断章 第43話 対策
顕現したジャンヌ・ダルクの幻影との戦いの最中に己とヒメアの関係性に起因した特殊な状況により、手酷い手傷を負わされることになったカイト。モルガンとヴィヴィアン、唯一顕現させることの出来たルゥの支援を受けて、彼はなんとか大英博物館からの撤退に成功していた。
「アレクセイ・・・聞こえるか」
『ブルー! 現状は!?』
「悪い・・・離脱した・・・ちょいと厄介な状況でな・・・オレとの相性最悪だった・・・足止めにもならんかったわ・・・」
カイトはロンドン市外へと出る道中にて、即座にアレクセイへと連絡を入れる。そうして脂汗を浮かべながらも自嘲気味に笑ったカイトは、更に続けた。
「本気で嫌になるね・・・ロンドン市外へとおびき寄せる。町中で戦闘すれば被害が最悪の状態に成りかねん・・・違和感を感じさせないように認識を阻害してくれ。こっちそんな余力ねーわ」
『っ・・・』
アレクセイはカイトの声が弱々しいことに気付いて、本気で背筋を凍らせる。世界で一番強いと言われるカイトが、大怪我だ。相手の力がどれほどのものか知りたくもなかった。
「ははは。安心しろ・・・まかり間違っても最悪の事態にはならねぇよ・・・オレが怪我してんのは、はっきり言ってタネのわからん手品をやられたからだ。ネタが割れたら、対処は出来らぁな。そしてもうやってる。対策は可能だ」
『・・・その言葉、信じても?』
「好きにしろ・・・ああ、文句はフランス政府へどーぞ。流石にガチモン持ってくるとは聞いてねぇわ」
カイトは余裕を見せる為、敢えて軽口を叩く。その僅かな余裕をアレクセイも理解して、落ち着きを取り戻した。
『すでに周辺の人払いは完了しています。表向きは施設の老朽化によるガス管のガス漏れとしています。それと貴重品を保存用に使用している特殊なガスが混合した結果、昏睡と幻覚が起きる、としています』
「そうか・・・こっちは西に移動する。この間の内乱の折に荒れた土地が良いカモフラージュになるはずだろう」
『わかりました。西にこちらの人員とフランスの騎士達を移動させましょう』
「数が居た所で無駄だが・・・周辺に被害が及ばぬようにするには最適か・・・それで頼む」
カイトはその会話を最後に、通話を終了する。そうしてそれと共に、傷の手当てを行っていたモルガンが診察結果を告げた。
「戦闘能力1%、土手っ腹に大きな破片の突き刺さった傷跡、身体の各所に細かい傷と大きな切り傷・・・見立て、そんなとこ」
「ち・・・初っ端防御無視攻撃は痛かったか・・・いや、防御無視ってか防御無視になっちまうだけなんだがな・・・」
ジャンヌ・ダルクの幻影から離れたことによって身体に力は戻ったが、ジャンヌ・ダルクの幻影があり続ける限り傷が癒えることはない。いや、より正確にはこの殺意を消さぬかぎり、だ。
ジャンヌ・ダルクの幻影は謂わば彼女がかつてカイトに抱いていた不可避の殺意の塊だ。それを抱えきれぬ――もしくは抱えていたくない――彼女は、人類への憎しみと共にその一部を己から分離させて己の剣として擬似的に顕現させていたのである。
全ての異族を殺せる剣の原理は、そもそもかつて全ての人類を救いもし、滅ぼしもした女故の力だった。そして同時に彼女にしか使えぬはずでもある。彼女の一部に等しいからだ。その殺意を薄めに薄めたデッドコピーにしてようやく、常人に扱える力となったわけである。
「攻略の方法は見えてる?」
「見えねぇんだよなぁ、これが・・・」
ヴィヴィアンの問いにカイトはため息を吐いた。敢えてはっきり言ってしまえば、カイトが本気で戦えれば簡単に勝てる相手だ。所詮あれは分け御霊。性能なぞ現在のカイトの半分を更に下回っている。
が、問題はそこではない。問題は2つ。彼女が幾千億もの月日で培った圧倒的な防御術と、カイトが本気では戦えないということだ。
前者はそれこそアルト達に支援を求めた所で無理――そもそも今から頼んだ所で増援はかなり先――だし、後者に至ってはカイト自身が止めているというどうしようもない話が付き纏う。今のところは打つ手なしだった。
『旦那さま。そろそろ』
「ああ、助かった」
カイト達はジャンヌ・ダルクの幻影の攻略の話をしている内に、ロンドン市外へとたどり着いていた。そこで、ジャンヌ・ダルクの幻影を待つことにする。
「アレク。そっちはどうだ?」
