断章 第24話 集結編 エピローグ・2―幾つもの始まり―
様々な事件が一応の解決を見た翌日。カイトとティナの通う天神市第8中学校では朝から再び騒然としていた。まあ、当たり前だ。なにせまた、ソラ、魅衣、由利の三人が揃っていたからだ。しかも今日も、カイトとティナは若干遅れ気味であった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
三人の間に、奇妙な沈黙が下りる。険悪だった仲は、昨日の一件でかなり緩和されてしまっていた。だから、この場でいきなり不機嫌に帰る、なんてことは言い出せなかった。
しかしかと言って、気さくに声を掛けるには、まだお互いに距離が遠い。そんな微妙な距離感であったのである。この沈黙はそれ故に作り出された物であった。と、そこに教室の扉を開く音が響いた。カイトとティナが以前よりは少しだけ早めに登校してきたのである。
「今日はギリギリじゃない!」
「なんで朝から走らにゃならんのじゃ!」
「お前が朝っぱらから激しいからだろ!お陰でこっちはシャワー浴びないと汗臭すぎてやってられん!」
カイトの扉を開いての開口一番に、静まり返っていた教室中が騒然となる。一気に注目が集まったカイトは、目を見開いて驚くが、原因の掴めぬままに自席に着席する。それに合せて、同じく顔に疑問を浮かべたティナも自席に着席し、奇妙な沈黙が下りた三人を発見する。
「何やっとるんじゃ。と言うか、由利よ。来たんじゃな。うん、感心感心。」
「あんたがウチのバイクを親にチクるからでしょ!」
由利が不満気に怒鳴る。そう、実はあの後、由利のバイクは警察に押収されてしまった。日本の法律についていまいち理解していないティナが、平然と由利のバイクを幸人に申告してしまったのである。それを聞いた全員が頭を抱えたのだが、後の祭りだ。幸人は即座に明石に連絡して、引取に来てもらったのだった。
その結果、由利は再び幸人によって朝から学校に送られた、ということであった。まあ、幸人の方も犯人逮捕のお陰でかなり忙しく無くなった事も大きいし、ティナに由利を頼む、と昨夜頼み込んだ事もあって、この強引さならば逃げられないと思ったのであった。現に由利も半ば逃げられないと思っていた。
ちなみに、始め盗品かと思われていたバイクだが、どうやら不法投棄された物品を仲間の伝手で改修した物の為、落し物扱いであったらしい。
「うむ、それはすまんのう。よもやバイクが違法とは知らなんだ。」
「はぁ・・・こっからどうしよ・・・」
少しティナが申し訳なさそうに謝罪するが、それを聞いた由利は溜め息を吐くだけだ。しかし、由利とて、どうするのかは決めていた。趣味のバイクを押収されてはどうしようもないのだ。親子の会話を垣間見たチームの面々の薦めもあって当分は大人しくする事にしたのだが、それ故、学校に来るしか無くなったのであった。それを見たティナが由利ににこやかに告げる。
「取り敢えず、余と共に勉強じゃ!魅衣もな!どうせお主らは当分勉強なんぞしておらんのじゃろ?余が教えてやろう!」
「えー・・・」
「まあ、それしか無いか・・・」
由利と魅衣はかなり嫌そうだったが、それを受け入れるしか無かった。由利は先の通りだし、魅衣は嫌そうに見えて少しだけ、楽しげだ。
「む?どうした?何か疑問か?」
「なんでもない。」
ある人物の観察をしていた所、ティナにそれを見咎められた。彼女が来た理由は、とどのつまり彼だ。後光を纏い、ありとあらゆる強者達が彼の前で傅く姿は、まさに覇王であった。その姿が、忘れられなかった。一目惚れ、吊り橋効果、人はそう言うかもしれないが、彼女には、有り得ないほどにカッコ良かった。
彼と少しでも近づこうとするなら、彼女の教えを請うのは良い口実だった。なにせ、彼女は彼の家の居候なのだ。家に行くにも何をするにしても、近づくには良い口実なのだ。
ちなみに、数年後。まさか少女の方が親友として定着し、カイトの事を横に置いておく事になるとは彼女も想定していない事であった。
「・・・なんかよ。」
「ん?」
そんな女性陣を見て、ソラがふと、呟いた。その顔は、どこか楽しそうであった。
「こうやってりゃ普通だよな。俺らも。」
「当たり前だろ、普通なんだから。」
「俺らが普通、ねぇ・・・」
