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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第13章 過去と現在編

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断章 第10話 三柴家の玩具

 光里との騒動の後。お風呂から上がったカイトは一度客間に戻ってきていたのだが、その理由の一つは布団を敷く為だ。幸い客間のウォークインクローゼットの中にほぼほぼカイト専用の布団がある事がわかっているので作業に迷いはないが、あまり遅くに作業をしても三柴家の人達に悪いだろう。

 というわけで、光里の手伝いをするよりも前に己の寝る用意を整えねばならなかった。が、その前にカイトは疲れた様にたたみの上に寝っ転がった。


「ふひぃ・・・」

「あれ? お疲れ?」

「どしたの?」


 と、寝っ転がった所にモルガンとヴィヴィアンがやって来る。どうやら向こうも風呂上がりらしく、頬は僅かに赤らみ髪も僅かに濡れていた。


「色々あったのよ」

「ふーん・・・あ、たたみの匂いだー」

「え? あ、ホントだね」


 カイトと同じくたたみの上に寝っ転がったモルガンの声に釣られて、ヴィヴィアンも同じように寝っ転がる。カイトの私室はフローリングだし、天音家にも和室はあるが二人は近寄った事がない。理由が無かったからだ。というわけでここに来て初の和室体験であった。


「わー」

「わー」


 初の和室という事で、二人はコロコロコロと回転して移動する。少し童心に戻っている様子だった。と、そんな二人がタンス――カイト用ではなく客間に設置されている普通のタンス――の横で停止した。


「あれ? なにこれ」

「ん? どうしたの?」


 タンスの下を覗き込んだモルガンが、何かに気付いた。それにヴィヴィアンも同じように覗き込んで、何かがある事に気付く。


「何だろ・・・」

「うん? どうした?」

「タンスの下になんかある・・・なんか薄いけど・・・このサイズなら雑誌か何かかな?」


 ヴィヴィアンがカイトの質問に見たままを答える。それに、カイトが上体を上げて四つん這いでタンスへと近寄った。そうして身を屈めてタンスの下を覗き込んで見れば、そこには確かに薄い雑誌が一冊潜り込んでいた。厚さとしてはさほどではなく、そのおかげで狭い隙間に入り込めていたのだろう。


「あれ? 何時か持ち込んだ雑誌がなんかの反動で入ったかな・・・」


 カイトは良くこの部屋に滞在している関係で、時折雑誌を買って持ち込む事がある。長ければ一週間近く滞在する事もあるのだ。その間は宿題もこっちでやるし、雑誌を買わない方が珍しい。

 そして灯里が勝手に入り込んで読んでそのまま散らかっている事もある。というわけで、読んだ雑誌がそのまま床に散らかっていて何らかの反動でタンスの下に潜り込んだ可能性は十分に考えられた。


「えっと・・・」

「あ、もうちょい右・・・そこ・・・」

「もうちょっと奥だよ」


 カイトは手が入らないので適当にそこら辺にあった棒――防犯用の物――を引っ掴むと、タンスの奥へと潜り込んでいる様子の雑誌の回収を試みる。幸いモルガンとヴィヴィアンの二人は小さい状態だ。横からどこら辺かを指示してくれたお陰で、即座に棒の先端に何かが当たる感覚があった。


「お、当たった・・・」


 カイトは棒を器用に操って、薄い雑誌を回収する事に成功する。そうして、少しホコリまみれになった雑誌をタンスの下から回収した。


「良し・・・って、何だこれ?」

「・・・あ、これ明らかカイトのじゃないね」

「あ、あははは・・・」


 モルガンが即断して、ヴィヴィアンが流石に頬を引き攣らせる。さて、カイトが引き寄せた雑誌がなぜカイトの所有物でないかわかったのかというと、それは簡単である。それは雑誌もとい薄い本の表紙を見れば、簡単に理解出来た。と、その次の瞬間、二階からドタドタドタという轟音が鳴り響いて、その次の瞬間にカイトの客間の戸がばんっ、と開いた。


