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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第12章 始原の人王と未来の真王編

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断章 第40話 過去の目覚め

 少しだけ、時は遡る。カイト達が『帰還する事のない土地(クル・ヌ・ギ・ア)』で暴れていた頃。異世界エネフィアではほぼほぼ全ての国が嘆き悲しんでいた。


「・・・」


 小さな妖精の少女が、棺の中に眠る老人の顔を見る。その老人の顔は、非常に穏やかだった。それに、彼女は若かりし頃の彼の姿を思い出した。


「・・・穏やかな顔しちゃって・・・」


 そんな老人の顔を見る彼女の顔は、悲しげだがやはり穏やかだった。どこか含蓄のある徳の高い表情だった。そして、そんな彼女は手の中の一輪の花を見て、首を振った。


「・・・違うよね、これは・・・」


 ユリィはぎゅっと握りしめていた一輪の花をかつて高名な騎士だった男の棺に添えようとして、違うだろう、という声が聞こえた気がした。


「え?」


 周囲がざわめく。捧げるのは、手向けの花束ではない。彼は花束を送る側だ。送られても嬉しいだろうが、それ以上に彼女には為すべきことがある様に思えた。だから、その声に導かれる様に彼女は捧げる物を変える。


「・・・旗を」

「はい?」

「旗を掲げて。彼は騎士。私達が誇る誇り高き騎士・・・そして、彼は何時か帰って来る。だったら、手向けの花は不要だよ」


 彼の若い頃を知らないマクダウェル公爵家の従者へと、ユリィが告げる。手向けの花は必要がない。彼に捧げられるべきは、幾千万の花の棺ではない。何時か帰って来るべき時の為に、目印となる彼らの旗だ。


「彼に捧げるべきは、花じゃない。嘆きの声じゃない。何時か帰って来ると誓った彼には、帰るべき目印となる旗が必要なんだ」

「っ・・・」


 葬儀に参列した全ての者が、ユリィの言葉が同時にカイトの言葉であることを把握する。彼なら、確かにこう言っただろう。そうして、彼女が声を張り上げた。


「騎士達は剣を掲げろ! 己が掲げる旗を高々と掲げろ! 誇り高き騎士は何時か帰り来る! ここに眠るのはかつて英雄だった男ではない! 一時の眠りについただけの騎士! 騎士の中の騎士に教えを受けた者達よ! 何時か帰り来る彼へと届く様に、盛大に旗を掲げろ!」

「「「おぉおおおお!」」」


 ユリィの宣誓に呼応する様に、皇国中から集った騎士達が旗を掲げる。彼らは、かつて今は眠る老騎士に教えを受けた騎士達だった。だからこそ、彼らはユリィの言葉に応じて旗を掲げる。老騎士なら、花を捧げられるよりも高らかに誇りを謳い上げてくれることを望んだだろうことを思い出したのだ。


「・・・これで、良いよね・・・またね、ルクス・・・待ってるから・・・」


 ユリィはそう言うと、一粒の涙を流して己のサイズに見合った自分達の旗を魔力で編んでそれを棺へと横たえる。そしてそれをきっかけとして、騎士達は己の所属する騎士団の誇りとなる旗を一枚ずつ、ルクスの棺へと捧げていく。


「・・・ねぇ、カイト・・・遅いよ・・・」


 全ての葬儀が終わった夜。彼女は一人、涙を流す。今頃、クズハもアウラも泣いているだろう。だが、彼女は一人で泣きたかった。いや、友の死に目にさえ帰ってこなかったあまりに遅い相棒に対して、愚痴を言いたかったのかもしれない。

 これで、かつて旅をした仲間の大半が彼女の下から去っていった。残っているのは、かつてカイトが率いた部隊の仲間達と、同じく時の流れから置いて行かれた少女達だけだ。


「・・・ねぇ、ルクス。本当に帰ってきてくれるよね・・・」


 去っていったことを悲しむのは、仕方がないことだ。喩え帰って来ると信じていても、やはり悲しいことだけは避けられない。そうして、ユリィは月夜が浮かぶ水面に数日前を思い出すのだった。




 それは数日前、ルクスがこの世を去った時の話だ。それは、ルクスとユリィの最後の会話だった。そしてそれは同時に、ルクスが行った最後の会話でもあった。


「・・・大丈夫?」

「ああ、うん・・・少し疲れたかな・・・」


 本当に少し疲れた様に、ルクスはロッキングチェアに腰掛けていた。顔には深い皺が刻まれて、白銀の髪はかなり白に近くなっていた。


「・・・カイト、何やってるんだろ・・・」

「あはは・・・大丈夫。元気にやってるよ」

「そういうことじゃないよ・・・」


 ユリィは悲しげに、ルクスの言葉に応ずる。ウィル、バランタイン、ルクス。大戦の大英雄と呼ばれるこの三人の中で最後に死んだのはルクスだった。

 そんな彼の死だが、やはり並外れた力を手にした代償か少しだけ、普通とは違っていた。あまりに強くなりすぎた彼らは、肉体が万全の状態を保とうとする力が強すぎて老化さえ妨げられてしまっていたのだ。

