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断章 第2話 出会いの物語・前日譚2

 朝起きて、まず初めに言われた事は父親が呼んでいる、ということだった。

「わかっていると思うが。明日から別の学校だ。」

「わーってるよ、んなこと。んなこと言いに呼び出したのかよ。」

 朝食よりも、着替えよりも先に呼び出されたソラは、ぶっきらぼうに答えた。今直ぐ会話を切り上げて、この場を去りたい。そんな思いが顔だけでなく全身から滲み出ていた。

「とは言え、お前のことだ。初日からサボって学校に迷惑を掛けても失礼だ。おい。」

 ソラの父親は、横に控えた若い男性に目配せする。彼が頷いたのを見て、ソラの父親が続けた。

「明日はこいつがお前を送っていく。朝寝坊なぞするな。」

「ちっ、見張りってことかよ。」

「わかっているなら良し。下がっていいぞ。」

 その言葉を待ってました、とばかりにソラは立ち上がり、そそくさと部屋を出て行った。そうして、部屋に戻り、一度着替えて外に出て、ガラの悪い連中が屯すると噂されるゲームセンターへと、いつも通りに入り浸るのであった。




「おらぁ!」

 昼休み、カイトはガラの悪い先輩方から校舎裏の死角に呼び出されていた。そうして、カイトは大振りに繰り出された拳を余裕で避ける。

「遅い。」

 はぁ、という盛大な溜め息が聞こえてきそうなぐらいに呆れ返った呟きだ。この程度、読書をしながらでも避けられた。が、一応は年上で面子もあるだろう、ということで、彼らの相手にだけ集中していた。

「ちっ!どうなってやがる!」

 別の上級生が忌々しげに呟いた。カイトは一切、攻撃してない。なのに、自分達の半分以上が、地に倒れ伏していた。

「おい!」

 更に別の上級生同士が目配せで合図して、カイトを羽交い締めにした隙を突いて、顔面に殴りを入れようと全力で殴りかかる。しかし、カイトはそれを顔を動かすだけで避け、後ろの上級生に、その殴りが当る。

「ぐがっ!」

 痛みでもんどり打ち、地面に倒れ伏す上級生。似たような事の繰り返しで、全員が倒されていたのである。素人丸出しの動きに、素人丸出しの連携。避けるのも同士討ちを狙うのも、熟練の戦士の中でも更に熟練の戦士であるカイトにとっては朝飯前であった。

「まだ、やるか?」

 これで残るは4人。出来れば、ここらで引いてくれれば、倒れている上級生の後始末が楽に済んだ。尚、カイトはさすがに自身に喧嘩を売ってきた上級生にまで、敬語を使うつもりはない。

「おらぁ!」

 どうやら、まだやる気らしい。カイトはそれを見て、今度こそ盛大な溜め息を吐いだ。それが彼らの怒りに更に油を注ぐ。そうして、更に3人。地に倒れ伏した。

「こいつ、ちょこまかと!だが、これ以上は避けらんねえぜ!」

 避け続けるカイトを壁に追い詰めた。これで、もう後ろには下がれない。上級生はそう思っただろう。そうして、カイトへ向けて、彼は全力で殴りかかる。ゴン、と固い物を殴る大きな音がした。

「うぎゃあ!」

 上級生の悲鳴が校舎裏に木霊する。固い校舎の壁を全力で殴りつけたのだ。最悪、手の骨が折れているだろうが、カイトは気にしない。喧嘩を売って、手出しされなかっただけでも十分儲けものなのだ。いや、これがエネフィアであれば、まず間違いなく命は無い。カイトは手出しをしなくても、周囲の護衛やクズハ達が手を下すからだ。彼女らに容赦は無い。喩え力ないこの程度の年齢の少年たちであっても、カイトに手出しをしている以上、問答無用に討つだろう。

「早目に保健室か病院に行く事を勧める。手は意外と細かい骨が多い。そんな固い物を殴れば、簡単に折れるぞ?変に治りたくないなら、さっさと行け。」

 カイトは右手を押え、蹲る上級生へと念のために忠告をしておいてやる。彼は、優しいのだ。この程度のやんちゃは、やんちゃとして済ませる。治療はしてやらないが。

 そうして、カイトは地にひれ伏し、もんどり打つ上級生達を見下して去って行った。後に残されるのは、カイトに一切触れることも無く倒された上級生たちの死屍累々たる有り様だけであった。