「・・・見たわね」

「・・・うん」

「ちょっと来てもらおうかしら。わかっていると思うけど、さっき以上に拒否権は無いわよ。あ、後それと、他言無用だから」

「・・・はい」


 ガクガクブルブルと震えるカイトは、唯々諾々と光里の言葉に頷いた。先程以上に有無を言わせぬ迫力があった。


「・・・が、がんばってねー」

「いってらっしゃーい」


 頬を引き攣らせるモルガンと相変わらずのほほんとした笑みを浮かべるヴィヴィアンに見送られて、カイトは薄い本を片手に一路光里の自室へと連行されていくのであった。




 さて、連行された光里の部屋だが、そこは彼女らしいシックで落ち着いた感じで纏められた部屋だった。学業の関係で隣の部屋を仕事部屋として与えられている関係で荷物はさほど置いておらず、ベッドに机、タンス、カイトが設置させられたパソコン類、趣味や美術関連の雑誌類が置いてあるぐらいだ。


「・・・え、えーっと・・・これ・・・光里さんの本?」

「まぁ、厳密には違うけど・・・そうよ。文句ある?」

「い、いや、無いけど・・・」


 とりあえず無言を貫くのは駄目なので問いかけたカイトだが、その手に握られていた薄い本の表紙にはカイトもティナから教えられた事のあるアニメのキャラクターらしい人物の絵が描かれていた。と言ってもそれは公式の絵とは随分とかけ離れており、誰か公式の絵師とは別の者が描いた事が察せられた。

 まぁ、これだけなら別に不思議はない。同人誌と言ってそのアニメや漫画などのファン個人や数人の愛好家達が集まって描いた個人制作の本の一種だ。俗に言う『薄い本』である。カイトとてそう言う薄い本は数冊持っている。

 が、それでもカイトの物でないと断言された理由は、その表紙の構図だ。表紙には男と男が絡み合う絵が描かれていたのである。それも片方の男は服が脱がされかかっており、明らかに成人未満お断りな本だった。明らかに、カイトの趣味ではない。とは言え、カイトとておおっぴらに出来ない趣味はいくつかある。というわけで、カイトはさっさと認める事にした。


「うん、まぁ、人の趣味にケチを付けるつもりはないから別に良いんじゃね?」

「・・・あら。平然と認めたわね。しかも社交辞令とかじゃなしに」


 あっさりと許可したカイトを見て、光里が毒気を抜かれた様に威圧感を抹消する。こういう趣味は人によっては毛嫌いする者も多い。というわけで、男以上に女性はこういう趣味について隠している者が多かった。それ故に光里も威圧していたわけだが、逆にあっさり認められたので威圧感を消したわけだ。


「別に迷惑かけてるわけでもない人様の趣味にケチ付ける程出来た人間じゃねぇっての」

「貴方のそんなところ、私は好きよ」

「そりゃどうも・・・で、これ、一応返しておく」

「そうね、ありがとう」


 光里はカイトから返された薄い本を机の引き出しの中に仕舞っておく。


「でも意外だったな・・・光里さんがこういう趣味あったなんて」

「ああ、これは私の趣味じゃないわ。と言うか、あんまりこの子とそっち方面で趣味合わないし。ちょっとハード過ぎるのよね、この本。この子も結構どぎついの好むし・・・腐は私の趣味じゃないのよ」


 光里はカイトの答えに答えながら机の戸棚にしっかりと鍵を掛けると、それを筆箱の中に隠してしっかりと閉じておく。


「うん? どういうことだ?」

「懇意にしているサークルの子の雑誌よ。お付き合いで買っただけよ。冬コミの戦利品を客間に置いておいたのだけど、多分その時に潜り込んだのね」

「サークル仲間?」


 カイトは首を傾げる。今まで光里がそんな活動をしているとは聞いたこともなかったのだ。


「そう、サークル仲間・・・って、別に言わなくても分かるでしょう?」

「まぁな」

「私はイラストをメインで描いてるけど・・・まぁ、サークル仲間は漫画とかゲームで売ってるわね」


 光里はそう言うと、カチカチとパソコンを操ってインターネットで何かを検索していく。そうして、一つのホームページにたどり着いた。


「ここよ」

「ふーん・・・」


 光里の肩越しに、カイトは彼女が開いたホームページを閲覧する。開かれていたページは丁度メンバー紹介のページで、数人のペンネームが記されていた。そしてその中の一つを光里はマウスでなぞる。


