断章 第3話 とりあえず
連続失踪事件。後に裏世界にてそう呼ばれることになる事件だが、発覚した理由はやはりカイト達が動いたことからだった。流石に陰陽師達も警察に届けられる情報全てを精査出来るはずもなく、取っ掛かりも無い状態では疑うことさえ無かったのだ。というわけで、事態を知らされた時、皇志は寝耳に水の様な状態だった。
『何? それは本当か?』
「ああ・・・こちらはそう考えて調査を始めた。が、そちらも日本政府に繋がっているが故に、協力を仰ぎたいと思ってな」
『ふむ・・・』
皇志の顔には信じられない、とはっきりと考えていた。が、カイトがもたらしたのだ。あながち冗談とも言い難い状態なのだ。
『確かに、可怪しくはある。が、魔術の痕跡も無しとなると、流石に我々では調査の仕方がない』
「だが、知っているか知っていないかでは話が変わってくる。ここまで大々的になると、相手は組織的に動いている可能性がある。流石に人海戦術はウチでは取れん。が、常に日本中を見回っているそちらなら、運が良ければ敵の尻尾を掴めるかもしれない」
『ふむ・・・』
皇志はカイトの言葉に僅かに道理を見る。が、やはり信じられない、というのが正直な感想だ。というのも、彼ら陰陽師は先の戦い以降、かなり用心深く日本の警戒を行っている。その間隙を縫うように組織が事件を起こせるのか、となると流石に無理に思われたのだ。
思われたのだが、事実として結果は横たわっている。それを見れば信じるしかない。しかないのだが、やはりどう考えても違和感が拭えない。そしてそれはカイトも抱いた違和感だ。それぐらいには彼らを信頼している。なのでカイトが首を振った。
「いや、わかっている。我々としても当初はこちら側での事件性はほぼ無いだろう、と考えていた」
『やはりかね』
「ああ・・・だが、事実は事実として、事件性が高い可能性が出てきてしまった。困惑しているのはこちらも同じだ」
『なるほど。わかった。こちらも日本政府に通達しておこう。もしかしたら我々魔術師の仕業ではなく、何らかの薬物を使っている可能性もありえる』
「ああ、なるほど・・・そういう可能性は確かにあり得るな」
皇志の提示した可能性に、カイトが頷いた。どうにも魔術の世界にとっぷりと浸かっているからか、これが魔術で起こされている可能性ばかりに目が行っていた。
が、よくよく考えれば市販されていない違法薬物の中には記憶を混濁させる様な薬物がある、というのは聞いたことがあるし、それを使われていれば魔術的な痕跡が見当たらないのも不思議はなかった。
勿論、この場合には幸那のように警察や病院で検査された際に検査結果として検出されていないことに疑問が出るが、未知の薬物を使われていた場合はデータが少ないだけ、という可能性もある。
いや、この場合でもデータに未知の薬物の痕跡が検出されるはずなので可怪しいのだが、決してありえないわけではない。痕跡という意味でなら魔術よりも残るので、薬物の可能性が低いだけだ。
『いや、こちらとてそれが可怪しいことぐらいわかっている。が、あまり自分達の力量を卑下したいわけではないからな』
「あはは。いや、これについては我々もわからないのだから、卑下する必要は無いだろう。我々がどちらも気付けていない時点で、こちらの裏を掻かれているか未知の魔術師が絡んでいるかだけだ。こちらは後者を主眼として、貴殿らは表側の奴らなのではないか、と思っただけだ。どうにせよ表向きの奴らであれば我々の領分ではないからな」
『そう言って貰えると助かる・・・で、確か八坂 幸那だったな。わかった。護衛でそちらから人員を出すという話は理解した。申し訳ないが、それについては頼んだ』
皇志は改めて今回の本題についての了承を下す。今回カイトは事件性が高いことと共に、幸那の護衛も行うことを伝えておいたのだ。
幸那というか八坂一家は異族の血は薄くは継いでいるものの、異族組織に関わる者でもない。当人達も血を継いでいることは知らない。そこらで変に疑われたり諍いが起きないように、筋を通しておいたのだ。
「ああ。では、そちらも日本政府への連絡を頼んだ」
『わかった。警察は丁度これから話し合いでな。そちらには今日にでも通しておこう。見回りの強化ぐらいは出来るはずだ。そうすれば、多少は動きにくくなるだろう』
「頼む。こちらも調査は続行するつもりだ。適時連絡を入れる」
『わかった』
カイトは皇志の言葉に頷くと、通信を切断する。これでとりあえず表向きも裏向きも警戒を強化出来るはずだ。となると、敵も動きにくくなるはずだ。とりあえずは、これで良いはずだった。
「良し・・・後は、あちらに任せるか」
カイトは己の執務用の椅子に深く腰掛ける。後は、皇志達に丸投げだ。こちらは調査を続行するだけだ。そうして、カイトは深く目を閉じて、今は待つことにするのだった。