「おい、ティナ。じっとしてたか?」

 およそ十分後。カイトは中学校の校舎を魔術で勝手に改造して創り出した異空間の一室に来ていた。操作したのは時間と空間だ。さすがのティナも読書だけでは疲れるし、仮眠用のスペースが欲しかったのでそれなりに広い部屋を作っている。部屋の見た目は教室と似たような内装だが、教室らしい物は大きな机と個人用の椅子が数脚あるだけで、黒板も生徒用の机と椅子も一切なかった。他にあるのは、カイトが図書室から借りてきた本と、ほうぼう手をつくして入手した色々な本、仮眠用のベッドとソファだけだ。尚、この空間はカイトの卒業を前に、住人の数と設備がパワーアップしているのだが、それは置いておく。

「ん?おお、カイトか。うむ。なかなかにこの書物は勉強になる。まさか、この歳で一般に普及した本で勉学する日が来るとは、思わなんだ。」

 カイトから与えられた本を熱心に読んでいたティナは、カイトに後ろから話しかけられた事に気付かず、気配に気付いて振り返った。この当時、ティナはまだ学校への入学が決まっていなかったので、彼女は大人の姿だ。しかし、表情は今も昔も変わらず、好奇心旺盛に瞳を輝かせ、笑みを浮かべていた。

「ほれ、新しい本だ。で、こっちのは返してくるぞ。」

 カイトは上級生達からのいちゃもんをものの十分で終わらせ、図書室へ寄って指定された本を入手。そして、そこで借りた本を返し、ここにやって来たのである。

「うむ、すまぬな。次はこういう本があると良い。」

 そうして、ティナはカイトにメモを手渡す。メモは彼女が興味を覚えた分野の羅列であった。

「大分と漢字も書けるようになってきたな。」

 メモはそれなりに乱雑な字ではあるが、漢字と分かる字で書かれていた。

「まあ、のう。ここまで何度も文字を見ておれば、自ずと覚えよう。お主と同じく、魔術で記憶の補佐もしておるからのう。」

 とは言え、やはり地球でも有数の難しさを誇る日本語だ。如何に天才である彼女と言えど、まだ、不確かな部分は多かった。

「でじゃ。なかなかに面白い事になっておったのう。」

 ニタリ、と彼女はカイトの顔を見て笑う。彼女はこの場にいながら、学校中の出来事を知っていた。こんな魔術的になんら防御がなされていない敷地なぞ、二人にとっては、どうぞご自由に覗いて下さい、と書いてあるに等しかった。

「どうして本能的に勝てない、とわかっているのに喧嘩を売るかねぇ・・・」

 カイトは椅子に座ると、盛大な溜め息と共にゴチた。彼らは自分が怯えたが故に、喧嘩をカイトに売ったのだ。勝てない事は分かる、怯える理由はわからない、と来ているのに、喧嘩をふっかける理由がわからなかった。

「こんな物では無いのか?」

「一応、ウチはそこまでガラの悪い学校じゃ無いんだが・・・」

 これは事実だ。とは言え、やはり人数がいると気が大きくなるのか、はたまた何らかの要因があるのか、カイトにはほぼ連日連夜先の様なお誘いが来ていた。

「明日は3年A組とD組の連合らしいのう。来れるか?」

 人数的には、今日のおよそ1.5倍だ。攻撃しない事を考えれば、時間的には微妙な所だろう。

「まあ、なんとかなる。ここは時間も狂っているからな。少し来ただけでも十分に話せるだろ?」

 最悪、密かに魔術で誘導して、攻撃の意図を少しだけ操作してやれば、此方から一切攻撃すること無く手早く倒せるだろう。現状、魔術が地球に存在しているかわからないため、安易な魔術行使は避けている。しかし、明日は人数が多いので、少しだけそれを視野に入れた。

