
文句有りげな灯里を横目に、弥生は灯里に聞こえない程小声で呟いた。恋人となり、家族となる。それが普通に思えるが、これがあり得ないではないと思っていた。
灯里は元々家族だったのだ。そして血のつながりは一切皆無だ。ただ単に、幼い頃から一緒というだけだ。そこに異性としての認識が加わったという。自然だろう。順序が逆というだけだ。それは普段は表には出していないし出さないが、それは妻としては自然な形なのだろう。
と、そんな風に考えていた二人の所に、アルの要請を受けて戦いに出ていたカイトが帰って来た。が、そんな彼の背中には日向がおぶさっていた。
「ただいまー」
「ただいまー」
「あら、日向ちゃんもご一緒?」
カイトと一緒に返事をした日向に弥生が手を振り返す。相変わらず動物としての意識が抜けきっていないらしく、女の子の姿でもカイトによくへばりついていた。なお、それについては小動物が単にじゃれているとしか思われていない為、誰もが微笑ましく思うだけだった。
「ご一緒ー」
「はぁ・・・道中竜騎士部隊と足並みを揃える為にこいつで移動したんだが・・・まぁ、終わったからこの有様で」
「ぶい。久しぶりに大活躍」
カイトにおぶさった日向がVサインで少しだけ自慢げに胸を張る。久しぶりのカイトとのコンビだとあって、彼女も張り切ったらしい。上空からの連続砲撃で包囲されていた冒険部の面々を見事救出した、との事だった。
が、あまりに頑張っていたので他はほとんど出番なしだったようだ。まぁ、それでも瑞樹のレイア等そこそこ調教出来ている天竜に関してはきちんと活躍していた。
「やれやれ・・・おい、日向。流石に椅子に座れないからどいてくれ」
「はーい」
日向はそう言うと一度カイトの背中から降りて、椅子に座ったカイトの膝の上に座る。これはいつも通りなのでカイトはもう何も言うつもりはなかった。
「日向、お前何飲む?」
「お酒」
「却下に決まってんだろうが」
「じゃあ、フルーツジュース」
「よろしい」
日向の言葉を一度却下した後、カイトは彼女の望みに沿って冷蔵庫からフルーツジュースの元を取り出す。これは冒険部に納入される果物で消費しきれなかったりする場合に、それを使って作っている自家製だった。考案は睦月である。
後は牛乳を注いで撹拌するだけで出来る様になっているので、シロエによってよく冒険部のギルドホームに来る街の子供達に振る舞われていた。
やはりミックスジュースだ。子供向けとあって受けは良いし、子供っぽいからか冒険部ではあまり飲まれない。無駄にするよりも、と冒険部でも喜ばれていた。なお、他によく飲むのはカイトや――意外な事に――瞬や灯里達関西出身勢だった。
「お酒・・・飲むの?」
「カイトー? 流石にこんな子に飲ませちゃだめよ?」
びっくりした様子の弥生に対して、少し咎める様に灯里が告げる。が、それにカイトがため息を吐いた。
「元々こいつは竜種だ。酒、好きみたいでな。勝手に飲んでたんだよ・・・」
「いたい・・・」
カイトはため息混じりに膝の上でミックスジュースを飲む日向の頭にデコピンを御見舞する。そもそも彼女は実年齢は300歳以上。普通に合法だ。そして種族的にも、お酒に対しての耐性は非常に持っているのであった。なお、被害にあうのはもっぱらカイトの秘蔵のお酒である。
「きちんとそこらはしなさい?」
「オレは、やってるんですけどねー・・・こいつらが勝手に飲むだけで・・・」
灯里の言葉に答えつつ、カイトは呆れ混じりに足を揺らしていた所為か少しズレていた日向を元の位置――自分の膝の上――に戻す。そんな光景を見て、灯里が少し頬を引き攣らせていた。
「なーんか・・・犯罪臭漂うわー・・・」
「うぉい! マジやめて!? 最近ガチでヤバイ噂も出てるんっすよ!? 根も葉もないって否定するのにどんだけ苦労してると思ってんの!?」
「あー・・・でもそれはねぇ・・・?」
「まぁねぇ・・・」
カイトの小声での抗議の声に、弥生と灯里は視線を交えて呆れた様に頷き合う。男が膝の上に見た目ローティーンの女の子を頻繁に乗せているのだ。しかもその男は、女好きとして知られているカイトである。あらぬ噂を立てられても仕方がない。
「なんでだよー・・・オレ、普通にしてるだけなのに・・・」
「普通・・・普通って何なのかしらねー」
「さぁ・・・私もわかんないわー」
今度は弥生の言葉に灯里が応ずる。そもそもそれなら女の子を膝の上に座らせるな、というのが結論なのであるが、アウラだクズハだと頻繁に膝の上に座る奴が居た所為でカイトはこれが普通だと思っているのである。しかも、日向も伊勢も元がペット扱いである。可怪しいと思っていないそうだ。
というわけで、そんな原因に気付かないカイトとそんなカイトに呆れる二人はその後もしばらくの間、珍しくも実は普通の組み合わせで過ごす事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。本日で断章・13は終了です。次回断章・14についてはツイッターや告知スペースにて適時告知していく予定ですので、それをお待ち下さい。




