断章 第28話 戦闘終了
唐突に現れた魔物の軍勢に対して戦闘を開始したカイト・ヴィヴィアン・モルガンの三人に敵の殲滅を任せたティナは、とりあえず何かわかる事でもないか、と結界の中に避難させた弥生へと問いかける事にした。
「さて・・・弥生。まずは、大丈夫か?」
「あの・・・貴方は・・・?」
「む?」
弥生から訝しがられ、ティナが首をかしげる。そんなティナに、ルイスがツッコミを入れた。
「おい。その姿で話して分かると思うのか?」
「・・・おぉ、それはそうじゃ」
ぽん、という軽い音と共にティナの姿が何時もの偽装用の姿に変わる。それを見て、弥生が目を白黒させた。
「ティナちゃん!?」
「うむ! えっと・・・一週間ぶりぐらいか?」
「そ、それぐらいだと思うけど・・・え? ちょっとまって・・・何がどうなってるの?」
見知った人物に変わったティナを見て、弥生は困惑する。困惑するも、先程のティナもそう言えばどこかで見たな、と思って疑う事も出来なかったようだ。ちなみに、どこで見たのか、というとティナの親の顔だ。
ティナから見せてもらった母親の写真が、大人の状態のティナにそっくりだったのだ。まぁ、そっくりなのも当然で、あれは大人状態と子供状態で取ってそれを合成しただけの合成写真だ。
「余は謂わば魔女という存在でのう・・・人間ではないが、人ではある。ま、ざっと300歳ぐらいじゃ」
「300歳!?・・・えっと、ごめん。ちょっと言っている意味がわからない」
「どこを見て言っておる! こっちが偽物で、こっちが本物じゃ!」
ティナは弥生の全身を観察する視線を受けて、本来の姿に戻る。
「全く・・・寿命なんぞ人間がたかだか80年というだけで、別に不思議はあるまい・・・」
「え、えっと・・・ごめんなさい・・・」
何かわからないが怒られている、というのはわかったらしい。弥生はとりあえず謝っておく。
「うむ・・・まぁ、とりあえず色々とあってカイトと知り合った魔女という存在と思っておけ」
「最近の魔女はドレスを着るの?」
「む? おぉ、これか。ちょいと訳ありで」
「もう良いからさっさと話を始めろ。いつまでも雑談させる為に貴様の守りについているのではないぞ」
ルイスは斬撃を飛ばして未知の鳥型の魔物を切り捨てながら、ティナに苛立ち半分で先を促す。
「むぅ・・・とは言え、確かにそれはそうか。とりあえず、何か最近変わった事は無いか?」
「変わった・・・ううん、ごめんなさい・・・仕事でトラブルを幾つか抱えてるぐらいしか・・・そのトラブルも普通のストーカー? みたいなものだから・・・」
弥生は少し考えて、この場では隠す必要は無い、と素直に吐き出したようだ。そうして、ストーカーの内容を確認して、ティナはこの件とは別と判断する事にしたらしい。そもそもこんな単なるストーカーがこんな大それた事が出来るのなら、今頃カイトが血眼になって討伐しているだろう。
「ふむ・・・」
ティナは顔を顰める。なぜこんな事になっているかわからない。見たところ、何か狙われる理由はなさそうなのだ。なのでティナは協力が得られそうな事もあって弥生に協力を求めてみる事にした。
「弥生。すまぬが、少々協力をしてもらえんか?」
「えっと・・・どういう?」
「うむ、少々変な感じがあってもじっとしておいて貰いたいだけじゃ」
「何をするの?」
「ちょっとした調査じゃ。なぜ狙われておるのか、どういう形で狙っておるのか、というのを調査したくてのう」
ティナは杖を構えながら、弥生に申し出る。後は彼女が了承してくれれば、魔術は発動出来る状況にまで持っていっている。そうして、弥生は僅かに逡巡するも打ち上がった大量の魔物を見て、覚悟を決めたらしい。頷いた。
「・・・お願い」
「うむ」
弥生の許可を受けて、ティナは解析用の魔術を発動させる。対象は弥生一人で十分だ。なのでそれはすぐに発動して、即座に検査を終えた。
「良し・・・解析・・・む?」
「どうした?」
「有り得ん・・・何も無いじゃと?」
