断章 第9話 お風呂場での大騒動
彩斗の上司である三柴の出張の為、隣家である三柴邸の留守を任されたカイト。風呂上がりの灯里に絡まれて逃走したカイトは、とりあえずようやくお風呂場で一心地吐けた。
「はぁ・・・流石に今日はここまでは入ってこないでしょ。今思えば先入らせて良かった・・・」
カイトは身体を洗って湯船に浸かる。男として見られていないのかそれとも気にしないのかはわからないが、あの姉妹はカイトの前でも普通に普通に生活する。と言うか三柴という抑え役が居ない分、母の聡里を含めて全員揃って羽目を外している傾向があった。
「つーか、がちでオレが大人の男だってわかってたらやんないのかねぇ・・・いや、やるか? あの二人の場合は・・・」
カイトがため息を吐いた。多分、カイトの正体を知っても彼女らはやる。そう言う性格だ。
「はぁ・・・でもマジで拙いのって普通に灯里さんじゃなくて光里さんだしなぁ・・・」
カイトは再度ため息を吐く。実はあんな平然と素っ裸で出歩く灯里に対して、その実光里の方が拙い。どう拙いかというと、彼女の場合芸術という理論武装が出来るからだ。
「あー・・・そういや作務衣着て作業室来いだっけ・・・」
どうやら温かい湯船に浸かると精神的な疲れが取れてきたらしい。そうして最近色々とあった所為で疲れている事を把握して、しかしそこで急に風呂場の扉が開いた。
「うお!?」
『カイトー! 電話ー!』
「あ、灯里さん! 誰か分かるか!?」
『ごっめん、非通知ってか何も無い! 着信音は映画の始まる時のてっててーん、ててて、てってててーん、って奴ー! 今丁度二週目でててててーん、って言ってる途中ー』
「っ、あっちか。うっかり落としてたのか・・・」
カイトはどうやら灯里との騒動の最中に裏向き専用のスマホを取り落としていた事を悟る。流石に灯里もそこまで非常識ではないので、着信した事に気付いて持ってきてくれたのだろう。防水機能搭載のスマホだとは見てわかったようだ。
幸いどちらにせよカイトの生体IDが無いと出れないので問題は無いし、中身のデータはどちらにせよバックアップはティナの手が入っている専用のPCが無いと不可能だ。
こういうことがあった場合の万が一に備えていたのである。異空間は電波を通さない関係で、どうしても実空間にて持ち歩かないといけなくなる事を考えての対処だった。
「持ってきたよー・・・あ、でかくなったねー」
「うわぁ! って、スマホ!」
「あ、ごめんごめん。はい、これ」
カイトは大慌てで股間を隠すと、そのまま灯里からスマホを受け取る。幸い防水機能搭載なので風呂場でも使える。
「じゃ、私一応外居るねー」
「サンキュ・・・はいはい、ブルーでございますよ」
『おや、珍しいね。君がサウンドオンリーなんて・・・それに何か妙に声が響いている様な・・・フェイくん。そっちはどうだね?』
『ああ、ウチもだ。ってことは・・・いや、悪いね。時間ミスったか』
電話の相手はジャクソンとフェイというアメリカとイギリスの二枚看板だった。どうやら彼女らの会議の折にカイトに連絡を入れねばならない事が出来たのだろう。
「そういうことだ。流石にどっちも野郎の裸なんぞそっちの時間で見せられても嫌だろう」
『あっははは。私は丁度朝食だから、ぜひともお断りしたいね。朝から男のイチモツなんぞ見たら今日一日仕事をすっぽかしたくなるよ。ああ、それを理由にすっぽかすのもありかもね』
『イギリスは真っ昼間の昼飯中。ま、飯の話と言うか飯時ぐらいしか話せる時間無かったんでね。そっちも飯頃かと思って電話したんだが・・・いや、悪いねぇ。そこら賭けだったんだが、逸れたようだねぇ』
フェイが笑いながらカイトへと謝罪する。まぁ確かに日本の現在時刻は20時半というところだ。アメリカは朝の7時半、イギリスは12時半だ。カイトがギリギリどうなっているか読めない、というところだったのだろう。と、そんな世間話を終えて、カイトは本題に入らせる事にした。
「で? どういう用件だ?」
『ああ、実はフェイくんとの間でこの間君たちから提供された蜂蜜酒の話になってね。少し聞いておきたい事が出来たのさ』