「まあ、のう。」

 現在、ティナが積極的に話せるのはカイトぐらいだ。それ故、カイトはなるべくティナの所に顔を出すようにしている。一応、ティナも何度か外に出ているし、ここ以外にも外に出かけているが、まだ公式的な身分を手に入れられていない。基本的には隠れなければならない身だ。そんな状況で外で警官に職質でもされれば面倒なので、なるべく出歩かない様にしているのだ。現在はどのような身分にするのが最適か、二人で話し合っている最中である。

 尚、ティナが海外留学生という正式な身分とカイトの隣室という居場所を手に入れるのは、これから一ヶ月先の事である。

「じゃあ、行くわ。」

 時間が狂っているとは言え、無限ではない。バレない程度にしているため、カイトもそこまで長居は出来なかった。

「うむ、ではまた帰りに。」

「おう。」

 そうして、カイトは教室へと戻って行った。




「おい、天音。お前、またやったのか?」

 昼一番の授業中、朝の男子生徒とは別の男子生徒が、ノートに記述しているカイトに小声で問い掛ける。帰って早々、クラスメート達の視線が痛かったのはカイトも気付いていた。昼休みの上級生達からの呼び出しの一件が伝わったのである。

「はぁ・・・オレはやりたくないんだけどな。呼び出されたら行くしか無いだろ。一応、相手は上級生だからな。」

「いや、まあ、そうなんだろうけどよ・・・」

 確かに、彼も自分が上級生から呼び出されれば、それが良い事でなくても応じるぐらいは想像が出来た。

「お前、何時からそんなに強くなったんだよ?圧勝、なんだろ?」

 今でこそ全員不思議がるだけだが、呼び出しがあった初日、さすがに何人かの友人たちが不安になって密かに後をついて行ったのだ。もし、あまりにひどいようなら教師に急いで報告しにいこう、と。どうやら転移前のカイトも、上級生に睨まれてでも助けてくれる程度の交友関係を結べていたらしい。素直に、昔の自分を微笑ましく思った。

 しかし、彼らがそこで見た物は、カイトによる圧勝劇だ。相手からは一切手出しされず、自分からは一切攻撃しない。それでも、圧勝していく。誰もが、唖然となった。そして、その次の日にはその噂は全校中を駆け巡った。まあ、そのせいで上級生達の面子は完膚なきまでにズタボロになり、今もまだ喧嘩を売られる事になっているのだが。

「ただ単に避けているだけだ。こっちからは攻撃していない。」

 カイトは黒板に注目し、ノートに記述をしながら答えた。だからこそ、事情を知った教師達も何も言えない。悪いのは全て、上級生達だ。カイトは一切手出しをしていない。それ故、呼び出される事はあっても、叱責は受けない。呼び出しに応ずるな、と言われても呼び出された理由がわからないが故に応じるしか無いと言われれば、頷くしかないのだ。

「おい、そこ。授業中にしゃべるな。」

 担任の最上からお叱りが飛ぶ。そうして、おっと、と男子生徒が身を引っ込めた。

「あー、天音。悪いが、放課後また職員室な。」

「はい。」

 もう最上も事務的に伝える様になっていた。彼が受け持つ問題児の中で、最も話しが通じるのはカイトだ。それ故、彼はカイトには、一定の信頼を置いている。というより、カイトの意思も関係なく揉め事が舞い込んでくるので、彼はどちらかと言うと同族意識から哀れみを抱いているぐらいだ。

「じゃあ、続ける。えー、長年続いたこの問題だが、2年前最高裁判所はこの証言を嘘と断定し・・・」

 そうして、彼は担当教科である現代社会の授業を進めていくのであった。




「はぁ、まあわかっているとは思うが・・・」

「はい、まあ。」

 二人は同時に溜め息を吐いた。内容は言うまでもなく、昼休みの一件だ。カイトに咎は無いので、一応、形ばかりの事情聴取だ。手を出していない事への確認が取られるだけである。

「あ、そういえば・・・先生、今日の日誌です。」

「ん?ああ、助かる。」

 話の殆どが終わり、カイトが最上に日誌を提出する。この日誌の件に関して言えば、彼はカイトに絶大な信頼を寄せている。カイトは公爵として、長年活動してきた。それ故、こういった公文書の書き方は非常に手慣れており、最上にとっても最も見やすい物を提出してきてくれるのだ。