カイトが平然とのたまった言葉に、ソラが笑う。自分は市内でも有数の不良だし、彼にしても、御子柴達さえ手懐けた理解不能な男だ。それ故、彼が普通と言った事に、彼が笑ったのだ。それは、遠い未来に彼が常に浮かべる楽しそうな笑みだった。
「そうやって笑ってりゃ、お前は普通にイケメンなのにな。」
「あ?」
そうして、ソラの浮かべた笑みを見て何人かの女生徒が魅了されたのを見て、カイトが少しだけ憮然と告げる。
「てめぇ何言ってんだ?」
「はぁ・・・お空の如くに脳天気、と。」
だが、ソラはそれに気付かない。それ故、カイトは彼の名前を合せて茶化す様に告げる。
「んだとぉ!・・・このバカイトが!」
「あ?」
「馬鹿とお前の名前のカイトを合せて、バカイトだ。どうだ、良いネーミングだろ。」
ソラはドヤ顔でカイトに対する罵倒を告げたが、カイトにとって馴染み深い罵倒だった。主にユリィは多用しているし、他の仲間にしても時折使っていた。考え付かない方が可怪しい。と言うか、暫く考えた彼が鈍いだけだ。だから、カイトはそれを指摘してやった。
「お前、ドヤ顔でそれ言ってるが、普通に言われ慣れてるからな。言ったのは・・・ひのふのみの・・・」
「え・・・」
自分で会心の出来だと思っていたネーミングに、まさか先駆者が大量に居たとは思っていなかったソラ。呆然となる。しかもその中の一番の先駆者は、彼以上に脳天気な妖精であった。
ちなみに、彼女の場合もドヤ顔でカイトの目の前で薄い胸を張っていた。つまり、精神レベル的に当時の彼女と同レベルである。とは言え、彼女の場合はため無しでカイトに告げていた為、もしかしたら頭の回転ではユリィに劣っているのかもしれない。
「やっぱお前はお空だな。頭空っぽ。」
「ちくしょう・・・」
楽しげに告げるカイトに、今度こそ、ソラはカイトに言い返せない。なにせ、普通に平然とカイトに返された所為で、それが事実であると嫌でもわからされたのだ。彼はずーん、と沈み込む。
「畜生・・・バカイト・・・良いネーミングだと思ったのに・・・」
「そ、そんなに残念か・・・」
結構な落ち込みようを見せたソラに、カイトが少しだけ引き攣った笑いを上げる。そうして、『お空』と『バカイト』。互いが互いに茶化す様に言い合っていた名前だが、いつしか流れで普通に名前で呼び合う様になる第一歩であるとは、二人共気づかないのであった。
丁度その頃。日本国内のある場所にて、会合が開かれていた。実はこの一件はきちんと事件の全貌を見れた者が見れば、色々と可怪しいのだ。
例えば、蘇芳翁を襲撃した男―の人格の1つ―は暴走こそしていたが、それなりに知性は感じられた。今まで警察に掴まれない様に動いていたのに、ここに来ての大々的な犯行だ。警察はそれを一向に報道されない事への不満から、と報じるのだが、実際は違っていた。つまりは、この一件は誰かが仕組んだ物なのであった。
「ちぇ・・・折角同士討ち狙えると思ったのにな。」
「ちぇ、ではないぞ!大馬鹿者が!」
部屋の中に幼さの残る少年の少し残念そうな声と、大人の男の怒号が響いた。その部屋は、昼間にも関わらず真っ暗闇であった。おまけに、夏場なのにひやりと寒気を感じるほどに、冷気が充満していた。
だが、そんな部屋に居たのは、一人の少年だけだった。彼は今のカイトよりも年下の少年だ。少なくとも、まだ中学校には入学していないだろう。
では、もう一つの声がどこから響いたのかというと、その方角には奇妙な模様の描かれた御札が貼り付けられていた。そして更に、別の方角からも声が響いた。そちらにあるのもまた、似たような御札だ。いや、それどころか、この部屋の至る所に御札が貼り付けられていた。声はそれら御札から発せられていた。
「危うく日本中・・・いや、世界中が大混乱に陥る所だったのだぞ!今まで必死に隠してきた我らの努力を何とする!」
「しかもテレビの前なぞ・・・貴様は我々を滅ぼすつもりか!どれだけ政府から苦言が来たと思っている!」
「ヴァチカンのエクソシスト、北欧の戦乙女、イギリスの秘術師が派遣を要請してきている・・・こっちは良いが、中国からは占術師達が強引に押し入ろうとして、危うく一触即発だ・・・アーネンエルベの残党が入り込んだとの情報もある。それ以外にも禁書目録の司書達やバッキンガムの女王陛下の御剣達が外交ルートで入ろうとしていて、止められないと政府の奴らが嘆いていたぞ。当然だが、企業としてでは無く裏の者として天道からも抗議が来ている。御子神はどう責任を取るつもりだ?幾ら幼いとは言え、少々放任が過ぎるのではないか?」
