断章 第8話 三柴家の変人姉妹
警察と八坂家とのやり取りを終えた後、カイトはとりあえず自分の持つルートを使って警察の上層部へとアクセスしていた。八坂家からの感触を報告する為だ。
「ブルーだ。専用回線で警察庁の担当官へと繋いでくれ」
『・・・ああ、私だ』
「久しぶりだな。こちらで丁度八坂家とのやり取りが終わったので連絡をさせて貰った」
『そうか。どうだった?』
「感触としては、好感触だったと言えるだろう」
カイトはしばらくの間、警察庁の担当官とやり取りを行う。そうして、とりあえずの会話の内容を彼らへと教えて、更に見積書等も提示した事等を教えておいた。
『そうか。それは良かった。相手のプロファイルからおよそどの程度なら乗ってくるかというアドバイスをさせてもらった甲斐がある』
「それは感謝する」
警察庁の担当官の言葉にカイトが感謝を述べる。実は見積書を提示してからやけに好意的だったのには、彼らからのアドバイスがあったからだ。彼らが裏で手を回して、八坂が経営する古美術店を担当する担当弁護士や税務署等から人柄等のプロファイルを送らせていたのであった。
「これで、とりあえずなんとかなると思う」
『そうか。では、そちらの護衛から寄せられる情報は?』
「定期的にこちらから提供させて貰おう」
『感謝する』
今度は担当官が感謝を述べた。ここらは、ギブ・アンド・テイクの関係だ。彼らも情報をくれたし、こちらもまた情報をくれてやる。何か不思議な事はない。というわけで、今度は彼らの側が情報を提示した。
『それで比岐島のご令嬢の件だが、先程調書を取り終えた』
「そうか。どうだった?」
『前に警察で調書を取った物とさほど変わらない内容だった・・・が、数点詳しく聞いておいた事がある。そこで幾つか気になる点はあった』
「ふむ・・・長くなるか?」
『ああ・・・それにこちらでもまだ完全には把握していない。すまないが後日報告書の形でそちらに送付させて貰いたい』
「わかった」
担当官の言葉にカイトが頷いた。あの部屋の中には園山が連れてきていた警視庁捜査一課の人員も待機しており、彼らが常に悠唯の話を書面に起こしていたらしい。
が、それ故にまだ文章としては推敲出来ておらず、少々見難い状態になっているそうだ。流石に先の今では情報をネットワークに上げるのが精一杯だろう。情報封鎖の観点から考えても大人数で押しかけるわけにもいかず、まだこれからだそうだ。
「良し・・・時刻は・・・うっし、ギリギリセーフ」
カイトは時間を見て、なんとかまだ夕飯の時間ではない事を理解する。これなら帰っても綾音から大目玉という事にはならないだろう。
「まぁ、当分は待ちかな」
「待ちだね」
そんなカイトの肩の上にて、モルガンとヴィヴィアンが頷き合う。彼女らの言うとおり、当分は受け身にならざるをえない。こちらは完全に後手にまわっているのだし、相手の手札がわからなすぎる。
これでターゲットが絞れるのなら後は人海戦術でなんとかなるのだが、それさえもわからないのだ。しばらくは被害にあった少女らを護衛する名目で監視しつつ、相手の出方を窺うのが最良だろう。
「じゃ、私達もご飯食べてくるねー」
「おーう。こっちもご飯食べるわ」
「じゃあね、カイト」
というわけで結局二人は何もやっていないが、カイトの肩の上から移動してドールハウスへと帰っていった。ここら残念な所なのだが、彼女らは存在が明かされていない関係でご飯は一緒に食べる事はあまり出来ない。まぁ、それでも基本的に日本に居ない事が多かったし、時には一緒に外食に行くカイトなのでさほど気にする事は無い。
「良し・・・オレも移動するかね」
カイトは一息入れると、転移術で三柴邸の前へと移動する。ティナは一応天音邸に帰っている事になっているので、合流は後だ。というわけでドアベルを鳴らすと普通に扉が開いた
「たっだいまー」
「おっかえりー」
カイトの声に合わせて、灯里がリビングから声を返す。そうして、リビングを通る際に灯里がソファの上で仰け反ってカイトの方を見た。
「何してたのー?」
「荷物持ち。ティナが本買いたいって言う話。で、オレも付き合ってただけ」
「ああ、ティナちゃんの荷物持ちねー。あの子色々と多趣味だもんねー」
