断章 第59話 月の兎と蒼い勇者
月精のうさみみ少女に案内されて彼女の月の自宅へと案内されたカイトだが、その家に入る前から同居人という姮娥と輝夜に出会っていた。というわけで、そんな彼は相変わらず悩む少女を放置して、月に半分軟禁状態の姮娥と輝夜の二人から状況を聞いていた。
「・・・うっわ。ばっかじゃね?」
「「・・・」」
カイトは姮娥と輝夜から二人の現状を聞いて、非常に呆れた様子でそう告げる。その一方、告げられた二人は非常に恥ずかしげにそっぽを向いていた。
「だ、だって・・・まさか出られないとは思ってなかったのよ。こいつの月の話が伝わってるぐらいだから・・・」
「普通に帰れると思ってたし・・・」
輝夜に続けて、姮娥が恥ずかしげに答えた。
「いや・・・まぁ、輝夜は良いわな。でもお前は・・・」
カイトは姮娥に向けてうわぁ、という視線を向ける。実のところ、彼女が月に来たのは行き当たりばったりの行動だったらしい。一時的に后羿から身を隠すつもりで、月に来たそうだ。
「しょ、しょうがないじゃない・・・まさか月がこんな所なんて思ってなかったんだから・・・」
姮娥は非常に恥ずかしげだ。とまぁ、この会話からわかるかもしれないが、実は二人共月に来てから一度も地球には帰れていないらしい。というのも、それは月と地球の差が何よりもの問題だった。
「いや、そもそも! こんな魔力が薄いなんて私、知らない! なんで補佐受けらんないわけ!? 私女神よ!?」
「地球のな」
恥ずかしさも相まって声を荒げた姮娥の言葉にカイトがツッコミを入れる。まぁ、ここらは天文学が発達した今だからこそわかっている事で、姮娥や輝夜が現役だった頃はそんな事がわかっているはずもない。なのでちょっと行って帰ってくれる程度にしか思っていなかったのだ。そして月にしても地球と同じように動けると思っていたわけだ。
まぁ、当然そんな事があるわけもなく、地球の女神なら地球から受けられるバックアップを受けられる事もなく、彼女らは月から出られなくなってしまったのである。あくまでも姮娥は地球の女神だ。月から補佐を受けられるわけがなかった。
「月は月。地球じゃない・・・そりゃ、そっちでも当たり前だろ」
「うっ・・・」
カイトからの明らかに当たり前過ぎる指摘に、姮娥が言葉を詰まらせる。それは、どんな時代でも当たり前の事だ。喩え古代だろうと月が地球でない事はわかっていた話だ。
「い、いや・・・でも私月の女神だから・・・月からの補助を受けらんないかなー・・・なんて・・・すいません、やっちゃいました・・・」
姮娥は恥ずかしげに向こう見ずだった、と己の行動が失敗だった事を認める。まぁ、認めるしかないのだから仕方がない。
なお、その後は確かに一度は少女しかいない月の状況と帰れないという事実に絶望して嘆き悲しんでいたそうだ。が、紀元元年頃にいつまでもこうしちゃいられないとばかりに一念発起して元に戻ったらしい。
「で、あんたはそれに騙された、ってわけか」
「だって帰れると思ったもの」
つーん、と輝夜が口を尖らせる。まぁ、そういう事らしい。輝夜も月から帰れると思っていたそうなのだが、同じく月からの補佐を受ける事が出来ずにここに半軟禁状態、というわけだ。
「で・・・月の兎は」
「うぅ・・・宇佐美・・・月見・・・団子・・・」
カイトは最後に月精の少女に視線を向ける。どうやらカイトや輝夜からダメ出しを食らいすぎて思考の袋小路に追い込まれているらしい。
「はあ・・・おーい、うさみみ少女」
「はい?」
カイトの呼びかけに少女が顔を上げる。ここまでくればもう幾ら待っても一緒だろう。なので昔取った杵柄とカイトが名付ける事にした。
「お前、ルト」
「へ!?」
「月の兎と書いて月兎な。月と書いてルナと読め」
「・・・グッド! グッドです! それ、頂きます!」