「本当に申し訳ない・・・愚息の仕業、顔も突き合せられぬこの場だが、謝罪させてもらう。」
そんな大人たちの声を前に、少年は何処吹く風だ。なので、彼は繰り返される叱責を前に、少し興味深げに呟いた。そしてその呟きは、彼に対する叱責を止めるほどの力があった。
「でも、あれ・・・何だったんだろ。アイツさえ邪魔しなかったら、もっと潰せたのにな。」
「む・・・」
大人たちが、少年の呟きに反応して静まり返る。確かに、それは全員の疑問だった。
「誰か何か掴んでいるか?」
「いや、何も。」
「飛空咒をいとも簡単に使い熟すほどの猛者・・・誰も知らぬとは可怪しくはあるまいか?皇のはどうか?」
大人達の声は総じて否定だ。そこで、彼らの一人が今まで黙して語らなかった一人に問い掛ける。それに答えたのは、この中でも特に若い女性、いや、少女の声だった。何人かの若い女の声もあったが、ここまで若い女は彼女だけだった。
「申し訳ないが、把握していない。」
「申し上げられない、ではないか?」
「把握していない。」
「そうか。」
把握していてもそれを隠したい場合は『申し上げられない』が通例な彼女の答えに、この場の全員が本当に把握していないことを悟る。そうして、話が一段落したところで、彼女が処分を告げる。そう、この場は少年の処罰を決める場であったのだ。今回の一件は彼らが頭を悩ませた様に、少年の独断かつ暴走なのであった。
「まずは、御子神の子息に命ずる。当分は謹慎処分とする。別命があるまで、本邸にて待機せよ。御子神の当代には、追って処罰を送る。事の隠蔽は此方で行おう。」
「はぁーい。」
「謹んで、お受けしよう。それと申し訳ない、皇には迷惑を掛ける。」
少しだけ拗ねた少年の声と真剣に恥じ入った声が、皇と呼ばれた若い女性の声の処分に応じた。少年の様な性格ならばかなり反抗しそうだが、彼は少し拗ねただけだ。
それも当然だ。彼はおそらく直ぐに謹慎が解かれるであろうことが容易に想像できていたからだ。そして、それは事実だった。まあ、彼の予想よりも遥かに早かったのだが。
「はぁ・・・貴様が才能の無い木偶なら早々に廃嫡出来たものを・・・」
「あはは。出来るわけないでしょ?100年に一人の天才なんだから。」
彼の父親らしい声のため息に、少年がどこか嘲る様に告げる。そう、この世界は、天神市の地下闘技場よりも遥かに実力重視だ。その為、自身よりも圧倒的に才能に劣る父親を嘲ったところで、それだけでは叱責はされない。そんな息子に対して、父親らしき声がその前で平然と嘆く。
「致し方がないとわかってはいるが・・・こうなってしまえば、才能が劣っていると知っていても鬼子のあの子が惜しいな・・・」
「・・・分かりますな。ウチも鬼子の竜馬を失せたのが本当に痛い。あの子は本当に才能があった。」
「そちらは三枝に渡したのがわかっているだけ良いではありませんか・・・それに比べて此方は・・・」
「致し方がない。そちらも此方も・・・いや、誰もがしきたりとして、失せねばならぬ物を抱えている。我らの家を呪うしかありません。」
二人は苦い笑いを浮かべる気配を漂わせる。それに、周囲の大人達も似たような気配を漂わせた。だが、こんな大人たちの言葉は、少年になんら影響をもたらさない。この場の殆どを相手にして余裕で勝ちを得られる彼にとって、こんな言葉は負け犬の遠吠えにしか、否、真実、負け犬の遠吠えだからだ。勝者である彼には、単なる雑音だ。
「ふぁー・・・」
「眠そうだな。」
「だって眠いもん。昨日も夜まで監視しようと探したけど、ぜーんぶ、つぶされちゃった。」
雑音を雑音として処理しながら欠伸する少年を、皇と呼ばれた少女がどこか窘める様に問い掛けた。その問い掛けに応えて、少年は少し、羨ましそうに告げる。
「あんたは良いよな、養子だしさ。」
「いいことだけではない。どうせ・・・な。」
「ま、それには同情するよ。」
「いらんよ。」
その若い少女の声には、若干の苦笑が混ざっていた。少年も、密かに少女の後ろに控えた者達それに気付いているが、それに何かを告げるわけでもない。どうせ何も変えられない事がわかっているからだ。そうして、ふと、少女が気付く。
