断章 第32話 当て所のない旅へ
弥生に起きている異変の解明の為、海外の神々へと協力を求める事が決まって更に数日。カイトはとりあえず、今のところの状況の整理を行っていた。
「さて・・・まずわかっている事は・・・」
「まず、一つ目。弥生は行方不明にはなっておらんという事じゃな」
カイトの言葉を引き継いで、ティナがまずわかっている事を告げる。ここで一番厄介なのは、そこだ。彼女からは何の信号も発信されていない。これは彼女の経過観察からも確認されているし、めまいは起きていない事の証言は得られている。が、何処からともなく彼女の居場所は掴まれていると見て良いだろう。
「そうだな・・・が、事件の発生とこの案件の起きている時期、そこらを考慮すれば無関係とは言えんだろう」
「よしんば無関係であったとしても、それならそれでこれが無関係である、と断ずる根拠が必要じゃろうな」
謎の魔物に、謎の現象。これが同時期に起きている以上、そして同じ対処で防げている以上、これが敵が弥生を試験台にして次のステップに移ったとも考えられる。考えられるのであれば、次にも襲撃が別の相手に起こるかもしれない、という前提で臨むのが当然の判断と言えるだろう。別の相手に起きた場合、もはやそれは最悪の事態を想定せねばならなくなる。そもそも身の危険は無い、というのは今までの話だ。これからどうなるかは一切不明だ。
「さて・・・それで精密検査の結果を教えてくれ」
「うむ」
ティナはカイトの求めを受けて、モニターに弥生に行った精密検査の結果を表示する。彼女自身の協力を得られた事で、かなり詳しい調査が出来た。これは国としてもカイト達としても非常に有り難い事だった。が、同時に厄介な事も観測されていた。
「さて・・・今までの調査の結果から、余らは被害者らの魔力波形が二重にブレる事を確認しておる。これは敵が施した何らかの痕跡と見做しておるわけじゃ。そして弥生にはそれは一切見受けられなんだ・・・と、言いたかったんじゃがのう」
「うん?」
ティナは一度語っておいてから、そこで苦々しげな表情を浮かべる。
「これは昨日の大阪での事じゃ。その際、再び襲撃があった」
「何? オレは聞いてないぞ?」
「私とティナで止めた。言えば荒れる事が目に見えていいたからな」
眉をひそめたカイトに対して、ルイスが事の次第を告げる。カイトはここ数日せわしなく動いており、どこかで暴発しかねなかったのを危惧した二人が食い止めたのである。そうして、この間の一件についてを語る事にした。
「流石にテスト期間という事もあり記憶には封をした。故に当人は知っていない。貴様が知らないのも無理はない・・・そういうわけだから、言ってはやるなよ」
「・・・わかった。続けてくれ」
「その際、偶然じゃが一つの信号をキャッチ出来た・・・と言ってもこれは受信側。つまりは、どこからか送信されてきた情報を受信した、というわけじゃ」
「受信?」
ティナから語られた話を聞いて、不満げな顔をしていたカイトは首を傾げる。今まで起きていたのは送信、つまり被害者側が送っていただけだ。が、今度は弥生に向けて送信が行われていた、ということだ。逆なのである。
「その際、信号をわずかながらにでも観察出来たのは、幸運と言うべきじゃろう。偶然、検査中じゃったからのう・・・まぁ、それは良いじゃろう。ここで重要なのは、それがこの案件に非常に近い信号パターンじゃった、という事じゃ」
「っ・・・」
カイトは最悪の想定が現実になった事を、理解した。どう考えてもこの案件二つは密接に関わりがあると考えて良いだろう。しかも、今度は相手からの送信だ。
「次の段階に移った、という予想が的中したか・・・」
「じゃろう。これはもはや切り離す事は出来んと考えて良い」
「最悪の情報だな・・・集会は・・・明日か」
カイトは時計とカレンダーを見て、次の3ヶ国による集会の日付を確認する。が、明日の朝一番だった事を受けて、ただただため息を吐くしかなかった。とは言え、この情報は早急に伝える必要がある情報だろう。なのでカイトはいつも通り、執務官達を通して各トップへと伝令を頼む事にする。
「・・・ああ、オレだ。ジャクソン殿とハワード殿に今つなぐ事は出来るか? 緊急で報告すべき内容が入った」
カイトは以前と同じように、報告すべき事を冷静に報告していく。が、カイトの声の硬さ自体は消せておらず、それだけで向こう側にも自体が悪化の一途を辿りつつある事を理解させていた。