非常に安直なネーミングの上に若干キラキラネームっぽかったが、どうやら少女当人は非常に気に入ってくれたらしい。感激した様にその名を喜んでくれていた。そもそも日本人ではないので、キラキラネームとも言い難い。ということで、少女改めルトが自らの名を宣言した。
「ルト! これからの私はルトです!」
「「・・・なんか腹立つ」」
「どうして!?」
せっかく気に入った名前なのに姮娥と輝夜から否定を受けたルトが目を見開いて驚きを露わにする。それに、輝夜が口を開いた。
「いや・・・あんたが喜んでるとなんか、こう・・・いじめたくなる?」
「そうそう・・・いじめたくなる様なオーラが、こう・・・沸々と・・・」
「どうしてですか!? 何時もなんでお二人はそう、こう、私が調子に乗ってきた所でその勢いを挫くんですか!?」
ルトが二人に対して猛烈に抗議の声を上げる。とは言え、カイトとしてもわからない事もない。なんというか、ルトは絶妙にいじめたくなる様な存在だった。いや、いじめるだと言い方が悪いのだが、とりあえずそんなオーラが漂っていた。
「そ、そもそもですよ!? 一応お二人、私にお世話になってるっていう自覚ありますか!? 居候ですよね!?」
「あー・・・そこは感謝してるけど・・・でもそもそも家とか作ったの私の意見だし・・・と言うか、土地出しただけじゃない。一応、増改築は貴方に頼んでるけどベース私らだし」
「うっ・・・」
姮娥の指摘にルトが言いよどむ。当たり前だが、ここに地球の文化は殆ど無い。それがあるのは彼女らがここに来てからという話だ。であれば、今の利便性は彼女らによって持ち込まれたとも言える。どうやら、完全におんぶに抱っこというわけではないのだろう。二人が知識を出して、ルトが実際に動くという感じなのだろう。そんな三人を見ながら、カイトは紅茶を一杯口にして一息付いた。
「ふぅ・・・」
「・・・あ、そうだ。あんたよあんた。のんきにお茶飲んでるあんた」
「オレか?」
一息ついたカイトへと輝夜が視線を向ける。
「そう言えば・・・さっきから人のことバカバカと言ってるけど、よく考えればあんたも同類じゃないの」
「あ・・・そう言えば・・・」
輝夜の指摘に姮娥がはっ、と気付いた。どうやら、知恵であれば輝夜の方が賢いらしい。が、それに対してカイトは平然と告げた。
「オレが? いや? オレ、普通にこっから帰れるし」
当たり前だが、カイトは最初から地球に帰還するつもりで月に来たのだ。と言うかその為に、宇宙中を活動していたもう一人のカイトが出てきたのである。そんなの普通に出来る事だった。というわけで、姮娥と輝夜が揃って目を丸くした。
「「・・・え?」」
「いや・・・普通来る時に帰る方法も考えるだろ」
「「・・・ごめんなさい」」
二人のオマヌケ美女はカイトの指摘に何も言えずに謝罪する。確かに、それはそうだ。そこらなんとかなる、という思い込みで来たのがこの二人だ。何か言えるはずもなかった。と、それに今度も再び輝夜が気付いた。
「・・・ん? 待って。それならもしかして・・・私達も連れ帰れたりは?」
「出来るけど・・・」
カイトは殆ど考えるまでもなく輝夜の問いかけに答えた。女二人を連れ帰る程度なら、別に苦もなく可能だ。女性二人というのは質量としてはさほどではないのだ。しかも二人共星の補佐を受けながらではあるが、地球を脱する事の出来る実力者でもある。なら、余裕だった。
「「・・・」」
輝夜と姮娥は二人で顔を見合わせる。そうして、同時に行動に出た。
「「連れてって!」」
「・・・良いけど・・・姮娥、言っとくけどあんたは半分軟禁状態になんぞ?」
カイトは一応中国の神である姮娥に言い含めておく。そもそも姮娥は道教の神。カイトとは絶賛交戦中の組織だ。帰らせるわけにもいかない。が、それに姮娥は事情も聞かず、簡単に安請け合いをした。
「良いって良いって! ここから出してくれるのなら地球で軟禁でも!」