さて、その翌日。皇志からもたらされた連絡を下に警察は即座に動いていた。当たり前だが警察の上層部も現在の日本の状況は理解しており、これが冗談ではない可能性があることぐらい把握していたのだ。
であればこそ、動きは素早かった。すでに被害者は発覚しているだけで三桁に登りつつあるのだ。もしこれが表沙汰になれば、と背筋は凍る思いだっただろう。確実に警察の大失態とマスコミに大いに叩かれることになること請け合いだった。
「で、結果はどうかね?」
「はい・・・こちらが、被害報告の取りまとめとなります。改めて被害者にはアフターケアを装って調査をしている所ですが、とりあえず、という所で」
「良し・・・では、教えてくれ」
警視総監――桜田校長の次の次――の指示を受けて、徹夜で情報収集に走っていた若手――と言っても警視正なので30代中頃――がパソコンを操作して部屋の大モニターにエリザ達が集めたと同じ情報を表示させる。
が、やはり警察組織ということと人海戦術、更にはデータ化されていない情報が使えたことからか、更に詳しく分類分けがなされていた。
「まず、本件で疑わしいと思われる失踪少女の数は123人。現在発覚しているだけでこれだけです」
「なんだと・・・?」
警察幹部が目を見開く。改めて調査して、これだ。こちらに気付かれない間にここまで大事になっていたとは、とただただ目玉が落ちない程に目を見開くだけだった。
「いえ、一応は疑わしい、というだけで中には確実に単なる家出少女も含まれています。ですので総計としてはまだ、三桁には届かないという所かと」
「ふむ・・・」
警察の幹部達の顔に苦渋が滲む。こんな大事になるまで、一切気付けなかったのだ。本来ならこんな『些細な』事件で集まることは無い幹部達であっても、これがヤバイ案件だと言うことは理解していた。
被害届が出されていないだけで、これで全てとは思えない。これは氷山の一角だ。何時から、そしてどれほどの少女が行方不明になっているかは全くわからない。そして最悪は何人がそのまま失踪しているか、というのも不明だ。
これは明らかに、ただ事ではなかった。少なくとも、マスコミに知られればこの場の誰かの首が飛ぶぐらいの事件ではあった。
「事は内密に。もしマスコミに何らかの関連を知られても、決して関連性は認めるな」
「事件性は無いと公表するように」
「相手は多感な少女達だ。よほどの確証も無い限りそれで通せるはずだ」
幹部達は慌てて事件の隠蔽を図るべく対策を告げていく。幸い彼らも気付かなかったように、事件性はただ事実だけを見れば低いように見える。事実を精査すれば、事件性が浮かび上がっただけだ。隠蔽はさほど難しい話ではない。
「わかりました・・・それで、その・・・室戸警視監」
「なんだね」
「非常に言い難いお話なのですが、室戸警視監のご家族と思しき少女の名がここに含まれているのですが・・・ご確認を頂けますでしょうか。確か息子さんがお付き合いされている、とお聞きした記憶が・・・」
「悠唯ちゃんがだと!?」
室戸というらしい警視監が声を荒げて大いに目を見開いた。と、そうしてそれからしばらくは彼が他の幹部達の前で大慌てで従姉妹夫婦に確認を取ると、これがどうやら本当だったらしい。二日行方不明になった後、翌日の朝に当人はまるで知る由もない様子で帰宅して、大いに驚いていたそうだ。
「どういうことだ・・・?」
幹部達が大いに首を傾げる。というよりも、ことここに至ってはもはや事件性が疑いようのない事態になったらしい。今までは一人で居たり忽然と行方不明になっていたそうだが、彼女の場合は友人達――室戸の息子も一緒だった――と一緒に歩いていて、気付いたらいなくなっていたそうだ。
「とりあえず、悠唯ちゃんは無事なんだな?」
『ええ。ですが、いきなりどうしたんですか?』
「ああ、いや・・・今日は早帰りで息子から事の次第を聞いてな。最近行方不明になるお子さんが多いから、何か危ない遊びでもしているんじゃないか、と・・・」
『まさか! そんな事をしているはずが無いでしょう! あの子を疑うんですか!?』
室戸の従姉妹の旦那が大いに怒鳴る。当たり前だが、彼は何が起きたかわからず心配していた所なのだ。そしてこの様子なら、娘が嘘を言っていたとかはないだろう、と幹部達は頷きあった。
「いや、申し訳ない・・・ここからは内密に頼めるか?」
『なんですか?』
「実は、なのだが・・・」
室戸は怒りを隠せない従姉妹の旦那に一言詫びを入れると、カマをかけた事と共に事件性がある可能性がある事を従姉妹の旦那へと伝え、従姉妹とその娘には黙っておくように頼んでおく。
『まさか、そんな事が現実に起こっているなんて・・・』