「蜂蜜酒・・・あれか」
カイトは少し前のシュルズベリィ父娘との再会を思い出す。あの時についでなのでティナが改良した『黄金の蜂蜜酒』のレシピを渡しておいたのだ。と、カイトの理解を確認したフェイがジャクソンの言葉を引き継いだ。
『あれとお宅のところから提供されたリアルタイム測定を併用したんだが、許容量が若干だが増大が確認されてた。もちろん一時的だけどねぇ・・・で、この増大に関してなんだが、何かわかんないか、って言うわけなんだが・・・風呂ってことは魔女は別か? それとも一緒?』
「別だよ、今は。でもまぁ、これはオレが答えられる」
『そうかい。そりゃ助かる』
フェイはカイトで答えられるのならわざわざ後で時間を調整する必要もない、と先を促した。
「まぁ、すまん。これは一言わからん、としか言えん」
『わからない?』
『珍しいね』
「ああ・・・とは言え、これは道理なんだ。魔力を受け入れる物質・・・そうだな、仮定として魔力受容体とでも仮称しようか。これをどうやって見つけられる?」
カイトはフェイとジャクソンの二人――実際は見えていないだけで更に多くが聞いているが――へと問いかける。
『ふむ・・・そちらの検査機では調査不可能なのか?』
『いや、言われて思ったが、そりゃ無理だろう』
ジャクソンの問いかけに対して、声が割り込んできた。それはジャックの物だった。そうして、彼が己の推測を開陳した。
『わからない、という発言から推測してみたんだが、もしかして魔力保有量ってのは今受け入れられる保有量ってだけなんじゃないのか? 将来的にどれほどの量を保有出来るかはまた別の問題で、測定は出来ていない』
「そうだ。なので超長期的には桁違いに増大させてやる事は容易だ。現にオレは二桁以上上昇させている」
『マジかよ・・・いや、まぁ、それはおいておいて、だ。その魔力受容体ってのは普通に考えりゃ科学技術じゃ発見不可能なはずだ。が、それと同時にもし先天的に持っていようと魔力を受け入れてねぇって事だ。だろう?』
「その通り。魔力受容体はおそらく魔素由来の物だろう」
『であれば、どうやっても見つけられる物じゃねぇんじゃないか?』
カイトとジャックは二人で推論を述べる。魔力受容体とでも言うべき物が人体にあったとして、魔力の素となる魔素を持ち合わせていなければどうがんばっても魔術的な面で発見は不可能だ。そしてそもそも科学技術で魔力由来の物質を見つける事はほぼ不可能だ。であれば、その総数を知る事は不可能と断言して良かったのである。
『なるほど・・・』
『あー・・・そっか。そりゃそうだわな・・・』
ジャックの指摘にフェイとジャクソンは二人して同意する。言っている事は正しい。何処まで行っても仮定にしかならないが、見つける事は不可能だろう。こうなれば悪魔の証明と似ている。あるはずだが技術的な面でどう頑張っても見つけられない物を見つけ出せ、というのは流石に不可能だろう。
「ま、そういうことだ。それで無理というわけだ」
『なるほどね・・・ということは、蜂蜜酒は偶然にもその魔力受容体を増やせたってわけかい』
「そう考えるのが妥当だろう。一応、意図的に魔術保有量を増大させることは不可能ではないというのがこちらの公式見解だ。が、それも一瞬だけだ。戦闘じゃあ無意味と言って良い程だし、まぁ、数万とか数十万の保有量に到達した奴から見りゃ微々たるもんになる。それにそもそもこれを意図的に増大させる薬は見付かっていない。この様に一時的、副次的に増大させる物はあるが、あくまでもその程度だ。効果時間等の点から、これを前提に戦略を立てるのは決してやらないな」
『そうか・・・わかった。感謝するよ。やはり世の中うまい話は転がっていないものだね』
フェイの質問に答えたカイトの返答を受けて、ジャクソンが納得した様に頷いていた。カイトの見立て通り、これを取っ掛かりとして魔力保有量を一時的にブースト出来る薬剤を開発出来ないか、というところだったのだろう。が、無理は無理なのだ。
「そりゃそうさ。そんな物があるのなら、今頃とっくの昔に開発されて皆ガブガブ飲みまくってんだろうぜ」