「受験の参考書って意見は無いのですかね!?」
「いや、必要無いでしょ、二人の学力ならさー。ちょっとは気を抜きなよー」
「た、正しいんだが受験生に向けた教師の言葉で良いのか、それは・・・」
ぐるり、と回転して再びテレビに向き直った灯里の反応にカイトは肩を落とす。いや、正しい事は正しい。息抜きは重要だ。が、受験生に向けた教師の言葉としてどうよ、と思うのも正しいだろう。
とは言え、こんな性格であるぐらいカイトからしてみればわかりきった話だ。というわけでそのままとりあえず客間へと戻ると、そこではマネキンに己の作務衣を着せてスケッチをしていた光里が居た。
「ただいまー、っと、邪魔したか?」
「ちょっと待って・・・いえ、良いわよ。そもそもここは貴方の部屋だし。ただ、もう少し好きにさせて」
「あいよ」
カイトは光里の言葉を受けてとりあえず邪魔にならない様にその場に腰掛けた。というわけで、カイトは光里のスケッチを横から覗き見る。
「作務衣のスケッチって何の参考にするんだ?」
「ああ、こっちは趣味よ。別に何時もコンクールや個展に出店する絵ばかり描いてないわ」
光里はスケッチから目を離す事もなく、くすりと笑う。暗い印象を受ける彼女だが、こういう所の横顔は真剣そのもので非常に様になっていた。カイトとしても彼女のこの真剣な横顔は好きだったし、この横顔に惚れて告白される事は良くあるそうだ。
が、男っ気が無い事からも分かるように、当人は完全にそっけなく振っているらしい。そうしてしばらくの間、両者の間で沈黙が降りる。が、少ししてスケッチから目を離す事もなく、光里が口を開いた。
「・・・そういえば、絵を描いたそうね。去年の2月の暮れ頃かしら」
「ああ、まぁな。ちょっとキレイな女の子に会ったんで・・・それが?」
「古巣で頼まれて見たけど、良い出来ね。出そうとは思わなかったの?」
「あっははは。光里さんの見てりゃ、流石にそうは思わないさ」
カイトは照れくさそうに光里の言葉に首を振る。確かにあれはカイトも良い出来だとは自画自賛出来る出来だった。が、今目の前で行われている作業を見て、自信満々にコンテストに出品出来るとは毛ほども考えていなかった。
「残念ね。金賞は無理でも入賞ぐらいは行けたわよ、あれ」
「そうか、それは残念だ・・・あ、オレの服は他は?」
「・・・一応、そっちのタンスに分けて入れておいた」
「サンクス」
スケッチ・ブックから目を離さない光里に対して、カイトはカバンの中から残りの荷物を取り出す。と言っても携帯ゲーム機だ。どうせ隣だ。これを持ち運ぶだけで十分だ。
「良し・・・これで良いわね」
「終わった?」
「ええ。借りたわ」
光里はそう言うと、マネキンからカイトの作務衣を脱がして返却する。別に彼女の芸術の助けになるのであれば、カイトも勝手に使っても問題無い。それぐらいの間柄だ。と、それと時同じくして、綾音が声を上げた。どうやらいつの間にか来ていてご飯を作っていたのだろう。
「カイトー、光里ちゃーん! ご飯できたよー!」
「あ、うん! ちょっと片付けあるからちょっと待ち!」
「早くねー!」
「光里さん。マネキンはこっちで持っていくから、スケッチ持ってって」
「ええ」
カイトはデッサン用の大きめのマネキンを抱えると、光里と共に三柴邸の二階へと向かう。マネキンは可動出来る様になっている繊細な物だ。別に光里が持ってきただろうので持ち運べるだろうが、流石に男が重い荷物を女性に持たせるのは駄目だろう。
というわけで、カイトはマネキンを灯里の仕事部屋へと運んでいく。そこは光里の部屋の横で、広さとしてはカイトの部屋よりも一回り大きいぐらいだ。
が、部屋にある荷物はほぼ画材だけだ。絵を描く為の専用の部屋らしい。時折モデル――と言ってもポーズと言う意味――になってくれ、という事でカイトも連れ込まれていた。
「それはそこね」
「あいよ」
カイトは光里の指示に従い、幾つかあるマネキンの横に持ってきたマネキンを置く。と、それを置いた所で光里が口を開いた。
「ありがとう。それで、後で作務衣着たらこっちに来なさい。デッサンで使いたいの。マネキンはマネキン。人とはまた違った趣があるの」
