断章 第58話 月の兎と女神とお嬢様
月に到着したカイトを出迎えた、謎のうさみみ少女。何か色々と抱えていたものがあるらしい彼女の様子に押されてしばらく彼女の愚痴に付き合うハメになってしまったカイトであったが、およそ30分程愚痴った所で少女の側が停止した。
「うぅ・・・ありがとうございます。聞いていただけただけでも非常に助かりました・・・」
「いや・・・何か色々と地球人がすんません・・・」
カイトはおおよその愚痴を聞いた結果、出せたのはこの謝罪だ。というのも、彼女の愚痴の中には今この月に滞在しているという二人の女性についても含まれており、こちらも純粋な地球人だったのである。月出身だという彼女には非常に迷惑を掛けている気持ちでいっぱいだった。
「いえ・・・貴方がやった事じゃないですから・・・にしても、本当に有難うございました。愚痴を聞いてもらったのなんて初めてで・・・」
「・・・お前、大変なんだな・・・」
「うぅ・・・」
少女は悲しげにカイトの言葉に項垂れる。初対面の相手に愚痴を聞いてもらいたくなるぐらいには、疲れていたのだろう。と、そうして一通り愚痴ったからか少女がふとここがどこであるかを思い出した。
「あ、すいません、こんな所で話し込んじゃって」
「いや、しょうがないんじゃないか?」
「ありがとうございます、本当に・・・あ、お茶をお入れするので来てくださいな」
「お茶、入れられるのか?」
「はい。私のお家がありますから」
どうやら、ここには家もあるらしい。なお、彼女の愚痴の途中で気付いた事なのだが、ここらはどうやら何らかの結界で覆われている様子だ。重力についても地球とほとんど変わらないし、酸素等についても存在している様子だった。ここはそんな結界の外れ、地球が拝める場所という所だ。
そしてこの様子なら、ここは外からは見えない様になっているのだろう。相変わらず彼女が何者なのかは不明だが、少なくとも地球側から隠れ住むだけの力と理由はあるようだ。と、そうして立ち上がってカイトの手を引く少女を見ながら、カイトは僅かに苦笑する。
「う、うーん・・・言い出せない」
『ま、まぁ・・・急いでるってわけでもないから・・・』
もう一人のカイトに対して今のカイトが苦笑しつつも、とりあえずそれに従う様に促した。せっかくのご厚意だし、月のお茶というのも気にはなる。そして事実、この程度の遅れなら取り戻す事は容易だ。
ここら、カイトはどこまでもカイトと言える。どっちのカイトだろうと、ふとしたことから何がなんだかわからない状況になるのであった。なので慣れていたし、冒険心が湧き上がった事も大きかった。と、そうして触れ合っていたからか、カイトはこの少女の正体に気付いて大いに目を見開いた。
「ん? この感覚は・・・」
「どうしました?」
「お前・・・まさか、月精か!?」
「兎は兎です!」
少女が驚いた様子のカイトの言葉を否定する。が、その触れ合う肌からは明らかに精霊の風格が感じられた。精霊の気配は彼からしてみればとても馴染み深い気配だ。わからないはずがなかった。
「いや・・・だがこれはどう考えても・・・」
「・・・うぅ・・・遂に兎の正体が見破られてしまいました・・・」
どうやら、正解らしい。カイトの明らかに確信を得ていた様子で、彼女は諦めた様に白状する。月精とは読んで字の如く、月を司る精霊の一種だ。それも超々高位の精霊である。格として言えば、大精霊の一つ下の領域と言ってよかった。
衛星とは言え星を一つ司るのだ。しかも月は太陽と同じくどの神話においても必ず出てくる存在だ。どれほど高位なのか、というのは察するに余りあるだろう。言うならば、エレキシュガルやアルテミスら大抵の神話において重要な役割となる月の女神と言われる奴らの最上位の存在が、彼女だった。
「おっどろいた・・・まさか月精に出迎えられるとはな・・・」
カイトは目を見開いてうさみみ少女を見る。月精に会えるとは思いもよらない事だったらしい。月に他に二人居るという事よりも遥かに、こちらの方が驚きだった。が、そんなカイトに月精だった少女が驚いていた。
「今まで地球を見守り続けてウン万年・・・まさか初見で見破ってくる方が現れるとは・・・輝夜さんや姮娥さんなんて未だにわかんないというのに・・・」
「あ、オレ大精霊と知り合いなんで。精霊と馴染み深いのよ」
「・・・あ。これは失礼しました! 大精霊様のご友人とはつゆ知らず・・・」
どうやら、月精ということで少女はカイトの気配の中に潜む大精霊の気配がわかるらしい。慌てて気を取り直していた。
