断章 第13話 戦いの予兆
カイト達が謎の連続少女失踪事件の捜査を始めてから、少し。カイトは皐月から得た情報を元手にして調査を行う為に要人警護を主とする己の持つ会社の一つに顔を出していた。そうして会うのは、幸那の警護の依頼を受ける事となる芦屋だった。
「と、いうわけだ。まぁ、電車に乗る事は滅多に無いという話だからめまいや立ちくらみが急に起きて駅のホームから転落、という事は無いと思うが・・・一応、確認だけは怠らない様にしてくれ。蘇芳の爺さんにも言ってはいる。だからそこらで揉めたりすることはないだろう」
「わかりました」
カイトはとりあえず呼び出してもらった芦屋に事情を告げて、一応の確認は怠らない様に頼んでおく。これで、こちらでも実際にめまいが起きる所を確認出来るだろう。
そしてもしこれが頻発するようであれば、このめまいはこの事件との関連性が疑わしいという事だ。もちろん、心因性の可能性は十二分にあり得る。今まではそちらの可能性が高いとして見過ごされてきたのだ。とは言え、関連性が出て来た限りは気をつけるべきだろう。
「良し・・・じゃあ、後は任せた。こちらは楽園に行って対策を立ててくる」
「いってらっしゃいませ」
「クシナさんにもよろしく」
「はい」
カイトはクシナ――彼が一応の経営者――へと伝言を頼むと、そのまま会社を後にする。そうして彼は路地裏に出ると、そのまま壁を蹴って屋上へと登る。そうしてしばらくそこで待機していると、スマホの着信音が鳴った。
「・・・っと、来たか。流石に早いな」
カイトは笑うと着信に出る。そうして、相手が名を告げる前に口を開いた。
「そろそろ来る頃だろうと思っていたよ」
『耳が早いな。ということは、続報はすでにそちらも入手している、と考えて良いのか?』
「ああ、すでにな。その様子だと、そちらも掴んでいたようだ」
『ああ』
電話の相手は警察庁の中に居るカイトとの連絡員の様な者だ。先日カイトに電話を掛けてきた相手だった。
『まぁ、改めて言う必要も無いだろうが、どうやらアングラな所ではそこそこ有名にはなっていたようだ』
「の、様子だ。まだマスコミ関係者が嗅ぎ回っている様子は無かったがな」
『それが不幸中の幸いだった』
警察庁の男はそう言うとため息を吐いた。幸いと言えば幸いなのだが、まだマスコミはこの一件が事件と判断していない様子だ。まぁ、カイト達とて皐月からの二人同時に、という所や悠唯の友達と居る所で、という話が無ければ未だに疑っていただろう。
『とは言え、若干数だが耳ざとい記者は動き始めてはいる。要らぬ情報を掴まれる前に片付けたい、というのは天城総理からのご意向だ。と言ってもこれは流石に事件性ではなく話題性に富んだネタになるだけだろうが・・・幾ら三流ゴシップ誌でも実際に根も葉もない噂ではない以上無視は出来ん』
「そうか。まぁ、それはこちらが考える事ではないな」
『それもそうか・・・っと、話が逸れたな。それで、そちらより情報がもたらされてよりこちらもアンテナを張っていた。すると、この案件をそこそこ積極的に嗅ぎ回る人物が居てな』
「ほう・・・マスコミか?」
『いや、中学生だ。身内に読者モデルが居る男の子だ。どうやらそれで偶然にも噂を耳にして、追っていたらしいな。幼馴染の男の子との間で本件について探っている会話が盗聴出来た』
「それはそれは。プライバシー保護も何も無いな」
カイトはやはりか、と思い笑みを浮かべる。あれ以上要らない事を話していれば、碌な事にならなかっただろう。あそこで終わっておいて正解だった。
「とは言え、その幼馴染の少年について蘇芳の爺さんより情報があった。聞いた所によると、おそらく同じ少年だろうな。まぁ、単に幼馴染が心配なだけだから見過ごしてやってくれ、と彼から言われているよ。こちらも深入りしない限りは見過ごすつもりだ」
『そうか。そちらもそのルートだったか。彼の電話は盗聴が出来なくてな・・・ああ、いや。それはどうでも良いか。それで我々より先に追っていた上に、相手は中学生だ。我々が手に入りにくい学生の情報網での内容も手に入れられる。そこで二人同時に行方不明になった者が居て、それ以降頻繁にめまいに見舞われている、という情報が手に入れられた』
「で、ここで電話をしてきたということは・・・」