「またモデルっすか・・・まぁ、良いけどね」
光里の言葉にカイトがため息混じりに頷いた。そうして、後片付けを終えたカイトは光里と共に、とりあえずご飯の用意が出来たらしいリビングへと向かって、そこで天音家+三柴家でご飯を食べる事になるのだった。
そうして、食後。当たり前だがご飯を一緒に食べるだけだったので、綾音は海瑠と浬、ティナを連れて家へと戻っていった。が、その出る直前、灯里がスマホのメールを見て口を開いた。
「あ、お母さんが綾音ちゃんありがとー、ってさー」
「あ、良いですよーって、メールしておいてー。あ、晩御飯の用意もしておいたってお願いね」
「はーい・・・よし・・・晩御飯はトースター使った唐揚げ、と・・・お母さん喜ぶだろうなー、好物だから・・・」
「光里ちゃん、お皿は明日持ってくるから、受け取って貰える?」
「ええ」
綾音は灯里に伝言を頼むと、光里にはお皿を掲げてお願いする。この皿は三柴家で借りた物――持ってくる事を忘れたらしい――で、明日は一日在宅らしい光里に受け取りを頼んでおいたのだ。中身は彩斗の晩御飯である。
「良し・・・じゃあ、カイト、ご迷惑お掛けしちゃ駄目だからね」
「わかってるよ」
「うん。じゃあ、聡里さんにもよろしくね」
「あいよ・・・じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ。二人もおやすみー」
「おやすみー」
「おやすみなさい」
綾音の挨拶に二人も挨拶を返して、綾音はそれを背に子供達を連れて帰っていった。そうして、カイトは三柴邸にて一人残される事になった。
「ふぁー・・・食べた食べた。あ、光里ちゃん、カイト、お風呂どうする?」
「オレは居候なので」
「ああ、最後で良いわ。今、ちょっとデッサンの最中なの。汚れたら本末転倒でしょう?」
「そっかー。じゃあ、先もらっちゃうね?」
「どぞー」
ひらひらひら、と灯里は玄関から背を向けて、一切の迷い無くズボンを脱いだ。
「って、おい! せめて脱衣所行けや!」
「っととと」
カイトに背を押されて、灯里はそのまま脱衣所へと突っ込まれる。そうして、カイトは疲れた様に深くため息を吐いた。
「じゃあ、私はデッサンの続きするから。着替えて髪を乾かしたら私の仕事場に。写真撮影するわ」
「あいよー」
とりあえずガサゴソという音を横目に、カイトは脱衣所の扉を閉める。そうしてカイトはとりあえず客間に引っ込んで暇を潰して、灯里がお風呂から上がってきた。
「お風呂上がったよー」
「・・・うん、そうだよね。これはオレが悪かった」
「ほえ?」
カイトに対して灯里が首をかしげる。というのも灯里は素っ裸で、口に棒アイスを加えていた。まぁ、完全に素っ裸というわけでもなくタオルを首から掛けていたので、それで胸を僅かに隠している――と言うか運良く隠れている――ぐらいだった。
こうなるのは当然だろう。なにせカイトはそのまま灯里を脱衣所に突っ込んだのだ。着替えは用意していなかった。そして当たり前だがカイトも灯里の部屋を探索して着替えを見付けていない。当然の流れだった。
「はぁ・・・せめてパンツは履け」
「うん、履くよー?」
「今すぐって意味だろうが!」
きょとん、とした様子の灯里に対して、カイトが怒鳴る。まぁ、素っ裸なわけなのだから、当然パンツも履いていないしブラも身に付けていない。生まれたままの姿である。
一応この姿を晒しているのは、風呂上がりだけだ。お風呂に入って暑いから、という理由である。というわけで適度に涼しくなれば、普通に服を着る。と言っても父親が居なければ常日頃はTシャツとパンツだけだ。
「えー・・・暑いー」
「その格好でひっつくな!」
「あ、何? もしかして~」
カイトに背中からへばりついた灯里はニマニマとカイトの股間に手を伸ばす。どうやら、風呂場でも飲んだらしい。
「やめれ!」
「あ~ん! 恥ずかしがらなくてもいいじゃんよ~!」
「うっさい!」
「あ~、何処行くのー?」
「風呂!」
「ごゆっくりー」
さっさと撤退を決めたカイトは灯里から逃げ出すと、そのままお風呂に入る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