「にしても・・・月精かー・・・そりゃ、納得。まさか月に住んでるとはな」
カイトは驚きつつも、スタイルの良い少女を観察する。確かに人ではあり得ない程に美しい少女だ。それもそのはず、彼女は精霊の一種。それも人の形を取れる程に力を得ている精霊だったのだ。とは言え、それはそれで疑問があった。
「でもなんで兎?」
「・・・かわいいでしょ?」
どや、とうさみみ少女が胸を張る。確かに可愛いが、それとこれとは別な気がしないでもなかった。
「真っ白でもふもふで愛らしい姿。良いじゃあないですか」
「でもお前、黒くね? あれか? バニーちゃんと間違えたとかいう口か?」
「白兎だと目立たなくて・・・う、うふふ・・・私はペットじゃないんです・・・人参食べません・・・」
「あ、あー・・・」
どこか遠い目をした少女の言葉にカイトは頬を引き攣らせる。白い兎だとここに居る二人とやらに良いように弄ばれるらしい。
「もう白兎は純粋無垢な存在じゃあないんです・・・黒く染まった黒ウサギなのです・・・」
「・・・お、お疲れ様・・・」
相変わらず疲れた様子の少女に、カイトは労いの言葉を掛ける。カイトのおおよその予想だが、白兎だと愛玩動物と一緒にされてしまうのだろう。自己主張をしておかねば、という判断らしい。
「はぁ・・・付いてきてください。あんな方々でも一応、同居人ですから・・・ご紹介します」
「あ、ああ・・・」
少女の促しを受けて、カイトは再び歩き始める。そうして、10分程でカイトは一個の大きなお屋敷の前にたどり着いた。が、それはものすごく大きかった。いや、高さとしては2階建てで普通といえば普通なのだが、敷地面積が明らかに大きかった。
「・・・でかっ!? これ、どっかの野球場ぐらいなくねーか・・・?」
カイトは目の前の豪邸を見ながら横の少女を伺い見る。幾らなんでも一人でこれに住むというのはあり得ないだろう。
「・・・大きいです。お二人のご希望に沿った部屋を作ってると必然、こんな風に・・・」
「そうか・・・」
どうやら、彼女の望みであったわけではないらしい。同居人達の要望に答える――と言うか答えさせられる――形で大きくなっていったらしい。少女の様子からそれを察したカイトは何かを言わない事にした。と、そんなお屋敷の中から、声が響いた。
「兎ー。帰ったのー?」
「あ、はーい! 戻りましたー!」
屋敷の中から響いてきた声は女の声だ。どうやら、同居人の一人の様子だった。
「今のは?」
「輝夜さんです・・・えっと、大和という所から来られた・・・」
「知ってるよ。オレはその大和から来たからな」
「ありゃ・・・そうなんですか?」
「っと、自己紹介が遅れたな。天音 カイト。カイトで構わん」
少女の問いかけにカイトは今更ながら自己紹介を行っていない事を思い出した。というより、少女の名前さえ聞いていない。それに、少女が首を傾げた。
「私は・・・名前、なんなんでしょう」
「無いのか?」
「兎は兎としか呼ばれないので・・・」
たそがれる様に少女が己の名が無い事を明言する。そもそも、彼女はここに一人だったのだという。そして名前とは他者と己を区別する為にある物だ。であれば、一人であった彼女には名前の意味が無かったのだろう。そして同居人達にしても名前を付ける意味を見出していなかったようだ。
「ん、んー・・・うさみ?」
「安直だな。やり直し」
「ひどい!?」
悩んだ挙句に出されたまさかのダメ出しに少女が仰天する。一応、これでも真剣に考えたつもりである。とは言え、それで押し通さない所を見ると、根本的に押しに弱い少女なのだろう。と、そうして真剣に悩み始めた少女であったが、そこに十二単に似た着物姿の少女がやってきた。
「え、えーっと・・・」
「もう。呼んだんだから来なさいよ・・・って、あら。珍しいわね。お客様?」
玄関口を開いた少女が首をかしげる。少女は非常に美しい少女で、艶やかな長い黒髪が印象的だった。和風美人。少し勝ち気そうな顔立ちと良い、その一言がよく似合う少女である。
どうやら、何度呼んでも少女が来ない事で自ら来たのだろう。そこで一緒に居たカイトに驚いていた。それに、カイトがとりあえず手を振って挨拶しておく。
「誰?」
「オレはカイトだ・・・あんたは、竹取物語に描かれるかぐや姫・・・の大本か」
「竹取物語?」
玄関から現れた少女が首をかしげる。まぁ、それはそうだろう。カイトの推測が正しければ、彼女は竹取物語に描かれるかぐや姫の大本となった人物らしい。であれば、竹取物語を知ろうはずもなかった。
「かぐや姫を中心とした物語だ。日本の物語だな。大和、といえば良いかもな」