 が、所詮こんなものは意思の力で覆せる程度だった。そして、ルクスとバランタインはウィルが死んだ所で、自分達もこの世を去ることを選択した。これ以上残っていても、後進の成長を阻害するだけだ、と。


「大丈夫だよ・・・僕らはきっと、また会えるから」


 ルクスの顔は何時もの様に晴れやかだった。何故か、分かるのだ。必ず、彼は帰って来る。そしてまた会える、と。


「・・・ねぇ、ユリィ。最近ね、聞こえるんだ」

「何が?」

「ウィルとバランさんの声が、かな・・・」

「っ・・・」


 ユリィの顔が嘆きに染まる。すでに二人はこの世を去った。ウィルなぞ10年以上も前だ。死期が近いことを理解させるには、十分な発言だった。


「僕らは肉体を失って活動することも出来る・・・けどね、それはしないことにしてる」

「うん、知ってる」

「実はね、それ、皆で話し合ったことの様に思うんだ」

「どういうこと?」

「カイトのあの力の本当の力・・・カイトさえも知らない本当の力・・・それがね、今の僕には分かるんだ。あれは、死者を蘇生したり呼び戻しているんじゃないんだ・・・あれは・・・うん。何時かカイトから教えてもらえるよ」


 ルクスは穏やかに、ユリィへと告げる。それはユリィを安心させる為の優しい嘘ではなかった。彼自身にも、確信があった。


「だから、わかるよ・・・何時か、カイトは帰って来る。だから、ユリィは待っておいてあげてね」

「うん・・・」


 これはおそらく遺言なのだろう。ユリィは直感で理解する。元々、そのつもりだ。カイトが帰って来るのを待つ。それが、彼女の願いだ。


「カイトには・・・ううん。多分、カイトは地球でも冒険してると思う」


 かなり過去に見た地球から来た名も知らない騎士。その彼から、ルクスはカイトが地球でも大暴れしていることを思い出す。


「なら、カイトには向こうでも相棒が居ると思う・・・たぶんね、君達が揃って完璧にカイトを補佐出来ると思うんだ」


 ルクスは遠くを見るようにして、断言する。と、その瞬間。ユリィはわずかに、魂の奥底に眠る過去を垣間見た。


『あなたは誰?』

『・・・お前は・・・』


 蒼い髪の勇者。どこか遥か遠くの世界で、彼と出会った。


『あぁ・・・ユリシア・・・久しぶりだな。今生は会えないと思ったんだけど・・・そっか。歩いてりゃ、会えることもあるか』


 男が柔和に微笑んでくる。だが、その時の自分は彼を知らない。しかし、魂の奥底に眠る己の言葉で、今の彼が置かれた状況と彼が大切な人だということを理解した。


『・・・終わらない旅路・・・君はひとりぼっちなんだ』

『ああ・・・もう数万年は、な』


 数万年。気の遠くなる様な話だ。その間、ずっと彼は一人で旅をしていたのだという。


『ヴィヴィとモルは?』

『誰、それ?』


 男は誰かの名を、自分へと問いかける。しかし、自分はわからなかった。勿論、今の彼女にもわからない。


『そうか・・・』

『どういうこと?』

『・・・何時か、また一緒に旅が出来ると良いな。オレには、相棒が足りないんだ。だから、何時か。今ではない何時か、旅をしよう』


 男はそう言うと、当時の己の問いかけに答えることもなくどこかへと消え去った。それはまるで、幻の様に思えた。


『?・・・あれ・・・? どうして涙が流れるんだろう・・・』


 何だったのか。その当時の彼女にはわからなかった。だが、彼が悲しんでいることだけは、そしてそんなボロボロの彼に己が悲しんでいることだけは、理解出来た。そうして、それを最後に彼女の意識は今へと引き戻される。


「・・・ふふ」

「今・・・のは・・・」


 何だったのか。それは今の彼女にはわからないことだった。が、それでも。おそらくカイトには相棒が必要であることだけは理解出来た。


「カイトには、相棒が必要だよ・・・だから、後はお願いね」

「うん・・・おやすみなさい」


 ユリィの返答に満足して、静かにルクスが息を引き取る。そうして、嘆きが蔓延していく。泣いているのは、彼の息子や娘、孫達だ。


「・・・地球でも相棒かー・・・っ」


 何かが、去来する。嫉妬にも似た何かで、そして安堵にも近い何かだ。それを、数日後の彼女は思い出していた。そして、その想いに応ずる様に水面に影が浮かび上がった。


『うおりゃ!』

「カイト?」


 月夜の浮かんだ水面に、カイトの姿が見えた。彼女はそれを幻と思っていた。幻のカイトは、誰か彼女の見知らぬはずの黄金の男と戦っていた。


「誰なんだろう・・・」


 小さく、呟いた。誰かはわからない。会ったこともない男だ。懐かしさも感じない。当たり前だ。彼女は今までの輪廻転生において、ギルガメッシュと関わりを持ったことは少ない。ならば、知らなくても仕方がない。だから、わからなかった。だが、それでも何かわからなかったわけではない。カイトの横で戦う二人の女には、見覚えがあった。


