断章 第47話 好転のきっかけ
カイトと弥生が一つの答えを出せた頃。その横の部屋には銀髪灼眼のティナと、同じく銀髪灼眼のルイスが居た。時差の関係で日本はすでに就寝時間に近く、ティナ達が眠っていた事で不具合なく出てこれたのだ。
「ふん・・・どういう事かと出てきてみれば。相も変わらず泣き落としの上手い奴だ」
「・・・それは余へのあてつけか?」
「む? 貴様、泣き落としで落ちたのか? 確か強引に口説かれたと聞いたが・・・」
「・・・」
しまった、という顔でティナが口ごもる。現在、二人は封印されている本体の方が出てきていた。それ故、カイトと初めて出会った時の事もしっかりと覚えていたのである。
「う、うむ。そんな事は無いぞ? 断じて余が泣いたなぞということは・・・」
「ああ、貴様が泣いたのか。なら納得だ」
「しまっ」
どうやら、ティナは色々と慌てふためいていてうっかりミスしてしまったらしい。口が滑ったようだ。それにルイスは笑いながら、話を変えた。
「まぁ、良い・・・ともかくこれはこれで、一つの結論だろう。どうせ最後は私達も一つになる。それは不可避の結論だ。私達が拒む事も無いだろうからな」
「まぁ、それはそうじゃな。やれやれ・・・まさかあの泥棒猫めの幻影とはのう。度し難い事をしたものじゃ」
ティナは先程まで出ていたジャンヌ・ダルクの幻影について言及する。とは言え、だからこそ二人は出ていかなかった。確実に自分が出ていけば大喧嘩だという事がわかっていたからだ。
何よりティナが抑えない。喧嘩をするほど仲が良いという相手だが、それ故にしょっちゅう喧嘩しているのである。容赦なく消し飛ばしてみせるだろう。流石にイギリスで魔女がそれをやるのは、避けるべきだった。そんなティナは少しだけ苦笑する。
「にしても・・・度し難いのは余らも、か。他の女と愛の言葉を交わし合っておるというのに、あれが幸せそうにしているのがこう・・・なんというか嬉しくもある」
「ふん・・・何処まで行ってもあいつは私達の事は忘れんし、手放さんさ。それがわかっているだろう?」
「当たり前じゃな。何を今更。余はあれの伴侶であり、妻である。忘れておったら頼み込んだのがどちらか思い出すまで語ってやるまでよ」
ティナはあまりに当然すぎる指摘に笑う。どちらが妻になってくれと頼み込んだか。現世ではティナだったが、本当はカイトだった。だから、ティナから迫っていったのだ。忘れさせないし、忘れさせてなるものか、という意気込みが魂の奥底から彼女を動かしたのだろう。
それに、ルイスもやはり笑う。彼女自身は今回もカイトから口説かれたわけだが、それ故に彼女は昔を思い出して嬉しく思ったのだ。あの時のカイトは気付いていなかった。だというのに、全く同じ行動に出たのだ。嬉しくないはずがなかった。と、そんな彼女は少しだけ不思議な顔をする。
「にしても・・・逆順か。不可思議な事もあるものだ」
「ここが、運命の分岐点じゃからじゃろう。今までにあれが経験したという数個の転生は前一つを除けば謂わば不可避の転生。あの不可避の滅亡を回避した後、普通に動ける様になるまでに必要な転生じゃ。変な話ではあるが・・・その数個の転生は今回よりも先にせねばならんかった。そうせねば試練にならんからのう」
ティナは自分が掴んでいる情報から、推測を立てる。ここらはカイトの言う通り、ヒメアとカイトの馴れ初めに起因する。それ故、カイトにはある意味では2つの前世が存在しているという摩訶不思議な状況が成立していたのである。それに、ルイスも同意した。
「過去を塗り替えた代償か」
「然り、よ。過去を塗り替えて書き換わるのは今だけではない。過去も変わる以上、そこまでの全てが書き換わる。まぁ、この場合は全部ゼロサム・ゲーム故に気にする必要なぞなかったのじゃろうがのう。変わるべき未来が虚無しかないからのう」
「・・・」
「どした?」
ティナの推論と考察を聞いていたルイスが、ふと不満げな顔をしていた事にティナが気づいた。
「・・・曲がりなりにも妹に解説されている風で腹が立つ」
「・・・この愚姉は・・・一応、今生ではおばさ」
「なにか言ったか?」
一切の音も無くルイスの拳が宙を切っていた。流石のルイスも叔母さん呼ばわりは気に食わないらしい。間違いではないが、日本語の語句の問題だ。それに、ティナが肩を竦めた。
「はぁ・・・やれやれ・・・」
「ふん・・・一応言うが、本来の立ち位置では双子に近いのだからな。私の方が些かロールアウトが早いだけだ。そう言う意味では同い年と見做す事も可能だ。数日の差だからな」