「イラスト・・・ヒカル?」

「ペンネーム兼ハンドルネームよ」

「・・・え? もしかしてこの絵、全部光里さん描いてんの?」

「全部じゃないけど・・・これとかこれはそうよ」


 光里は耳まで真っ赤にして、カイトの言葉に頷いた。こういった趣味の活動を知人に見られるのは初めてらしい。ものすごく恥ずかしそうだった。が、一方のカイトの方はというと、ただただ目を見開いていた。


「・・・え? いや、え? 無茶苦茶上手いじゃん」

「・・・ありがとう」


 真っ赤になっているからか、光里はボソリ、とお礼を述べる。とは言え、元々絵心があったからか、光里のイラストは確かに上手い。美大生である事を差っ引いても十分に褒められるレベルだった。


「えーっと・・・」


 カイトは己が腕に嵌めているウェアラブルデバイスを操って、興味本位に光里が所属するサークルの活動履歴を調べてみる。一応、これを使っているのでアングラだがまぁ、そこはそれだ。ついでにエリザに収支報告書も出してもらった。


「何やってるの?」

「いや、どんな作品とかあるかなー、と・・・へー・・・中堅って所なのか。お、こっちには単独で投稿してるのか」

「ちょっと! そっちまで勝手に調べないでよ!」


 あたふたと慌ててカイトの腕のウェアラブルデバイスの画面を隠す。丁度カイトが探し当てたのは、イラストを投稿するのがメインのサイトだ。そこにも同じペンネームで投稿があり、絵の系統が同じ物があったのである。そこそこのファンも抱えている様子だった。

 なお、サークルの方はエリザよりの調査報告によると赤字にはならないレベルらしい。収益は人数もあるので微々たるものだろうが、それでも赤字サークルが多い業界である事を考えれば悪くはないだろう。


「いや、これなら十分すごいんじゃないか? 後作家か誰かさえ居ればゲーム制作とかお声掛かりそうじゃん」

「・・・まぁ、時々お誘いはあるわね」

「あるんだ」


 カイトが驚きを露わにする。美大生のイラストというのだから真面目なイラストかとも思うが、実際には昨今のオタクが好む様な所謂萌え絵が結構多い。もちろん、腐の方々御用達の絵も描いている。まぁ、気分でそこらと関係の無い一般受けするイラストも描いている様子だが、系統としてはそれだ。


「これとか、サークルの売上で買ったものよ」

「あ、ペンタブ」


 光里が机の引き出し――先とは別――から取り出したのは、パソコンで絵を描くためのペン・タブレットと呼ばれる装置だ。イラストレーターなら値段こそ上下するが普通に持っている物だろう。そしてこの様子だと、これが初ではないのだろう。


「何時からやってんの?」

「そうね・・・イラストだけなら3年前の夏コミが初、かしら・・・高校で知り合った子に頼まれたのよ。で、その頃大学の受験が近かった事もあって、絵の勉強と練習になれば、と思って手伝ったのがきっかけね。まぁ、煮詰まっていた事も大きいのだけど・・・」


 光里は少しだけ記憶を辿って、己がこの業界に携わる様になった頃を思い出す。当時どうやら少しのスランプになっていたらしく、半ばやけっぱちで手を貸したらしい。

 始めは表紙絵と幾つかの挿絵だけ、という事だったそうだ。どうやら小説を描いていた女の子――もちろん、そっち系――らしいのだが、何時も頼んでいるイラストレーターが急な病気で使えなくなり、美大志望だという光里に泣きついたらしい。