『非常に芳しくないですね。攻撃してこないのか、それとも出来ないのか・・・防御だけなのが救いです』
「してこない、かな・・・とは言え、こっちに一直線に来るはずだ。痕跡は残したからな。そのまま通して良いぞ」
『少しは回復しましたか?』
「いや、怪我は全然。今も血はどくどくと・・・治癒不可の力もあったな、これは」
カイトは笑いながら嘘ではない内容で己の怪我の理由を覆い隠す。これはカイトにしか通用しないが、そもそも必死で食い止めない限りはカイト以外を傷付ける様子はない。
バレないだろう、という判断だった。と、その一方でその声に硬さが無かったことで、アレクセイもカイトが若干だが回復したことは理解出来たらしい。
『・・・わかりました。ジャンヌ・ダルクの影はそちらへ向かっています。こちらは引いて、部隊もそちらへ移動させます』
「そうしろ。基礎スペックは現役時代の彼女よりはるかに下だろう。が、才能そのものは本体と一緒。防御に超特化した彼女の防御を打ち破ることは出来ないだろう」
『申し訳ない。この借りはイギリス政府として必ず』
アレクセイはその会話を最後に、通信を遮断する。彼は幸い騎士としての力量は下も下だ。故に指揮だけに注力出来るが、どれだけ全力で撃ち込んでも彼女の防御を打ち破れないらしい。まぁ、ヴィヴィアンで無理なのだ。表世界に軸足を置いた彼らでは到底叶わぬことだろう。
「さて・・・ガチでどうすっかね・・・」
カイトは次の一手を考える。現状は非常にまずい。まず何がまずいかというと、どういう原理で顕現しているか不明なことだ。そして次はどうやれば消せるか、ということだ。前者は今後を考えた場合にまずく、後者は今を考えればまずい問題だ。
「勝てる見込みは?」
「ないな。欲しいけどな・・・打てる手は打っておくか」
モルガンの問いかけにカイトは笑う。勝ち目は無い。何度考えても、結論は出ない。どうやらジャンヌ・ダルクは比較的ゆっくり――勿論、彼ら基準でだが――歩いているらしく、しばらくの時間は得られそうだった。であるのなら、今のうち打てる手は打っておくべきと判断する。
「はーい、お久しぶり」
『あら。お久しぶり・・・って言うわけでもないですよー?』
「あっははは。そうだな」
『で、何のご用事ですか? あ、ルル様がお料理作って食べきれないとかだとミカエルも連れて行かせていただきますよー?』
「あはは。そりゃ面白いことになりそうだが・・・ちょっと笑ってられない状況でさー」
カイトは電話先の相手と笑い合う。餅は餅屋。というわけで、電話した相手はガブリエルだった。そうしてカイトは事情の説明を開始する。
『・・・え゛?』
「というわけだ。その様子だとこんな事になるとは思ってもみなかった様子だな」
『・・・はい』
カイトからの説明を受けたガブリエルは目がこぼれ落ちん程に大いに驚いた後、カイトの問いかけに非常に申し訳なさそうに頷いた。彼女らが<<聖女の剣>>の模造刀を創り上げたわけだが、その模造刀の力の原理はどう頑張っても解明出来ていなかったらしい。
『何かわかることはないですか?』
「んー・・・お前らだから明かすか。ぶっちゃけ、ギルガメッシュ殿からジャンヌ・ダルクを引き取った時の話は聞いた。その息子というのが、オレだ」
『え?』
「あはは。驚くのも無理はない。まぁ、それで色々あってな。ちょいと色々あって転生の度に嫁と殺し合ってた・・・いや、そこは置いておくか。で、<<聖女の剣>>というのは彼女が原理としてはありとあらゆる者に対して抱いた殺意そのもの、というべきか。いわゆる呪いの一種とも言えるかもしれん」
『っ・・・なるほど・・・』
ガブリエルはこれでおおよそを理解したらしい。魔術とは一種の呪いに近い。というのも、魔力とは意思の力であり、そしてそれを以って敵を攻撃しているのだ。呪いと大差無いと言える。
ではもしその意思が、それも殺すという意思が具現化していれば、斬られただけで殺す事も確かに不可能ではなかった。もしそんな超高濃度の殺意があるのであれば、という前提であるが。
『・・・わかりました。こちらも向かいます』
「すまん」
『ミカエルも横に居ますので、彼女と一緒に向かいます。他、天使達の増援も』
「いや、ミカエルは来るな。ぶっちゃけるとオレより多分ミカエルが狙われる」
ガブリエルの言葉に対して、カイトは即座に制止する。それにガブリエルは首を傾げた。