ルイスの問いかけを無視して、ティナが困惑する。彼女の言うとおり、何も狙われる要素は無かったのだ。勿論、持ち物も確認したが、何も無い。何処にも何も無いのだ。
「何・・・? あり得ないだろう。もっとよく調べてみろ」
「今やっとるわ・・・再検査・・・終了。結果・・・異常なし・・・駄目じゃ。二度やっても無理じゃな」
「ふむ・・・ティナ、とりあえず殲滅させる。いつまでもここに留めておいては逆に問題になる可能性は高い」
「・・・うむ、そうじゃな」
ルイスの即座の切り替えを受けて、ティナも即座に対処を根管治療から対症療法に切り替える。原因がわからないのにここであーだこーだと悩んでも仕方がない。
ならば、今は一足先に魔物を全て片付けて専門の設備やらに持ち込むのが最良だろう。というわけで、ティナは丁度警戒網を抜いて屋上へと躍り出た魔物を追撃していたカイトへと声を掛ける。
「カイト!」
「おう、なんだ!」
「根管治療は無理じゃ! 原因が掴めぬ! もしやすると、単発で送り込んでいるだけやもしれん! 先に片付けてから、考える事にするぞ!」
「っ! わかった! そっちは上からの制圧射撃を頼む!」
「うむ・・・ルル。お主も外に行け」
「そうしよう」
ティナの指示を受けて、ルイスがその場から走り始める。そうして、ビルの上からなんら躊躇なく飛び降りた。それを見て、弥生が叫び声を上げた。
「きゃあぁあああ!」
「ああ、安心せい。あれは天使・・・いや、元天使か。別に飛び降りたわけではないよ」
「てん・・・し・・・?」
ティナの言葉を聞いて、弥生がぽかん、と口を開ける。と、それと同時だ。背中に黒白の1対の羽根を顕現させたルイスが高速で飛翔して、無数の鳥型の魔物を切り捨てた。それに、思わず弥生が見惚れる。物語に語られる天使の姿そのものに思えたのだ。
「キレイ・・・」
「さて・・・では、余も攻撃に移るとするかのう」
ティナは呆然となるなら呆然となるで良いので弥生をそのままにしておくと、杖で屋上の床を叩いた。すると、無数の魔法陣が周囲に展開する。
「は・・・?」
「さて・・・制圧射撃、行くかのう」
ぽかん、と今度は別の意味で呆然となったティナに対して、ティナはなんら淀みもなく再び床を杖で叩いた。すると、無数の光球が地面へと高速で降り注いでいく。が、直前に魔法陣の上に出てそこそこの数の魔物が上空に避難していた。
「ふむ・・・何体かし損ねたが・・・まぁ、後は」
「おうさ!」
ティナの言葉に合わせて、カイトがビルの外壁を蹴って上空へと飛び上がる。肩には相棒二人も一緒だ。そうして、カイトは魔物達の集団よりも更に上へと舞い上がる。
「モルガン!」
「うん!」
空中で転身して魔物達の方を向いたカイトの要請を受けて、モルガンがカイトの前に8個の魔法陣を展開する。何かは不明だ。とは言え、カイトにもモルガンにも何かはわかっていたので、カイトは迷うこと無く周囲に魔力で無数の武具を創造した。
「行け!」
カイトの言葉と同時に、周囲に滞空していた無数の武具が射出される。それはモルガンのと繰り上げた魔法陣に入ると、各種の属性を付与されて更に加速する。どうやら8属性を付与する為の魔法陣だったらしい。そうして射出された無数の武具は、生き延びた全ての魔物達を串刺しにして、地面へと突き立てた。
「ふぅ・・・」
「これで、全部かな・・・」
「増援が無ければ、だけどね」
一度注意深く周囲を見回したモルガンに対して、ヴィヴィアンも同じように見回しながら告げる。とりあえず、今のところは増援はなさそうだった。一区切り付けて良いだろう。
「・・・索敵終了。カイト、とりあえず敵はもうおりそうにない。増援もない。安心して良いじゃろう」
「そうか・・・はぁ・・・」
カイトはティナの索敵結果を聞いて、彼女らの待つビルの屋上へと舞い降りる。そしてそれと同時に、ルイスも着地した。
「で、どうだったんだ?」
「わからん・・・今余らが追っている案件とつながりがあるかさえ不明じゃ」