「っ・・・」


 再び、過去が去来する。それは先程の数日前の記憶とは違う。その時に垣間見た記憶とも違う。もっと古い日々の記憶だ。


『魔王様』


 己でない己の口から、言葉が紡がれる。彼女は当時、魔族と呼ばれる者だった。その一人だ。それに、三人の幹部の一人として傅いていた。


『・・・行くぞ』

『御意』

『はーい』

『やれやれ』


 今とは違う、冷静で冷徹な己の声。氷の様な己の声。とはいえ、不思議はない。所詮その時の人格なぞその時の環境で形作られるものだ。今の彼女の性格とて当時のカイトやアウラの影響が大きい。ならば、そうでない日々があれば、別人とも言える性格が醸造されるだろう。


『援護しろ』

『はっ』


 蒼き魔王が、駆け抜ける。相対するのは、どこかの国の軍勢だ。数は数万。相対するこちらはたったの四人。が、負ける気はしない。


『おぉおおお!』


 蒼き魔王が振るうのは、巨大な剣。彼の身の丈を遥かに上回る漆黒の大剣を振りかぶる。そして、その次の瞬間。彼の持つ大剣が更に巨大化し、柄でさえ彼の胴体を上回る超巨大な大剣へと変貌した。倒れるだけでも、十分に人は押しつぶせるだろう。にもかかわらず、蒼き魔王はそれを軽々と振り抜いた。


『に、逃げろ・・・』

『逃げろー!』

『勝てるわけがない!』

『・・・』


 蒼き魔王の振るう大剣はあまりの速度。大気との摩擦で灼熱の炎を上げる程だ。その一閃は最早、人類に防げるものではなかった。それを、兵士達は仲間の焼け焦げた肉の匂いと共に理解する。一閃で、1000人が死んだ。あまりに圧倒的だ。勝てなければ滅ぼされるが、こんな相手に挑めるはずがなかった。


『・・・』


 蒼き魔王が背を向ける。逃げる相手を殺す必要は無い。いや、殺してはならないのだ。恐怖を伝搬させるには、殺してはならない。生きて帰って恐怖を伝播させてもらわねばならないのだ。


『・・・』


 蒼き魔王は無口だった。彼はそうして、自分達を引き連れて去っていく。それで、終わりだった。


「あ・・・」


 ユリィは理解する。あの戦いは、互角で進むだろう。だが、勝てない。勝てるはずがない。カイトには、自分が居ない。彼の布陣は完成していないのだ。


「・・・そっか・・・私は・・・」


 相棒は三人。もしかしたら、地球に帰ったのはそのつもりだったのかもしれない。ユリィは意識のどこかに、それを理解する。


『・・・これで良い・・・かな』


 前を向いたユリィを見たルナが、苦笑する。彼女ら大精霊は、どこの世界でも存在している。親友を失い嘆く彼女へと、今の彼女に必要な事を教える為にこの映像を見せたのだ。


『・・・かつてのカイトには3人の相棒が居た。物語を終わらせて次の物語を始めた時には、貴方達は居なかった』


 ルナが呟く。かつての時を彼女らは知っている。そして、カイトさえ知らない様々な真実を彼女らは把握している。


『・・・勇者カイト。遥か遠く時の果ての名を・・・<<夢幻の蒼王(むげんのそうおう)>>カイト。紅き王と対となる蒼き王。何時の日か、彼は王として目覚める。紅き王と対等になれるのは、紅き王その人が終生のライバルと見込む彼だけ・・・だから、彼が帰る時まで今はしばらくお休み、ユリシア』


 ルナはそれを最後に、地球の映像を消す。ユリィは己の魂が見せたまた別の過去のカイトだと思っている事だろう。それで良い。


『・・・カイトは何時か、帰って来る。それは因果の宿命。世界は紅と蒼の二人の王を待ち望んでいる』


 ルナはそう言うと、その場を後にする。ユリィを一人にしてやりたかった。そうして、カイト達に知られる事はなく、一人の騎士の死から始まった過去との会合は終わりを迎えるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。


 2017年6月8日 追記

・誤字修正

 初っ端で『エネフィア』が『ヘネフィア』になっていたのを修正しました。

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[気になる点] 紅の王(名前はレックスだっけ?)は全盛期の蒼の王と実力は同じなんですか?? 紅の王もカイトと同じ星の剣使えるのでしょうか?
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