「まぁ、それなら良いけどさ・・・準備とか良いのか?」
「別に持ってきたのほとんど無いし」
姮娥の言葉に輝夜がぶんぶん、と頷いた。どうやら、今すぐにでも帰れるらしい。それに、カイトはルトを見た。それに、ルトはどこか寂しげだが笑って頷いていた。
「・・・いえ、帰れるのなら帰った方が良いでしょうから」
「「・・・?」」
ルトの様子に輝夜と姮娥は二人で首を傾げる。何がなんだかよくわかっていないらしい。というわけで、輝夜が口を開いた。
「は? 何言ってんの。あんたも一緒に来るに決まってんでしょーが」
「へ? あれ?」
ルトは輝夜の言葉に驚きつつ、気づけば己の首に装着されていたペット用の首輪に目を白黒させていた。その紐の先には、姮娥の手があった。どうやら、何があっても逃がすつもりはないらしい。
「さー、行きましょー」
「・・・え!? なんでですか!? 私は月の兎! 月の兎は月に居るのが、もごー! もごー!」
「・・・お疲れ、ルト・・・温泉ぐらいは手配してやるよ・・・」
カイトは羽交い締めにされた様子のルトを見て、哀れなものを見る様な視線を投げかける。これが、常日頃なのだろう。疲れる原因を見た気がした。まぁ、そこで止めないあたり、彼も彼だろう。
「はぁ・・・あ、どっちにしろ先にオレは用事終わらせないと。だからまだ出発は後だぞ」
「ああ、それならこっちはこの子の説得しとくから。ちゃちゃと終わらせちゃって」
「あいよー」
ルトを羽交い締めにする輝夜を見ながら、カイトは立ち上がる。そもそも彼がここに来たのは月の石を回収する為だ。そこで偶然ルトに出会い、ここに来ただけである。目的は果たさねばならなかった。とは言え、その目的そのものはすぐに果たす事が出来る。ということで、カイトは屋敷の外の舗装されていない所から手頃な大きさの石を回収する。
とは言え、そのままだと色々と危険性がありそうだ。せめて宇宙線の除染等はしておかねばならないだろう。というわけで、カイトは何らかの道具を取り出して石に照射する。どこかの異世界で手に入れた無害化する為の魔道具らしい。
「良し・・・これで、おっけー」
カイトは対処を終えた石を回収すると、それをどこかの異世界で手に入れた超文明の保存容器に入れておく。実のところ、かつてのカイトが保持していた各種の魔道具や科学道具についてはそのまま彼の保有する異空間の中に収容されているらしい。彼は厳密には死んだわけではないらしいので、それらは破棄される事もなくそのままだそうだ。
中にはこれら二つを筆頭にオーパーツ地味た物も多いらしい。今のカイトは今のカイト故に使えないのだが、このカイトはかつてのカイトだ。ゆえに、使えるのであった。
と、そうして再びルトの家に戻ってきたカイトだが、そんな彼の前では早々に諦めた様子のルトが沈んだ様子で体育座りをしていた。
「・・・良いのか?」
「うふふ・・・唯々諾々と従ってしまうこの身体が憎い・・・」
「そうか・・・まぁ、当分はオレの配下になるだろうから、温泉とかは手配してやるから」
「うぅ・・・貴方に会えた事だけが救いです・・・」
ルトが唯一の救いを得たかの様にカイトに親愛の眼差しを向ける。いや、そもそも彼が連れ帰らねばどうにかなるのだが、そこは気付いていない様子だった。
なお、ルトは月精という精霊であるわけだが、基本的に月というのは衛星だ。月は惑星があっての存在だ。ゆえに地球でも普通に生存可能だ。というより、普通はそちらで生活する。だからこそ、カイトは月で月精に出会った事に驚いていたのである。そう言う意味では珍しい存在だからだ。
「さーて、じゃあ、帰る事にしますか」
カイトはそんなルトを連れて、更にいつの間にか色々な用意を整えていた輝夜と姮娥の二人を連れて、月面を飛び出す事にするのだった。
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