 で、新たな分野を見た事はどうやら良い刺激になったらしく、本業の芸術にも新たな境地が開拓出来たらしい。後に語っていたが、このおかげで合格出来た、という程だった。

 その当時の美術教師――と言うか天桜の美術教師――曰く、印象として暗い絵が多かった絵にその色が残りつつも万人受けする明るさが出た、と絶賛していたそうだ。アーティストにはアーティストにしかわからない事があるのだろう。


「へー・・・」

「で、よ」

「うん?」


 がしっ、と光里にカイトは腕を掴まれる。逃しはしない、という確たる意思がにじみ出ていた。その圧力たるや、勇者たるカイトでさえ射竦める程だった。


「知られたからには、逃げられると思わないことね」


 にたぁ、と光里が裂けた様な真っ黒な笑みを浮かべる。それはまさしく獲物を見つけた狩人の笑みだった。


「・・・はい? い、いやいやいや! 流石にオレ、こんなの描けねーし、手伝いなんて出来ねぇよ!? アシなんてごめんだぞ!?」

「何もそんな事言わないわ。私も幾ら絵心があろうと素人に手伝って貰った所で邪魔だし・・・まぁ、いっそ仲間の子に貸し出すのも有りかと思うけど、流石に嫌がる子も居るだろうしね。メインBLの子も居るから」

「ふぅ・・・」


 カイトが安堵の声を漏らす。幾ら多才と言われる彼でも、漫画を作った事はない。出来るとも思わない。そして中堅クラスのサークルに飛び込みで入れられても何か出来るとは思わない。光里もそこまでとち狂う事は無かった様子だ。


「じゃあ、何を?」

「売り子よ。コスプレして売り子やって」

「・・・はい?」

「夏コミ近いのよ・・・この時期になると何時も売り子に苦労させられるのよね・・・」


 はぁー、と光里は深い溜息を吐いた。夏コミというのは夏に行われる彼女ら好事家が集まって各々が制作した物を持ち寄って販売する一種の祭典だ。この規模は一年で最大クラスで、この時期になるとマスコミが報道するぐらいだ。日本のオタク文化の象徴的イベントとも言えるだろう。

 それ故海外からも来る人はいるし、芸能人もそれなりにはお忍びでやって来る。経済的にも無視出来ない規模だ。ここから、その業界へと羽ばたいていった者も少なくない。彼女ら同人誌を作成する者達からすると、まさに命が掛かったビッグイベントだった。


「うふふ・・・ほんとにカメラで撮影しててよかったわ・・・」

「何を!? ねぇ、何撮られたの、オレ!?」

「うふふ・・・これをバラされたくなければ、拒否権は無いと思う事ね・・・」


 光里がずーんと黒々としたオーラを出しながら、パソコン上にとある写真を掲示する。まぁ、写っているのはカイトなのだが、どう見ても盗撮された様な写真だ。部屋は下の客間で、撮影時刻は周囲の明るさから言って夜中だ。それを見て、カイトが愕然とした。


「なん・・・だと・・・何やってんだ昔のオレ・・・いや、今更わかってたんだけどさぁ・・・ちょっと過去にタイムスリップとか出来ませんかねぇ・・・」


 カイトが愕然と膝を屈する。撮影された日時はカイトがエネフィアに転移する前。注意力が今よりも随分と低い時代だ。盗撮に気付かなくても無理はない。


「うふふ・・・お風呂上がりに洗濯物を洗濯機に入れてそれを落とした事に気付いて戻ってみて、偶然撮影したのよ・・・何時か使おうと思ったけど、まさかこんな所で使えるなんて・・・思ってもみなかったわ。グッジョブ、私」

「ぐぅ・・・なんでも言ってください・・・」

「よろしい」


 完全にカイトを降伏させた光里は、盗撮した写真をフォルダの中に入れておく。なお、バックアップは取っているらしい。姉妹似ているからなのか、灯里と同じくきっちりと準備していた。

 そしてカイトも大昔の己の失態である以上、否やは言えなかった。そうして、カイトは光里の命令にて彼女のサークルの売り子としてコスプレさせられる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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