「ああ・・・そういうわけなので、申し訳ないが一度警察と提携している病院へ行っては貰えないだろうか? 勿論、何かされたからといって許嫁の約束を反故にする事は無い。我が家としてもアイツにもしっかりフォローをさせるつもりだ。日輪ちゃんにもそこはくれぐれも、安心するように念を押しておいてくれ」
『いえ、ありがとうございます。放課後すぐにでも伺わせて頂きます』
事情を聞いた時には大いに驚いていた様子だったが、横に警察の幹部達も一緒である事を言われた従姉妹の旦那はしきりに恐縮して電話を切った。
「・・・」
「・・・」
警察の幹部達は一気に真剣味を増す。もはや座視してはいられない状態だった。かと言って、公には出来ない。バレれば大パニックだし、これに乗じて誰が何をするかわからない。しかも相手は警察の身内にまで手を出したのだ。これ以上は流石に警察の沽券にも関わった。
「組織犯罪対策課に即座に連絡を入れろ」
「所轄の手の空いている職員は全員積極的に見回りに出せ」
「陰陽庁の奴らにも連絡を回して協力を依頼しろ」
「確かブルーが被害者の一人に接触したと言っていたな。情報を回してもらえ」
何時もは真剣味が薄い幹部達だったが、もはや自分達の沽券が掛かってしまえば、後は早かった。彼らとてその地位に見合うだけの才能は持ち合わせている。それを全力で使うだけだった。
と、そんな話を数日後、カイトは僅かに憔悴しながらも真剣な顔をした警視総監――孫が中学生らしい――直々に聞いていた。
『ぜひとも、ご協力お願いしたい』
「いや、こちらこそ協力を依頼したい所だった。こちらとしても現在も追っているが、何分我々では情報が足りない。手も足りない。被害もあまりに広範囲だ。警察庁が動いてくれるのは非常に有り難い」
『ありがとう・・・それで、こう言ってはなんだが室戸警視監のご家族に君も会ってもらいたい』
「被害者だったのか?」
『その可能性が高い』
警視総監はカイトと会話しているモニターに室戸の従姉妹の娘の詳細を提示する。先ごろの幸那や別の読者モデルの少女程可愛らしくはない――モデルと比べるのは酷だが――が、それでも可愛らしくはあった。
が、共通点として可愛らしい少女と言われても、それは犯人が男――もしくは特殊嗜好の女――なら狙うならかわいい女の子を狙うだろう、というツッコミしか出ない。犯人に繋がる手掛りにはならなかった。
「わかった。こちらとしても被害者に会えるというのは非常に有り難い。病院に面談する折に、こちらも参加させてもらおう」
『ああ。こちらもマジックミラー越しではあるが、さきの警視監と天神市の一課、組織犯罪対策課が参加する予定だ。日時はこちらから送らせてもらう』
「わかった」
カイトは警視総監の言葉に頷く。流石に自分の身内の身内に手を出された事は彼らも一気に動くきっかけになった様子だ。相手は無差別だ。彼らの子供も狙われるかもしれないのだ。形振り構わず事に臨んでいた。なお、天神市なのは魔術系の事件で対応出来る病院で一番良い所がそこだから、らしい。天道財閥系で、内藤前総理が入院している所でもあった。
「あー・・・それで何だったら、こちらから密かに護衛を行おうか? 幹部の方々の身内程度なら、それぐらいの余力は出せるが・・・」
『・・・お願いします』
警視総監は僅かに目を見開いて驚きを露わにすると、酷く安心した様子で頭を下げる。些か依怙贔屓であるが、彼らに取り乱されては他の仕事にも影響してしまう。この程度はしておかなければ安心して動けないだろう。
「わかった。そちらのリストは日時と一緒に送ってくれ・・・が、当人の注意だけは怠らせないようにしてくれ。こちらも掴めなかったのだ。相手は相当な手練の可能性もある」
『それでも、専門家が守ってもらえるというのは有り難い』
警視総監はそう言って、再度頭を下げる。彼の孫娘は初孫らしく、それはそれはかわいがっているらしい。事件の共通点を聞いて大いに焦ったらしい。なお、彼曰く、彼の贔屓目に見てもかわいい女の子らしい。なおさら気が気でなかったのだろう。そうして、そこらの打ち合わせを行って、カイトはとりあえず椅子に深く腰掛けた。
「はぁ・・・これで、本格的に動くかな・・・」
カイトはため息を吐いた。この様子だと遠からず政治家にも連絡が周り、大方家の風聞に関わると事件化していなかったそこの被害者も出てくる可能性がある。
そうなれば、一気に国を挙げて行動を始められるだろう。どうにせよすでに警察が本気なのだ。情報は遠からずに集まる事になるだろう。そうしてカイトはこの数日後、幸那の護衛の面談と共に室戸の従姉妹夫婦の娘に会いに行く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