「・・・ああ、問題無いな。天音はこいつが上手くて助かる。どうせなら、毎日頼むか。」

「やめてくださいよ・・・」

「冗談だ。」

 そう言って冗談を言う最上。彼とて、苦手意識はあれど、教師だ。それ故、普通に人当たりのよい生徒には冗談も言う。

「良し、もういいぞ。どうせ他の先生方も承知しているからな。」

 そう、この一件は職員室ではかなり問題となっている。上級生から一人の下級生に対するいじめと取られても仕方がないのだ。ここ十数年、いじめに対しては世間も教育機関もその他全てが厳格になっていた。今はカイトに実害が無いが、もし出たら、と職員室は戦々恐々なのである。

 とは言え、止められるか、というと、それも難しい。一方の原因であるカイトは、咎がない。もう一方の上級生達は、カイトの所為で面子が大いに損なわれており、かなり手の付けられない状況だ。おまけにカイトに被害が無いので、停学などの処分も下せない。今もまだ、対症療法的にしか動けない事は、十数年前から変わっていなかった。カイトが自分に咎と被害の出ぬように上手く立ちまわるせいで、止めようが無いのである。後はカイトが上手く立ちまわってくれる事を祈るしかないのが、教師たちの実情であった。

「はい、では失礼します。」

 そうして、ほぼ毎日職員室に訪れるカイトへと、教師たちの哀れみの視線が投げかけられた。

「可哀想、ですね・・・」

 隣の席にいた最上と同じ年代の女性新任教師の一人が、出て行ったカイトを憐れむ。彼女が一番、カイトを気にかけていた。聞けば年の離れた弟がいて、今中学二年生らしい。自分の弟と重ねているのだろう。

「完全にいちゃもんだからな・・・」

 カイト自身も色々と問題児ではあるのだが、その問題も発端は殆ど言いがかりなのだ。それは、教師たちの誰もが理解していた。だからこそ、カイトには咎が行かないのだ。あまりに理不尽過ぎる、と。

 いくら実際には若手の教師たちよりも年上といえ、そんなことは教師たちに分かるはずもなく、教師たちにはまだ年端も行かない子供にしか見えていない。そんな子供に理不尽な咎を行かせるのは、彼らの教師としての沽券が許さなかったのである。

「おお、最上君。少し、話があるのだが、いいかね?」

 校長がかなにニコニコとした笑顔で最上に近づいてきた。今にも鼻歌を歌い出しそうである。

「あ、はい。校長、なんですか?」

 この時点で、最上には嫌な予感がよぎった。校長が上機嫌に語りかけてきた時には、決まって悪い報せしか無いのだ。

「うむ、君のクラスに明日転入生を入れようと思ってね。ああ、安心したまえ。とある名家のご子息でね。ちょっとした事情があってわが校に転入される事になったんだ。」

「え?明日・・・ですか?」

「うむ。いや、すまんね。ついうっかり、連絡が遅れてしまって。」

 これは、嘘だ。彼は最上に逃げられないように、今の今まで伝えていなかったのだ。

「は、はぁ・・・」

「じゃ、頼んだよー。」

 ひらひらと手を振って去って行く校長を最上は恨みがましく睨んだ。教師たちの誰も、それを咎めなかった。彼のこの悪癖は、すでに周知の事実であり、校長が嫌われる一因となっていた。そうして、最上の下には資料が一通、残されていた。

「あ、もしかしてこれって・・・あの有名な天城家の・・・」

 話していた事で結果、覗き見る事になった隣の女性教師。そこに書かれた名前を見て、今度は最上にも憐れみの視線を向ける。これで都合4人。それも地域で最大の問題児達全員を受け持つ事になったのだ。

「天城 空・・・ウチに来るのか・・・はぁ。」

 この地域で最大の問題児の名前に、最上は盛大な溜め息を吐いた。そうして、彼は大急ぎで新たな自分の教え子を迎え入れる用意を沈痛な表情で始める。そんな彼に、校長の悪癖を知る教師たち全員が憐れみの視線を向けたのであった。

 これは、カイトとソラ。遠き未来にまで名を残す天桜学園2年A組の6人の出会いが始まる、前日の出来事であった。

 お読み頂きありがとうございました。

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