「今生の実年齢では数千年程度の差が生まれておるがのう・・・まぁ、その大半が封印されておったのじゃから、言うべきではないかもしれんがのう」
ルイスの言葉にティナが小声で愚痴る。やはり女として、年齢は気になるのだろう。それが喩え数千年という普通では考えられない領域であっても、だ。が、ティナは即座に気を取り直す事にした。
「まぁ、良いわ。とりあえず、過去が塗り変わったが故の逆順なのやもしれん」
「どういうことだ?」
「過去のなぞり書きを行っておるのよ。再び始める為に、のう。故の逆順。過去へと遡らせておるわけじゃ。因果律の逆をやっておるわけじゃな。結果があるが故に原因がある、というわけじゃ」
「・・・全員を集めるということか?」
「かもしれん。何を考えておるか、というのは余にもわからん。が、運命はともかく因果律というものは定められている以上、正しい手順を踏めば全員を集める事が可能なのやもしれん」
「流石に私達でもそこはわからんか」
「わかろうはずもなし」
ルイスの言葉に、ティナはため息混じりに同意する。因果律というのは原因があり結果があるという物の理だ。それは通常は物理法則等に適用されるわけだが、もし世界の様にこの世全てをコントロール出来る存在であれば、適切な人材を適切な位置に転生させる事で望んだ行動を起こさせる事が可能かもしれない。考えてみれば当たり前の事で、しかし決して人に身では不可能な事だった。
「なまじその推測が正しそうなのが、厄介だな」
「ん? なにかな?」
ルイスはニコニコ笑顔のヴィヴィアンを見ながら僅かに顔を顰める。彼女は、世界の代理で幾つかの仕事を行っていた。それはすなわち、何か世界から聞いているという事だった。
「貴様は何を知っている?」
「私が知るべき事を、かな」
「まぁ、今の私が聞いた所で無意味な事ではあるがな・・・」
ニコニコとヴィヴィアンは意味深な笑みにも何時もの朗らかな笑みにも見える笑みを浮かべる。これがどちらなのかは、残念ながらティナとルイスにもわからない。それに、モルガンが呆れ返った。
「この子、何時もそうだから・・・これ、多分単に笑ってるだけよ。だから腹黒妖精とか言われるわけ」
「ふふ・・・でもいくらか知っているのは事実だよ」
ヴィヴィアンはモルガンの言葉を半ば認めつつ、ルイスの指摘も事実である事を認める。
「でも、それはまだ。カイトが・・・私の相棒が本当に戻ってきた時にこそ、明かす内容なの」
「今も相棒だけどね」
「うん、それはそうだけどね」
モルガンの指摘にヴィヴィアンは笑う。だが、そうではないのだ。彼女が今過去世を封じている様に、カイトは今はまだ、もう一人のカイトと融合を果たしていない。
それが果たされた時こそが、本当の相棒の復活だと彼女は捉えていた。だから、今のカイトには今のヴィヴィアンとして立つのである。
「それに・・・何があっても一緒に立ち向かうんでしょ?」
「「「・・・」」」
ヴィヴィアンの指摘に残る三人はぽかん、となる。それはいうなれば、何を今更、という様な顔だった。
「なら、考えたって一緒だよ。私達は何時もカイトの側で苦難に立ち向かう。世界が私達を集めるから何? 私達がやる事は変わらないし、私からしてみればほとんど話した事もないレックスとか言う人とかに会えるから嬉しいぐらいしかないよ」
「・・・はぁ。まさか、貴様に正論を諭されるとはな。おい、ソフィア。帰るぞ。あまり彷徨いても良い事もない」
「そうよな・・・やれやれ。時として深く考えん事が正解の時もある、か。覚えておこう」
ルイスに促されたティナはもはや居る意味がない、と立ち上がった。それが、全てだ。実は彼女らの魂が目覚めてから、まだ少ししか経過していない。それ故実はカイトのもう一つの幼馴染達のほとんどにはあまり会ったことがないのだ。数人に至っては会ったことさえない。なら、それを楽しみにするだけだった。
「うーん・・・でも私からすると殺されまくった相手だからあまり会いたくないんだけどなー」
その一方、モルガンは僅かに苦笑する。カイトの幼馴染達というのは、常にカイトと戦ってきた相手だ。そしてそれはすなわち、彼女らとも戦いまくった相手という事でもある。少し辟易していたのも無理はない。
「あはは。良いじゃない。ようやく、お友達になれそうなんだから。実際、私達はほとんど会話を交わした事がないんだから、楽しみにしよう?」