『あはは。悪かったね。手間を掛けた・・・一応聞いておきたいのだが』
「魔女に確認、だろう? あはは。ウチの魔女はまぁ、薬学は得意分野じゃないが、彼女に魔女としてのいろはを教えた人物が薬学を得手としていてね。その彼女の教えを受けたアイツが無理と言うのなら、基本的には無理と考えていいさ」
『そうかね。お風呂中なのに度々すまないね』
ジャクソンはカイトの対応に礼を述べると、そのまま通信を切断する。どうやら、聞きたい事はこれで終わっていたのだろう。
「ふぅ・・・あー・・・疲れた」
『お話終わったー?』
「あ、うーん! サンキュー!」
『スマホ、持ってっとく?』
「いや、音楽聞いとくー!」
『そかー。ごゆっくりー、あ、光里ちゃんにお風呂上がったら言っておいてねー』
「あいよー」
カイトは万が一何かをされると面倒な事を考えて、灯里の申し出を断っておく。そうしてしばらくは音楽を聞きながらお風呂に入り、温まったところで湯船から上がる事にした。
「えっと・・・あった」
カイトは身体を洗うスペースから脱衣所に手を伸ばして、手探りで置いておいたバスタオルを探す。基本的にカイトは脱衣所で身体を拭くではなく、一度風呂場で身体を拭いてからにしている。これは別に居候だから、というわけではない。彼の癖というか、彩斗の癖――幼少時に一緒に入った際に仕込まれた――だ。なのでバスタオルは予め用意しておいたのであった。
「ふぅ・・・あー・・・さっぱりしたー」
カイトはとりあえず濡れた身体をバスタオルで拭うと頭を拭きながら脱衣所への扉を開いて、脱衣所に入って、そこで完全に固まった。
「・・・」
「・・・」
カイトはしばらく、黒衣の美女とお見合いする。まぁ、言うまでもないが光里が脱衣所の廊下側にてスケッチ・ブックを膝の上に乗せて体育座りをしていたのである。あまりの出来事にカイトが呆気にとられても無理はあるまい。
「う」
「ストップ!」
うわぁ、と叫び声をあげようとしたカイトに対して、光里が機先を制する様にして制止を掛ける。それにカイトは思わず身動きを止めた。そして悲しいかな、カイトは彼女らに調教し続けられた結果、咄嗟に反応してしまう。
「お、おう・・・」
「良し・・・えっと、まずは長さは・・・」
光里は停止したカイトに頷くと、スケッチ・ブックを横に置いておそらく美術用の物と思われるメジャーを取り出した。
「・・・ふむ・・・大きさはこんなものかしら・・・」
「・・・え、えぇっと・・・はい?」
「動かない」
「はい!」
びしっ、という効果音が似合いそうなぐらいにはっきりと睨まれて、カイトは思わず再度停止する。が、流石にそういうわけにもいかなかった。
「って、んなわけあるかい! んぎゃ!」
「あ・・・」
猫を踏んづけた様なカイトの悲鳴が上がる。まぁ、この声は当然だろう。何が起きていたのかというと、光里はメジャーや物差し等を使ってカイトの男性器を測定していたのである。
というわけで、先程の悲鳴はなんというか、そうなると当然光里がカイトのそれを握っていたわけで、うっかり引っ張る事になってしまったというわけであった。
「もう・・・勝手に動くからよ」
「そういうこっちゃねーよ」
不満げな光里に対して、カイトはツッコミを入れる。再度計測しようとしていた流れは流石にカイトも止めた。流石にカイトとて自分のイチモツを測られて嬉しいはずはない。
まぁ、すでに長さと直径等一通り主要と思われるデータは測られているのでほぼ全て測られた後と言えるのだが、そこは対応が遅かった、と諦めるしかないだろう。というわけで、カイトは湯冷めしない様に光里をに後ろを向かせながら、着替えを行いつつ尋問を開始した。
「で? なんでわざわざこんな事を?」
「・・・絵で必要だったのよ」
「はい?」
カイトが首をかしげる。どういう風な流れからこうなったのかがさっぱり不明だった。というわけで、光里は少し不満げに口を尖らせながら事情を説明した。
「・・・今度の課題で幾つかの班に分かれて古代ローマを題材として絵を描く事になったのよ」