『ああ。二人という方はまだだが、室戸警視監のご家族に確認を取って、数日に一度程度でが急に立ちくらみの様なめまいに襲われる様になった、と証言してくれたよ。とは言え、何時も寝起きや学校からの帰宅後なので疲れや心因性なのだろう、と彼女も気にしていた様子はなかった。昨日は言うのを忘れていたそうだ。彼女が行った病院に改めてカルテを見せてもらって、確かにそれが記されていた。嘘ではないだろう』
カイトの言外の問いかけに担当の男は同意する。どうやら、これは失踪した少女らに特有の出来事のようだ。心因性というよりも事件との関係が深いと見て良い。
「そうか・・・とは言え、これだからといって被害者が見付けられるわけでもないな」
『そうだな。そこは残念だ・・・が、これで』
「事件性は判断出来たな」
『ああ・・・ここまで噂と真実が一致している。数はかなり多いと見て良い』
「であれば、これは家出などではなく誘拐事件、もしくは連続失踪事件と考えて良いな」
カイトが結論を述べる。ここまで全ての事例で特徴が一致すれば、これはもはや家出とはいえない。なんらかの意図を持って何者かが起こしている事件だろう。
『ああ・・・それで待っていたという事は、そちらもその様子では八坂家に対する護衛にこの話を通してくれているだろう?』
「ああ。つい先程朝一番に護衛にそこを注視する様に頼んできた所だ。原因は我々にもわからないが、少なくとも無視して良い話ではないだろう」
『それは助かった。こちらは現在全力で被害者の確定に急いでいるが、わかっているだけでも確認が取れるのは有り難い』
担当官の男は少しの安堵を見せる。これがなぜなのかはわからないが、少なくとも手掛りの一つだ。被害者には悪いが、犯人の痕跡は無いより有る方が遥かに良い。
「ああ、そうだな・・・他は何か目新しい情報はあるか?」
『いや、こちらにはないな。では、また新たな情報が入手出来れば報告しよう』
「ああ、わかった」
カイトは向こうの言葉に同意すると、通信を切断してスマホをポケットに仕舞う。
「さて・・・大阪に向かうとするかね」
カイトはとりあえずやるべきことを終えたので、ティナやルイス達と合流する事を決める。現在打てる手は打った。ならば後は、相手のリアクション待ちだ。と、そういうわけでビルの屋上から跳び上がろうとした所で、異変に気付いた。
「これは・・・ちっ、少々こちらに手を回し過ぎたか。陰陽師達も警戒がおろそかになっていたか?」
カイトは舌打ちすると、即座に転身する。彼の睨む方向には、複数の魔物が屯していたのだ。前にもあったが、どうやら今回は事態が掴めない事とすでに被害者の数がそれなりに登った事で陰陽師達も多くが連続失踪事件の対応に追われていたのだろう。しかも今が一番ドタバタしている。警戒が疎かになってしまっていたのだろう。
「空間が僅かにズラされているな。何かは知らんが・・・獲物が居るわけか」
魔物によっては対象を異空間に近い別空間に隔離して狩りを行う魔物が居る。今回の魔物も何が獲物なのかはわからないが、対象を隔離して狩りを行っていたのだろう。獲物が人間だった場合は一大事だ。なのでカイトは介入を決意したのであった。
「っと」
カイトは屋根を蹴って、魔物の群れが屯する一角へと急ぐ。そうして彼は強引に別空間の中に介入して、『獲物』を見て目を見開いた。
「っ! てめぇら!」
狙われていたのは、なんの偶然か弥生だった。彼はそれを見て即座に無数の武器を創造すると、一気にそれを投じて彼女を追い立てる10体前後を切り飛ばす。
「ふぅ・・・そっか。ここらそう言えば弥生さんの所属してる事務所あるんだっけ・・・」
一瞬で魔物を消し飛ばしたカイトは唐突な事に呆然となる弥生を上から見下ろしつつ、安堵のため息を漏らした。都内上空を移動しながら会話していたカイトは気付かなかったのだが、この近くには弥生が読者モデルとして所属している芸能事務所があった。
一応言っておくが神楽坂家が懇意にしている事務所だ。流石に枕営業はやらせていないし、そういう事務所ではないことは内偵済みだ。
そこから出た所で近道でもしようとして裏路地に入って、魔物に目をつけられたのだろう。珍しい事ではあるが、魔物が警戒網を抜いてきた場合等では時折ある事だった。異族関連の揉め事がそれなりの数に登る天神市でも起きているし、カイトの同級生の数人は巻き込まれた事がある。不運ではあるが、特段気にすべき事ではない。
「なに・・・これ・・・」
「大丈夫か?」
呆然となる弥生に対して、カイト――と言っても本来の姿――が声を掛けて上から舞い降りる。そうして一時喧騒が取り戻された大通りから再び音と人が消える。今度はカイトが隔離したのだ。周囲はカイトが認識を阻害したので、気づいた様子はなかった。