『はい?』
「はぁ・・・ぶっちゃけるとルイスもティナも両方あれとは因縁な関係がある・・・まぁ、オレ以上に攻撃される可能性があるのが、あの二人だ。ルイスそっくりなミカエルが来たらその時点で標的確定だ。オレ以上にな。そっちもジャンヌ・ダルクの幻影にミカエルが攻撃されました、なんて醜聞は避けたいだろ?」
『はぁ・・・ですが、なぜ? ジャンヌ・ダルクその人は何も反応していませんでしたよ?』
「色々あんだよ、色々・・・うまーく立ち回って漁夫の利を得るのが、ルイスだ。そこらでまた喧嘩になるわけで・・・確実に狙われるな」
カイトは疲れた様子でガブリエルの質問に答える。ここらは痴話喧嘩の一端だ。基本的に喧嘩するほど仲が良いという形だが、現状ではそれがどういう状況になるかわからない。下手をすれば一気に攻撃が苛烈になる可能性も予想される。様々な話を考えれば、それは避けるべきだろう。
「そういうわけだから、ミカエルとは絶望的に相性が悪い」
『はぁ・・・わかりました。では、私一人で向かいます』
「そうしてくれ。オレも流石に嫁さんに手は上げらんねぇからなぁ・・・」
カイトはガブリエルの申し出に感謝して、僅かに照れくさそうに頭を掻く。と、その会話が終わった頃に、どうやら流石の事態に合同部隊を率いることになったらしいアレクセイがやってきた。
「ブルー」
「ああ、アレクか・・・そっちは?」
「フランスから今回の個展にて収蔵品の警備を担当していたドミニクだ。色々と言いたいことはあるだろうが、今は置いておいてくれないか」
「わかっている」
カイトはドミニクと名乗った男の言葉に頷く。どちらにせよ彼が追求出来ることでもない。なのでもとより追求するにしてもポーズだけにするつもりだし、今回は不慮の事故ということで押し通すつもりだった。そうして、アレクセイが問いかけた。
「何か考えられることは?」
「悪いが、無い。オレはジャンヌ・ダルクのことを知らない。フランスのそちらさんは?」
「・・・申し訳ないが、何も聞かされていない。レプリカの中でも比較的本物に近い物を持ってきたが、まさかこんな事になるとは・・・本国にも問い合わせているが、寝耳に水の状態で対策を立てられていない」
フランスの騎士を率いていた隊長格の男はかなり苦い顔で首を振る。まぁ、これは仕方がないだろう。カイトとて自分以外の前で起きるとは思っていない。
少し後に聞けば、フランスに残った教会のお偉方やシュバリエ達はこの時、とてつもなく大慌てだったそうだ。不可抗力の事由とは言え最悪は外交問題だ。表の政治さえ交えての対処になっていたらしい。とは言え、現在の裏の事情を考えれば放置は最悪なので対処はこの騎士に一任し、全てを任せると明言したそうだ。
「とは言え、原因は本国から送られてきている。ブルー・・・だったな。貴様は生粋の異族だ。おそらく、天使さまが対異族用に仕掛けた仕掛けが」
「それはありません」
フランスの騎士の言葉を遮って、ガブリエルの声が響いた。勿論、ミカエルは居ない。そんな彼女に、アレクセイもフランスの騎士達も揃って跪いた。まさかの熾天使の降臨だ。驚くのも無理はない。
「「ガブリエル様!」」
「お久しぶり」
「久しぶりです。連絡、感謝します」
ガブリエルは表向きの顔でカイトへと礼を述べる。と、そんなカイトに対して、アレクセイが問いかけた。それは連絡先を知っているのか、という驚きだった。
「貴方が連絡を入れたのですか?」
「オーディン殿を通してな。彼らは比較的中立だ。そこから頼んでおいた・・・まぁ、あちらも穏健派のガブリエル殿が来るあたり、ヤバさはわかったか」
「なるほど・・・ありがとうございます」
カイトの言っていることは不思議には思えなかった為、アレクセイも納得していたらしい。というわけで、ガブリエルはそんな一同に対してかつてジャンヌ・ダルクと呼ばれた少女の力について語ることにする。
「ジャンヌ・ダルク・・・フランスの聖女。ミカエルが擁立した守りの御子の一人。攻撃能力はほぼほぼ皆無でしたが、その分、防御性能はおそらく有史上最高の才能の持ち主でした」
「あれで、攻撃力は皆無・・・」
「それが唯一の救いか・・・」
ドミニクは僅かな安堵を浮かべる。彼はジャンヌ・ダルクの幻影に対して何度か攻撃を仕掛けたらしいのだが、そこであまりに軽々と防がれるのでかなり戦慄していたらしい。と、そんな一同の言葉を遮って、カイトが口を挟んだ。