「はぁ・・・非常事態宣言を出したい所だな、これは・・・」
「かと言って、どういう理由で出すか、が問題だな」
「はぁ・・・ティナ、ルイス。すまん、家族を頼む」
「今更だな」
「うむ・・・家は余に任せ、学校は玉藻に任せ、ここらはルルに任せれば良い。お主は何も気にせず、ただ前に歩めば良い」
「すまん」
カイトは二人に改めて頭を下げる。そうして、その日はカイトもその他いろいろな所に連絡を行いつつ、明日に迫った渡航の準備を行う事になるのだった。
明けて、翌日の明け方。弥生は予てからの打ち合わせ通り、表向きは欧州旅行への用意を整えていた。
「と、言うわけでちょっと気分転換してくるわね」
「うん、それで良いと思うんだけど・・・本当に大丈夫?」
どこか無理をしている様子がある弥生を見て、皐月が問いかける。当たり前だが、彼女は弥生の裏で起きている事を知らない。だが、無理をしている事そのものは理解している。それ故の問いかけだった。
「ああ、うん、大丈夫よ。初めてじゃないんだし・・・パスポートも持ってるし、仕事仲間の子と入学祝いで考えてた物だし、お母さんもきちんと許可くれたわ」
心配そうにこちらを見る皐月に、弥生は努めて――これが皐月を心配させているのだが――気丈に笑って頷いた。
「そっか・・・ん、じゃあ、楽しんできてねー」
皐月はそう言うと、笑顔で送り出す事にする。お土産に何が欲しい、と問われていて、母親が許可した上での気分転換ならそれで良いだろう、と考えたようだ。
それに一時的に日本から離れればそれの方が安全かもしれない、と思った事も大きい。幾らストーカーでも国外に逃げた相手を追いかける事は難しいだろう、と判断したのだ。なら、止めるより気分良く行ってもらう方が良いと判断したのであった。
「あ、そろそろ友達のお父さんの車が来るから、もう行くわね。じゃあ、行ってきまーす」
「はーい、いってらっしゃーい」
「お土産、よろしくね」
キャリーバッグを転がす弥生へと、皐月と睦月が手を振って送り出す。そうして弥生が出ていったのを確認して、神無が電話を掛けてきた。
『ああ、弥生・・・えっと・・・ごめん、こんな時になんて言えばいいかわからないけど・・・気をつけてね。それと、カイトくんの言うことはしっかり聞く事』
「うん・・・」
弥生は一人になった事で、僅かに気が落ち込んだようだ。少しだけ震える身体を支えるようにして頷いた。
『良し・・・うん。この際だから、最後に一言言っておくわね』
「ん・・・」
『・・・学生結婚ぐらいなら認めるから。頑張りなさい』
「ちょっと!? それは気が早いっていうか・・・さすがに入学してすぐにできちゃった結婚とかは・・・それに一応、カイトはまだ中学生なんだし・・・」
『そ、そこまでは言ってないわよ・・・やっぱり弥生も思春期ねー』
弥生は悩みも何もかもが吹き飛んだ様子で、ボソボソと顔を真っ赤にしながら母の告げた事に対して小声で反論を行う。やはり自分とカイトがそういうことをすると考えた事が無いではないらしい。なので即座に反応していた。それに、神無が僅かに呆れながらも笑った。
『ふふふ・・・でもそう思ったら、生きる気力が湧くでしょう? 何があったか、とかはカイトくんは多分語らない。語らないけど、私が断言してあげる。カイトくんは、カイトくん。そのままよ・・・だから、迷いが無いのなら、後悔しない選択肢を考えなさい』
「・・・ありがと、お母さん」
神無からのこれからとはまた違う激励に、弥生は恐怖に苛まれていたここ数日から僅かに生きる意味を見出した。確かに、これからどうなるのかわからない事は怖い。が、分からない事だらけだったのが何よりも一番怖かった。それに、弥生が別れの挨拶を告げた。
「じゃあ、行ってくるね・・・きちんと、綺麗になって帰って来るから」
『あら・・・汚されて帰って来る、の間違いじゃない?』
「もう・・・」
『ん・・・好きな人と一緒なんだから、どーんと全部任せちゃえ。幸い、相手が年上みたいだしね。なら、ちょっとぐらいリードされても良いじゃない。貴方がどんな選択をしても、私と恵一くんが支えてあげるから。綾音ちゃんと彩斗さんの説得も合わせて、ね』
「ありがと」
『はい。じゃあ、いってらっしゃい・・・あ、そういえば・・・』
弥生は僅かに精神的に持ち直して、スマホをポケットに仕舞い込む。最後に神無が何か楽しげに言おうとしていたが、それは帰ってからのお楽しみとしておくことにした。いつまでもここに居ると、名残惜しくなってしまいそうだったことも大きかった。