「大丈夫か?」
「え? あ・・・貴方は?」
「通りすがりだ。まぁ、先程の様な奴を専門に相手をする者の一人、とでも思ってくれれば良い」
「・・・そう・・・なの?」
カイトの言葉に弥生は混乱しながらも、とりあえず助けてくれた事は理解出来たらしい。かなりの憔悴は見えたが、頭を下げた。
「とりあえずお礼を言わせて。ありがとうございました」
「ああ、良いよ。偶然通りかかっただけだからな」
「・・・」
「どうした?」
笑って首を振ったカイトに対して、弥生が何処か訝しげな表情を浮かべる。それに、カイトも訝しげな表情を浮かべた。
「・・・えっと・・・ううん。ごめんなさい。混乱してるだけ」
「そうか。それは仕方がないだろう」
カイトは笑いながら弥生の言葉に頷いた。ちなみに、この時弥生はカイトの声がどう聞いてもカイトにしか聞こえなかったそうだ。一応魔術を使って隠蔽していたわけだが、やはり恋する乙女はすごいという所かそれとも女の勘とでも言うべきか、口調等からカイトだと直感で理解していたらしい。カイトの魔術は声は変えているが、口調等を変えているわけではないのだ。
この魔術の盲点というべき所だが、流石にそこまで変えてしまうと今度は言葉に人間味がなくなってしまう。異質感を感じさせるので、口調だけはそのままにせざるを得ないらしい。そしてそれに、カイトとしてはこの後はお決まりの行動になるので別に気にする必要が無かった事も大きい。
「さて・・・それでだ。これは決まりなので悪く思わないで貰いたいが、君の記憶は消させてもらう」
「え?」
「君とてこんなわけの分からない生物は見たことがないだろう? 我々・・・いや、私は関係無いのだがね。日本政府と繋がる奴らが本来は裏で処理させて貰っていてね。まぁ、今回は丁度他の事件が発生してしまって対処が遅れた様子なのだが・・・こちらについては後で私から文句を言わせて貰っておこう」
カイトはいきなりのことに何がなんだかわからない弥生に対して、一気に情報を叩き込む。こういうのは混乱している所に一気に叩き込むのが上策だ。要らぬ事を聞かれなくて済む。というわけで、いきなり一気に情報を教えられて弥生が混乱する。
「は、はぁ・・・」
「まぁ、そういうわけなので君からは記憶を抹消させてもらう。下手に騒ぎ立てられても問題だし、君とて情報封鎖を行いたい日本政府から狙われたくはないだろう? ああ、記憶を消したからとて何か日常生活に支障が出るわけではない。この数分の記憶が消えるだけだ・・・ではな、名も知らぬ少女よ」
カイトは混乱する弥生の額に手を当てて、気付かれぬように切っておいた指から滴る血を使って彼女の額にルーン文字を刻む。それは<<忘却のルーン>>と呼ばれる記憶を抹消するものだった。最近詠唱するよりこちらの方が楽なので、お気に入りらしい。彼自身の血が良い媒体となる事も大きかった。
そうしてそれは一瞬で発動して、ぱたり、と弥生が意識を失った。少しとはいえ記憶が消えた反動で整合性を取る為に意識を失ったのだ。
「さーて、とりあえず家の前に送っておくか・・・っと、その前に・・・ティナ、聞こえるか?」
『なんじゃ? 警察庁の奴から電話、まだ来んのか?』
「ああ、いや。そっちはもう来たんだが、その後にちょっとトラブルあってな。もうちょい時間掛かる」
『なんじゃ、大事か?』
「いや、やっぱ色々大慌てで構築してる所為で魔物の対処がちょっとおろそかになってて、巻き込まれが発生したってだけだ。被害者・・・ってか弥生さんの処置と向こうにお叱りの連絡だけ入れてからそっち行く」
『ああ、そう言えば今日打ち合わせじゃいうとったな。ま、こればかりは不運というべきじゃろう』
「そんなとこだろう」
ティナの言葉にカイトも笑う。この時点では、この一件はカイト達にも彼らが追っている事件と何ら関係のない普通の事故に思えた。というわけで、ティナの方にも気にした様子は無かったらしい。
己の知り合いが巻き込まれても不思議はなかったし、カイトが昔巻き込まれていなかったとも限らない。こんなものは完全に運だった。
「さて・・・じゃ、とりあえず家まで送るかね」
カイトはティナへとりあえず事情を告げておくと、再び地面を蹴って宙へと舞い上がり、それと同時に結界を解除する。そうして、カイトは弥生を家まで送り届ける事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