「そんなこたぁ、どうでも良い。今知りたいのは弱点だ」
「弱点は先に述べた様に攻撃力が無い事でした」
「このとーり、ズタボロにされてますけどね」
カイトはあくまでも半敵対組織の長にして避難者達の長に見える様に若干皮肉っぽくガブリエルの言葉に応ずる。それに対して、ガブリエルもこの言葉を認めた上で推測を述べる。
「ええ・・・おそらく我々が異族の討伐に使う為にダウングレードしたことと、あれを使った騎士達の力を武器が記憶していたのでしょう。これは私としても予想外でした」
「では、異族でなければ攻撃力はそこまで驚異的ではないと?」
「この世に真に純粋な人間が居るのなら、という話ですが」
アレクセイの問いかけにガブリエルが推測で答えた。どこまで遡っても祖先に人間種しか居ない、という『人間』はおそらく皆無だろう。ここらはどこまでを人間と定義するかの話になる。
それを考えれば、狭義の人間――祖先に人間種しかいない――というのはおそらく居ないと考えて良い。であれば、ガブリエルを除いたこの場の全員がほぼほぼ有効な一撃を食らうことになると考えて良いだろう。
ちなみに、真相としてはもし万が一純粋な人間が居たとしても有効な一撃が与えられる。この原理は先にカイトが語った通り、『人』という存在そのものに対する憎しみで出来ているのだ。異族だろうと人間だろうと天使だろうと大差は無かった。
「まぁ、その上で敢えて弱点を言えばなのですが・・・出力が全盛期のはるか下という所でしょう。狙いもブルーただ一人の様子。おそらく使い手達の思念と武器の特質が重なった結果、今回の事件が偶然起きたという所でしょう」
「不慮の事故、ということか」
「そういうことです」
カイトの言葉にガブリエルが頷いた。あくまでも、この一件は不慮の事故。それで正しいし、そこへ至る推測が間違っていることはカイト達とガブリエル以外の誰も知らない。であれば、これを公式の見解としても大丈夫だろう。
「とは言え、今のオレのこの状態じゃあ有効打なぞ不可能だぞ? この傷跡からかなり出力を下げられちまってる」
「わかっています・・・そして残念ながら、彼女の防御を大出力で押し切るのは止めた方が良いでしょう。ロンドンを吹き飛ばすつもりでやらねば止められない。そこは承知しておくべきでしょうね」
カイトの言葉に対してガブリエルが否定の言葉を送る。と、そんな所にヴィヴィアンが口を開いた。彼女はずっと考えていて、対処に気付いていたらしい。
「・・・一応、手は無いではないよ」
「ヴィヴィアンでしたか。それは?」
「賭け、だけど・・・乗る?」
「それ以外に現状良い手が無いですし、提案次第としておきましょう」
ガブリエルはヴィヴィアンの問いかけに頷いた。そうして、ヴィヴィアンが語り始める。なお、ガブリエルが微妙に敵対的なのは一応ヴィヴィアンも異族だからだ。
組織としての面子の関係で、というわけである。勿論、イギリスの特殊性は理解しているのでそこと仲が良かったぐらいでアレクセイ達への心象を損ねるわけではない。
「私はかつて、ギルガメッシュと会ったことがある。その時、彼女のことを聞いたの。<<聖女の剣>>の真相もおおよそ理解出来ている・・・だから、そこに攻略の糸口があった」
「どういうことですか?」
「私に、任せてもらえないかな。説得で彼女を消せるよ」
「出来る見込みは?」
「確実に・・・私が私だからこそ、彼女はその説得に応じねばならないと理解出来ている」
ガブリエルの問いかけにヴィヴィアンは絶対の自信を滲ませる。これは彼女だからこそ、わかったことだ。
「・・・良いでしょう。必要なことは?」
「足止め。カイトを狙われてカイトに手を出されるのは私としても非常に有難くない。だから、説得出来る状況を作って欲しい」
「わかりました。では、それで行きましょう。貴方達も異論はありませんね?」
「「はい」」
ガブリエルの問いかけにアレクセイとドミニクが応ずる。熾天使がそれで良い、と作戦に許可を下ろしたのだ。宗派の違いこそあれど曲がりなりにも教会の信者であり人間である彼らに否やは無かった。そうして、作戦が開始されることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