「まぁ、そうしますかー」
モルガンはどうせ数百年とか先だろうし、と軽く考えて気楽に捉える事にしたらしい。そうして、ティナとルイスが去った後に残された彼女らはカイト達の会話が終わるのを待つ事にするのだった。
と、それからしばらく。ご機嫌な様子の弥生と明らかに色々と抑えた様子のあるカイトが戻ってきた。が、そんなカイトは当然、ティナとルイスが来ていた事に気付いていた。
「なるほどね。迷惑を掛けるな、お前らにもあいつらにも」
何があったかを聞いて、カイトが笑う。本当に頭が上がらない思いだった。そしてその顔は晴れやかで、一つの区切りが出来た顔だった。
「何言ってるの。私は、ずっとカイトと一緒だよ。死ぬ時も一緒。生きる時も一緒。死んでも離さないからね?」
「お前、時々ヤンデレ入ってねーか?」
カイトは今はニコニコ笑顔のヴィヴィアンに少し笑いながら問いかける。前々から思っていたのだが、彼女からも若干危うい匂いがするのだ。
「さぁ、どうなんだろうね?」
「絶対ヤンデレ入ってるわよ、この子・・・」
「ふふ」
モルガンの言葉にヴィヴィアンはニコニコと笑うだけだ。が、その絵面はなんと言えばよいか、敢えて言えば影の入った笑顔でも非常に絵になった。と、そんなヴィヴィアンは敢えて触れさせないとでも言わんばかりに、話題を転換する。
「で、カイト。とりあえずどうするの?」
「ん? ああ、弥生さんの件か。どうすっかねー」
カイトは少し前とは打って変わって、気楽にどうするか考える。どうやら精神的な重しが一つ取れた事で心に余裕が出来たらしい。
「とりあえず姉貴に聞いて、かな」
「姉貴?」
「ああ、スカサハの姉貴。オレの体術と魔術面でのお師匠様、かな。戦闘面では彼女の影響を受けてる人だよ」
話半分に聞いていた弥生の問いかけにカイトがスカサハについてを説明する。彼女には異世界についてを語らない代わりに、過去世に関する事を語った。それは彼女に起きた出来事を考えれば、そちらが最適だと思ったからだ。故に彼女の横でこの会話を繰り広げても問題無い、と判断していたのである。それに関わると決めたのだ。ならば隠しては駄目だろう、というわけでもあった。
「当人はカイトの現地妻もやってるけどね」
「まぁ、カイトったらお師匠様にまで手を出したの?」
「うっせい。ズタボロにされた挙句襲われたんですー」
「その後に手を出してるのはカイトっぽいと思うんだけど?」
「・・・なんか問題あるのかよ。一度も二度も一緒だろ」
楽しげに茶化す弥生とモルガンに対して、カイトが何処か照れた様にそっぽを向く。おそらく、帰蝶の影響があったからだろう。そしてカイトがハーレムを築いている事を知っていたからでもある。一度そのハーレムを受け入れると決めてしまえば、案外すんなりと受け入れられたらしい。
どうやら弥生の側も心配しなくて良いのだ、と安堵した事で前向きになれたようだ。まだ解決の糸口が見えたわけではないが、色々と好転し始めていた。と、そのタイミングだ。急に世界が隔離されたことに、全員が気づいた。
「これは・・・やれやれ。楽しい座談会の真っ最中だったんですけどね」
「仕方ないね」
「いや、それ以前に間隔早まった事に気付きなさいよ」
気軽に立ち上がったカイトとヴィヴィアンに対して、モルガンが今更の事を指摘する。それで、カイトも気づいた。
「・・・ああ、そう言えば襲撃、昨日だったっけ。今日一日色々ありすぎて完全に忘れてたわ」
「だろうと思った」
「ま、そりゃラッキーじゃねぇか」
モルガンが笑い、カイトも笑う。そう、これはラッキーだ。今までがある規定に従って起こされているオートによる襲撃だとするのなら、今回のこれは明らかに何処かの誰かによる意図的な行動だと思われる。あまりに間隔が短いのだ。つまり、犯人が何らかの理由でカイト達にタイミングをずらしてでも攻撃したという事だ。
「さって・・・ご褒美の為にいっちょ、暴れる事にしますかね」
カイトが獰猛に牙を剥く。もはや、不安になる事なぞ何もない。精神的な安定を得た今となってはこの程度の雑魚に負ける道理はないし、それどころかご褒美が、それもとびきり豪華なご褒美が出来た事でやる気に満ち溢れていた。
そうして、この一件の犯人によって送り込まれただろう魔物の軍勢は、たった数分後にはカイトの手によって完全に壊滅させられる事になったのだった。
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