と、まるでそれを見計らったかの様に――まさにそうなのだが――黒塗りの車が神楽坂邸の前に停止した。そうして、車の中から皇志が降りてきた。
今回、相手が神楽坂家である事と流石に東京で5度も見逃していたのは幾らなんでも駄目だろう、という事で彼直々に出てきたというわけであった。
「君が、神楽坂 弥生か?」
「はい」
「色々と言わねばならない言葉があるが・・・すまない。あまり時間を掛けられないんだ。乗ってもらえるか?」
「・・・はい、お願いします」
弥生は皇志の言葉に頭を下げると、彼に促されて黒塗りの車に乗り込んだ。そこに、カイトは居ない。カイトは空港で合流する事になっていたからだ。
ここらは国が関わっている事である為、カイトは出迎えられないのである。正体を隠さねばならないカイトにとって弥生とは表向き知らない娘なのだ。自らが出迎える事は可怪しいだろう。ここについては、予めカイトから弥生も教えてもらっていた。そして、後ろから密かに見守っている事も教えてもらっていた。
「まずは、謝罪させて頂きたい。本当にすまない・・・本来なら、私達が君の身を守るはずなのだが・・・」
「いえ・・・先に母よりそこらの事情はしっかりお聞きしています。頭を上げてください」
車に乗り込んで早々、ここが車内でなければ土下座もしかねないほどに深々と頭を下げた皇志に対して、弥生は首を振って気にしていない事を明言する。
「ありがとう・・・それでこれから会う事になる男については・・・」
「聞いています」
「そうか・・・不気味な印象を受けるかもしれないが、少なくとも悪い男ではない・・・と、思う。決して私達も正体を知っているわけではないが、八百万の神々からは非常に覚えの良い男だ。信頼はして良いと思う」
「わかっています」
弥生は思わず、少しだけ笑みを浮かべる。カイトの事は話せない様になっている、とはカイトから聞かされている。この一週間、テストが終わってから足繁くカイトは彼女の下へと訪れていた。その中で正体を隠している事も聞いていた。
そしてその中で、彼女はやはりカイトはカイトなのだ、と確信していた。ただ、成長しただけ。そう理解していたのである。とは言え、この場での笑みだ。皇志には気丈に振る舞っているだけと思われたようだ。
「そうか・・・ああ、それであれはどうなっている?」
「ああ、それはこっちで受け取っている」
皇志は横に座っていた刀花からパスポートを受け取る。流石に表向きのパスポートを使って海外へ渡航なぞやらせられるわけがない。なので政府から偽造パスポートが用意されていたのである。
なお、刀花が一緒なのは年齢層が近い者が居た方が良いだろう、という事でカイトが打ち合わせたのである。勿論、偽装工作の為だ。刀花との面識は持たせていないが、そういう少女が一緒だ、とはカイトからも神無からも聞いていた。
「そうか・・・これが、君のパスポートになる」
「ありがとうございます」
弥生は刀花の差し出したパスポートを皇志から受け取る。顔写真もしっかり入っている正式な物だ。ただ氏名は下の名前が弥生なのは変わらないが、上の名前は偽名だった。刀花からではないのは、紹介がまだだからだ。そうして、皇志が刀花を紹介した。
「ああ、紹介が遅れた。こっちは御門 刀花。ここら一帯で我々に協力してくれている少女だ」
「お初、お目にかかる。御門 刀花だ。まぁ、実のところ皇志殿とは義理の親子になっていたのだが、色々とあって今はこの名でブルー殿の保護下にいてね。彼の使いだと考えてくれ」
「はぁ・・・」
きれいな少女だな、と刀花を見ながら弥生は感心する。それに、皇志は内心でホッとした。親子程の年齢差があるお陰で、弥生にどう接してよいかわからないのである。というわけで、そんな皇志の安堵をしっかりと見抜いていた刀花が話を引き継いだ。
「他の必要な書類については、ブルーが所持している。ホテル等についても彼が手配している。まぁ、彼の手配なのでそこについては、安心して貰って良いだろう。決して安宿という事にはならないはずだ。勿論、彼が襲ったりはしない。そこは私が断言させてもらおう」
一方の刀花は弥生を見ながら、これがカイトの幼馴染か、とどこか不思議そうな印象を抱いていた。そうして、しばらくの間弥生は刀花達と会話を行いながら、空港へと移動する事になるのだった。
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