「っ・・・面倒な事になってきた、か・・・っ」
「やはりここまでド派手にやれば勘付くか」
カイトが顔を上げると同時に、ルイスもまた顔を上げる。流石にこんな繁華街のど真ん中で結界を展開して挙句長時間に及んでいたのだ。始めカイトだと理解して何もしなかった陰陽師達だってこれはおかしいと気付くだろう。
「弥生さん・・・悪いけど、少しだけ意識を奪わせてもらう。絶対、後で全部話すから」
「え? あ・・・」
ぱたん、と弥生が倒れる。カイトが意識を刈り取ったのだ。そうして、それと同時。結界の中に陰陽師達の軍勢が入ってきた。率いているのは涼夜だ。
「何があった!」
「・・・襲撃だ。原因は不明」
「なっ・・・いや、だがこれは・・・一体何体に攻められたらこうなる?」
周囲を見回して、そこにある無数の魔物の残骸を見て涼夜が絶句する。明らかに、あり得ない事態だった。
「わからないが・・・優に百は超えるだろうな」
カイトは弥生を抱きかかえると、改めて周囲に目を走らせる。ビルのいくつもが倒壊しており、そこにも無数の魔物の残骸が横たわっていた。と、そうして見回してカイトの手の中に見慣れない少女が横たわっている事に気付いた。
「それで、腕の中の少女は?」
「被害者少女だ・・・聞けば神楽坂家のご長女らしい」
「ふむ・・・神楽坂か」
涼夜は少しだけ顔を顰める。カイトは知らなかったが神楽坂家は『秘史神』の大御所ではないが、決して無視できる家柄ではないらしい。古くは伏見稲荷大社や伊勢神宮にお着物を奉納していたりする関係で、神様――それもかなり上の神様――からの覚えも良い。弥生達は知らないが、今も巫女服は京都の神楽坂家が奉納しているぐらいだ。
対応を間違えると『秘史神』ではなく神々から直接叱責が来るというある意味、天道家や神宮寺家等『秘史神』の大幹部たちよりも厄介な家柄だった。確実にうかやそれの親であるスサノオからは文句が来るだろう。と、そんな事を考えて対応に苦慮していた涼夜に対して、横の側近の一人が小声で報告を入れた。
「あの・・・当主」
「なんだ?」
「実は・・・」
「・・・何!? どういうことだ!?」
どうやらここに居る陰陽師達の中に弥生を救った者達が入っていて、何度も襲われている可能性が高い事がここで涼夜に伝わったらしい。大いに目を見開いていた。
カイトの言うとおり今まで失踪事件の対処に事件のリソースが割かれていて、その他の情報の精査がされていなかったらしい。
「どうやら、そちらも把握した様子だな。こちらも封印を施そうとして、そちらが何度か襲撃を助けている事を理解した」
「申し訳ない・・・少々、例の件にリソースを割き過ぎていた。考えれば、これに乗じて襲撃しようとする勢力が出ないわけがないか・・・」
涼夜が項垂れる。どうやら彼はこの一件が今回の事件とは無関係と考えている様子だ。まぁ、ここらはカイト達もまだ判別は出来ていない。どちらが正しいかはわからない。
「いや・・・それで、どうする?」
「ふむ・・・申し訳ないが、共に来てもらいたい。神楽坂家のご婦人がこの近辺で商談の真っ最中だ。ここで何があったか等は我々にはわからないし、先方も聞きたいだろう」
「わかった・・・二人は楽園に戻っておいてくれ。オレは神楽坂家との会合を持つ」
カイトは涼夜の求めに応じてティナとルイスに先に帰ってもらう事にする――モルガンとヴィヴィアンは相変わらず秘密なので――と、弥生を陰陽師達の一人に手渡して結界の中の魔物達の残骸を世界と世界の間に放り投げて処理しておく。
「結界を解除するが、大丈夫か?」
「ああ・・・総員、撤退準備は整えている」
「わかった」
涼夜の言葉を受けて、カイトは指をスナップさせて結界を解除する。すると、即座に街の喧騒が響いてきた。そうして、カイトは涼夜と数名の陰陽師と共に、神無が居るというビルにまで飛んで行く事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