「・・・待て?監視が全てつぶされた?」
「うん。監視に送った使い魔達はぜーんぶ・・・ほら。」
「何っ!?」
そうして少年が見せた御札を見て、皇と呼ばれた少女の驚きの声が響いた。それらは全てビリビリに破けていたのだ。どうやらそれを見た少女の後ろに控えている者達も、少なくない驚きがあった様だ。本来は居る事さえ悟らせない者達なのに、今ははっきりと動揺が伝わっていた。
ちなみに、多少の破損ならば再生して修復する事も出来る彼らの使い魔――厳密に言えばカイト達の言う使い魔とは異なる物だが、ここでは彼らの言い方に合わせる――だが、ここまで破壊されてしまっては、如何な方法でも修復は不可能であった。
ここまで破壊されるならば、両者の間に圧倒的な力量差が無ければ出来ないのだ。そして、この少年はこの中でも有数の実力者だ。それが理解出来るなら、この意味はとてつもなく大きい。
「お前の使い魔を全てそこまで破壊したのか・・・」
「しかも、視界外から。不意打ちどころじゃないよ。彼がやったのかさえわかんない。もしかしたら、偶然見かけたユートピアの奴らかも。」
「何!?皆!少し静まれ!」
相変わらず大人たちは苦言や雑談で忙しいが、この情報は全員に通達しなければならないほどに重要すぎた。そうして、滅多にない彼女の焦った様子に、全員が静まり返る。そうして、静まり返ったのを見て、少女が告げる。
「もう一度、話せ。」
「えー・・・はぁ。だから、僕の使い魔は全部つぶされたんだって。誰かは不明。まあ、アイツの監視をしようとしてたから、多分アイツ。方法、どこから、全部不明。最後に見たのは、ユートピアの連中。当然だけど、頭がやられてるんだから紫陽の奴らも居た。」
その瞬間、ざわめきは先ほどと同じだが、趣が先ほどと一変した。そのざわめきは、真剣に議論する類のざわめきであった。
「有り得るのか?御子神の嫡男のだぞ?紫陽の蘇芳でさえ、不可能だろう。」
「いや、妖刀『村正』を使えば、あながち有り得るやもしれん。問題はそれを使い熟せる使い手が居ない事だが・・・千年姫はどうだ?」
「千年姫が天神市のどこかにいるなら、即座にわかるだろう。まあ、確かにあれなら単独でも可能だが・・・まさか、紫陽の蘇芳村正とユートピアの千年姫が手を結んだと?ユートピアなら、村正が使える者が居ても可怪しくはない。」
「まさか・・・そんなことになれば、日本だけではなく、世界中がひっくり返るぞ。今まで『紫陽の里』、『最後の楽園』、『秘史神』が相互不干渉を貫いているからこそ、世界中の安寧が保たれているのだ。もしどこかが同盟でも結んでみろ。第三次世界大戦が起きる凶兆だ。」
「前に同盟が結ばれたのは、前の大戦か。あの時でさえ、日ノ本の危急であればこそ、西欧諸国という共通の敵があればこそ、だ。有り得る筈が無い。」
ざわめきは落ち着かないが、それでも、この可能性は誰もが危機感を抱くには十分だった。それは皇と呼ばれた少女の後ろも同じで、少しだけ蠢く音が響いて、その後直ぐに少女が口を開いた。
「御子神への処分を変更する。子息への処分は情報の提出を持って取り下げ。御子神には情報の収集を行う事を命ずる。他家についても、各々の領分の情報を密に収集しろ。それと、次回会合は一ヶ月後の予定だが、それを早める。日時は追って、調整する。」
「了解した。」
そうして、それを最後に慌ただしく、会合が終了する。後に残ったのは、もはや何も言わぬ無数の御札と、少年だけだ。
「・・・言わなかったけど・・・あれ。もしかして・・・」
そう告げた少年の顔に、どこかあこがれに似た光があったことは、少年も気付かぬ事だ。
「どうなんだろう・・・」
そう告げた少年の顔は、どこか、歳相応であった。そうして、その呟きを最後に、少年は部屋を後にする。
「やはり、まだ幼いな。」
後ろに控えた者達の気配も無く、少年にさえ気付かれる事無く密かに通信を保ち続けていた皇と呼ばれた少女の声が響く。いや、私も子供だがな、という少女の苦笑を最後に、今度こそ、部屋には誰の気配も消え去った。
そうして、さらなる騒動の火種が生まれたが、これが本格的に燃え盛るのはまだ、少し先の事。今はまだカイト達の前には一時の安寧という、嵐の前の静けさがあるのであった。
お読み頂きありがとうございました。次は来週月曜日から再開です。