「それで?」
「私はそれで、古代オリンピックについてを描く事になったのよ」
「ふむ・・・珍しいけどまぁ、それ故ありっちゃありか。古代オリンピアにて開かれたオリンピック。題材の一つとしては最良だな。ネロ・クラウディウスでも題材にしておくと面白いかもな」
「それは良いかもしれないわね・・・って、そうじゃなくて」
カイトとしても光里の言わんとする事――というよりも教師の考え――は理解出来る。古代ローマを題材とした絵画は数こそ少ないが、それなりには存在している。一般的には知られていないだけだ。
確かに変わったテーマではあるが、それ故に今までの観点とは違う物が見える可能性はあるし、歴史の勉強にもなる。一応彼女も大学に通っている以上、絵の題材として選ばれたとしても不思議はないだろう。とは言え、それでもやはりこの行動につながらない。
「そだな。で、それがどうしてこの行動に?」
「古代オリンピックは大凡裸よ? 不正をしていない事を神に示す為、裸で競技を行ったとされているわ。他にも英雄の彫像が総じて裸なのは鍛えられた筋肉は一切恥じる所はない、という表れね」
「そうだな」
「で?」
「は?」
で、と言ってジト目になる光里に対して、カイトが首を傾げる。そんな彼に対して、わかっている事を敢えて述べた。
「・・・喪女の私にどうしろと? 彼氏いない歴=年齡の私にどうしろと? 正直言われた瞬間は呪ったわよ」
「・・・なんかすんません・・・」
じとー、として湿ったオーラを醸し出した光里に、カイトは思わず謝罪する。そう言わなければならないだけの得も言われぬ圧力があった。
ちなみに、なぜここまで黒々としたオーラを発するかというと、姉が良く彼氏が出来るからだ。モテない女の僻みだのというが、そもそも男を尽く振っているのは彼女である。理解不能だ。
まぁ、そのかわりに灯里はすぐに彼氏と別れる。短ければ二ヶ月、最長はカイトの知る限りでは地球帰還からしばらくしての半年というところだ。最短は相手の浮気が原因だった事もあるが、一ヶ月だ。
とは言え、彼女が好き好んで取っ替え引っ替えしているわけでもないらしいので、彼女はある意味男運が悪いのだろう。詳細は彼女にしかわからないし、別れて落ち込んでいる奴に聞くわけにもいかない。というわけで、カイトは話題を変える事にした。
「え、えーっと・・・い、一応言えば光里さんは素は美人だしおしゃれには気を遣ってるから喪女とは違うかと思うんですが・・・」
「・・・はっ」
カイトのフォローは光里に鼻で笑われた。ここらはある意味、仕方がなかったのかもしれない。彼女の姉の灯里は天才だ。学力と言う意味では年代では日本有数で、性格としても明るくて花がある。
そして誰からも好かれる様な明るい性格で、灯里も大半の人物を嫌いには思わない。性格も悪く言えば八方美人とも言えるが、それ故人当たりは良い為好む人間は多い。
一方逆に光里は嫌いな人は嫌いとはっきりしているし、はっきりと態度に出る。そしてこういう不思議なところもある。故に彼女を好まない人物は彼女の事をとことん嫌う。で、その癖に案外光里ははっきりとした性格故に揉める事も良くある。
他にも学力としては悪くはないが、天才と言われた姉に比べれば普通と言えるレベルだ。そんな彼女が唯一姉に勝てると言えるのはこういった芸術的な才能――音楽も出来る――ぐらいで、それ故そんな姉に己で劣ると思う分野で比較されるのを――極度にとまではいかなくとも――嫌うのであった。天才的な身内を持つ故のコンプレックスなのだろう。
「え、えっと・・・でもオレは好きだけどな。光里さん。確かに灯里さんみたいに華やかさは無いかもしれないけど落ち着いた印象があるし、清楚で十分美人だと思うよ」
「・・・そう。ありがと。じゃ、後でね。作務衣、忘れないでね」
「あいよ」
耳まで真っ赤にした光里を見て、なんとか機嫌を直してくれた、とカイトは内心で安堵する。そうして、カイトは僅かに疲れた様子で一度客間に戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