「輝夜姫、ねぇ・・・」
確かにこれは自分の物語っぽいな、と輝夜は納得した様に頷いた。まぁ、それ故に少し嬉しそうなのは、そこはそれという所なのだろう。とは言え、それも少しの間だけだ。すぐに彼女はカイトの横で蹲って唸り声を上げる少女に視線を落とした。
「まぁ、それは良いわ。で、兎は何をやっているの?」
「名前、考えさせてる」
「兎は兎でしょ」
「いや・・・もうちょい名前なんとかしてやろうぜ・・・」
輝夜の言葉にカイトがため息を吐いた。名前は意味のある物だ。自己を規定する為に一番最初に必要となる物だ。それ故、何をするにしても名前は必要だ。故にカイトは大精霊達に名前を与えたわけでもある。
名前があり、初めて個と個の間で契約が成立するからだ。大精霊という概念との契約ではカイトの祝福は成立しないのである。と、そこらの機微を受け取った輝夜が代案を即座に提示してくれた。
「じゃあ、うさみみ」
「安直どころかパーツの一部ですよ、それ!?」
「じゃあ、デカ女(一部)」
「どこ見てるんですか!? 立派なセクハラですよ!?」
輝夜の視線をある一点に受けた少女が真っ赤になりながらその一部を腕で隠す。確かに、その(一部)とやらは大きかった。まぁ、それは置いておいてもどうやら少女は振り回されやすい性質らしい。ここら、あまり周囲を振り回す兎というのも想像し難い。兎らしいといえば兎らしいのかもしれない。
「いいじゃん。男来たんだし。兎は万年発情期だって言うし」
「そういうことじゃないです!」
あー、こりゃ終わらないだろうなー、とカイトは思いつつ、紅茶片手に二人の美少女らのやり取りを観察する。こういうのは巻き込まれるだけ損なのだ。我関せずを貫くのが一番良いというのを、彼は異世界での騒動で把握していた。と、そんな彼の所にまた別の女性がやってきた。
「ふぅ・・・」
「あ、お邪魔して良い?」
「あ、どうぞどうぞ」
現れた女性は少女と輝夜より少し年上の大体大学生程度という所だ。こちらは落ち着きがあり、大人の余裕があった。それだけで、カイトは彼女が誰か理解するのに十分だった。
「カイトだ・・・そちらは姮娥だな?」
「あら・・・よく知ってるのね」
カイトから紅茶を差し出された姮娥はそれを口にして一息つく。その間に、カイトは己の知り得ている情報を開陳した。
「月の兎と姮娥といえば知られた内容だ。『山海経』や『淮南子』等ではガマガエルになった、と伝えられたがな。が、その後に書かれた書物では、月に兎しか居ない事に絶望した、と書かれている」
「絶望も流石に数千年もすれば飽きるわ」
姮娥がため息混じりに首を振る。姮娥。それは中国の月の女神の一人だ。いわゆる、中国の古語『『嫦娥奔月』の嫦娥の事である。
彼女はもともと神として天界で暮らしていたのだが、とある出来事により天帝の帝舜――インドラではない――に疎まれた后羿、もしくは羿という弓の名手である夫と共に人間として地上に落とされたらしい。
その後彼らは冒険の末に西王母という神の所で失った神としての力を取り戻す薬を二つ手に入れるのだが、その時に姮娥が夫を裏切って二つ共薬を飲んで神としての力を取り戻したのだ。
その後、彼女は夫を裏切って天界に戻るのも恥ずかしいと月に隠れたとされているのだが、その際逃げ込んだ月には兎が一匹しかおらず、それに絶望して嘆き悲しみながらそこで暮らす事になった、と書かれていた。その兎はあの少女の事だったのだろう。
「ひどいな」
「本当にね」
カイトの言葉に姮娥が苦笑する。一応、彼女も自分がひどい女である事はわかっているらしい。姮娥に逃げられた后羿の方はこの後も弟子に裏切られて殺されたり、と散々な目に遭う。それを考えれば、開き直った事は確かに酷いといえば酷いだろう。
「でもまぁ、そんな数千年も前の事なんて気にしちゃいられないわ」
姮娥はため息混じりにカイトへとそう告げる。まぁ、この彼女の言い分は確かにそれはもっともでもあるだろう。幾らなんでも数千年嘆き悲しんでいたとすれば、それはそれで不思議ではある。開き直るのが普通だろう。それに、カイトは笑うしか無かった。
「そりゃそうだ。流石に罪に時効云々は言いたかぁ無いが、数千年は時効で良いだろ」
「でしょ?」
「いや、あんたが言うのは間違ってるんだがな」
「「あははは」」
カイトと姮娥は二人で笑う。と、そんなこんなでカイトは姮娥と話しながらしばらくの時間を潰す事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




